特訓
ダンスを体験して思い付いたことがある。
これを俺の戦いに活かせないかと。
いつも通り朝の気絶タイムが終わった後フィオナにお願いしてみた。
「昼の空いている時間を使って修行に付き合ってくれないか?」
「構いません」
フィオナは無表情のまま頷く。
昼食を終え、新しい特訓を開始することに。
宿屋の裏手に向かうと、洗濯物が干してある横に刃引きした様々な訓練用の武器が立てかけてある。
フィオナは刃を潰したレイピアを持って構えている。
そういう武器が得意なのか……
「いつでもいいです。言っておきますが、私は強いですよ。ですが、トラベラーとしての本能故、ライトさんを傷つけることは……」
「いやいや!? 違うんだ! フィオナとの特訓はそういうのじゃなくて…… 俺と踊って欲しいんだ」
「どういうことですか? 遊んでいたらいつまで経っても強くなれないですよ」
「じゃあ俺がやりたいこと説明する。習ったステップをランダムで踊って欲しい。それとリードするのはフィオナだ。俺はそれに合わせて踊ってみるから」
「はぁ……」
フィオナはいまいち理解していないようだが、特訓に付き合ってくれるようだ。
右手をフィオナの背に当て、左手を軽く伸ばし握る。
さてどのステップでくるか。
フィオナと顔を合わせる……
息をしている……
吸う。吐く。吸う。吐く……
動く!
ザッ ドサッ
「うわっ!?」
「きゃあんっ」
俺はフィオナの呼吸に合わせ、体を右に動かす! が、フィオナは左周りに回転し……
豪快にこけてしまった。
リバースターンからきたか……
筋肉の動きからナチュラルターンがくると思ったのに。
「いたた。でもライトさんがやりたいことが分かりました。確かに効果はありますね」
「だろ? でも習ったステップって五つだけだ。完璧に踊れるようになったらまたダンス教室に行かないか?」
「行くならお風呂も行きたいです」
ははは。すっかりはまったな。
でも今までこんな欲求を言ってくることあったかな?
なんか我が儘を言ってくれてるみたいで嬉しい。
この一週間。オリヴィアとの稽古で三十合は切り結ぶことが出来るようになった。
相変わらずボッコボコにされるのは変わらないが……
だがフィオナとのダンスは完璧にこなすことが出来るようになった。
まぁ、習ったステップは五つ。
五択だから大したことないんだけどね。
◇◆◇
さて今日はダンス教室に行く日だ。
グリフは今週は夜勤らしく、お断りされてしまった。残念。
風呂はフィオナのリクエストで二時間入っていくことになった。
出てきた彼女は今日もニコニコ笑っていた。和むなぁ……
冷たい飲み物を買って、飲みながらダンス塾に向かう。
ダンス教室に入るとアマンダ先生が出迎えてくれた。
「あら? あなた、ライトさん……だったわね。今日も踊りにきたの?」
「はい、こないだのワルツの続きを教えてもらいたくて。フィオナと二人で幾らでしょうか?」
「ふふ、二人で二千オレンでいいわよ。今日は生徒さんが少なくてね。私が教えるわ」
やった!
先生の教え方すごく上手いから気持ちよく踊れるんだ。いい日に来た。
先生は俺達を前にし、説明を始める。
今日はどんなステップを教えてくれるのだろうか?
「前回はホイスクまでだったわね。今日はそれに加えてシャッセ・フロム・プロムナードポジション。お互いの足を進行方向に向けて開く、閉じる、開くの三歩のステップを踏んでちょうだい。こんなふうに……」
タッ タッ タッ スゥッ
優雅だな。本当にすごい人だな。
そういえばシグの太刀筋も見惚れるものがあった。
達人の動きっていうのは見る者を魅了するものがあるな。
「次はチェックバック。リードしている方が一歩前、フォローしている方は一歩後ろ、次は出した足を戻して。そして半回転。こんな感じに。スロー、スロー、クイック、クイック……」
一つのステップは難しくないが、組み合わさると難易度が上がる。
「最後にナチュラルターンからのアウトサイドチェンジ。1、2、3で体を左に九十度回転する。これを繰り返すわよ。
さぁ、やってみて下さい!」
俺達は先生の指導のもと、新しいステップで踊り始める。
先生の心地よい1、2、3のリズムの中、指示されたステップを踏んでいく。
そのうち先生はリズムを手拍子だけで取るようになった。
教えたステップを自由に踏んでよいということだろう。
先生はそのうち手拍子を止め、弦楽器を取り出した。
綺麗な旋律だ。
ゆっくりとしたリズム……
何かに導かれるように自然と踊れるように。
目の前にいるフィオナしか見えなかった。
彼女は今日も笑っている。
フィオナの笑顔に見惚れながらも踊り続ける。
旋律がクライマックスを迎える。
最後はナチュラルターンからのアウトサイドチェンジでダンスを終えた。
心地よい疲労感を感じる。
息を整えてフィオナと顔を合わせると……
「んふふ……」
またフィオナがまた目を閉じてる。
横を見ると先生が「あらあら」みたいな表情でこちらを見ていた。
やはり人前では恥ずかしいけど……
今日も軽く触れるように口付けを交わした。
フィオナ自身は恋愛感情を持たない。
俺……いや、俺だけではなく、全ての異性を恋愛対象として見られないという事実は知っている。
それは以前フィオナ自身から聞いた。
だが、何故か俺にキスを求めてきた。
これで四回目だ。
もしかしてやっぱり俺のことが? なんて期待もしてしまう。
過度な期待はしない。想いは伝えないほうがいい。
そう思っていたのだが……
やっぱり自分の気持ちに嘘はつけない。
そうだ、一つ区切りをつけよう。
オリヴィアから一本取ることが出来たら自分の想いをフィオナに伝えよう。
玉砕したっていいさ。
そんな俺達を見たアマンダ先生はニコニコしながら寄ってくる。
「若いっていいわね! 私も昔のこと思い出してしまったわ。踊りも素晴らしかった! これなら貴族の社交界でも通用する出来だったわ。でも終わってからのキスはロマンティック過ぎるわね。ふふふ」
「すいません…… お見苦しいものをお見せしてしまって」
「いいわよ。今日のレッスンはお終いね。また来てください。貴方達を教えるのはとても楽しいの。待ってるわね」
「はい!」
新しいステップを教えてもらった。
これを明日からのフィオナとの修行に使うとしよう。
そして俺はオリヴィアに勝つ。
勝って俺の気持ちをフィオナに伝えるんだ。
あれ? 俺の目的って、アモンに復讐することなんだけど……
はは、少しくらい寄り道してもいいよな。
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