結婚式 其の二

 再び獣人の国サヴァントの首都であるラーデに入る。

 街はクーデターが起こったとは思えないほどの落ち着きを取り戻していた。

 グウィネは久しぶりの帰省ということもあり、普段とは比べ物にならないほどテンションが高い。


「ほらほら! 見て! あそこでよく遊んだの!」


 グウィネは中央広場を指差してはしゃいでいる。あそこって俺が刺された所だよな? 

 うぅ…… 思い出すとお腹が痛くなる……


「ライトさん、大丈夫ですか? 回復魔法が必要ですか?」

「いや、大丈夫だ。心配かけてごめんな」


 グウィネは俺達のやり取りが目に入っていないようだ。一人で佇んでいる。


「この広場でみんなで追いかけっこして遊んだ…… みんな元気にしてるかな?」


 グウィネがしんみりと思い出に浸っていた。子供の時のグウィネか。さぞ可愛かったに違いない。

 おや? 遠くからグウィネを呼ぶ声が聞こえる。


「グウィネお姉ちゃん!」


 少女がグウィネの胸に飛び込んでくる。人族タイプの獣人だ。

 十歳くらいかな? 立ち耳族だ。


「ラウラじゃないの! 久しぶりね!」


 グウィネはラウラと呼べれた少女の頭を撫でる。ラウラはそれに応えるようにグウィネの豊満な胸に顔を埋める。

 グリフはそれを、ちょっと羨ましそうにそれを眺めていた。

 お前は夜にその素敵なものを独占してるんだから我慢しなさい。


「お姉ちゃん、いつ帰ってきたの!? 酷いよ! 三年も戻ってこないなんて!」


 ラウラは上目遣いでグウィネに迫ってくる。怒ってるようだが尻尾は振りっぱなしだ。相当喜んでるな。

 グウィネの知り合いならばそろそろ自己紹介しとかないといけないかな。


「こんにちは。君はグウィネのお友達かな? 俺はライトっていうんだ。よろしくね。ラウラちゃん」

「人族……」


 ラウラは警戒しているようだ。グウィネにぎゅって抱きついて耳を後ろに伏せている。

 ちょっと悲しい。恐い人じゃないよ。


「大丈夫よ、ラウラ。この人は私の友達よ。ごめんなさい、この子人族を見るの初めてで。紹介するわね。ラウラっていって、私の家の使用人の子なの。ずっと一緒に育ったから妹みたいな存在ね。ほら、ラウラ。みんなに挨拶して」

「初めまして…… ラウラっていいます……」


 ラウラはグウィネの後ろに隠れてぼそっと自己紹介をしてくれた。


「もうこの子ったら。こちらはフィオナさん。私の友達よ。そしてこっちはグリフ。私の婚約者なの」

「お姉ちゃん結婚するの!?」


 ラウラの尻尾が垂れ下がる。大切なお姉ちゃんを取られると思ってるのかな?


「そんながっかりした顔しないの。そうだ、悪いけど、お父様とお母様に伝えてくれるかしら。グウィネが帰ってきたって」

「うん……」


 ラウラはしょんぼりしながらこの場を去っていった。なんか悪いことしちゃったかな? 

 グウィネの家に住んでいるなら後で会えるだろ。傷付かないよう説明してあげなくちゃな。


 グウィネの家に向かう前に俺達は宰相閣下ことカイルおじさんを訪ねる。

 こいつらの結婚に関して一番働いてくれたのはおじさんだ。


 お礼も兼ねて挨拶しに行くことにした。



◇◆◇



「「お待ちしておりました!」」


 王宮正門にいる衛兵が声を揃えて迎えてくれる。

 ふっふっふ。俺はこの国を救った英雄なのだ。これくらいの扱いを受けて当然だろう。


 王都の王宮とは違い、俺はここをある程度自由に歩ける。

 案内は必要無いので、四人でおじさんの部屋に向かう。

 するとグリフが声を震わせながら話しかけてきた。

 

「なぁ、ライトってこの国の宰相閣下とも顔見知りなんだよな? 一体どこで知り合ったんだよ?」

「拾った」


 グリフがキョトンとした顔で、グウィネはひくひくと顔を引きつらせている。だって本当のことだし。


「いやな。子供の時、近所でアイツが行き倒れてたんだわ。なんかでかい犬だなとは思ったが、放っておくのもかわいそうだし、家で飼うことにしたんだ。それがカイルおじさんだった訳だ」

「カイル様ってこの国でも有名な血筋なのよ…… 何度も王を出しているデレハの家の人なのに……」


 俺にとってはクソ犬だが宰相をやれるぐらいだ。それは優秀なのだろう。この縁談をまとめてくれたのもおじさんだ。

 四十を超えて貯金が全く無かったりと人として駄目な面がちらほらするのだが。おじさんの私室に入ると……



「やってられるかー!」

「閣下!? 落ち着いてください!」


 

 ―――ブンッ バシィッ



 デジャヴかな? おじさんが書類の束を壁に投げつけている。次から次へとくる業務に忙殺されているようだ。

 前回と違う点はルージュがこの部屋にいるってことぐらいだ。お手伝いかな?


