結婚式 其の三

 くそ…… カイルおじさんにしてやられた。

 グリフ達の結婚をだしに使うのはまだしも俺をも利用するとは。


 大勢の前でスピーチか…… 何を言えばいいんだ? 

 トボトボと歩いているとグウィネが声をかけてくる。


「ライトさん! 顔死んでますよ! これからお父様達に挨拶するんですから気持ちを切り替えましょ!」


 あれ? いつの間にグウィネの家があるであろう貴族街に入っていたようだ。

 大小、多くの豪華な外装の家々が並ぶ。小さい家でも俺の家より三倍はでかい。

 ここがお金持ちが住む世界か。


「お姉ちゃん!」


 ラウラが出迎えてくれた。メイド服を着ている。お母さんが使用人って言ってたな。ラウラもそうなのかな? 

 グウィネの家は貴族街の中でも大きめな方だな。外観から察するに部屋数は十くらいありそうな大きさだ。


「ラウラ、待たせてごめんね。お父様には私が帰ってきたこと伝えてくれた?」

「うん!」


 グウィネはラウラの頭を撫でる。尻尾はちぎれそうなほど振られている。犬っ娘メイドかわいいなぁ…… 

 ラウラに案内され家に通される。一階ホールではスースさんとノーマさんが出迎えてくれた。


「グウィネ!」

「お父様! お母様!」


 三人がお互いを抱きしめる。その顔には涙が浮かんでいる。親子の再会か…… 羨ましいな。俺にはもう出来ないことだ。

 俺の雰囲気を察してかフィオナが手を握ってくれる。ありがとう。俺は大丈夫だよ。


「ライト殿! 色々話したいことがあるが、これからもよろしく頼む!」


 スースさんはグウィネを抱きしめたまま俺に挨拶をする。

 そういえばどこまでこの結婚の話を知ってるんだろうか。おじさんに聞いてくるの忘れてた。


「はい! よろしくお願いします! ところで閣下からは何か聞いてませんか?」

「二つある。今回のクーデターの中、クヌート様に献身的に仕えたことが評価されて陞爵すると伝えられた。

 そして異種間結婚の相手としてグウィネが選ばれた。その相手はライト殿の義理の息子だと。そちらの方がグウィネのお相手かな?」


 どうしよう。全部正直に言ったほうがいいかな? 

 それにもう二人が結婚することは決まっている。下手な嘘をつけば、後々面倒になる。

 これは全て正直に話して、謝った方がいいだろうな。


「申し訳ございません。順を追って話そうと思います。少し時間がかかる話なので……」

「そうだな。客人を立たせたままで申し訳ない。ラウラ、ライト殿を案内してくれ」


 ラウラに促られリビングに通される。ソファーに腰をかけるとお茶が出された。


「では聞かせてくれるか?」


 グリフとグウィネが並んで青い顔をしている。

 むぅ…… しょうがない奴らだ。家長として上手くまとめてやらないとな。



◇◆◇



 初めから全部話した。俺達との出会い、グリフと付き合いだしたこと、結婚を決意したこと、挨拶に行こうとしたらクーデターが起こったこと。

 スース夫妻は難しい顔をして俺の話を聞いている。グウィネは泣き出してしまった。


 うぅ…… 空気が重い。この場にいる全員の表情が暗い。

 フィオナは別だ。彼女は表情を変えずに紅茶とお菓子を楽しんでいる。マイペースだ。こういう時のトラベラーって羨ましい。


「……これが今に至った経緯です。結果としてスースさんを騙す形になってしまいました。大変申し訳ございません……」


 俺は謝るが、スースは眉間に皺を寄せて黙ったままだ。

 そしてゆっくりと口を開き……


「正直面白くない話ではある。これが普通の縁談なら断っている所だ。グウィネ…… 私とノーマに言うことはないのか?」

「お父様…… お母様…… 約束を破ってごめんなさい…… でも私、やりたいことがあるの。王都でもっと理容の勉強がしたい。グリフさんと一緒になりたい。お願いします…… この人との結婚を認めてください……」


 グウィネがしゃくり上げながら両親に謝る。その姿を見たノーマさんも泣き出してしまった。


「あなた…… 認めてあげましょ? この子は頑張ったわ。頼る人も居ずに王都で独立することも出来た。友人も愛する人も出来た。私だってグウィネが言いつけを守れなかった悔しさはあるわ。でもね、それ以上に嬉しいの、この子の成長が……」

「お母様!」


 たまらずグウィネがノーマに抱きつく。ノーマは我が子を慈しむように頭を撫でる。

 完全な和解まであと一息だな。グリフに何か言うように目で合図を送る。


 グリフは黙ったまま頷いた。

 そしてスースに向かって……


「スースさん…… いえ、お義父さん。グウィネを許してやってください」

「まだ君にお義父さんと呼ぶのを許したつもりはない……」


「すいません…… 納得いかない気持ちは充分に理解出来ます。ですがそれでも許してあげてください。あなたの許しがなければグウィネは幸せにはなれません。俺はグウィネを心から愛している。彼女が幸せになるためだったら俺はなんでもします。

 土下座しろというのなら喜んで頭を下げます。だから! どうか彼女との結婚を認めてください!」


 グリフも必死だ。愛する人との未来のためだ。もっと言ってやれ!


