観光 其の一

「ふんふんふふーん」


 鼻歌混じりにチシャが手綱を握る。ヤルタを出た俺達はタターウィンに向けて馬車を走らせ……いや、歩かせている。


 チシャが馬車を操作したいって言うもんだからね。こっそりムニンとフギンに全力で走らないよう言い聞かせておいたのだ。慣れないことをさせて怪我でもされたらね……


 時折不満げな嘶きが聞こえる。こいつらは走るために生まれたような魔獣だ。自慢の八本足も今は手持無沙汰なことだろう。足なのに手持無沙汰とはこれいかに。

 なんて益体も無いことを考える。


「ライトさん、この先にウファって町があるんだけど寄っていきませんか?」

「ん? その町にも温泉があるの?」


「ううん。少し買いたいものがあるんです。お茶でしょ。タオルでしょ。他にも生活雑貨、あとチシャの着るものが少し必要です」


 そうか、生活必需品の補充だな。旅を初めてからもうすぐ一ヶ月が経つ。今回は馬車があるからかなりの量を持ってきたつもりだったが、いろいろ減ってきたんだな。


「分かった。じゃあそのウファって町に寄っていくか」

「ウファはこの街道を右に行ったところにあります。急げば一時間で着きますよ」


 ではムニンとフギンの本気を見せてもらいますか!


「チシャ! ちょっと手綱を貸して!」

「えー、もっとやってみたいのに」


 手綱を受け取りムニンとフギンに話しかける。


「それ! 思いっきり走っていいぞ!」


 二匹は嬉しそうに嘶いてから本気で駆けだした! ふー! 顔に当たる風が気持ちいい!



◇◆◇



 ウファの町に着く。ここは温泉は無いが、一応は観光地らしいな。ドワーフの子供、獣人、人族もいる。色んな種族で賑わっているようだ。

 でも温泉も無いのに、なんでこんなに色んな種族が集まっているのだろうか?


 馬車を止める場所が無かったので俺とチシャはお留守番だ。前回は油断してチシャが拐われた。周辺警戒を忘れない。

 しっかりと手を握って、さらに千里眼を発動しておいた。ふふふ、これで安心だ。


 周囲五百メートルで怪しい奴はいないか? 警戒しつつ辺りを探ってみる……? 


 何だ? 旗を持ったドワーフのもとに多くの人が集まっているな。

 旗に書いてあるのは…… ウファ観光協会が主催するドワーフの採掘体験ツアー?


 ちょっと興味があるな。でもチシャって悪いドワーフに採掘の手伝いをさせられてたんだよな。

 遊びには連れて行ってあげたいが、これは彼女にとって嫌な思い出を掘り起こすことになりかねない。止めておくか。


「どうしたの? ライの目、変だよ?」

「ああ、これね。俺の力の一つでね。遠くの物が近くに見えるんだよ」


「へー! すごい! ライは今何を見てるの?」

「んーとね。色んな人が今から鉱山に行って採掘の体験をするんだって。チシャは興味無いよね?」


「行きたい!」


 何だって!? 意外だった。こんな答えが返ってくるとは。


「ほんとに? だってチシャって俺達と出会う前、鉱脈を探す手伝いをさせられてたんだろ? 嫌な思い出とかあるだろうし……」

「私がやってたのは洞窟に入って、何か感じた場所を教えるだけだったの。教えた後はまた檻に入れられて何も知らないの。

 こないだライに力を見せた時、綺麗な石が出てきたでしょ? 私、ワクワクしちゃった! だって自分の力を初めて見たんだもん! だから採掘っていうのやってみたい! ライとフィオナに綺麗な石をあげたいの!」


 チシャ…… なんていい子なんだ。でもなぁ、むやみに力を使うなって約束させちゃったんだよな。

 一応フィオナに相談してみるか。


 しばらく待っていると両手いっぱいに荷物を抱えたフィオナが戻ってきた。


「よかった。今回は何事も無かったみたいですね。ん? どうかしましたか?」

「あぁ。実はかくかくしかじか……」


「なるほど。正直に言うと人前で力を見せるのは反対です。でもチシャがどうしてもやりたいと言うのなら……」


 フィオナもチシャには甘いなぁ…… 思考がどんどん人間に近付いている。

 これで楽の感情に目覚めたらどうなってしまうのだろうか?


