魔法の特訓

 朝が来た。昨夜もフィオナが隣で寝ていたので、相変わらず寝不足だ。

 それにしてもいい天気だ。鳥がチュンチュン鳴いている。


 朝チュンとかやってみたいなぁ。

 生まれたままの姿で眠る恋人…… 

 鳥の声を聞いて目覚める。

 おはようと言って俺にキスをしてくれる…… 

 村の友人に爆ぜろと言い続けてきた俺だが、実は羨ましくも思っていた。


 そんな馬鹿なことを思いながらテントを出る。

 フィオナは既に起きており、お茶を沸かしていた。


「おはようございます。飲みながら聞いてくださいね。実は昨日……」


 彼女は昨日の出来事を語り始めた。

 焚火を囲んでマッタリしている時に女神様が現れて俺にキスをしてくれたそうだ。


「恐らく加護の力が上がっているはずです。少しかもしれないけどマナをお借りして魔法が使えるかもしれません。ほら私達マジストローマに罹った親子を助けたし、誘拐事件も解決したでしょ。善行を積んだのが認められたんだと思います」


 何だと!? それは素晴らしい! 

 生活魔法しか使えない俺にとって攻撃魔法や回復魔法は憧れだ。

 どんなに欲しても身に付かないと思っていたのに…… 


「それでですね。王都に行く前に少し魔法の練習をしてみませんか? 初級魔法でも使えるようになればギルド登録した時、依頼を受けやすくなると思います。討伐対象がレイスとかだった時は魔術師がいれば重宝されますしね」


 そうだな。王都で魔法の練習とか出来なさそうだしな。

 街中で練習してたら騒乱罪とかでお縄になってしまうかもしれん。

 ここは街道沿いだが、少し道を外れれば開けた場所がある。

 近くに森もあり、食料の調達も出来る。


 拠点を平原に移し魔法練習を開始する。

 講師はフィオナ先生だ。

 基本的に無表情だから、厳しそうに見える。

 こっちは初心者なんだ。優しく教えてくれよ?


「それでは練習を始めます。前も言った通り魔法行使に大切なのは呪文、詠唱ではなくイメージすること。発動する『自分』、『属性』、『攻撃対象』、そして最後に魔法名をトリガーとして魔法を発動する。初級魔法のmaltaηfremeaщ火球で練習しましょう」


 よし! やってやるぜ!

 まずは発動する自分。

 生活魔法を使う時のように体内でオドを練る……



 ズズズッ



 ん? いつもと違う…… 

 足元から僅かな熱を感じる。

 これはマナの剣を創造する時の感じに近い。

 次第とその熱が螺旋を描くように体の中に入ってくる。

 これがマナか……! マナが体内を暴れまわるのを感じる!?


 大事なのはイメージ。

 マナを落ち着かせなくては……



 狩りを行う時のように………



 何も考えない……



 獲物だけ見つめる……



 見えない糸で獲物と俺を繋ぐ……



 静かだ……



 シュゥゥンッ



 すると取り込んだマナは体の中で静かに円を描く。

 どうやらじゃじゃ馬慣らしに成功したようだ。


 次は属性。これは簡単。

 狩人に野外活動は付き物。

 生活魔法が使えない時から火起こしは出来てたからな。

 父さんや村のみんなから野営についての全てをみっちり教えられていたのだ。


 次は攻撃対象。

 的は二十メートル先の岩だ。

 弓なら絶対外さない距離。

 当たる自信しかない。


 なんだ、マナのコントロールさえしっかりしてれば魔法なんて余裕じゃないか? 

 これでフィオナに強い魔法とか教えてもらったら俺も大魔導士の仲間入りか。

 なんて明るい未来を想像する。



 よし、発動だ! 喰らえ、俺の渾身の!


maltaηfremeaщ火球!】



 ゴゥンッ!



 伸ばした腕から火の玉が放たれる! 

 火の玉は的の岩に向かうが……



 フワフワフワフワッ



 あれ? ずいぶんゆっくりだな。

 歩くよりゆっくり進んでないか? 

 待て待て、慌ててはいかん。

 初めての魔法なんだ。失敗することだってあるさ。

 ここは威力に期待しよう。なんたって大地のマナを使ったmaltaηfremeaщ火球だ。

 きっとすごい威力があるに違いない! 


