久しぶりだね
「ライトー、ごはんよー」
「分かったー。今行くねー」
さっさと終わらせなくちゃな。鍬を大きく振りかぶって……
ふんっ!
ザクっという音を立てて地面に鍬の刃が刺さる。
ふー。これで畑の出来上がり。
俺は井戸で手を洗い、家に戻ると母さんお得意のミネストローネが用意されていた。
スープをすすりつつ考える。
俺は先日アモン……代行者を退けることが出来た。今まで転生してきた中で初めての経験だ。
つまり俺を縛る因果律が崩れたことを意味する。今俺に料理を振る舞っている母さんの存在がそれを物語っている。
いつもだったら代行者に殺されてしまうんだよな……
因果律が崩れた。つまりこれからの俺には全くの新しい人生が待っているということだ。
何が起こるのだろう? 不安と期待が織り交ざる。だけど今俺が一番やりたいことは……
「母さん! 他に何かして欲しいことはないの!? 俺なんでもやっちゃうよ!」
母さんは俺の顔を見てちょっと困った顔をして笑う。
「ふふ。そんなにやって欲しいことなんてないわよ。急にどうしたの?」
俺のやりたかったこと。それは親孝行だ。
今までの人生で出来なかったこと。今まで死んでいった俺の親に出来なかったことを目の前にいる母さんにやってあげたい。
「何でもいいんだって! 掃除でも洗濯でも! そうだ! 俺が今夜の夕食を作るよ!」
「もうライトったら。いいのよ。それは私の仕事だから。あ、そうだ。ライトにやってもらいたいこと…… ふふ、ライトのかわいい彼女を紹介して」
母さん、俺に彼女がいないこと知ってて言ってるでしょ?
ははは、この世界でも母さんはお茶目だ。
益体も無い話をしながら、俺は真新しい一日を過ごす。
ふふ、体験したことの無い一日がこんなに楽しかったなんて。
夜が来て、俺は幸せな気持ちのまま眠りにつく……
『ライト、起きて』
この声は…… レイか。どうした?
『ごめんね、起こしちゃって。今日はね、お別れを言いに来たんだ』
お別れ? そんな…… どうしてそんなことを言うんだ! いやだ! レイと別れるなんて!
『ふふ、わがまま言っちゃだめだよ。前に言ったじゃないか。僕の存在意義は君を助けることだって。代行者を退け、父さんと母さんが生きていける世界では僕は不要ってことなんだよ』
そんなの関係無い! 俺はお前が好きなんだ! お前のおかげで俺はここまで来れたんじゃないか! レイ、考え直してくれ!
『ふふ、嬉しいな。そんなことを言ってくれるなんて…… でもね、やっぱり僕は行くよ』
行くってどこへ?
『君の意識に溶け込むのさ。僕らはまた一つになる。でも心配無いからね。辛い記憶は封印してあるから』
レイ…… お前はそれでいいのか?
『ふふ。お別れって言っても意識が一つになるだけなんだよ。僕が死ぬ訳じゃないんだ。だからライト…… いいね? ここでさよならだよ』
レイは俺に抱きついて優しく光り始める。
ゆっくりその姿を消していく……
俺はレイを抱きしめることしか出来なかった……
『ははは、ライトったら。そんなに泣いちゃって。泣き虫なのは変わらないね』
ははは、それはお前も一緒じゃないか。レイの目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちている。
『それじゃあね…… フィオナのこと…… 頼んだよ……』
ああ、任せてくれ。じゃあな…… レイ……
そうしてレイの体は完全に光に溶けていった。
目が覚めると心に残る急遽な穴を感じる。
レイ、今までありがとう……
俺は泣きながら己が胸を抱きしめる。
この日、俺は一番の友を失った……
◇◆◇
レイを失って数日、俺は空虚な気持ちのまま過ごすことになった。
まるで己が半身を失ったかのような気持ちで……
俺は今一人で村を見下ろせる丘の上で座っている。
失った友のことを想い涙を流す。
はは…… このままじゃだめだな。俺がこんなじゃレイに笑われちゃよ。
俺は立ち上がる。
さぁ、何をするかな。恐らくもうすぐトラベラーが現れるだろう。
でもこのまま王都に行く必要は無くなったんだよな。
だってアモンは後五年は行動を起こさない。
きっとアモン……いやアーニャは約束を守ってくれるだろう。
でも王都には恩師や友人がいる。この世界でもきっとグリフ達はいるだろう。
やっぱり会いに行くか。帰りたくなったら瞬間移動で村に帰ればいいだけのことだ。
よし、父さん母さんに伝えなくちゃ……
家に帰ると母さんが夕食の支度をしていた。
父さんはまだいないか。先に母さんに言っておこう。
「ただいま」
「あら、ライト。お帰りなさい」
そう言って母さんは料理の続きをする。
俺は母さんの横に立って、台の上に置いてある人参の皮を剥き始めた。
「手伝ってくれるの? ふふ、ライトはほんといい子ね」
「いい子って…… もう二十歳なんだけど……」
はは、母さんにとっては俺はいつまでも子供なんだろうな。
「ライト。言いたいことがあるみたいね。どうしたの?」
俺の気持ちに気付いたのか、母さんが問いかけてくる。
そうだ…… そういえば俺が家を出るということを伝えるのは初めての経験だ。
今まではそれを言うことなく母さんは死んでしまったんだよな。
どんな反応をするんだろう? 俺は恐る恐る口を開く。
「母さん…… 俺、近い内に王都に行こうと思うんだ」
「…………」
俺の言葉に母さんは動きを止め、少し悲しそうに俺の顔を見つめる。
でもすぐにいつもの輝く笑顔に戻った。
「そう、いいわよ。ライトが決めたことなら母さん反対しない。頑張るのよ」
そう言って母さんは人参を切り始めた。
「いいの?」
「もちろんよ。少し寂しくなるけどね…… でも嬉しいの。ライトも大人になったのね。ふふ、今夜はそのお祝いをしなくちゃ!」
母さんは切り終わった人参を鍋に入れる。ミネストローネだ。
でも今日のミネストローネは少ししょっぱいだろうな。
だってさっきから母さんの涙が鍋の中に入っているのだから……
翌日、俺は旅の支度にかかる。
鍛冶屋で少し高価なダガーを、雑貨屋で保存食を買って家に戻る。
「ん?」
家の前に着く前に気配を感じた。
俺を見ている奴がいる。
そうか、トラベラーだ。
彼らが俺の前に現れるのは因果律の通りだな。
今回はどんなトラベラーが来るのだろうか?
後ろを振り向く。
その姿は……
綺麗な子だった。
綺麗な銀色の髪。
ローブを着て魔法の杖を持っていた。
表情は…… 笑顔だ。
トラベラー特有の異質な気配は感じられなかった。
彼女も俺に気付いたのかこちらに駆け寄ってくる。
お互い言葉を発することはなかった。
はは、そりゃそうだ。キスで口が塞がれちゃってるからね。
抱きしめた。強く…… とにかく強く抱きしめた……
もう離さない……
長い、とても長いキスを終えお互いの顔を見合わせる。
何か言わなくちゃ。
でも出てきた言葉は……
「フィオナ…… 久しぶりだね……」
「はい……」
本当はもっとロマンティックな言葉を期待していたんですよ
はは、そう言うなよ
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