結婚式 其の五

 さてグリフ達の結婚式の当日である。日が昇らないうちに王宮からから迎えが来た。  

 俺も叙爵式の時は朝が早かったからな。

 玄関に出るとグウィネが両親に涙ながらに挨拶をしている。


「お父様、お母様…… 私、幸せになります…… 今まで育ててくれてありがとう……」

「グウィネ……」


 それを聞いたスース達は大号泣した。二人は馬車に乗り込み王宮へと去っていく。


 グリフが窓から身を乗り出して俺に叫ぶ。


「ライト! 本当にありがとな! 俺達幸せになるから!」

「おう! グウィネを泣かせるんじゃねぇぞ!」


 見えなくなるまで俺達は馬車に向かって手を振る。行ったか…… 

 感傷に浸っている暇は無い。俺達も準備しなくては。俺は持参したダブレット、フィオナはドレスに着替える。


 俺は鏡の前で髪を整え、フィオナは犬っ娘メイドのラウラに髪を結わえもらう。

 上手いな、グウィネに教えてもらったのかな?


「うわぁ、フィオナさん綺麗……」


 ラウラは頬を赤くしながらフィオナを見つめる。そうだろうそうだろう。俺の恋人は美しかろう。

 ラウラの評価に気を良くしていると一張羅に着込んだスースが俺達を急かす。


「では準備が出来たら馬車に乗ってくれ。このまま中央広場まで行く」


 促されるまま馬車に乗りこむ。式が始まるまで関係者用の天幕で待機するそうだ。


 馬車に揺られること三十分。俺達は中央広場に到着する。馬車を降りると…… 



 ―――ワイワイ ガヤガヤ



 うわ、すごい人だ。広場を埋め尽くすが如く人で溢れかえっている。周りには露店も出ており、まさに祭りさながらの様相だ。

 みんな楽しみたいんだな。よかった。つまらないスピーチをするよりフィオナの考えたをした方がみんなを楽しませられる。


 人混みを掻き分け、天幕に辿り着く。その際、広場中央にステージが建てられているのが見えた。あの上に行くのか。

 ステージ上には机と椅子があり、恐らくグリフ達はあそこに座るのだろう。


 ステージ下には楽団が待機している。彼らに協力してもらえれば、より楽しい式に出来そうだ。


 後は式が始まるのを待つのみ。フィオナとお茶を飲んで待つことにした。


 二人でお茶を楽しんでいると、宰相閣下ことカイルおじさんが天幕にやってくる。


「どうだ!? スピーチは覚えたか!?」


 なにちょっと笑ってんだよこのクソ犬が…… いらん仕事押し付けやがって。


「いや、あのスピーチはしない。俺の言葉でグリフ達を祝福してラーデのみんなを元気付けてみるよ」

「そうか? せっかく用意したのにな。まぁやるのはお前だ。恥ずかしいこと言うんじゃねえぞ! じゃあ俺は準備がある。時間になったらステージ下に集合な」


 おじさんはガハガハ笑いながら去っていく。後でどんな嫌がらせをしてやろうか……



◇◆◇



 ―――バァン バァン

 ―――ワアァァァッ



 空に花火が括り付けられた矢が放たれた。二国間の友好を兼ねた結婚式の開催だ。群衆の歓声が一際大きくなる。

 俺達はステージ下で待機だ。まずはおじさんが壇上に上がる。


「親愛なるラーデ市民よ! 私は宰相のカイル デレハ バルデシオンである! ここにアルメリア、サヴァントの友好を願い、若い二人の婚約の儀を行う! 皆は二人の幸せな未来を祝い、更にお前達自身も楽しんでいってくれ! 

 グリフレッド ブライト! グウィネ ラウラベル バルデシオン! 前へ!」


 二人が壇上に上がる。グリフは金の刺繡が入った煌びやかなダブレットを着ている。馬子にも衣装ってやつだな。ぷぷっ、後でからかってやろ。

 グウィネはフリフリのついた白いドレス。薄いベールを顔にかけてある。


 時々観衆の中から顔を見せろーなんて聞こえてくる。まぁまぁ、待ちなさいな。どうせ後でベールをとってキスとかするんだから。


「我が国は今、大きく傷付いている! 皆も知っている通り、大将軍であるシーザー アトレイド エセルバイドが謀反を起こした! 多くが死んだ! 

