勝利

 更に一ヶ月が経ち、季節はすっかり秋めいてきた。

 オリヴィアとの稽古だが、切り結ぶ回数は五十合を超える日もざらになってきた。

 最後は俺が気絶して終わるんだけどな。

 

 昼はフィオナとのダンス訓練だ。

 休憩中にオリヴィアとローランドが俺達の訓練を不思議そうに見ている。


「あんたらそれが特訓なのかい? 私には遊んでるようにしか見えないよ」

「立派な特訓ですよ。よかったら一緒にどうです?」


「ははっ。また今度にしとくよ。でも中々楽しそうだね。ローランド、暇な時に踊ってみないかい?」

「よせやい。俺らがダンスだなんてよ。パーティの仲間が見たらぶっ倒れるぜ」


 そういうと二人はガハガハ笑いながら仕事に戻っていった。

 楽しいのにな…… 稽古が終わったら教えてあげよう。



◇◆◇



 更に二週間が経過し、俺は完璧にフィオナの動きに合わせて踊れるようになった。

 彼女の呼吸を見逃さず、いつ動き出すかを察知し、視線、筋肉の弛緩からどのように動くかを知れるようになった。


 ダンスを終え、俺達は向かいあう。

 フィオナはニコニコ笑っているから言い辛いのだが……


「ありがとうフィオナ。あのさ…… もう一つだけやってもらいことがあるんだけどいいかな?」

「なんですか?」


「すまん、俺と戦って欲しいんだ」

「…………」


 俺がやりたいこと。それはフィオナに武器を取ってもらい、俺と立ち会ってもらうことだ。

 ダンスを通じて得た力を試したいのだ。

 フィオナに勝ち、そして次はオリヴィアに挑む。


 だが意外なことにフィオナは武器を持たず俺に右手を差し出す。


「握手か?」

「違います。これは異界の武術の一つで、対手といいます。右手の甲を付けたまま戦うんです。

 かなり高度な戦い方ですよ。でも今のライトさんなら出来るはず。これで私から一本取ってみてください」


 対手か。初めて聞く名前だな。

 やってみるか。お互いの右手の甲を合わせる。

 俺はフィオナをじっと見つめる……



 はぁ…… はぁ…… はぁ……



 静かに息をしている。



 口、鼻、喉、血管に至るまでどのタイミングで動くかを察知する。



 はぁ…… はぁ…… はぁ…… ふっ……



 息を吐く…… 今! 



 バヒュッ



 俺の胸を狙って正拳突きを打ち込む。

 速い。オリヴィア以上だ。防御するか? 

 いや、力で拳をさばいてはいけない。



 ―――クンッ


 

 左手でフィオナの正拳突きの軌道を変える。

 まだ突きの力は死んでいない。

 そのまま右手で彼女の腕を掴む。

 その勢いを利用し、フィオナの関節を曲がらない方向に向かわせる。


「くっ!?」


 彼女は大きく体勢を崩す。

 そのまま喉に貫手を当ててしまえば俺の勝ちが決まる。

 だがもう少し試してみたい。


 フィオナと距離を取り、再び右手を前に出す。


「…………」

 

 フィオナは無言で甲を合わせる。



 はぁ…… はぁ……

 ドクンッ ドクンッ



 筋肉の動き、息づかい、脈拍から狙いが分かる。

 喉を突いてくるな。

 急所を狙っているんだ。


「しゅっ!」


 フィオナは大きく息を吐いて、貫手を俺の喉元に。

 今度は攻撃を反らせるのではなく、ギリギリで避ける。



 ドヒュッ


 

 風切り音をたて、フィオナの貫手が俺の頬を掠める。

 大きく隙が出来たのを見逃さない。

 フィオナの手首を掴み、その勢いのまま掴んだ手首を円を描くように回す。

 この力に抵抗すれば脱臼、骨折は免れないだろう。

 フィオナは円を描くように回転し、背中から地面に……



 ドスンッ

 


「きゃあんっ!」


 叩きつけられる。

 フィオナは悲鳴をあげた。

 

「すまん」



 スッ……



 フィオナの喉に手刀を添える。

 俺の勝ちだな。

 フィオナは表情を変えることなく、俺を見つめ……


「ふふ。お見事です」


 あれ? 笑顔になった。

 かなりの衝撃的で叩きつけられたから、ある程度はダメージを負っているはずなのに。

 もしかして、俺の成長を喜んでくれてるのかな?

