想いを伝える
「やばい! フィオナ! 回復を頼む!」
俺は地面に倒れ動かぬオリヴィアを見て泣きそうになっていた。
彼女に恨みが無いと言ったら嘘になる。
そりゃ散々俺を痛めつけた憎き相手だ。
何本骨を折られたことか……
いやいや今はそんなこと言ってる場合ではなかった!
だってグシャアだもの!?
人間から発していけない音がしたんだもの!
「フィオナ! オリヴィアを助けてくれ!」
「落ち着いてください。大丈夫ですよ。ライトさんがやられてた時はもっとすごい音がしますたし」
え? マジ? よく生きてたな俺……
でもそんな音がした俺が生きてたんだ。
きっとオリヴィアも大丈夫……だと思いたい。
「すげぇな。まさかオリヴィアに勝っちまうとは!」
相変わらずガハガハ笑いながらローランドがやってきた。
彼はオリヴィアを背負うながら話しかけてくる。
「よくやったな。オリヴィアはお前のこと気に入ってたんだぞ。あいつは強くなるって。でもほんとすげえな。こいつと稽古始めてからまだ五ヶ月ってとこだろ? それなのにこの短期間で勝っちまうとはな。
たまに現れるんだよな。とんでもないルーキーが。お前これからギルド登録すんだろ? よかったらこのままここに泊まれよ、安くしとくからよ」
「あ、ありがとうございます。オリヴィアさんのこと…… 申し訳ございませんでした」
「がはは! 気にすんなよ! こいつも起きたらお前の勝利を喜ぶさ! これからもよろしくな、後輩よ!」
ザッザッザッザッ……
ローランドは豪快に笑いながら母屋に消えていった。
よかった、嫁の仇とか言って襲い掛かってくることはなさそうだ。
それにしても勝ったんだな、あのアマゾネスに……
最初はどうなることかと思ったが努力してよかった。
フィオナの言う地力ってやつが付いたかな。
とりあえず明日から地獄の稽古が無くなることを祈ろう。
この銀の乙女亭は稽古さえなければものすごく居心地がいい。そして料理が美味い。
今更出ていけないさ。
さて俺の気持ちも落ち着いた。
後はフィオナに俺の気持ちを伝えてスッキリしよう。
結果はどうあれ、これを言わないと前に進めない気がするしな。
「フィオナ、ちょっと話したいんだけどいいか?」
「いいですよ。なんですか?」
うぅ、緊張する。
自分から告白するのは初めてだし、なにより相手は人間ではない。
だけど言葉にしなければ想いは伝えられないんだ。
覚悟を決めて……
「単刀直入に言う。フィオナ、君が好きだ。フィオナがトラベラーなのは関係ない。君という存在が大好きだ。
フィオナは俺を守るって言ってくれたけど、俺だって君を守りたい。恋愛感情を理解出来ないって言ってたから、人間でいう男女の付き合いってのも理解出来ないと思う。
でももし、その感情を理解する機会があれば俺を受け入れて欲しい……」
あー、言っちゃったよ……
生まれて初めて告白してしまった。
顔から火が出そうだ。俺よくこんな恥ずかしいセリフ言えたな。自分でもびっくりだよ。
フィオナは俺の告白をどう受け止めてくれるのだろう?
そのフィオナはというと……
あれ? なんかパクパクと口を動かしている。
焦ってんのか?
「ライトさん…… ちょっと思考が追いつきません。す、少し話してもいいですか?」
そうだよな。
いきなりこんなこと言われても困るだろう。
彼女にも考える時間が必要だろうし。
「あぁ、構わないよ」
「あ、ありがとうございます。ライトさんは…… 私のことが好きなんですか? 私は人ではありません。人が抱く恋愛感情というものが理解出来ないのです」
それは知っている。フィオナ自身から聞いた。
でもフィオナは時々だが、俺にキスをせがむようになった。
これはどういうことなのだろうか?
聞いてみるかな……
「こんなこと聞くのもなんだけど…… フィオナはどうして俺を受け入れてくれたんだ? そ、その、どうしてキスを……」
「そ、それは…… 隠していても仕方ありませんね。実は今の私は喜びの感情に目覚めています。お風呂に入った時、ライトさんと踊る時、強い喜びを感じるのです。
それ以上に…… ライトさんとキスをすると感じるのです。とてもとても強い喜びを」
喜びの感情?
もしかして笑えるようになったのはそのせいか?
