結婚式 其の四

 ―――チュンチュンッ チチチッ



「んふふ。ライトさん、おはようございます」

「おは…… ん……」


 目が覚めるとフィオナの笑顔が目に映る。うつ伏せで俺の顔を見降ろしていた。

 朝の挨拶が終わる前にキスをしてくる。

 俺も彼女も生まれたままの姿で抱き合う。


 ここはグウィネの家ではない。商業区にある宿だ。しばらくはグウィネの家に厄介になるつもりだったが、空いている部屋が使用人であるラウラの部屋の隣だった。

 さすがに小さい女の子の部屋の隣で愛し合うわけにはいけないだろ? それにフィオナって声が大きいし。


 キスを終える。ふぅ、朝から情熱的だね。


「ん…… おはよ。今日はグウィネの家に戻るよ。おじさんから知らせが来てるかも。でも、その前に……」



 ―――ガバッ



 今日は俺から求めてしまった。彼女はそれを笑顔で受け入れてくれる。

 ちなみにここはそれ専用の宿屋なので防音はしっかりしている。なのでどんなに大声を出しても他の客に迷惑になることはない……と思っていた。


 初めてフィオナの本気を見たかも…… 昨晩の興奮が抜けなくてね。

 一つになると彼女は喜びの叫びをあげた。防音がしっかりしているとはいえ少し心配になるな。


 会計を済ませる。洗濯代として代金は少し多めに払っておいた。また来ますって言ったら店員さんは少し苦笑いをしていた。

 声、聞こえてたのかな……?


 さて、グウィネの家に戻らないと。二人で貴族街に向かう。

 グウィネの家の前では犬っ娘メイドのラウラが鼻歌交じりで玄関の掃き掃除をしていた。


「ふんふふーん。あ、ライトさーん。旦那様がお待ちかねですよ!」


 ラウラが尻尾を振りながら寄ってきた。

 ほっ。どうやら警戒は解けたようだな。リビングに通されるとスースさんが紅茶を飲んでソファーに座っている。俺達に気付き、鼻をヒクヒクと動かす。

 ん? 何か匂うかな? スースさんはちょっと困った顔をして俺に話しかけてきた。


「二人とも若いからある程度は仕方ないと思うが、朝からはどうかと思うぞ。君達、避妊はしているのかね? 無計画にして子供が出来たら責任は取れるのか?」


 うっわ…… さっきしてたのがバレた。すごく恥ずかしい…… 

 さすがは犬獣人だ。まさかアレの匂いを察知するとは。今度はフィオナがスースに話しかける。


「大丈夫です。私は人間ではありませんので、子を宿すことはありません」


 その言葉を聞いて驚いたのは俺だ。


「え!? そうなの!?」

「言いませんでしたか? 私は不死の存在だから種を残す必要が無いって」


 確かに言ってたかも…… 出来ればフィオナとの間に子供が欲しかったんだけどな。

 しょうがないか。子供がいない夫婦だっていっぱいいるもんな。


 がっかりしている俺を見てスースは苦笑いをしているな。


「まぁほどほどにな。そうだ、今日はこのままここにいてくれ。閣下が訪ねてくる予定だ。式典の日程が決まったようだ」


 スースさんはいい笑顔だ。そうだよな。娘の晴れ舞台だ。自身も爵位が上がるし、言うこと無しだろう。そういえばグリフ達がいないな?


「あいつらはどうしてるんですか?」

「二人は式で着る服を選びに王宮に行っているよ。君も後で服を借りに行くといい」


 それなら問題無い。叙爵式に使ったダブレットとドレスを持参してきた。その旨をスースさんに伝える。

 ラウラが紅茶を出してくれたので俺は談笑しながらおじさんを待つことにした。



 しばらくするとおじさんが訪ねてきた。なにちょっと笑ってんだよ、このクソ犬が……


「邪魔するぞ。お? 準主役のライトもいるじゃないか! 何話すか考えてるか?」


 この野郎…… 余計な仕事増やしやがって。

 正直何も考えてないのでやっつけでスピーチをするつもりだ。だが意外なことに……


「ちなみにこれは我が国にとって初めての式典として歴史書に残すつもりだ。お前のスピーチも記録に残るから適当なこと言うんじゃねえぞ」


 何だって!? それ聞いてないぞ! やばい! 

 これは下手な事は言えない。今からでもしっかりしたスピーチを考えないと……


「お前、顔が真っ青だぞ? 何も考えてなかったろ。しょうがないな。カンペを持ってきた。これ読んで覚えろ。それを言えば問題無い」



 ―――バサッ



 おじさんは紙の束を俺に渡してきた。カンペは細かい字で一枚三千文字以上ありそうだ。それが二十枚……


「覚えられるか!? 式典っていつやることになったの!?」

「明後日」


 無理だ…… これは寝ずに読み込むしかない。一夜漬けで覚えられるだろうか? 

