召喚

 地下道。恐らくは誘拐犯……いや、邪教のアジトがこの先にある。

 この扉の先に攫われた子供はいるだろう。

 まだ生きていてくれ。


 邪教の連中は許さない。

 だが子供の安全を最優先に考えないと。

 扉に近付くと、中から声が聞こえてきた。

 これは……


『来たれ 地獄を抜け出しし者 十字路を支配するものよ 汝 夜を旅する者 昼の敵 闇の明友にして同伴者よ……』


 やばい! 何か呪文らしきものを唱えている! 

 索敵している暇は無い。

 このままでは子供は生贄として殺されてしまうだろう。

 フィオナ、シグも察してくれたようで俺の動きに続いてくれる。



 バンッ!



「…………?」

「なんだ貴様等!?」

「司祭様! お逃げ下さい!」


 中に入ると黒衣の男達が裸の少女を囲い短剣を振り下ろそうとしていた。

 奴らはこちらを振り向く。

 司祭だろうか。一際豪奢なローブを着ている老人がニヤリと不気味な笑みを浮かべて剣を振り下ろした。


 ヤバい! 間に合わない!

 俺は駆け出……す前にシグが剣の柄に手をかけて……


「ぬんっ!」



 フォンッ ドシュッ



「ぎ……?」

「ぐぉ……」


 シグが剣を振るうと、斬撃が空を舞う。

 男達の上半身がまとめて地面に落ちた。

 シグ…… 何をしたんだ?


「遠当てを使っただけだ。子供は無事のようだな」

「すげ…… さすがだな」

 

 やはりトラベラーの戦闘力は計り知れない。こんなことも出来るんだな。


 それにしてもよかった。生け贄の少女は無事のようだ。

 たが少女は薬を使われたのか、起きる気配が無い。

 出来れば何も覚えていなければいいが。

 自分がこんなおぞましい目的のため命を狙われたなんて知ってしまったら心に大きな傷を残すことになるだろうから。

 

 大きな戦闘になると思ったが、邪教の連中はシグが倒してくれた。

 こんなところ、さっさもおさらばしたいところだが……


「まだ安心しちゃ駄目です。不完全だけど召喚が始まってます。多分邪神の一柱が出てくるはず。ライトさん、その子を安全な所に」


 え? 邪神だと?



 ―――ゾクッ



 辺りの空気が変わった。

 少女が寝かされていた台座の周りの魔法陣が青白い光を発している?

 俺は少女を抱きかかえ、急ぎ部屋の外に運ぶ。


 だが部屋を出たのは俺だけだった。

 フィオナとシグは台座に向け、剣と杖を構えている。 

 まさか……


「ライトさんはそのまま逃げて下さい。シグでしたね。私は契約者からフィオナの名を頂きました。一緒に時間を稼いで下さい」

「承知。天気雨フィオナか。私もこの名に懸けて契約者を守ろう」


「ちょっと待てよ! お前ら置いて逃げられるかよっ! 俺も! あれ……?」



 バチッ



 フィオナがいる部屋に戻ろうとすると見えない壁に弾かれる。

 これは一体……


「結界を張りました。しばらくこの部屋には入れません。心配しないで下さい」

「その通り。ここは我らにお任せを」


 次の言葉を発しようとした時、轟音と共に魔法陣が一際強い光を発した。

 何かが召喚されたのだ。その姿は……


『るるるるるぉぉぉぃ……』


 大きなスライムだった。

 そのスライムは体の一部が盛り上がり顔が浮かび上がっては消えるを繰り返している。 

 それは怒りの声色で言葉を発した。


『うるおぃぃぃ…… われはなぜここに……? いたい…… おまえら…… ゆるさんぞ……』


 また顔が浮かび上がった。

 その表情は怒りだ。

 今まで見たこともない怒りの形相だ。

 アモンに会った時のように全身の毛が逆立つ感覚を覚える。

 これは絶対にやばい奴だ……


「フィオナ! 結界を解け! お前らも逃げろ!」

「ごめんなさい。それは出来ません。このまま奴が地上に上がったら町が壊滅します。こいつは私達が倒します。

 ライトさんは生きる。町を守れる。誘拐事件を解決してお金がもらえる。私達は契約者を守る使命が果たせる。これで三者とも利益を得ることが出来ると思いませんか?」


 最後の言葉…… 俺がフィオナに言った言葉じゃないか。

 俺は返す言葉を失い、そのまま戦いが始まってしまった。


 スライムの体を持つ邪神は形を変えながらフィオナに迫ってくる!


