ライトの勝利とフィオナの気持ち

『るるるるるぉぉぉぃ……』


 俺が斬ったスライム型の邪神が溶けていく……? 何が起こった? 

 俺の力では勝てるはずもない。

 とにかく思考が自分で処理出来ないくらい速くなって…… 



 ズキィッ ドサッ



 ぜ、全身に痛みが走ると共に力が溢れる!?


「ぐぉ…… 痛ぇ……」


 あまりの痛みに膝をついてしまった。

 これは…… オドだ。

 全身に倒した邪神のオドが駆け巡る。

 つまりこれは魔物を倒し、オドを吸収したということ。

 今まで倒した敵とは比べ物にならない量だ。

 俺がこんな強敵を倒したのか……


「ライトさん、すごいですね…… 見てましたよ…… ゴホッ!」

「フィオナ!? 大丈夫か!? なんであんなことをした! どうして俺を追い出したんだ!」


 フィオナを問い詰めつつ、道具袋から回復用のポーションを取り出し飲ませる。

 傷は塞がり顔色が良くなった。

 よかった…… 

 これでもう大丈夫だろう。

 安心したのか急に涙が出てきた。

 フィオナはそんな俺を見つめながら……


「ごめんなさい。結局はライトさんのことを守れませんでした。私が死ねば貴方の寿命を貰うことになるし。どちらにしてもライトさんを助けることが出来なかっ……」

「違う! そんなこと言ってるんじゃない…… お前、残される側の気持ちを考えられないのかよ……?」


 俺は故郷のことを思い出してしまった。

 何も出来ぬまま全てを失った。

 自分の不甲斐無さも思い出す。


「ごめんなさい。涙、それは悲しみの感情。私には分かりません。でもライトさんが生きていてくれた。私はまた貴方と旅を続けられる。嬉しいんです。私の顔を見てください」


 え? 何を言って……?

 フィオナは笑顔で俺を見つめる。

 屈託の無い眩い笑顔で……


「はは…… お前ってやつは……」


 俺はフィオナを抱きしめる。

 本当に生きていてよかった…… 

 思わずフィオナを強めに抱きしめてしまった。


「ひゃあん……」


 ひゃあん? フィオナが悲鳴を上げる。

 でもひゃあんって…… 


「すまん…… つい力が……」

「んふふ、大丈夫ですよ。そうだ、約束を守らないと」


 そう言ってフィオナは目を閉じて、俺に顔を向ける。

 冗談で言っただけなのに…… 

 まぁいいか。



 ―――チュッ



 軽く唇を重ねる。

 胸に暖かい火が灯る。

 何となく…… 

 懐かしさを覚える口付けだった。



◇◆◇



 私達は今召喚された邪神と対峙しています。

 トラベラーの剣士、シグと共に。

 

