心の平穏 フィオナの気持ち

 王都にやってきて三ヶ月が経ちます。

 私達はギルド登録を行う前に運よく強者に会うことが出来ました。

 銀の乙女亭を切り盛りするオリヴィア夫妻のことです。

 夫のローランドも相当の武人でしょうが、オリヴィアの方が遥かに上の強さを持っています。

 彼女は元冒険者であり、A級のパーティを率いていたのです。


 ライトさんは強くなりました。

 でもその強さは神から得た、いわゆるギフトに由来するもの。

 これからの戦いで、その力を封じる敵が出てこないとは限りません。

 私は彼自身を強くする必要があると思いました。

 地力が上がれば今まで以上の強さを発揮してくれるでしょう。


 今の彼は力に振り回されているのです。

 邪神との戦いで彼は高速回転クロックアップしていました。

 これは身体強化術の一つ。

 発動すれば常人の百倍以上の思考速度を持つことが出来ます。

 高速回転を使った彼の前では剣聖が放つ一撃も牛の歩みに等しい。

 でも彼は邪神との戦いを断片的にしか覚えていなかったのです。

 力を制しきれていない。彼は自分が持つ力を全て支配する必要があります。

 でなければアモンを倒すことは出来ないでしょう。


 私は彼をどう鍛えるか思案しました。

 私が稽古をつけることは出来ません。

 トラベラーの本能故、彼を傷付けられないのです。

 強くなるには痛みを伴った訓練が必要なのです。


 そしたらどうでしょう。

 強者が無料で鍛えてくれるというではありませんか。

 これに乗らない手はありません。

 ライトさんも私の説得に応じてくれました。


 強くなってください、ライトさん。

 そのために私は出来ることをします。

 絶対に死なないように回復してあげますからね。


 今日の訓練が始まりました。

 オリヴィアの鋭い剣撃を彼は躱す、捌くを繰り返します。

 初めは防戦一方でした。

 しかし、この三ヶ月で切り結ぶ回数は増えています。

 強くなっている証拠なのですが、一撃を食らわすには至りません。

 大剣を捌いた彼の腕から聞きなれた音が聞こえました。折れましたか……

 彼は諦めませんでした。右手一本で十合程オリヴィアの大剣を防いでみせたのです。


 善戦空しく今日もライトさんは敗れました。

 オリヴィアに気絶した彼を運んでもらい回復魔法をかけます。

 折れた腕が治るとすぐに目を覚ましました。

 意気消沈するかと思いきや、彼は嬉しそうに着替え始めます。


 今日はグリフと遊ぶ約束があり、私もそれに私も同行します。

 たまにはこういうのもいいでしょう。

 私も着替えることにしたのですが。


 ん? ライトさんの顔が赤いですね。

 いけません。また彼の前で裸になるところでした。

 以前、注意されたことがありましたね。

 人とは難しいものです。

 何故人前で裸になることがいけないのでしょうか?



◇◆◇



 グリフとの待ち合わせは商業区の噴水広場。今日は公衆浴場に行くようです。

 実はお湯に浸かるのは私も初めて。

 魔法を使えば体を清潔に出来るので、公衆浴場自体は知っていたのですが行こうとは思いませんでした。


「ライトさん、また後で」


 私は女湯へと向かいます。

 男女で別の浴場を使うんですね。

 脱衣所で服を脱いでいるとライトさん達が騒いでいるのが聞こえました。

 何をしているのでしょうか?


 浴場へと赴き、湯船に浸かる前に体を洗います。

 グリフから渡された髪を洗う石鹸を使ってみました。

 いい香りです。

 わずかに柑橘類の香りがしますね。


 ん? 泡が目に入りました。いたた。

 何ですか、これは? 

 思わず回復魔法を発動してしまいました。


 その後、体を洗い終え、お湯に浸かります。


 

 ザブンッ

 


 こ、これは! 

 まるで喜びの感情に全身が包まれたようです。

 思わず笑みが溢れてしまいました。

 この心地よさを私は今まで知らずに過ごしてきたのですね。

 これは困りました。

 また行きたくなるではありませんか。

 今は贅沢は出来ない身ですが、たまにはいいかもしれません。

 ライトさんに提案してみましょう。



 ゴーン ゴーン ゴーン



 一時の鐘が鳴り、待ち合わせの時間が訪れる。

 まだ入っていたいのですが…… 

 仕方ありませんね。

 それにしてもあまりの心地よさに笑顔が止められません。

 ライトさん、どうしたんですか?

 私の顔をジッと見ています。

 何かついているのでしょうか?



◇◆◇



 今度はグリフがダンス教室に連れて行ってくれました。

 ダンスですか…… 

 我々トラベラーには縁がないものですね。

 ライトさんも乗り気ではないようです。

 ダンス教室に着くと上品な夫人が私達を出迎えてくれました。

 達人ですね。

 姿勢、足運びで分かります。


 どの職業でも一流と呼ばれる者は独特の雰囲気を持つ。

 彼女もその一人でしょう。


 私はライトさんとパートナーを組みました。

 講師の言われるままにステップを踏んでいきます。


 ごめんなさい。何度かライトさんの足を踏んでしまいました。


 しばらく踊っているとライトさんと息が合ってきます。

 同じ動作でターンを繰り返す内に胸が温かくなります。

 ホイスクという動作では密着度が高まり彼の温度を感じました。

 ん? 自然と口角が上がっています。

 私は今喜んでいるのでしょうか?


 ライトさんと目が合いました。

 笑っています。

 彼の笑顔を見ると、更に胸が温かくなります。

 お風呂に入った時も心地よく感じましたが、それ以上です。

 なんと心地よいのでしょう。


 そういえば邪神との戦いの後、彼と口付けを交わしました。

 あの時は喜びが溢れてしまいそうでしたね。

 今彼と口付けを交わしたらどうなってしまうのでしょうか? 


 そんなことを考えていると自然と目を閉じてしまいます。



 彼の吐息が近い……



 あの時と同じように軽い口付けが交わされれ…… 



 チュッ

 ドクンッ



 なんですか? 体が熱いです。

 その熱が奔流となって体中を駆け巡ります。

 思わず状態異常回復魔法を自身にかけてしまいそうになりました。

 これは喜びとは違う感情のようですね。

 理解出来ませんが、悪くありません。

 むしろもっと味わっていたいです。


 やはりライトさんは世界を変える存在のようですね。

 しかし困りました。

 世界の前に私が変わってしまいそうなのですから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る