最後の仕事 其の四
「はぁはぁ…… み、水……」
シーザーが息を乱しながら仰向けに倒れている。二十キロ近くを全力疾走したんだ。
体力はあるとはいえ、カイルおじさんと同い年ぐらいだろ? 四十手前のおっさんにはきついだろうな。
それにシーザーはネコ科の獣人。長距離走には向いていないはずだ。フィオナが魔法で水と器を作り出し、それをシーザーさんに渡す。
彼は器を受け取るとピチャピチャと水を舐め始める。そうやって飲むの!?
猫なんだなぁ……
「すまん、生き返った…… それにしてもライトよ! 感謝するぞ! お前は約束通り私を救ってくれたな!」
彼は俺をギュッと抱きしめる。あ、フワフワした毛が気持ちいい……
実は猫派の俺にとってこれはご褒美だな。相手はおっさん獣人なのは残念なのだがモフモフに罪はない。しっかり堪能しておこう。
「それにしてもお前、こんな力を隠し持っていたのか…… 私が勝てないのも納得だ」
シーザーは消失した森を見て立ち尽くす。改めて俺もその光景を見てみる。
先程も思ったがこの力は二度と使うべきじゃない。森が数十キロに渡り円状に抉られている。
全てを飲み込む闇の神級魔法か…… 至近距離で使うなどもっての外だな。俺が死ぬわ。
「ま、それは置いといて。シーザーさん無事でよかった!」
俺は握手を求める。彼は力強く手を握り返してくれた。でもその表情は暗い。
そうか。命は助かったが、先の心配をしてるんだ。
「私はこれからどうするべきなんだろうな……? 逃亡者として死ぬまで怯えて生きていくしかないのか。竜と対峙している時は我が子を再び抱くことを願っていた。しかし、このまま家族に会いに行っても彼らの迷惑にしかならないだろう…… そうだ、私の家族はどうなったか知らないか?」
そうか、シーザーも貴族だ。貴族の中から犯罪者が出た場合ってどうなるんだろ? 領地剥奪とかかな?
それは司法が決めることだ。俺にはどうすることも出来ない。でも俺には後ろ盾がいる。あのクソ犬だ。
「多分ですが、ご家族の心配はあまりしなくてもいいのでは? だって宰相閣下が一枚噛んでいますからね。あいつ何気に優秀ですから。いつも俺の考えの一歩も二歩も先のこと考えてますし」
「カイル殿も関与しているのか? 感謝するぞ」
ほっとした表情を浮かべてくれた。それじゃ、もっと安心させてあげないとな。
「シーザーさん。あなたはこれから名を変えて、そしてその姿を変えて全くの別人として生きていく覚悟はありますか?」
「はは。シーザー アトレイドは既に死んでいるも同然だ。もし新しい未来が手に入るのであればそんなこと容易く受け入れることは出来る。しかし名を変えるのはいいが、この姿を変えられる訳……?」
シーザーは言葉を詰まらせてフィオナを見つめる。察したな?
「恐らく考えていることは正解です。フィオナ、説明してあげて」
「はい。貴方に変化魔法を使います。この魔法が使えるのは一回だけ。二度と元の姿には戻れません。そしてこの魔法は痛みを伴います。発動から終了までの間に痛みで気がふれてしまう可能性もあります。死と隣り合わせの激痛ですがそれに耐えられれば、新しい姿を獲得することが出来ます」
実はこの魔法は俺も最近知った。シーザーさんの判決が迫り、俺は悩んでいた。
命を助けてあげることは出来るだろうが、その後の生活は保障出来ないと。
俺の悩む姿を見てフィオナがこの魔法を教えてくれた。
本来は姦通を犯した罪人に使う魔法だったそうだ。魔法を使い、性別を変え、そして死ぬまで他の受刑者に犯される。自ら犯した罪を悔やませるという刑の為の魔法なのだ。
変化が完了するまでに痛みで罪人が死ぬもよし、犯されて死ぬもよしってな。
ともかくこの魔法の存在で俺は希望が湧いた。これでシーザー救出作戦のシナリオが出来たってわけだ。
「すぐにでも頼む。覚悟は出来ている故」
即答だった。さすが獣人の国サヴァントで一番の武人だ。
「では始めます」
フィオナはシーザーの周りに魔法陣を描き始める。
そして静かに目を閉じる。詠唱は行わないようだ。しばらくすると魔法陣が光りだす。
【
フィオナが一言唱えると魔法陣の光は更に強くなり、中にいるシーザーが苦しみだした!
「ぐっ! ぐぅおおっ!」
「苦しくても魔法陣から出てはいけません。途中で魔法を中断すればその痛みは一生続くことになります。変化が終わるまで我慢してください」
「これしきの痛み! 耐えてみせよう! うがぁぁっ!?」
毛が抜け始める…… 次は骨が折れたり軋んだりする音が聞こえた。
シーザーが顔面を両手で押える。
「もう少しです。頑張ってください」
顔に変化が現れる。鼻が伸びていく。
これは…… 犬獣人の顔? 耳もネコ科特有の薄いものから少し厚みが出てくる。
「ぐわぁー!」
全身を硬直させる。すると抜けた毛が生えてくる。虎獣人の黄色い毛ではなく、茶色のふわっとした毛だ。尻尾の毛もふさふさしている。
次第と魔法陣の光が弱くなっていき、そして魔法は終了する。
その中心には勇ましい虎獣人のシーザー アトレイドはいなかった。一人の見たことがない犬獣人が立っている。
見た目はカイルおじさんに近いかな?
