最後の仕事 其の三

 竜の森の奥深く。何とかシーザーを見つけ、助け出すことが出来たが…… 



 ―――ズシンッ ズシンッ



『グルルルルッ……』



 ここに来て真打ち登場か。噂に聞く森の主だ。赤い鱗に覆われた巨竜…… 

 頭から尻尾まで百メートルはあるのではないだろうか? 


 俺が見た中で最大の魔物だ。しかもしっかり注意を引いてしまったらしく、竜は俺のことしか見ていない。

 しょうがない。相手をするか。


「フィオナ! シーザーさんを頼むぞ!」

「何だと!? 私も戦うぞ!」


 シーザーがやってきて、俺と肩を並べる。気持ちは嬉しいが、マナが使える今の状況では足手まといになる。

 誇りを傷付けずに下がってもらう方法は無いか? するとフィオナがシーザーの肩に手を置く。


「申し訳ございません。貴方では力不足です。ここはライトさんに任せてください。ライトさんは強いですが、貴方を守りながら戦えるほど器用ではありません」

「わ、私を守るだと!?」


 そんなはっきり言わんでも…… 

 しかしシーザーは顔を歪めた後に笑い出した。


「ははは! そうか! 私が足手まといか! 分かった! ライト、私の命はお前に託すとしよう!」


 なるほど、こういう豪快な人には直球が一番効果的なんだな。

 フィオナはシーザーと共に後ろに下がり、結界を張った。呪いのせいで狙われるのは俺だけだ。後ろの心配はいらない。

 全力でかかるとするか!


 高速回転クロックアップを発動する。視界には白黒の世界が広がる。俺はマナの剣を創造し、構えながら赤竜に近付く。


 後ろからフィオナが話しかけてきた。


「ライトさん。分析を発動してください」

「はいよ!」


 森に入る前に魔眼の魔法陣を書いてもらった。

 相手は強敵だ。ステータスは強さを計る一因に過ぎないが、情報を持っているだけでも優位に戦うことが出来る。


 目にオドを込める。すると視界に赤竜のステータスが浮かんできた。



名前:森の主

種族:ドレイク(変異種)

年齢:???

レベル:508

HP:79400 MP:25231 STR:89021 INT:9921

能力:ブレス10 

特殊:体力自動回復



 強いな…… 今までで一番強い相手だ。俺の攻撃がどこまで通用するか…… 試してみるか!

 

 赤竜は俺を薙ぎ払おうと前足を上げる。速い! 高速回転を発動しているのに、攻撃を目で追うのがやっとだ! バケモンだな。さすがは森の主だ。


 避けるか? いや理合いを使おう。さすがに素手で攻撃を捌くのは躊躇したので、剣を使って攻撃の軌道を変える。



 ギンッ フォンッ



 赤竜の一撃を反らすことに成功した。すごい拳圧だ。顔に当る風が痛い。直撃すれば死ぬな。一撃の重さはアモン以上だろう。

 さて今度は俺のターン。赤竜の肘にマナの剣を振り下ろす!



 ガキィンッ!



 何だと!? 斬撃が弾かれた! 鱗が何枚か剥がれ落ち、その部分から僅かに出血している。

 かすり傷かよ。今までマナの剣で斬れない魔物なんていなかったのに。でも無傷ではないんだ。このまま攻撃し続けて活路を開く。


 さて今度はどんな攻撃でいくか。僅かであるがマナの剣での攻撃は通る。しかし斬撃は効果的ではない。

 そうだ、ダメージを与える面積を小さくしてみるか。一点集中だ。それに効果的な武器は…… マナの剣の形状をレイピア型に変えてみる。



 ―――ブゥン



 マナの剣は音を立て、針のような刀身に形を変える。やってみるか……


 今度は赤竜の攻撃だ。噛みつきを仕掛けくる。

 でかい…… 一口で俺を丸呑みに出来るほどの大きな顎だ。ギリギリで噛みつきを避ける。



 バスゥ!



 赤竜の顎が地面を抉る。チャンス! 頭目がけ刺突を放つ!


 僅かに抵抗は感じたが、すんなりとマナのレイピアは赤竜に刺さる。根本まで刺さったのを確認し、さらにレイピアの形状を変える。剣身をとにかく長くする!