 しかし、いつまでも悲しんでいてはいけない! 我々は生きているのだから! 我々は前に進んで行かなくてはならない! 我々獣人は涙を持って死者を弔うのか!? 

 否! 笑顔で送りだしてやろうではないか! いいか! 今日は楽しめ! 酒も! 料理も! 全部タダだからな!」


「「「うぉぉー!」」」


 群衆から雄たけびが上がる!

 すごいな、さすがは政治家だ。あんな長文をカンペも見ずに言えるなんて。

 やっぱりおじさんって凄い人なのかもしれん。


「もちろんお前達の税金が元になってるんだけどな!」


「引っ込めー! 税金返せー!」

「あはは! 閣下最高ー!」

「次はあんたが王様だ! 投票するからな!」

「何言ってんのよ! 次の王はウィンダミアに決まってるじゃない!」


 今度は大きな笑いとブーイングが起こった。政治家ジョークなのか?


「がはは! ではお待ちかねの花嫁の披露といこう!」


 楽団が美しい旋律を奏で始める。

 群衆が次第と静かになっていく。

 グリフはグウィネに近づいてベールを取る。

 すると、グウィネの顔が露わになった。その顔は美しく群衆からため息が聞こえる。


「グリフレッド ブライト! グウィネ ラウラベル バルデシオン! 二人は今日から夫婦となる! お前達は国家の代表として幸せになる義務がある! 種族が違えば文化も違う! お前達はお互いを認め合い、末永く幸せになることを誓えるか!?」


「「誓います!」」


「そうか! ではその誓いを皆に見せてやってくれ!!」


 二人はステージ前に行きお互いを見つめ合う。そしてお約束のキスの時間だ。

 グウィネが目を閉じて顔を上にあげる。グリフは優しくグウィネの肩に手を置いて優しくキスをした。

 そして…… 



 ―――パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!

 ―――ワアァァァッ!



 ラーデ市民から割れんばかりの拍手と雄たけびが上がる!!


「ここで二人が正式に夫婦になることを認める! さぁ、宴に時間だ! 杯は持ったか!? 皆! 祝杯を挙げろ!」


 俺もフィオナも杯に入ったワインを飲み干す。美味いな。友人の祝いの酒だ。一際美味く感じる。


「では二人は席へ! 次だ! 今度は謀反を収めた立役者の一人を紹介しよう! ライト ブライト! 前へ!」


 もう俺の出番か…… 緊張するな。作戦通り上手くいくだろうか? 

 獣人はノリがいい人が多い。多分成功する……はずだ。

 俺はステージに上がる……


 

 ―――ワイワイ ガヤガヤ



 うわ、こんなに人がいたのか。やっぱり緊張してきた。

 覚悟を決めて 大きく息を吸い込む……


「皆さんこんにちは! ライト ブライトと申します! 歳は近いですが、ここにいるグリフレッドの義父に当ります! 不肖な息子ですが、こいつを受け入れてくださり誠にありがとうございます! 

 私は祖国アルメリアから依頼を受け、謀反を鎮めるためにこの国にやってきました! 多くの方が亡くなったと聞きます! 悲しいことです! しかし、先ほど閣下が言われた通り涙で故人を見送るのではなく、笑顔で見送ってあげましょう!」


 よし、ここまでは噛まずに言えたぞ。

 俺は下にいる楽団に向かって指示を出す。


「三拍子の優しい旋律をお願いします! フィオナ! こっちに来てくれ!」


 フィオナが前に出てくる。お互いに向き合って一礼する。

 俺はフィオナの背に右手を添えて左手で手を握る。


 そう。俺はスピーチの代わりにダンスでグリフを祝福し、ラーデ市民を励まそうと思ったのだ。フィオナのアドバイスに従っただけなんだが。

 でも、つまらないスピーチを聞かされるより百倍マシだろ?



 綺麗な旋律が流れ始める。ステージそこまで広くない。大きく踊っても大丈夫かな? 

