最後の仕事 其の一

「次は雷です。風と氷をイメージしてください。小さい氷が風の中で擦れあい、そして雷が生まれます」


 むむむ…… なかなかイメージが湧かない。マナの矢を創造するも失敗。これはただの風属性の矢だな。


「大丈夫です。ライトさんなら出来ますよ。見ててください。お手本を見せますね」


 優しいなぁ。

 俺はフィオナの魔法を観察することにした。

 彼女はオドを練ってから杖を前に構え……


vaggauratal雷撃



 バリバリバリッ バァンッ!



 フィオナは杖から電撃を放つ! 的である大岩に雷が落ちた! 


 閃光が走り、思わず目を閉じてしまう。目を開けると大岩は消え去り地面が黒く焼け焦げいた。


 これが雷魔法か…… 一度見たことがある。スライムの姿をした邪神とも戦いの時だ。

 だがあの時より威力が高くなっているような…… 


 フィオナも強くなっているんだろうな。やはり彼女の力は計り知れない。怒らせないようにしなくちゃな。

 ケンカして本気の魔法をぶっ放された日にゃ骨も残らん。


「さすがだな。でも今ので少しイメージが湧いたよ」

「んふふ、よかったです。頑張ってくださいね」


 よし、もう一度だ。目を閉じてマナを取り込む。


 イメージする。


 フィオナの言った通り荒れ狂う風の中を小さい氷が擦れ合う。 


 イメージの中で、ぶつかった氷から光が生まれる。


 これか? イメージをそのままにして右手でマナの矢を創造する……



 ―――バチッ



 おぉ! 黄色く光るマナの矢が現れた! 小さい稲妻を纏うマナの矢が完成した! 

 

 試してみるか……

 マナの矢を弓につがえる。

 弓を引き絞り…… 放つ!

 

 

 バォンッ



 独特の風切り音を立て、矢が飛んでいく。的は丘の上に立つ巨木だ。

 矢が当たった瞬間、直径一メートルはあろうかという巨木の幹には穴が開いた。綺麗にえぐり取られたような真円の大穴だ。

 次の瞬間、空から雷が落ちる。



 ―――バァンッ!



 轟音と共に閃光が走る! 

 うわ!? 思わず目を閉じてしまった。


 目を開くと、巨木は跡形も無く消え去っていた。すごい威力だな……


 フィオナが笑顔で拍手をしてくれる。


「お見事です。これで混成魔法の雷も出来るようになりましたね」


 ようやく主要な属性はマスター出来たか。

 俺達は今、廃村を使って混成魔法の修行をしている。

 グリフ達の結婚式の結婚式が終わり、二週間ってとこかな。ちなみにグリフ達は先に王都に帰った。俺はやり残した最後の仕事を完遂するためにサヴァントに残ったのだ。


 最後の仕事とは何か。それはシーザー アトレイド エセルバイド。そう、クーデターの発起人を救うことだ。

 犯罪者を救うってのも何かおかしい気がするが、このまま彼を見殺しにすることは出来ない。

 罪を犯したことに言い訳は出来ないだろうが、彼ほど有能で熱意溢れる人が死ぬのはこの国にとっても損失な気がしてならない。それに約束したもんな。あなたも救いたいって。


「ライトさん、今日はこのくらいにしておきましょう。このままラーデに戻りますか?」


 この廃村はラーデから遠い所にある。ここにある抜け道を使ってラーデ城内に潜入したんだよな。

 懐かしい。もう二ヶ月以上前になるのか。ここは屋根のある家もあるし、もう一泊していくか。多分もうすぐ雨が降る。空気の匂いがそれを物語る。


「今日は泊っていこう。明日の午後にはシーザーさんの判決が出る。それまでに戻ればいいさ」



◇◆◇



 ―――サァァァァァッ



 簡単な夕食を摂った後に雨は降りだした。ここに泊まって正解だな。


「熱いですよ。気を付けてくださいね」


 フィオナが紅茶を淹れてくれた。いい香りが鼻腔をくすぐる。

 サヴァント産の花の香りがする紅茶だ。少し癖があるが俺は好きな味だな。


「ありがと。修行に付き合ってくれたおかげで、また強くなれた。フィオナにはいつも助けられてるな。

 そうだ、今の俺ってアモンに勝てるかな?」

「…………」


 フィオナは黙ったままだ。しばらくしてから口を開く。


「身体強化術、マナの剣と矢を全力で使っても、まだアモンの強さには届きません。でも次にアモンと対峙する時は私もいます。

 それにシグもこの地にいるトラベラーを集めてくれているはずです。アヴァリの時より、ライトさんも私も強くなりました。絶対とは言えないけど勝てると思います」


 そうか、まだ楽勝とはいかないようだな。

 だが、少しずつではあるがアイツに手が届くところまで来ている。

 待ってろよ、アモン。


 そのためにも次のことを考えないと。

 俺がさらに強くなるためには……

 そうだ!