「フィオナ…… お願い! 私やってみたい!」


 瞳をウルウルさせてフィオナを見つめるチシャ。お前もキラキラ光線の使い手であったか。

 チシャの攻撃を喰らいフィオナが怯む。見ていて非常に面白い。


「ふふ、分かりました。でもまずはそのツアーの申し込みをしないと。もう夕方になるから体験ツアーに行くのは明日になりますね。ライトさん、予定には無かったけど今日はここに泊まることにしましょう」

「ありがとフィオナ! 大好き!」


 フィオナに抱きついた。いいなぁ。俺も言われたい。



◇◆◇



 翌日、ウファ観光協会らしき建物を訪ねると多くの人で賑わっていた。

 受付カウンターには長蛇の列が並ぶ。ギルドの依頼受付みたいだな。違いは子供が多いってことだ。

 さて俺達も並ぶとするか。


 自分達の番が来た。髭の受付嬢が説明を始める。


「今日はお越しいただきありがとうございます! お客様は何名でのご利用でしょうか?」

「三名でお願いします」


「ではご利用料金は二百五十万オレンです。お支払いは一括でお願いします!」


 マジかよ!? このぼったくり国家が…… ほんと宝石を換金しておいてよかったよ。

 渋々ながらも金を出す。くっ! チシャの為だ!


「ありがとうございます! ではツアーの内容を説明させていただきます。これから皆さまをトゥーラ鉱山にお連れいたします。そこは主要な鉱脈はあらかた掘りつくしておりますが、時折宝石が採掘されることもあります。最近ではアダマンタイトを採掘されたお客様もいたんですよ。

 採掘出来た鉱石の所有権はお客様のものになります。もし何も採掘出来なかったお客様には、当観光協会マスコットのウーファちゃんキーホルダーを差し上げます!」


 受付嬢はドヤ顔でなんか気持ち悪い人形が付いたキーホルダーを取り出した。

 んなもんいるか……


「「欲しい……」」


 マジか!? フィオナとチシャの感性が理解出来ん……


「以上で説明を終わります。集合は中央広場。旗を持った係が案内いたします。それまでもう少々お待ちください!」


 俺達は中央広場で時間を潰すことにした。

 集合時間まで少しあるな。ちょっとお腹が減ってきちゃった。朝ご飯はパンとスープだけだったしな。


「行く前に食べてくださいね」


 フィオナが俺とチシャに手渡してきたもの…… これは米か? それをボール状に固めてある。


「これは?」

「これも異世界の料理です。名前は分かりませんが。お米の中には具材が入ってるの。携帯食としても便利ですよ」


「おもしろいねー」


 チシャが一口齧る。


「おいしい! 中にお肉が入ってる!」


 どれどれ…… これは!? お米には軽く塩をまぶしてある。

 中にはチシャが言った通り濃い目に味付けされた肉が入っている。

 美味い…… 何故か懐かしさを感じさせる味だ。


「腹持ちもいいし、加工もしやすい。保存もきくし、何より美味しい。どうですか? お米ってすごいでしょ?」

「御見それいたしました……」


「んふふ。満足してくれたみたいで嬉しいです。まだありますからね」


 フィオナ…… なんかもう…… 結婚してください。

 可愛いだけではなく料理も上手。俺のことを愛してくれる。そして夜も積極的。

 確信できる。彼女以上の女性は絶対に俺の前に現れることはないだろう。



 プロポーズ。



 その言葉が頭を過る。アモンを倒して全てが片付いたらフィオナと一緒になるのもいいよな。

 チシャは……もう俺らの子にしちゃえばいいか!

 幸せな想像に浸っていると……


『トゥーラ鉱山に行かれる方! お集まりくださーい!』



 お? 時間だな。今は観光を楽しむとするか。


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