『くって……やる…… くってやるぞっ! おぉぉぉぉぉぉっ!』


 迫りくる邪神の前にシグが出る!


「せいっ!」



 ブンッ ドシュッ



 シグが斬撃を放つ。

 一秒に満たない間に何回剣を振ったのだろうか。

 スライムの一部が細切れになって辺りに飛び散る。


「シグ!」


 フィオナがシグに声をかける。

 シグは察したのかサイドステップで邪神と距離を取る。

 その瞬間巨大な氷の槍がスライムを貫く!


vaggavalotja!】

 


 ジャキィンッ グシャアッ!



 す、すごい魔法だ。

 フィオナの魔法は見たことがある。

 だがここまですごい魔法は俺の前では使ったことがない。

 フィオナ、こんなに強かったんだな……


 彼女は笑うようになった。

 たまに彼女がトラベラーであることを忘れてしまうが、この強さを目の当たりにすると、やはり人を超越した存在なのだと再認識してしまう。


「喰らえ!」


 動きが止まった邪神に対し、シグは刺突を放つ。


「爆散!」



 ドゴォンッ!



 剣に込めた魔法だろうか。爆発が起こり邪神の体は炎に包まれ飛散する。

 こ、これもすごい……

 勝てる。

 こいつらなら勝てるはずだ!

 

vaggauratal!】



 バリバリバリバリッ!



 今度はフィオナの杖から電撃が走る。

 邪神の体は煙を上げ動きを止める。シグは既に射線から外れていた。

 すごい…… これがトラベラーの本気か。

 俺が足手まといなはずだ。


「これで終わり……ではありませんね」

「然り」



 ブルブルッ ヌチャァァッ



『るるるるぉぉ…… き、きかな……いぃぃぃ。るるるるるぉぉぉ……』


 マジかよ……

 邪神は再び動き出す。

 細切れになった体が本体に向かって……


 

 グチャッ

 


 再び一つになる。

 不定形の魔物の強みか。

 再生能力が異常に高いんだ。


elmentzhoσlont聖属性付与!】


 付与魔法だろうか。

 フィオナがシグの剣に魔法をかける。

 するとシグの剣が眩い光を放つ。

 すごい…… あんなことも出来るのか。



 ブンッ ザクッ!



「喰らえ! そして、爆散!」



 ドゴォォォンッ!



 先程とは比べ物にならないほどの爆発が起こる!

 煙で辺りが見えない。

 や、やったのか? 

 俺は二人の戦いを見ていることしか出来なかった。


 煙が薄くなり、視界が開けた。そこで見たものは……

 シ、シグ。その腕は……


「ふん。一足遅かったか」

 

 シグの右腕は無くなっていた……

 だが表情を変えることなく残った腕で剣を拾う。


mastdalma超回復!】

 


 シュゥゥンッ



 シグの失われた腕が生えてきた。

 しかし右腕の防具は失われており、防御力は落ちるだろう。


 不味い。このままではじり貧で負ける。

 相手は邪神だ。トラベラーとはいえ二人だけでは敗北は免れない。



『くくくくくくくくってやるーーーーーー!』



 ズォォォォッ!



 邪神は咆哮を上げて突っ込んでくる。

 不定形とは思えないほどの速さだ。

 巨大な岩に弾かれたように……



 ドスゥッ 

 


 二人の体が宙を舞う!


「ぬぉっ!」

「きゃあっ!」


 トラベラーは感情が無いとはいえ、痛みは人並みに感じるんだ。

 宙に舞った二人が地面に叩きつけられる。


 見ていられない……


 もう我慢出来ない!


「フィオナ! 結界を解け! 契約者としての命令だ!」


 俺は叫ぶ! 

 だがフィオナは倒れたまま、俺を見つめ……


「だめです…… 逃げて…… 私達が死なないって知ってるでしょ…… シグは異界に飛ばされちゃうけど…… ごめんなさい…… 復活する時、ライトさんの寿命をもらっちゃうかも…… ゴホっ!」


 フィオナはそう言って血を吐いた。

 違う。寿命とかもう気にしちゃいねぇよ。

 目の前で仲間がやられてんだよ。

 故郷でスタンピードが起こった時、俺は何も出来なかった。

 俺はまた仲間を、家族を見殺しにするのか? 



 違う!

 助ける! 

 絶対だ!

 手にしたダガーにオドを流し込む!



 ブゥンッ



 ダガーから光り輝く刀身が伸びる!