 邪神からは禍々しいオドを感じます。

 恐らく異界で信奉されている邪神の一柱なのでしょう。

 邪神召喚の儀式は途中で中断され不完全な姿で呼び出されました。

 邪神は本来の姿ではなく、不定形の体で出現したのです。


 厄介ですね。

 この姿なら攻撃力は落ちるでしょう。まともに魔法も使えないはず。

 しかし、耐久力という点では本来の体より大きく上回るはずです。

 不定形の上位種は斬っても統合を繰り返すことが出来ます。

 倒すには一撃で消滅させるか、オドが尽きるまで分裂を繰り返すかしかありません。


 ライトさんには生贄の女の子を安全なところに避難させるようお願いしてあります。

 そのまま入り口に結界を張りました。


 彼は強くなりました。

 サイクロプスを一撃で倒すほどに。

 鈍いライトさんでも少しは自覚しているでしょう。

 しかし、目の前にいる不定形の化け物はどう見ても伝説級の魔物です。

 ライトさんが一人加勢したところで戦局は変わらないでしょう。

 もちろん不利なのは私達です。


 これを倒すには少なくとも五人のトラベラーが必要ですね。

 加勢が望めない私達に出来ることは…… 

 契約者たるライトさんを逃がすことだけでした。


 シグが前衛として邪神の動きを止めます。

 凄まじい太刀筋。

 体の一部を失い、邪神は動きを止めます。

 私は射線上にいるシグに声をかけ、氷属性の魔法を放ちました。


 動きを止めることは出来ましたが…… 

 倒せるはずもありません。


 しかし作戦は合っています。

 少しずつ体を削り、オドの消費を待つしかない。

 シグもそれを理解しているのでしょう。

 剣を突き立て、込めたオドを開放します。


 大きな爆発と共に邪神の体の一部が消し飛ぶ。

 続いて私は雷属性の魔法を放つ。

 不定形には有効な属性の一つです。

 命中すると動きを止め、体から煙を上げる。

 一部が蒸発したのでしょう。

 シグは再び刺突を放ち、オドを開放します。


 しかし、攻撃と同時に邪神はシグの右手を己が体で包んできました。

 不定形の強み、吸収です。

 右腕を喰われたシグに対し、回復魔法をかけ、腕は元に戻りました。

 しかしそれは邪神とて同じこと。

 シグの右腕を吸収したせいで、オドの量が回復したのです。


 邪神は拮抗を破るべく突進してきました。

 不定形とは思えないスピードでした。

 対応出来ずに私達は体当たりをまともに喰らう。

 体の一部を硬質化出来るのでしょう。

 まるで岩の塊が当たったような攻撃でした。


「きゃあっ!?」


 私は悲鳴を上げて倒れこむ。

 まずい、このままでは喰われてしまう。

 シグは体を失っても異界に転移するだけ。

 しかし私はライトさんと契約を結んでいます。

 今の彼では私の復活に必要なオドを内包していないのです。

 加護の力もマナを使うには至っていないはず。

 復活には彼の寿命が必要になります。


「フィオナ! 結界を解け! 契約者としての命令だ!」


 ライトさんの声が聞こえます。

 この状況で彼は加勢に来ようとしているのでしょうか。

 到底受け入れられません。


「だめです…… 逃げて…… 私達が死なないって知ってるでしょ…… シグは異界に飛ばされちゃうけど…… ごめんなさい…… 復活する時、ライトさんの寿命をもらっちゃうかも…… ゴホっ!」


 血を吐く私を見て、彼はマナの剣で結界を切り裂いたのです。


 そんな……

 邪神がそう簡単に外に出られないようオドの半分を使い結界を張ったのですが。

 やはりあの刃は特別だったのですね。


 しかし我が主は愚かですね。

 自ら死地に赴くとは。


「なんでですか……? 勝てない相手に挑むのは……… 勇気じゃない……」

「蛮勇だろ。俺は愚か者なんだ」


 ふふ。自覚していたのですね。


「なぁ、こいつに勝ったらキスしてもいいか?」

「え……? ライトさん、何を言って……」


 我が主は何を言っているのでしょうか。

 ですが悪い気はしません。

 胸に芽生えた暖かい灯を感じます。

 自然と口角が上がりました。


 あぁ…… これが喜びという感情なのですね…… 

 私は笑顔のまま意識を手放しました。




 次に目が覚めるとライトさんは邪神と戦っていました。

 マナの剣を使い邪神の触手を斬り落としています。

 シグ以上の太刀筋です。

 しかし、斬り落とした触手は再び結合……しません。

 そのまま地面に溶けるように消失していきました。

 そうか、彼の持っている剣のマナは聖剣と同じものでしたね。

 エンチャントした聖属性の剣とは比べ物にならない威力です。


 それにしてもライトさんの動きは……

 まったく無駄がありません。

 最小限の動きで攻撃を躱し、次の攻撃に繋いでいる。

 少しずつ邪神の体が小さくなっていきます。 

 このままいけば勝てるでしょう。

 邪神は危機を察知したのか、炎を吐きました。

 超火炎フレアクラスの熱量をもった炎です。

 この距離では避けられない。

 彼には回復の指輪を持たせていますが、死んでしまってはその効果は望めない。


 だが予想も出来ないことをライトさんはやってのけました。

 炎を斬り裂いたのです。

 邪神の渾身の一撃も聖剣の前では無力だったのですね。


 ふと、ライトさんはこちらを振り向きました。

 その顔は…… 瞳から光が失われ細かに揺れていました。表情もありません。

 恐らく高速回転クロックアップしているのでしょう。

 身体強化術の一つですが、これは武の達人にしか使えないような能力なのに……


 私は彼の勝利を確信しました。

 彼は袈裟懸けで邪神を斬り裂く。

 マナの剣が一際強い光を放ち振り下ろされました。

 邪神は断末魔の叫びをあげ虚空の彼方へと消えていきます。



 勝利したライトさんは私の愚行を問い詰めながら、涙を流していました。


 ごめんなさい、我が主よ。

 結局私は貴方を守ることが出来ませんでした。

 盾になることも出来ず、契約者を危険に晒してしまったのです。


「違う! そんなこと言ってるんじゃない…… お前、残される側の気持ちを考えられないのかよ……?」


 彼は嗚咽を漏らしながら私に問います。

 私の復活のために寿命を縮めることに対しての叱責ではないようですね。


 泣かないでください、我が主よ。

 貴方の涙を、悲しみを理解することが出来ません。

 でも私の胸はライトさんに再び会えたで満たされているのです。


「ごめんなさい。涙、それは悲しみの感情。私には分かりません。でもライトさんが生きていてくれた。私はまた貴方と旅を続けられる。嬉しいんです。私の顔を見てください」


 ライトさんは私を抱きしめました。

 喜びとはなんと心地よい感情なのでしょうか。 

 思わず声が出てしまいます。



「ひゃあん……」



 ふふ、私がこんな声を出すなんて。

 喜びが私の胸から溢れてしまいそうです。

 そうだ、忘れていました。

 彼と一つ約束をしていたんですね。

 約束は…… 守らないといけませんね。


「んふふ、大丈夫ですよ。そうだ。約束を守らないと」



 私は目を閉じて、彼の口付けを待ちます。



 ―――チュッ

 


 想像していたのとは違う口付けが交わされました。



 優しく触れるような口付け。



 喜びが胸から溢れ出します。



 あぁ……

 このまま時が止まってしまえばいいのに……



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