 ―――ブゥン ドシュッ



 刺した逆側からレイピアが飛び出してくるのを確認! よし、次だ! その剣身にびっしりと棘を生やす! このまま脳を引っ掻きまわしてやる!


 棘の生えたレイピアの柄を左右にグルグル回す! グチャグチャと嫌な感触が伝わってくる。並みの魔物ならこれで死ぬだろうな。



 並みならな……



 赤竜と目が合った。



 血走った目から感じるのは怒りだ。



 まだ死なないのかよ…… 



『グワォッ!』

「うぉっ!?」



 赤竜は咆哮を上げた後、首を大きく振るう!? 



 ブォンッ!



 剣を抜く暇も無く、俺は大きく吹き飛ばされた! 


 うわ! 高い!? 森のどの木々よりも高く上空に飛ばされた。このまま地面に叩き付けられたら…… 

 背筋がぞわぞわする。どうする!?


maltarigeretθ回復速度向上!】


 全力で回復魔法をかけておいた。墜落でダメージを受けるのは免れない。

 後はどうやって受けるダメージを減らすかだ。地面が迫ってくる。途中で掴むものはない!


 そうだ! マナの矢! 弓を取り出し、地面に向かって構える! 属性は風! 墜落直前に矢を放つ!



 バァンッ!



 地面に当ったマナの矢は地面を抉り、周囲に衝撃波を放つ! 飛び散った小石が俺の皮膚を貫くが落下速度は抑えることが出来た! 俺は背中から地面に叩き付けられる!



 ドスンッ!



「げはぁ!」


 肺から空気が全部抜ける! 苦しい…… まともに息が出来ない。

 でもフィオナに投げられた時よりはましだな。回復魔法もかけてあるし、傷は塞がりつつある。小石が皮膚にめり込んだままだな。後で取らなくちゃ……


 遠くに飛ばされたおかげで距離を取ることが出来た。遠くに見える赤竜のステータスを確認。



名前:森の主

種族:ドレイク(変異種)

年齢:???

レベル:508

HP:69982/79400 MP:25231 

STR:89021 INT:9921

能力:ブレス10 

特殊:体力自動回復

状態:体力自動回復発動



 あの攻撃を喰らって一万程度のダメージか。それに体力自動回復が発動している。

 このまま戦っていても埒が明かない。負けることはないが、勝てる気もしない。


 幸い吹き飛ばされたおかげで距離は稼いだ。

 マナの矢を使うか。属性は何にする? 

 やつはバケモノ、通常属性では攻撃が通る気がしない。


 色々掛け合わせてみるか……


 イメージする……


 火、水、氷、風、土、雷、聖、闇……


 それをイメージの中で掻き混ぜる。


 いや、相性の悪い属性を掛け合わせても駄目なんじゃないか?


 火と水なんて相反する属性だもんな。


 あ…… 何となく子供の時を思い出した。


 母さんが絵具を買ってきてくれた思い出。


 俺は嬉しくて何枚も絵を描いた。


 雨上がりに虹が出た。それを描きたくなって色んな絵具を混ぜた。


 虹色の絵具が出来ると思って色々混ぜた。


 そしたら出来た色は真っ黒。気持ち悪い色になった。普通の黒よりも深い黒だった。

 虹の絵を描いて母さんにプレゼントしたかったのに、絵具を無駄にしてしまって泣いたんだよな。

 はは、俺も馬鹿だった。



 赤竜は俺に向かって迫ってくる。どうせまともな攻撃ではこいつは倒せない。やれることをしてみよう。


 

 持てる属性をイメージの中で掛け合わせる。心のパレットの上で全属性を混ぜ合わせる。出来上がった色は…… 



 予想通り真っ黒だ。そのイメージのまま右手にマナを送り込む。



 ―――ズシンッ



 重量感を感じる。いつものマナの矢とは違う。黒く光るその矢は禍々しさを感じさせる。よし、やってみるか! 

 これが駄目だったらどうしようかな? 


 少し弱気になりつつも弓を引き絞り…… そして放つ!



 ゴォンッ ドシュッ



 黒い矢は赤竜に命中する。固い鱗を貫き体内に入っていく……って、あれ? 

 他の属性だったら何かしらの効果があるのだが、特に変化は無い。無属性のマナの矢みたいだ。

 赤竜はダメージを負った様子も無く、俺に近付いてくる。くそ、次の手を考えないと…… あれ? 何か変だぞ?


