最後の仕事 其の二
竜の森。獣人の国サヴァントの北に広がる大森林。
そこには竜だけではなく大型の魔獣が多く生息している。森に足を踏み入れ万が一迷いでもしたら、そこには確実な死が待っている。
更には近年、森の主である大型の赤竜の姿が確認されている。かつてその竜を倒そうとして、当時の王は一万の兵を竜の森に送った。しかし帰ってきたのは数人。それを除いた全ての兵は赤竜のブレスに焼き尽くされたのだという。それほど危険な場所だ。
「準備はいいか?」
「はい!」
フィオナは元気良く頷く。
俺達はこれから竜の森に突入する。シーザーの死刑執行場所、つまり置いていかれる場所はおじさんから聞いている。
そこに先回りしてシーザーを救出する。
「なるべく戦闘は避けましょう。千里眼を使って索敵をお願いします」
「分かった」
シーザーが置いていかれる場所はここから二十キロ先の森の奥。俺達は執行人に見つからないよう大回りしてそのポイントに向かうことにした。
いつも通り目にオドを込める。範囲は百メートルってとこだな。その範囲内には……
まだ森の入り口なのに、さっそくコカトリスが兎を丸呑みしているのとバジリスクが地竜の子供を啄んでいる光景が見える。
全てを相手にしている暇はない。出来るだけ戦闘は避ける。
戦闘は避けるつもりだが、ある程度は露払いが必要だ。右手には大きな川が流れており、左手には崖がある。
その真ん中を塞ぐようにワイバーンが餌を探してウロウロしている。
全部で五体か……
見つかる前に倒したい。音が出る魔法はご法度だ。静かに発動するマナの矢は…… 風を氷の混成魔法のマナの矢だな。
俺は三本の矢を創造し、弓を静かに引き絞る。
フィオナも杖を構えて詠唱を始めた。
「いくよ…… 3、2、1……」
【
―――シュオンッ
―――シュパパッ
フィオナが魔法を発動すると同時に俺はマナの矢を放つ。三本同時に放った矢はワイバーンの頭に命中した。
ワイバーンは悲鳴を上げることなく、その頭は砂に変える。フィオナの魔法を喰らったワイバーンはゆっくりと首を落とし、地面へと倒れ込んだ。
いいぞ、この調子だ。音を立てずに戦えば、効率良く先に進める。
俺達は更に森の奥深くに足を進めた。
◇◆◇
―――チリーン チリーン
竜除けの鈴が絶え間なく鳴り響く。
私はシーザー アトレイド エセルバイド。我が国サヴァントの大将軍であり、重罪人だ。私は籠牢に入れられたまま処刑場に向かっている。
ふふ、ここまでか……
覚悟していたとはいえ、その時が近付いていると思うと震えがくるな。
処刑人の動きを止め、籠牢が降ろされる。
「シーザー アトレイド。これよりお前の刑を執行する。これから一時間後に籠牢が開く。それと同時に仕込んだ竜寄せの薬液がお前に降り注ぐ。その匂いは一週間は取れることはない。お前は絶え間なく襲い掛かる竜に食われてその生涯を閉じることになる」
懇切丁寧に説明してくれる…… そうか、私は竜の腹の中に納まって一生を終えるか。
しかし、ただでやられる私ではない。力の限り抗ってみせよう。
「何か言い残したことはあるか?」
「無い。説明感謝する」
処刑人は一瞥もせずに踵を返して去っていった。竜除けの鈴が聞こえなくなり、その代わり竜の鳴き声が聞こえてくる。
あと数十分で籠牢が割れ、竜寄せの薬液が私に降りかかる。武器も防具も無い状態でどこまでやれるか……
今はその時を待つとするか。私は禅を組み、目を閉じる。
―――パキンッ ポタタッ
籠牢が割れると同時に無臭の液体が私に降り注いでくる。
さて時間か…… 私は身体強化術を発動する。視界から色が消える。
これで手慣れた武器があれば生き残れる可能性が高まるのだが…… 贅沢は言ってられん。
素手でどこまで出来るか分からないが、やれるだけやってみるか。
―――ズシン ズシン
足音が聞こえる。この重量感のある足音は地竜だな。
のっけから厄介な相手が出てきた。奴らは鈍重だがその体は固い鱗で覆われており、並みの刃なら傷一つ付けることが出来ない。
私は木から太い枝を折る。こんなもの武器にはならないだろうが無いよりはマシだ。
少し待つと、地竜の姿が見えた。その口からはダラダラと涎を垂らしている。
ふふ…… 私は奴らの餌でしかないんだな。
「かかって来い!」
通じるはずのない相手に向かって怒号を放つ。
負ける相手ではない。武器があればの話だが……
固い鱗を持つ地竜を傷付けられるとしたら…… 私は地竜の噛み付きを避けてから枝を目に突き立てる!