 俺が原稿用紙に目を通している横で、おじさんはスースさんと簡単な打ち合わせをして帰っていった。

 明後日の正午には式典が始まる。残り時間は約三十時間。どこまで覚えられるか……


「ライトさん、大丈夫ですか?」


 フィオナが心配そうに俺の手を擦ってくれる。気持ちはありがたいが……


「フィオナ、すまないが一日だけ一人にしてくれ…… 集中してこれを覚えないと……」

「え? はい……」


 彼女はちょっと悲しそうな顔をする。目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 うぅ…… ごめんよ。俺だって君といたいんだ。でもグリフ達の為だ。必死になってこれを覚えなくちゃ。


 フィオナは黙って俺を見送ってくれた。ごめん、ありがとう。俺はスース宅を出て商業区の一画にある静かな宿を借りる。

 

 さて暗記タイムといきますか…… 

 はぁー、気が重い。



◇◆◇



「こんなの覚えられるか……」


 思わず独り言を言ってしまう。俺は一人部屋の中にある机に齧り付いて原稿を読む。

 最初の一枚目を暗記し、二枚目に取り掛かる。そして二枚目を暗記すると一枚目の記憶がぶっ飛んでいる。さっきからこれを繰り返しているのだ。

 もうこの原稿用紙、そのまま読んでやろうかな。


 駄目だ…… カッコ悪すぎる。衆人環視の中、原稿用紙をガン見しながらスピーチを行う救国の英雄。そんな俺の姿がこの国の歴史書に載ってしまったら…… 

 それこそ俺の黒歴史になるだろう。恥ずかしくて、もうこの国に来られない。


「もう無理……」



 ボスゥッ



 ベッドに倒れこむ。窓を見ると…… もう夜か。いつの間に日が暮れてたんだ? 久々に勉強してる感じがする。

 ふあぁぁ。少し休憩するか。ゆっくりと目を閉じる。


 少し…… 少しだけ眠……るか……












 ん…… 温かい…… 頭を撫でられる感触を感じる。優しいタッチだ。誰かが隣で寝ている。

 頬に当る感触。キスをされている。俺にキスをする人…… 一人しかいないな。


 ゆっくりと目を開けると、そこにはフィオナの顔があった。


「どうしてここに?」

「ごめんなさい…… 悲しくなってしまって。我慢出来なくて探してしまいました」


 いかん。フィオナに居られたら暗記の邪魔になる。出て行ってもらうか? 

 だが彼女の顔にはうっすらと涙の跡が。


 言えるわけない…… 



 ―――チュッ



「ん……」


 キスをしてきた。悲しみを埋めて欲しいんだな。

 しょうがない。唇を離し、フィオナを下に寝かせる。


「静かに出来る?」

「はい……」


 ごめんな、一人にして。首筋のキスをすると、甘い吐息が漏れる。


 フィオナは声を出さないよう手で口を押え、我慢するようにもう片方の手でシーツをぎゅっと握る。


 興奮しちゃうだろ……











 さてやばいぞ。思わぬ時間を食ってしまった。気怠さを覚える体に鞭打って俺はベッドを抜け出す。

 机にある小さなランプに火を灯し、原稿に目を通し始める。すると後ろから手が回ってきた。


「ライトさん、それを全部言う必要は無いと思いますよ」

「でもさ、おじさんが言った通り記録に残るんだろ? それにグリフ達の晴れ舞台だ。変なこと言えないじゃない。出来ればいい思い出として記憶に残して欲しいしね」


「そうですね。でも言葉である必要がありますか? 私達にはがありますし」

「あれって?」


 フィオナが耳打ちしてくる。あぁ、なるほど。確かにあれはいいかもな。それなら言葉以上に記憶に残るだろう。


「ありがとう! それで行くことにするよ! ふぁぁ…… 安心したら眠くなった……」

「あれ? ご褒美は無いんですか?」


 俺を抱きしめる力が強くなる。え? まだしたいの? 慣れないことをして頭を使ったんで疲れているのだが。

 まぁフィオナのおかげでスピーチは問題無く終わるだろう。明日は暗記に時間を費やす必要は無い。休みみたいなもんだ。

 彼女を置いていった罪悪感もあるし…… リクエストに応えてあげるか!


 一度だけフィオナと肌を合わせてから眠ることにした。


 翌日はそのままゆっくりと宿で過ごした。夜になり、グウィネの家に戻る。

 明日はやつらの晴れ舞台だ。フィオナの作戦が上手くいけばグリフ達、そしてサヴァント国民にとって思い出に残るものになるだろう。


 ダダ滑りしたらどうしようかな……? 

 ま、その時はその時だ。なるようになるさ。


 そして当日を迎える。さぁ、気合入れて行くぞ!


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