 いつも通りステップはフィオナに任せることにした。



 呼び歩からのナチュラルターン、基本の動きだ。でも今日は晴れ舞台。フィオナも気合が入っているのかターンの切れがいい。

 いや、気合ではないな。久しぶりに踊るんだ。彼女は俺とのダンスを心から楽しんでいる。とてもいい笑顔しているのだから。



 オープンインピタスからのウィング。体を開いてステップを終えフィオナが俺の周りをスリーステップ。

 次は何が来るかな? たぶんシャッセだ。



 予想通りフィオナはシャッセを選択した。次はナチュラルスピンター……やばい! 予想以上にステージが狭かった! もう淵まで来てしまった。次はあれで来るな。



 ダブルバックロックでステージ中央まで戻る。仕切り直しだ。



 スローアウェイオーバースウェイ。ホールドを維持したままオーバースウェイ。群衆が見える。その顔は…… 



 口を開いたまま俺達を見つめるご婦人。



 頬を染める少女。



 フィオナを見て鼻の下を伸ばしているおっちゃん達。



 こらこら! 俺の恋人をそんな目で見るんじゃない! まぁ今日ぐらいはいいだろう。フィオナもセクシーなドレス着てるもんな。



 ステージ中央に戻ると再びナチュラルターンにループする。ステージ上にいる宰相閣下は俺のしていることに驚いているみたいだ。



 ふふふ。これが俺の祝いの言葉だよ。グリフとグウィネも笑顔で俺達を見ている。

 そうだ!


「おい! 見てるだけか!? お前達も踊れ!」

「おう!」「はい!」


 二人もダンスは大好きだ。矢も楯もたまらずステージに飛び出してくる! 俺達二組は所狭しと踊る! 群衆の興奮が俺達に伝わってくる! 

 俺は群衆に向かって!


「みなさんもご一緒に! 照れないで! 俺達の動きに合わせてくれればいいから!」

「「「おーーー!」」」


 群衆から歓声が上がり、みんな踊りだす! 見よう見まねでいいんだよ! ダンスは楽しんだもん勝ちなんだから! 


 その後、俺達はしばらく踊り続ける。曲がクライマックスを迎える。最後のサビの部分だな。

 よし、フィオナがヘジテーションで大きく体を仰け反る。

 体を戻すと輝く笑顔が目に入った。


 そして曲が終わり……  

   

「「「うぉぉー!」」」



 ―――パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ



 ラーデ市民から割れんばかりの拍手が! 

 カイルおじさんが寄ってきてバシバシと俺の背を叩く。痛いって……


「ライト! ありがとう! こんなに盛り上がるとは思わなかった! 見ろこの皆の笑顔を!」


 おじさんも尻尾を振りっぱなしだ。

 よかったよ、ラーデのみんなを元気付けることが出来たみたいだ。

 その後も興奮は冷めることは無く、盛大な宴会は夜まで続いた。






 後日談



 太陽暦528年。グリフレッド ブライトとグウィネ ラウラベル バルデシオンの結婚式を期にアルメリア、サヴァントの友好関係が進展。不平等条約は期限を三十年短縮し、撤廃されることになる。



 その立役者であるグリフレッドはその二年後に首都ラーデに移住し、グリフレッド ラウラベルと名を改め、男爵の地位を得る。

 爵位が上がり更なる領地を得たものの、彼は贅沢を好まなかった。領地を貧しい市民に税を取ることなく開放し、独自の農業政策を行う。

 多くの市民を飢えから救い、名領主として称えられることになる。


 

 趣味として楽しんでいたダンスをサヴァントに普及させるべく私塾を開く。

 ダンスはサヴァントに瞬く間に広まり、新しい娯楽をもたらしたとして子爵の地位を与えられることになる。



 グウィネ ラウラベル バルデシオンは王都で得た理容の技術をサヴァントに普及させるため、私財を投げうって理容の専門学校を建設する。

 自らも講師を務め、美の伝道師として後世まで語り継がれることになる。



 二人は義父の言葉を家訓にしていた。人の為に尽くしなさい、出来る限りでいいと。その言葉は多岐に知れ渡り、学校の道徳の教科書に載るまでとなった。


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