「では君は将来ラウラベル家に入る覚悟はあるのかね? 君がアルメリアを捨てグウィネを連れてラーデに住んでくれるなら認めてあげよう。もちろん名も改めてもらう。

 もう一度聞くぞ? 君には故郷を捨てグリフレッド ラウラベルになる覚悟はあるか?」

「…………」


 グリフは黙ってしまう。俺もだ。

 それは俺も考えてなかった…… 俺はグリフ達が結婚しても変わらず王都で暮らし、俺達と遊んでいる未来しか見ていなかった。


 グリフがいない王都か…… 正直賛成出来ない。大事な友人を取られたくない。

 だがグリフは晴れやかな表情をしている。何を言う気だ?


「その覚悟はあります。俺はグウィネに言いました。君を守らせてくれと。もちろんアルメリアを捨てるには迷いがあります。俺は国を守りたい気持ちで兵士になりましたからね。

 でもその考えはグウィネと一緒になってから変わりました。グウィネがいるところが俺の居場所です。彼女がここに住むのならラーデが俺の故郷です。俺はグウィネを守るためこの国を守ればいい。愛する彼女がいるところが俺の居場所なんですから」

「…………!」


 その言葉を聞いてグウィネはグリフに抱きついた。こいつ言いやがった……

 くそ、グリフのくせにかっこいいじゃねえか。


 それにしてもグリフはもう覚悟はしていたんだ。少し寂しいけどこいつの意思を尊重しなくちゃな。

 なに、全く会えなくなるわけじゃないんだ。折を見て遊びにいこう。それでいいさ。


「なるほど…… 覚悟はあるようだな。君も知っているだろうが、今ラウラベル家にはグウィネしか家を継げる者がいない。グウィネを失うわけにはいかんのだ。

 グリフ君…… もう一度聞くが、君は婿入りすることに問題は無いんだな?」

「はい。俺は既に両親はいません。いや、今はライトが親父代わりですかね。こいつと離れるのは寂しいですが、一生会えないわけではありませんから」


「そうか、ありがとう…… ならば二人の結婚を祝福出来るな。ラウラ! 酒の準備だ! 今日は新しい家族と飲み明かすぞ!」


 スースの号令のもと、ラウラベル家の大宴会が開催された。大量のワイン、大皿に乗った様々な料理。

 一際はしゃいぐスースさん。それを諌めるノーマさん。グウィネは甲斐甲斐しく酌をしてまわり、グリフは酔ったスースに絡まれている。フィオナは無言でひたすら酒を呷り、料理を食べている。


 楽しいな。酒、美味しい料理に馬鹿話、心を許せる仲間。こんな宴会は久しぶりだ。

 グリフ達がいなくなったらこんな想いはもう出来なくなるのか…… そう思うとやはり寂しい。


 夜も更けスースさんが酔い潰れたところで酒宴は終わり、俺とフィオナは用意された部屋へと通された。

 フィオナは酒が回ったせいか早々に寝てしまった。俺は興奮してまだ眠くない。寝酒でもするか。

 部屋に置かれているワインを注いでベランダで飲んでいると……



 ―――コンコン



 ノックする音が聞こえる。扉の外から声がする。


『ライト、起きてるか?』


 グリフだ。なんだこんな夜遅くに。

 ドアを開けてグリフを中に招く。


「どうした? まさかまだ飲み足りないとか?」

「いや、もう酒はいい。一年分は飲んだ気分だからな……」


 スースさんに大分飲まされてたからな。娘を盗った憎い相手なんだ、それぐらいの制裁は許してやってくれ。


「ライト…… お義父さんに言ったことなんだが…… すまん。お前を裏切る形になっちまった」


 グリフが頭を下げる。婿入りの件か。


「気にするなよ。最初聞いた時は驚いたけど、お前の本気が伝わってきたよ。かっこよかったぜ。『グウィネがいるところが俺の居場所です』だって。中々言えるセリフじゃないぞ」


 グリフの声色を真似て、からかってやった。ははは、顔を真っ赤にしてる。


「おまっ!? からかうんじゃねぇよ! は…… ははは! ライト! 本当にありがとう!」


 抱きついてきた。今日ぐらいは抱擁を返してやろう。よくやったなグリフ。


「ところでお前、いつ頃ラーデに引っ越すんだ?」

「二年後かな。見知らぬ土地で暮らすんだ。手に職つけなくちゃな。兵士は辞めてグウィネの手伝いから始めるよ。俺も理髪師になるつもりだ」


 二年後か…… それまでに色々と終わらせなくちゃな。アモンを退治し、俺も一つけじめをつける。

 それが終わったらラーデに移り住んだグリフのとこに遊びに行くってのもいいかもな。


「それまでは今まで以上に遊びたおそうぜ!」

「あぁ! もちろんだ!」


 俺はグリフに握手を求めた。グリフは力強く握手を返す。



 おめでとうグリフ。これからもっと幸せになれよ。


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