―――バキィッ
折れた…… はは、やはりこんな枝では武器にもならんな。しかし視界の片方は奪えた。
奴の死角にある木から再び枝を折り取る。攻撃を避けつつ残った目に枝を刺しこむ!
―――グチュッ
折った先端が運よく尖っていたせいか、今度は深々と目に刺さっていく。脳まで達したか。地竜は叫びをあげて倒れていく。
こんな戦いが続くのか? くそ、私はこんなところで死ぬのか? 血は繋がっていないが、愛しい我が子の行く末を見ずに死んでいくのか?
そう思うと悔しさが沸き上がる。まだだ。私の心はまだ折れてはいない。
『ギャアッ ギャアッ』
上空から鳴き声がする。飛竜だ…… 十体はいるか。持ち直した心が折れる音が聞こえる。
いくら高速回転を発動しているとはいえ、素手でこの数を退けることは出来ない。
すまない、子供達よ……
再びお前達を抱きしめることなく死んでいく父を許してくれ……
私は目を閉じる……
痛くないよう、一思いに食ってくれよ……
その時だ。聞こえたのだ。
「伏せて!」
【
この声は? 声のするままに私は身を屈める! すると、上空から飛竜が落ちてくるではないか!
飛竜は光る矢に脳天を貫かれ、他の個体は全身が黒く焼け焦げている。こんなことが出来る者が……
は…… ははは! いたな! 私を降し、国を救った英雄がいた!
そう、そいつは言った! 全員救うと! 私も含めてだ!
「遅いぞライト!」
「ごめんなさい! 遅くなりました! これを!」
―――パシッ
ライトは手持ちのダガーを投げ渡す。
私はそれを受け取り、ライトと肩を並べた。
「シーザーさん! 構えて! まだ来ますよ!」
「承知!」
私は再び高速回転を発動する。
ライトの言う通り、魔物がやってきた。
地上からはコカトリスが、上空からは再び飛竜の群れが。一人なら絶望するところだろう。
しかし今の私の胸は生きる希望で満ちあふれている。
「フィオナ! シーザーさんの援護を頼む! 地上の敵は任せた!」
フィオナは私の横に立つ。魔術師と共闘するのは初めてだな。
彼女はコカトリスに向かって風の刃を放つ!
―――シュパパッ
刃はコカトリスの羽と足を切断した!
「止めはお願いします」
「…………」
と冷静に指示を出してくる。ははは、確かにライトが言う通りの強い女だ。私は受け取ったダガーでコカトリスの首を刎ねる。
上空から飛竜が急降下してくるのが見えた。心配無い。ライトが何とかしてくれるだろう。
ライトを見ると、彼は淡く光る矢をつがえている。五本同時だ。こんなことが出来る弓使いはこの国にはいない。
放たれた矢は飛竜に命中した。とてつもない威力だ。命中した飛竜の胴体には大穴が開き、地面に落ちる前に雷に打たれ、その姿を消した。
「まだ来ます!」
視線の先には二十体を超える地竜が群れが。
ライトはダガーを片手に突っ込んで行く! 無茶だ! お前が強いのは分かる!
しかし魔物も群れに単騎で突入するのは愚策だぞ!
私の心配を余所にライトは突入する。彼は馬鹿ではない。勝算があるのか?
―――ブゥンッ
不思議な光景が見えた。ライトの持つダガーから光る刃が伸びる。
そして…… 紙を切り裂くようにライトは地竜の首を次々と落としていく。
私はこんなバケモノと対峙していたんだな。
もう私には何の心配も無い。
生きてここから出る。そして再び愛しい我が子をこの手に抱くのだ。
さぁ、皆よ。もう一仕事だ。
遠方からやってくる巨竜を倒し、ここから抜け出そう!
私は勝利を確信し、剣を構えた。
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