フィオナは人間ではない。
トラベラーは死ぬことがなく、喜怒哀楽の感情を持たぬ種族。
そのフィオナが喜びの感情に目覚めた。
だが俺のことが好きかと言われたら、肯定は出来ないのだろう。
「そうだったのか。俺はフィオナが笑うようになった理由が分かったよ。俺も嬉しいよ。喜びっていいものだろ?」
「そうですね。喜びを感じると、とても胸が温かくなります。ですが混乱もしているのです。感情というのはトラベラーの私にとって未知のものですから。もしかしたら感情を有することで私にとって不利益が生じる可能性もあります」
なるほどね。
そういうことだったのか。
理由が分かって気持ちが軽くなった。
つまりキスをしたのは俺が好きというわけではなく、ただ喜びを感じるための手段に過ぎなかったわけだ。
ふられたかな……
ふふ、まぁいいさ。
せっかくだ。もう少し話してみよう。
「そうだったんだな。でもさ、喜びを感じるっていいものだろ? 俺、フィオナがお風呂から出た時の笑顔とかすごい好きだよ。本当の人間になったかと思った」
「そうですね。喜びを感じると胸が温かくなって笑顔が出てしまいます。こんなトラベラーは私だけでしょうね。本当に喜びとは好ましい感情だと思います。で、でも一番喜びを感じる時はお風呂やダンスじゃないんです……
そ、それは…… その……」
フィオナが言葉を濁す。気になるな。言って欲しい。
でもその前に俺の気持ちをもっと伝えておこう。後で後悔はしたくないからな。
「俺はフィオナと一緒にいられればいつでも嬉しいよ」
「なっ……!?」
言葉になってない……
ちょっとだけ面白くなってきた。
もう少し聞いてみるか。
「そういえば言いかけたよな? フィオナはどんな時一番喜びを感じてるんだ」
「今です……」
ギュッ
チュッ……
「フ、フィオナ?」
「…………」
フィオナは俺に抱きついてキスをしてきた。優しいキスだった。
あ、あれ? これって、俺を受け入れてくれるってこと?
「あ、あの、これってつまり……」
「ごめんなさい。少しだけ時間をください。この喜びの感情が人間の恋愛感情と同等のものか自分の中で整理出来ていないんです。自分の中で答えが見つかった時に必ず私の気持ちを伝えますから……」
そうか、フィオナも混乱してるんだろうな。これ以上はかわいそうだ。
少し時間が必要みたいだな。
それは俺もなんだけどね。
今日はここまでだな……
「分かったよ。いつか答えを聞かせてくれると嬉しい。でも俺の気持ちは変わらないから」
「わがままを聞いてくれてありがとうございます…… それと、わがままついでにお願いがあるのですが……」
「なんだ? 大抵のことなら聞くぞ?」
「一日一回でいいからキスしてくれませんか……?」
その言葉を聞いた俺はフィオナを抱きしめる。
「ひゃぁん…… ライトさ……ん……」
そのままキスをする。
契約の時のような深い口付けを……
◇◆◇
王都にやって来てから五ヶ月以上が経ちます。
木の葉は色を変え冬の支度をしているようです。
私達は今、銀の乙女亭の裏庭で訓練……なんでしょうか。ダンスをしています。
私のリードで踊るのです。
ライトさんは私の動きを察知し、ステップを合わせます。
最初はナチュラルターン。次はホイスクにしましょう。
その次はリバースターン456。
六歩目で膝を合わせて……
またホイスクにしましょう。
ホイスクが多い? 仕方がないことです。
このステップは相手により密着します。
彼の暖かさを直に感じられるのです。
見事なものですね。
一時間踊り続けていますが、ライトさんはピッタリと私のステップに動きを合わせてくる。
ダンスが終わるとライトさんは私に剣を取るようにお願いしてきました。
自慢するつもりはありませんが、私もそれなりに剣を使えます。
魔法の方が得意だから杖を使っているだけ。
いざとなれば前衛として戦うことも出来ます。
でも普通に戦うのでは面白くないですね。
私は異界で身に付けた対手という戦い方を選びました。
ライトさんと右手の甲を合わせます。
彼は構えたまま私を見つめていました。
膠着を破るべく私は彼の胸めがけ最速の正拳突きを放ちます。
ライトさんは左手を正拳突きに添わせ、軌道を反らしました。
そのまま前方に突きを受け流され、右腕を掴まれます。
彼はその勢いのまま私の腕を取りました。
大きく態勢が崩されます。ここで攻撃されればライトさんの勝ち……でした。
しかし彼は再び私と対峙します。
試したいことがあるのでしょう。
ホブゴブリンとの戦いでもそうでした。
いいでしょう。今度は貫手を喉めがけ放ちます。
すると彼はギリギリで攻撃を避け、私の手首を掴みました。
円を描くように掴んだ手首に力を込め、流れに逆らえず私は投げ飛ばされます
そのまま地面に叩きつけられました。
「お見事」
思わずこの言葉が出てしまいました。
ライトさんは私との訓練の中で理合いを手にしたのですね。
理合い。
それは武の頂に辿り着いた者が手にするもの。
異界の英雄、剣聖ランスロットもこの理合いを使って数多の敵を屠っていました。
その後、彼はオリヴィアとの稽古に移ります。
結果はライトさんの勝利でした。
予想以上の勝利にとても焦っていたようですが。
オリヴィアに勝利しましたが、ライトさんは神妙な面持ちです。
私と話したいことがある?