『クァ? グルルルル…… グルルルァァァァ!?』


 赤竜が歩みを止め、苦しそうに鳴き出した。

 命中した箇所に黒い球体が見える。あ、あれって何だ?


 その球体は赤竜の体を……



 ―――ズズズズズズズズズズズズッ



 ゆっくりと飲み込んでいく。


 赤竜は咆哮、いや悲鳴を上げる。


『ゴァッ? キュアァァァァ……』


 球体は赤竜の胸部を飲み込み……


 頭部を飲み込み……


 ゆっくりとドラゴンを食い尽くしていく。最後は尻尾を飲み込んでから……



 ―――ズズズズズズズズズズズズッ



 周りの木々も! 地面も! 

 やばい! 俺も吸い込まれる!



maltaeffamΔeek多重結界!】



 フィオナが球体に向かい結界を張ってくれた! 吸い込まれる力が弱まった! 

 でもさっそく結界にひびが入っているんだが……


「ライトさん! 逃げます! あれは闇の神級魔法brakiaфholvia黒洞です! 私の結界では時間稼ぎしか出来ません!」


 神級魔法!? 話を聞くのは後だ! フィオナの言う通り全力でこの場を離れる!


「フィオナ! 乗って! シーザーさん! 高速回転を!」


 フィオナを背負う! 俺も高速回転を発動し、全速力でこの場から逃げ出す! 

 もう足が肉離れを起こしている音が聞こえるけど、気にしてられん! 



 バァン! パキィンッ!



 後ろから大きな音が! 結界が壊れたか!? とにかく走れ!


 上空では飛竜の群れが飛んでいるのが見える! 羽ばたく方向とは逆に飛んでいる!? 

 吸い込まれるんだ! 俺も後ろから引っ張られる感じがする! 恐くて後ろが見えない!



 ダッダッダッダッダッダッ!



 何も考えるな! 走れ! 走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ!


 あと少し! 


 森を…… 



 ―――バッ! ドサッ!



 抜けた! 

 俺は地面に倒れ込む…… 

 後ろから引っ張られる嫌な感じはしない。 


 振り向くと、黒い球は山ほど大きくなって……



 ―――ズズズズズズズズズズッ……



 森の全てを飲み込んでいく。そ、そうだ! シーザーは……?


「はぁはぁ…… はぁはぁ……」


 あ、横でぶっ倒れる。よかった。生きてたか…… 安心したら久しぶりにあの感覚が……!?


 

 ―――ギュォォォォォンッ!



「ぐぉ…… いだぁー!?」


 大量のオドが体内に流れ込んでくる! 痛い痛い! 死んじゃうって!? そうか! あの赤竜を倒したからか!? 

 それにしてもこのオドの量…… やっぱりあいつは規格外だったんだな…… 


 球体は少しずつ小さくなっていき、森があった場所へと消えていく。

 痛みにのたうち回る俺にフィオナは回復魔法をかけてくれた。


「ライトさん。あのマナの矢を発動してはいけません。先程も言いましたが、あれは闇の神級魔法brakiaфholvia黒洞。他の世界ですが見たことがあります」

「闇の神級魔法? 異界で見た時もあんな感じだったのか?」


 フィオナは顔を横に振る。


「いいえ。ライトさんはマナの使い方が上手かったからあの程度で済んだんです。異界ではbrakiaфholvia黒洞を制御しきれず、大陸が一つ飲み込まれました。大賢者パーシヴァルを覚えてますか?」

「そういえば…… 失われた神級魔法の使い手だっけ? その人でも使いこなせなかったのか」


「そうです。戦争で家族を殺されたパーシヴァルはbrakiaфholvia黒洞で敵国を攻撃しました。でも自身も黒洞に飲み込まれて死んだのです。それからあの魔法を見た事がありません。

 しかもライトさんの場合、詠唱無しで発動しました。危険すぎます。分かりましたか? あのマナの矢はもう使ってはいけません」


 封印決定だな。こんな力危なくて使えるか。

 フィオナの聖滅光といい、黒洞といい、なんで神級魔法ってのはこうも極端なんだ…… 

 もう二度と使うまい。周囲数十キロを円状に抉り取られた竜の森を見て俺は固く誓った。


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