「前に来た時より書類が多くなってない?」

「ライトか…… よく戻ったな。全く、この量の仕事を一人で賄えるか! 息抜きだ、座れ。ルージュ、茶を頼む」

「はい」


 床に散らばっている書類を避けるようにしてソファーまで辿り着く。おじさんは憎々し気に書類を踏みつけながらドカッとソファーに腰かけた。


「ふん。叙爵式は上手くいったみたいだな。報告はルージュから聞いている。ライト ブライト。悪くないな。で、そっちがグリフだな。よく来た。歓迎する」


 おじさんがグリフに握手を求める。アワアワしながらもグリフはおじさんの握手を受ける。

 そんな緊張する必要無いぞ。政治家としての能力は高いだろうが、その人の中身はダメ獣人だからな。


「さ、宰相閣下! 私達のためにご面倒おかけして申し訳ございません!」


 グウィネも頭を下げる。


「そっちはスースの娘だな。気にすることではない。スースは献身的に王に仕えている。この度もあいつの働きがあってこそ王は生き残ることが出来た。その働きをもって爵位を上げてもいいと思っていたところだ。

 それにラウラベル家は異種間結婚の候補の一つでもある。その役目が早まったと思えばいい」


 おぉ! おじさんがもっともらしいことを言っている! そりゃ国のナンバー2だもんな。これぐらい言えて当然か。

 小難しい手続きは全部ナイオネル閣下がやってくれた。こっちでは何かすることがあるかな? 

 話を聞く前にルージュがお茶を出してくれた。


「ライトさんが士爵ですか。おめでとうございます。閣下、二人のお披露目の日取りはいつにしますか?」

「そうだな。なるべく近い内がいい。国民はこのクーデター騒ぎで心も体も傷付いている。祭りでもやって憂さを晴らしてやらないとな」


 え? お披露目? 祭り? 色々聞いてない単語が出てきたぞ?


「アルメリアでは何もすることは無かったけど、こっちではそんなことするの?」

「いや、普段は王の前で調印をするだけなんだ。でもな、今回から趣向を変えてみたい。さっきも言ったが今、国民には明るい話題が必要なのさ。二人にはその駒になってもらいたい。二人の結婚式を盛大に祝わせてくれ」


 ぷぷっ。面白いことになってきたぞ。グウィネは嬉しそうな顔をしているが、グリフは青い顔をして微動だにしない。

 グリフの肩に手をかける。


「グリフ…… 逝ってこい……」

「おまっ!? 他人事だと思って! 宰相閣下! 俺……いや、私は大勢の前に出るのが苦手でして……」


「すまんがこれは私的な結婚ではない。国益に絡むものだ。宰相としてお前達の結婚が国民の意気軒昂に繋がるのであれば、これを逃す手はない」


 おじさんは譲る気は無いようだ。俺も悪乗りしてしまい笑いながらグリフに話しかける。


「いいじゃねぇか。サヴァントの皆さんに祝ってもらうんだ。おじさんに恩を返すと思ってしっかり役目を果たしてこいよ!」


 と、適当なことを言っていた俺だが。

 カイルおじさんはそんな俺を見て驚きの一言は発する……


「ライト、お前も結婚式には参加な。クーデターを止めた英雄として挨拶をしてもらうからな。覚悟しておけ」

「な、なんですと!?」


「がはは! 俺がただでお前のために骨を折ると思ったか! お前からグリフ達のことを聞いてからすでに青写真は出来上がっていた。ここまで来たら後は実行あるのみだ! 

 それともお前は恩を仇で返す男だったか? もちろんやるよな?」

「…………」


 このクソ犬が…… 政治家ってのは怖い。いつの間にか俺達はおじさんの手の上で踊らされていたようだ。

 でも恩を仇で返すってのはいかんよな。確かにおじさんは俺達のために動いてくれた。


 それにこの国の困ってる人を救いたいって気持ちもある。これが助けになるのならピエロになるのも悪くないか……


「分かったよ。それじゃ細かいことはそっちに任せるよ」

「それでこそ俺の元飼い主だな! 近い内に知らせが届く。お前どこに泊まる予定だ?」


「特に決めてないな。適当な宿に泊まるよ」


 グウィネがおずおずと手を上げる。


「あのー…… よろしければ家に泊まりませんか? そこまで大きくはありませんが、ライトさん達を泊めることぐらいは出来ると思います。それにお父様達に挨拶もしていただきたいので……」


 そうだな。スースさん達にも説明しなくちゃいけないし。それにしても思わぬ展開になったな。

 俺、みんなの前で何言えばいいんだろ? はー、気が重い……


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