 

「付き合ってくれてありがとな。おかげで強くなれた気がするよ」


 フィオナを起こすが、彼女はずっと笑ったままだ。


「んふふ、もっと誇っていいですよ。よくがんばりましたね。すごいですよ。ライトさんは自分の力だけで私に勝ったんですから」

「いや、まだだよ。フィオナの拳っていわゆる柔の拳だろ? オリヴィアの剛の剣に対応出来るかまだ分からないからね。ここで勝てても油断は出来ないよ」


 今夜は決戦だな。

 ここで勝利し、フィオナに想いを伝えよう。

 ふられても構わない。今まで通りの関係が続くだけだし。

 この気持ちを胸に秘めたままでは苦しすぎるからな。


 まぁ、ふられたらグリフに慰めてもらえばいいさ。



◇◆◇



 夜になりオリヴィアとの稽古の時間が始まる。


 俺はいつも通り、宿の裏庭に向かう。


「待ってたよ! 今日も時間通りだね!」


 とオリヴィアは笑顔で俺を待っていた。

 いつもだったら嫌で嫌でしょうがないのだが……

 今日は俺も笑顔になってまう。

 

 勝てる。

 そう確信しているからだ。


 オリヴィアはいつも通り、刃引きした大剣を構えている。

 俺も二対のダガーを手に取り構えるが…… 

 稽古に入る前にオリヴィアが話しかけてきた。


「ん? どうした。今日はずいぶんすっきりした顔してるじゃないか?」

「いつも通りですよ。ただ今日オリヴィアさんに勝てたらやっておきたいことがありますので。いつもよりは少し真剣なのかもしれません」


「そうかい。じゃあわたしも少しばかり本気出さないとね。殺す気でいくからね! しっかり受け止めな!」


 ははは、いつも殺す気で来てるくせに。

 稽古という名の戦いが始まった。

 

 フィオナとの戦い同様、オリヴィアの呼吸を探る。  

 オリヴィアはいつものように大剣を後ろに構える。今日も横薙ぎで来るか。  

 顔は伏せているので口、鼻から呼吸を読み取ることが出来ない。

 だが皮膚、筋肉、血管からいつ息をしているか分かる。



 ザッ ザッ

 はぁ…… はぁ……



 俺は距離を詰める

 オリヴィアは息を吸う。

 まだ制空圏には入っていない。


 

 ザッ

 ふぅ……

 


 もう半歩距離を詰める。

 息を吐く

 だがまだだ。



 ザッ

 すぅ……



 吸った…… 

 彼女は準備が整ったようだ。

 後一歩距離を詰めれば彼女の制空圏に入る。



 俺は再び距離を詰める。



 ザッ



 一歩踏み出す。すると……



 ブォンッ!



 来た。やっぱりパリイではだめだ。

 結局パリイってのは力を以て剣を捌く技術だ。

 相手が十の力で剣を振ってきてもこちらに三の力しかなければ七の力がダメージとなって襲ってくる。

 そりゃ腕も折れるわ…… 

 

 だからこそ十の力を十のまま受け流す! 

 流石にそこまでは出来ないか…… 

 今俺に出来るのは二の力を使って八を受け流すぐらいだろうな。


 腕一本犠牲にするつもりで大剣の軌道を逸らせてみた。



 バキィ ブォンッ



 いでっ! 折れはしなかったがひどい打ち身だろうな。

 オリヴィアの剣は豪快に空を斬る。

 


 ガシッ

 


 フィオナとの戦い同様オリヴィアの手首を掴む。


 俺に今まで稽古してくれてありがとうございました。



 グルンッ



「なっ!?」


 オリヴィアの声が聞こえるが、気にせず手首を曲がらない方向に回す。

 持っている力が俺達とは桁違いなんだろうな。

 信じられないスピードで彼女は空中で一回転して地面に叩きつけられた。

 頭から……



 グシャア!



「…………」

 

 あれ? 予定では背中から落ちるはずなんだが…… 

 なんかグシャアとか聞こえたんですけど……


「オ、オリヴィアさん?」

「…………」


 応えない。

 それどころか、白目を剥いて泡を噴いてる……

 ヤべぇ! やりすぎた! 本当は喉にダガーを添えてスマートに勝利宣言をするはずだったのに!



 オリヴィア、死んでないよな……?


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