王都に向けて

 邪神との戦いを終え、俺はフィオナを抱きしめ続けている。

 感情が昂ってたせいか、逆に契約の時のようなキスはする気になれなかった。

 全く心配かけやがって。もう一回怒ってやろうか。

 そう思いフィオナの顔を見ると……


「んふふ。どうしたんですか?」

「え? い、いや、何でもない……」


 かわいい…… 

 最近よく笑顔を見せるようになったのだがこの笑顔は違う。心から喜びを感じている笑顔だ。

 キスをする前も笑っていたが、戦闘後ということもあり落ち着いて見る余裕は無かった。


 失敗した…… 

 こんなことなら契約の時みたいなキスにするべきだった。

 もう一回お願いしてもいいかな? 

 再びフィオナと唇を重ねるべく顔を近付ける……


「契約ですかな? では某とも如何か?」


 髭面が俺の視界の端に映る!?


「ひゃぁぁぁっ!」


 びっくりだよ! 

 心臓が飛び出るかと思った……


「ししし、シグっ! 生きてたのか!」

「不覚を取るとは申し訳ない。邪神の一撃を喰らったところまでは覚えているのだが…… まさかライト殿が倒したのか?」


「それなんだが…… 多分俺がやったみたいだ」

「なんと。あの魔物を一人で…… やはりライト殿こそ我が主にふさわしい。是非契約を交わし、貴殿の盾としてあなたに仕えましょう」


 ちょっ!? お前とは契約しないって!

 ちょっと胸元開けてにじり寄ってくる! 

 怖い! 逃げないと!


 シグに追いかけられる中、フィオナが笑顔で俺達を見ていた。

 いや、助けろよ……



◇◆◇



 翌々日、俺たちは町長に呼び出された。

 誘拐事件を解決し、邪教徒を一掃したことでの報酬を貰えることになったのだ。


「初めまして、バルナ町長のクレメンスと申します。この度は事件の解決にご助力頂き、誠にありがとうございます」

「いえ、当然のことをしたまでです。頭を上げてください。それに…… 俺は一人しか救えませんでした。被害者のことを考えると喜べませんから……」


 邪神を倒した翌日、捜索隊が組まれ地下道の一角で十二人分の子供の焼け焦げた人骨が見つかったそうだ。

 肋骨に刃の跡があったので、全員生贄にされたのだろう。

 犠牲者が安らかに眠れることを祈る……


「こちらが謝礼となります。特別に一人当たり百万オレンとさせていただきます。申し訳ございません。本来ならばもっとお支払いせねばならないところですが、昨今のスタンピードで流通が滞っておりまして…… 財政を圧迫しているのが現状なのです」


 スタンピード…… 

 やはり各地で発生し始めたか。

 アモンが関わっているんだろうな。


「差し支えなければ、ライトさんには今度の集会で挨拶をしていただきたいのですが…… この町は事件の影響で暗く沈んでいます。英雄の登場で市民を活気づけてあげたいのです」

「申し訳ありません。それはお受けいたしかねます。私の連れはトラベラーでしてね。あまり目立つと今後の旅に差し支えが出る可能性がありますので」


「そうでしたか…… 残念です。しかしあなた方がこの町の恩人であることには変わりません。またお越しの際はお声掛けください。歓迎いたしますよ!」

「是非そうさせていただきます!」


 町長とは握手して別れた。

 お金も貰ったことだし、そろそろ王都に向かわないとな。



◇◆◇



 町長との面会の翌日、俺達は王都に向けて出発した。

 ここから王都まで一ヶ月か。少し長い旅になるな。

 ここでシグとはお別れだ。


「シグ、お願いした件は頼んだ」

「承りました。ライト殿」


 シグには戦力増強のため、各地からトラベラーを探す旅に出てもらう事にしたのだ。

 契約が恐いからじゃないぞ。

 拠点は王都に構え、こちらの戦力が揃い次第アモン討伐に向かう。

 今は準備期間だ。


「それじゃ行くか!」


 今日はいい天気だ! 

 傍らには笑顔が眩しいフィオナがいる。

 髭面とお別れ出来たので楽しい旅になりそうだ!



◇◆◇



 バルナの町を出たその日の夜。

 早々に野営の準備に取りかかる。

 さて、今日は何を作るか。

 荷物から鍋を取り出したところで……


「今日は私が作ってもいいですか?」

「フィオナが? いいよ。何を作ってくれるんだ?」


「んふふ、秘密です。まぁ見ててください」


 フィオナは鍋にお湯を沸かし始める。

 沸騰したところで、鞄から不思議な物を取り出す。

 見た目は細い糸のようだ。

 乾燥しているみたいだな。


 糸の固まりをそのまま鍋に放り込む。

 すると、糸はほぐれ鍋の中を泳ぎ出す。

 分かったぞ! 

 これが前に言っていたメンっていうやつだな!


「んふふ。これはラーメンっていうんですよ。すぐ出来るから待っててくださいね」


 ラーメンか。聞いたことのない名前だな。

 フィオナはラーメンを茹で終え、器に盛って俺に渡す。

 上には茹で野菜が沢山乗っている……


「美味そうだ。これはどうやって食べるんだ?」

「この道具を使うんです。箸っていう道具なんですよ」


 二つの木の棒を渡してくる。

 初めて見るな。

 フィオナは器用に棒を握り、ラーメンを食べ始める。

 なるほど、これはラーメンを摘まむための道具か。


 見よう見まねで箸を使ってラーメンを口に運ぶ。

 チュルチュルとラーメンが口に吸い込まれていく…… この味は……


「美味い! こんなの食べたことないよ!」

「ふふ、喜んでくれて嬉しいです。バルナの町で小麦の粉が売ってたからメンを作ってみたんです。割りと簡単だからまた今度作りますね」


 夢中でラーメンを啜る。

 こんな美味い物が食べられるなんて…… 

 さすがはトラベラーだ。

 俺の知らない異界の食べ物をいっぱい知ってるんだろうな。


 器はあっという間に空になった。

 作ってくれたお礼として片付けは俺が買って出る。


 それにしても美味かった…… 

 また作ってもらおう。


 


◇◆◇



 ラーメンはライトさんの口にあったようです。

 手持ちの材料が無かったので簡単なものになってしまいましたが。

 彼も料理が上手いので、すぐに作れるようになるでしょう。


 今度麺打ちから作り方を教えてあげようと思います。

 そこまで難しいものではないですから。


 それにしても、私が他種族に料理をふるまうことになるなんて。分からないものですね。

 でも自分の作ったものを食べてもらい、喜ぶ姿を見るのは悪くありません。

 彼の満足そうな顔を見ると胸が暖かくなります。

 私はまた喜んでいるんですね。


 食事が終わり焚火を囲み、お茶を飲みます。

 お互い言葉も無くお茶を啜る。

 落ち着いた時間が過ぎていきます。

 すると……



 ekunokunno ekunokunno omiurexuxuooie



 この歌…… 

 精霊達ですね。歌を歌いながらこちらに近付いてきます。

 精霊達はライトさんを囲みますが、彼は気付くこと無く火を眺め続けています。

 辺りが光に包まれ、一人の女性が現れる……



 女神です。また会うことになるとは。

 私と目が合うと彼女はウインクをし、人差し指を口に添えます。

 女神もこんなことをするのですね…… 

 彼女はライトさんの横に腰掛け、彼の頬に……

 


 チュッ



 口付けをします。



 これは…… 恐らくですが……



 彼女は口付けを終えると私に微笑み、消え去りました。



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