どうしたのでしょう?
お風呂のお誘いですか?
行ってあげなくもありません。
そんな私の想像を打ち砕くように、彼は驚くべきことを伝えてきました。
「単刀直入に言う。フィオナ、君が好きだ。フィオナがトラベラーなのは関係ない。君という存在が大好きだ。
フィオナは俺を守るって言ってくれたけど、俺だって君を守りたい。恋愛感情を理解出来ないって言ってたから、人間でいう男女の付き合いってのも理解出来ないと思う。
でももし、その感情を理解する機会があれば俺を受け入れて欲しい……」
ドクンッ
キュンッ
この言葉を聞いた瞬間、今まで感じたことのない熱が体中を駆け巡りました。
それだけではありません。
む、胸が苦しいのです。
まるで心臓を鷲掴みにされたように、私は動けなくなり、言葉を失いました。
これは……
喜びの感情?
ダンスの後ライトさんと口付けを交わした時のものに似ていますが、熱量がそれの比ではありません。
落ち着かないと。彼が何を言わんとしているのか落ち着いて理解しなければ……
しかしこの後に続く彼の言葉は私の熱を上げ続けます。
「そうだったのか。俺はフィオナが笑うようになった理由が分かったよ。俺も嬉しいよ。喜びっていいものだろ?」
う……
体がどんどん熱くなります……
「そうだったんだな。でもさ、喜びを感じるっていいものだろ? 俺、フィオナがお風呂から出た時の笑顔とかすごい好きだよ。本当の人間になったかと思った」
か、体が燃えそうです……
「俺はフィオナと一緒にいられればいつでも嬉しいよ」
駄目です、落ち着いてなどいられません……
私は煮立った思考の中で、一つの可能性を思いつきました。
この感情は…… いわゆる恋愛感情というものではないのかと。
あり得ません。私はトラベラー。不死人です。
種を存続させる必要が無い我々にとって愛とは無意味なもの。
こんな感情を持ったトラベラーなど私は知りません。
しかしこの体を駆け巡るこの熱は、もしかしたら……
まだ断定出来ません。
この熱は喜びに近いもの。
人は愛という感情を以て他者を受け入れると聞きます。
もしこれが喜びの感情だとしたら私は彼の申し出を受け入れることは出来ません。
喜びと愛は似ていて非なるもの。
この熱の正体を理解せぬままライトさんを受け入れることは出来ないのです。
すると彼は一つ質問をしてきました。
「フィオナはどんな時一番喜びを感じてるんだ?」
この質問の答えは簡単です。
「今です……」
この瞬間です。
体を駆け巡る熱とは別にかつてないほどの喜びが体から溢れている。
私はどうすればよいのでしょうか?
もっと喜びを感じたい……
そうだ、強い喜びを感じるには口付けが効果的でしたね。
私はライトさんに抱きついて口付けを交わしました。
熱とは別の優しい温かさが胸に宿ります。
なんと心地よいのでしょう……
私はライトさんに考える時間を求めました。
この感情、熱の正体を探るための時間を。
この熱がもし恋愛感情というのであれば彼の申し出に応えたほうがよいのでしょうか?
ふふ、それにしてもライトさんは優しいですね。
こんなわがままな私を待っていてくれるというのですから。
そうだ、わがままついでに一つ彼にお願いしてみましょう。
「一日一回でいいからキスしてくれませんか……?」
言葉にしたのは私なのに、なぜかライトさんの顔を見ることが出来ませんでした。
ガバッ
それを聞いたライトさんが私を抱きしめます。
「ひゃぁん…… ライトさ……ん……」
契約の時のような口付けが交わされました。
もう何も考えられません。
真っ白な頭のまま、彼と唇を重ね続けました。
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