 

「この仕事が済んだら一度王都に帰ろう。次は岩の国バクーに行ってもいいかな? ギルド長がくれた宝石を使って装備を作ってもらおう」

「ライトさんが行くところなら、どこでも行きます」


 フィオナは目を閉じて俺の肩に頭を乗せる。

 かわいいこと言ってくれるな。つむじが口元に来たので、キスをしておいた。



 ―――パチパチッ…… パァンッ……



 薪が炎の中で爆ぜる。

 その音を皮切りにフィオナが唇を寄せてきた。

 深い口付けをされる。

 あれ? 閉じた目から涙が一筋……


「ん…… どうしたんだ?」


 フィオナは少し怒った顔で俺を見つめる。な、何か怒らせるようなことをしただろうか?


「最近修行ばかりで、全然構ってくれませんでした……」


 なるほど。たしかにそうだ。混成魔法習得が思いの外楽しくて、体力の続く限り練習してたからな。

 終わったら疲れてすぐ寝ちゃってたし。ごめんな、寂しい想いをさせて。


 涙を流すフィオナにもう一度キスをする。一枚ずつ服を脱がすと、綺麗な肌が露わになる。


「ここには誰もいない。我慢しなくていいから……」

「はい……」


 肌を合わせる…… 

 本能に任せて体を動かすとフィオナは甘い叫びをあげた。

 まるで屋根を打つ雨音をかき消すように……



◇◆◇



 目が覚めると雨は上がっていた。日が昇りきらない内に廃村を出る。正午には首都ラーデに到着した。

 そのまま王宮に向かいおじさんを訪ねる。おじさんの私室に通されると……



 ―――ブンッ ベシィッ



「「やってられるかー!」」


 今度はルージュもぶち切れている。相も変わらず業務に忙殺されているようだ。

 おじさんの顔は毛で覆われているのでよく分からないが、ルージュの目の下には見事な隈が出来ている。寝てないんだろうな。

 俺に気付いたおじさんが話しかけてきたが……


「ライトか! お前も手伝え!」

「いやいや!? なんでそうなるの!? 手伝うにしてもこんな事務仕事なんてやったことないし!」


「くそ! 使えん奴だ!」


 酷い! こちとらこの国を救った英雄様なのに……


「閣下、休憩しましょうよ~……」


 ルージュが力無くソファーに座る。この人諜報部のトップだよな? なんでここでおじさんの手伝いなんかしてるんだろ?

 フィオナは見かねて二人に紅茶を淹れる。


「ほら、これを飲んで落ち着いて。おじさん、鼻乾いてるよ。少し休んだほうがいいって」


 おじさんとルージュに紅茶を手渡す。ほっと一息つく二人。

 それじゃ今度は俺が話す番だ。


「今日訪ねたのはシーザーさんのことなんだ。もう判決って出たのかな?」


 二人は言い辛そうな顔をしている。大丈夫。俺も覚悟は出来てるから。


「お前には酷な話だが…… 死刑だ。罪状は国家反逆罪。再審は無し。執行は明日に行われる」


 死刑…… 確か竜の森に置いてくるんだったよな。予想通りではある。


「分かった、ありがとう。俺はもう行くよ。それじゃ」

「待て、お前が考えてることは分かる。だが止めておけ。例え奴を救ったとしてもこの国であいつの居場所はない。命を救ったとしてもその先に待ち受けているのは心休まらない逃亡生活だけだ」


 だろうね。だがそれも想定済みだ。

 さて、伝えるか。

 の話を。


「おじさん。これから話すのはもしもの話、全部仮定の話だ。もしシーザーさんが姿を変えて誰にもバレることなく過ごせるならおじさんはあの人に何を望む?」

「どうゆうことだ?」


「ごめん、まずは俺の質問に答えて欲しい」

「そうだな…… シーザーは軍略に優れているが、国の仕事にはもうつけないだろう」


 ルージュが物言いたげにこっちを見ている。聞いてみよう。

 目で発言を促してみる。


「閣下。孤児院の経営なんてのはいかがですか? この国には多くのストリートチルドレンがいます。アルメリアでは孤児院は多く普及していますが、この国にはまだありません。

 シーザーは多くの孤児を養子にしてきた実績があり、その子供達もシーザーを父と慕っています。人格、実績ともに彼に任せるのがいいかと思います。まぁ仮にシーザーが生きて竜の森を出たとして、誰にもばれることなく生きていくことなんて出来ないでしょうけどね。ふふ」


「そうだな。孤児院というのはいい案だ。子供が死ななければ将来的に国力増強にも繋がる。それにシーザーは教育熱心だったな。あいつの養子で優秀な奴は何人も知っている。こないだアイツの養子の一人が王宮入りしたって自慢してたからな。まぁ仮の話だよな」


「そう、仮の話。でもシーザーさんが生きていることはこの国にとっていいってことだよね。さあ、忙しくなるぞ! 

 フィオナ、行こうか! おじさん、これ仮の仕事の話ね。孤児院の建設だけど、がんばって議会に通してね!」


「分かった…… さっさと行ってこい! まぁ全部仮の話だからな! 全くメチャクチャな奴だなお前は! さっさとお前が出来る事をしてこい!」


 おじさんとルージが笑って俺を見送ってくれた。ごめんな、我がまま聞いてくれてありがとう。俺達は竜の森目指して馬を走らせる。


 これがこの国で行う最後の仕事だ。気合入れて行くぞ!


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