「おらぁー!」


 

 ブンッ キィィンッ

 


 渾身の力を込め結界目掛けダガーを、いやマナの剣を振り下ろす。

 なんの手応えも無く刃は結界を斬り裂き、結界は光を失い消滅した。


 俺は部屋に戻る。

 フィオナはそんな俺を見て、弱々しい声で話しかけてきた。


「なんでですか……? 勝てない相手に挑むのは勇気じゃない……」

「蛮勇だろ。俺は愚か者なんだ」


 フィオナ、今度は俺の番だ。

 ゆっくり休んでてくれ。

 

 さぁ、化け物。今度は俺が相手をしてやる。

 とは思ってみたものの……

 目の前の強敵とどう戦うか。

 勢いで入ってきたが俺でこんな化け物に勝てるのか? 


 ま、賽は投げられたってやつだな。

 やれるだけやってやるさ。

 なんだろうな、勝てる気がしないのに落ち着いている。

 俺と邪神の戦力差は歴然だ。

 慌ててもしょうがないことを体が分かってるんだろうな。


 そうだ、もしもこいつに勝つことが出来たら……

 フィオナに話しかける。


「なぁ、こいつに勝ったらキスしてもいいか? この間はしなかったろ?」

「え……? ライトさん、何を言って……」


 意地悪っぽく聞いてみる。

 俺を仲間外れにした罰だ。

 だがフィオナは微笑んでから……


「んふふ…… 考えて……おきます……ね……」


 気絶したのか答えは聞けなかった。

 意地悪して悪かったな。

 ゆっくり休んでいてくれ。


 さて、やるか。



 メキョッ


 

 まずは身体強化術を発動。

 視界から一つ色が消える。

 まだだ。更に力を込める。

 視界からもう一つの色が消えた。



 メキィッ ピシッ

 


 全身の筋肉が張りつめる。う、やり過ぎたかな。 

 痛みが走り、骨にひびが入るのを感じる。

 

 そういえば地力が上がったせいか、筋肉痛にならなかったな。

 俺に身体強化術を教えてくれたバカ犬獣人は、身体強化術は三段階に分けられると言っていた。

 最終段階の一つ前まで術をかけてみるか。


 更に力を込める。心臓の鼓動が早くなる。

 脳が揺れているような感覚。

 そして視界から完全に色が消え去る。

 目の前に広がるのは白黒の世界。


 俺はマナの剣を構えつつ千里眼を発動する。効果範囲は戦闘が行われるであろうこの空間にのみに絞る。これで死角は無くなったな。千里眼、マナの剣、身体強化術。手持ちのカードは全て出し切った。目の前の邪神が近づいてくる。体から触手みたいの出して振り回して俺を叩き潰そうとするが……動きが遅い。そんな遅い攻撃を喰らうとでも思ってんのか? 迫りくる触手を斬り落とす。そういえばこいつは切っても再生するんだったよな? 警戒しておかないと。だが斬り落とした触手がウネウネと蠢いた後に地面に溶けていく。これはどういうことなのだろう? 邪神の攻撃は止むことはない。今度は多数の触手を出して俺に迫りくる……が、やっぱり動きが遅い。俺は全ての触手を斬り落とす。そこで邪神の動きがようやく止まった。悲鳴を上げ、邪神は後退を始める。逃がすかよ。今度は俺が攻撃する番だ。だが、そこで邪神の体に変化が。緑色だった体が赤く変色する。赤い光を放ちつつ、胴体に大きな穴が空く。これは……? 邪神は胴体の穴から火の玉を吐いてきた。どうする? 避けるか? でも避けるにしては大きすぎる。部屋の半分を飲み込もうかという大きさだ。斬る。なぜか斬ることが出来ると思えた。マナの剣を構える。火の玉がゆっくり近付いてくる。剣を大上段に構え……火の玉を両断する。火の玉は虚空に消え去った。邪神が悲鳴を上げる。スライムの体から顔が浮かび上がる。恐怖の表情で。許すと思うか? お前はフィオナを傷付けたんだ。殺そうとしたろ? お前は召喚によって、無理矢理ここに連れてこられた。怒る理由は理解出来る。だがな、それは暴れていい理由にはならないんだよ。大上段に剣を構える。渾身の力で剣を振り下ろす。抵抗も無くマナの剣が邪神を斬り裂く。地獄に帰れ。くそったれが。そこでようやく自分の身に何が起こっているかに気付いた。



 思考が速くなってる……? 



 

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