 あと少しで着弾! 

 いけーっ! 火の玉は岩に命中! 

 だが……



 ポヨヨーンッ



 岩に当たったmaltaηfremeaщ火球は爆発することもなく、弾かれ空の彼方に飛んでいく…… 

 あれ? どうした俺? 


 フィオナを見ると相変わらずの無表情。

 微妙な空気が流れる…… 


 よし! 本番行こう! 

 デモンストレーションは終わりだ! 

 次は決めてやるぜ!





 この後五時間練習したが、フワフワポヨーンの繰り返しだった……



◇◆◇



「なんで上手くいかないんだ……」


 夕食の兎肉を齧りながら一人ごちる。

 自分でも分かるがマナの取り込みは問題無いようだ。

 イメージするのも大丈夫。

 だが、射出するところで問題があるらしい。

 でもフワフワポヨーンはないよなぁ……


「なぁ、最初ってみんなあんなもんなの?」

「んー、魔法適正によって威力の差はありますが、あれは初めて見ました。逆にすごいです」


 逆にって…… 

 でも挫けちゃ駄目だよな。まだ初日が終わっただけだし。

 俺は攻撃魔法への憧れがあるので簡単には諦められない。


 子供の時、村にはぐれた大型のヘラジカが現れた。

 奴らは草食だが気性は荒く敵とみなすと対象を蹴り殺してくる。

 たまたま交易に来ていたエリナさんがmaltaηfremeaщ火球で駆除してくれたのだ。


 かっこよかった。

 いつもおちゃらけたエリナさんだがこの時は見直した。 

 俺も魔法を使えたらと強く思ったものだ。

 結局は俺には魔法適正が無かったので諦めたんだけどな。


「ライトさんに火属性が合わないだけかもしれません。他の属性で明日試してみましょう」


 そうだな。人それぞれ得意属性があるっていうし。

 気を取り直して明日も練習だ!






 結論から言おう。

 俺はどの属性魔法も一度たりとも成功することはなかった。

 もうなんか俺、病気なんじゃね?ってレベルの酷さだった。


 例えばwaltaфwikima水寄せ

 発動後、空から雨は降ることなく、なぜか脇から大量の水を射出するというカオスをやってのけた。


 例えばvaggabaθic

 発動後何も起こらず、五分後に自分の真後ろに雷が落ちた。


 例えばaireaηvaltщ旋風

 なぜか自分の頭で小さな竜巻が起こり、とても奇抜なヘアスタイルが完成した。


 どうした俺!?


「ライトさん…… ほら、あれですよあれ。ライトさんはあれだから。ね。もう少し練習すれば……」


 フィオナは言葉も無いようだ。

 どう慰めてよいか分からないのだろう。


「無理しなくていい。はっきり言ってくれ……」

「才能がありません」


「はっきり言うな!」

「どうしろって言うんですか」


 ヒドイ! 才能無いって言われた! 

 まだ練習して二日だが、成功する気がしない。


「でもですね。才能が無いからって諦めることはないと思いますよ。どんなことでも続ければ必ず出来るようになるはずです」

「フィオナから見てどれくらい続ければ出来るようになると思う……?」


「百年くらいですね」

「もう死んでるわっ!」


 こうなりゃ魔法は諦めて前衛中心で戦っていくか。

 でもなぁ…… せっかく女神様に認めてもらえたのに。

 マナも使えるようになったのに。



 今日はふて寝してしまおう……



 翌日は回復魔法の練習を行ったのだが…… 

 なんとびっくり! これは成功したのだ! 


 いや半分成功だな。

 腕を引っ掻いてbaθicdalmaヒールで蚯蚓腫れを消す練習をしていたのだが、自分に対しては成功した。

 しかし、同じようにフィオナに回復魔法をかけようとするとくしゃみが止まらなくなる事態になった。


 フィオナは普段無表情なのだが、めっちゃ睨まれた気がした……


 つまりは自分自身に魔法にかけることは出来る。

 やはり魔力を外に放つということのみが圧倒的に出来ないらしい。

 もう回復魔法だけでいいかなぁ…… 


 色々悩みながらも三日目が終了した。  

 その翌日、俺は一つの方法を思いつく。



 それが俺の奥義の一つになるとは、この時は想像もしていなかったな……



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