「はぁ、はぁ…… これが私の新しい姿か…… 感謝する……ぞ……」
ばたっと地面に倒れ込む。気絶したか。
そりゃそうだよな。地獄の激痛を耐えきったんだから。
フィオナがシーザーに回復魔法をかける。しばらく休ませておくか。
◇◆◇
丸一日経ったが、シーザーは目を覚まさなかった。
フィオナを二人でお茶を飲んでいると、ようやくシーザーがモゾモゾと起きだしてくる。
良かった。もう元気そうだ。
「ここは?」
「おはようございます。一日眠っていたんですよ。体は大丈夫ですか?」
もう痛みは無いみたいだな。今日は色々忙しくなるぞ。
「シーザー……いや、名前を変えないといけませんね。これからラーデに行きます。あなたには宰相に会ってもらわないといけないので。それまでに新しい名前を考えておいてください」
「カイル殿に? ライトよ、お前は私に言ってないことは無いか?」
「まぁまぁ、それは後のお楽しみってことで」
時間が惜しい。簡単に食事を済ませ俺達はラーデに向かう。
ラーデに到着し、そのまま王宮に赴いた。
俺達だけなら顔パスなのだが、今日は謎の犬獣人を連れている。何か聞かれるかな? そう思っていたのだが、そのまま通された。
ありがとう、おじさん。多分衛兵に一言言っておいてくれたんだな。
おじさんの私室に入る。今日もぶち切れてたりして。
そんな期待は裏切られ、おじさんとルージュは静かに書類に記入、捺印をしている。
ルージュは椅子にもたれかかり……
「ふー、これで孤児院の件、議会に通るはずですよ。後は閣下がいかに予算を捻出するかです。ふふ、私の仕事おしまーい。お茶にしよっと」
「あぁ!? お前、こっちも手伝えよ! お!? ライトか、客人か?」
知らないふりをしてくれている。ありがとね。
「名も知らぬ客人よ。歓迎するぞ。ライト、紹介をしてくれ」
おじさんは棒読みでシーザーに握手を求める。
うわー、なんだこの三文芝居は。でも何だか楽しいので乗ってやるか。
「いや、さっき知り合ったんだけどすごくいい人でね。この人、地方から出てきて今仕事探してるんだって。おじさん相談に乗ってあげてよ」
シーザーがポカーンとしてる。おじさんも次第と悪乗りし始めた。
「そうか! 仕事を探してるのか! 今な、この国に孤児院を建てようとしているんだが、それを任せられる人材がいない! 君は見た目も誠実そうだし頑丈そうだ。いい鼻の濡れ具合だな! 毛の艶もいい! どうだ!? 給料は安いが食うには困らないぞ! やってみないか!?」
シーザーも気が付いたみたいだ。尻尾を振って笑いだす。
「ははは! これはありがたい! 私はメティスと申します! よろしくお願いします!」
メティス? 女神の名前だよな? あはは、確かにシーザーさんにふさわしい名前かもしれない。
だってメティスって知性とか知恵を司る神様だよな。教育熱心な彼には相応しい名前だ。
「そうか! 君はメティスというのか! さっそくだが、君には孤児院建設から運営に至るまで全てをやっていただきたい! 明日からここに来られるか! 空いた時間で私の仕事を手伝ってくれると助かる! 出来るよな?」
「もちろん! 初対面の私にここまでしていただけるとは! このメティス! 粉骨砕身働きますぞ!」
再び握手をする二人。よかった。その光景を眺めているとルージュがお茶を持ってきてくれた。
「閣下、運営にあたってですが、メティス殿だけでは手が回らないでしょう。どうですか? スタッフを付けてあげては」
「いい人材がいるのか?」
「はい。先の謀反人のアトレイド家の者です。彼らは領地を没収され収入が無く困っているそうです。家も差し押さえられるようですよ。どうですか? 彼らをスタッフに付ければメティス殿もアトレイド家の者もお互い助けになるのではないでしょうか?」
「おぉ! 名案だな! さっそく動いてくれ!」
「かしこまりました」
ははは、最高の三文芝居だ。おじさんとルージュは俺達がいない間にここまで考えていたなんて。ありがとう。
隣をみると…… シーザーが泣いている。
「おや、いかがしたメティス殿? 何か気に障ることがあったかな?」
「カイル殿…… この礼は必ず返す…… 感謝する……」
「ははは! 気にすることはない! ライトよ、少しメティス殿の相手を頼む。俺は王に書類を届けねばならん。ルージュ! 行くぞ!」
「はい!」
―――バタンッ
二人は部屋から出ていった。シーザー……いや、メティスの涙は止まらない。
そのまま俺に訊ねてくる。
「私は多くの罪を犯した…… なのにこんなに良い待遇を受けてよいのだろうか……?」
「いいんじゃないですか? 俺はあなたがこの国にとって必要な人だと思い助けました。おじさんだってそうです。ここはあのクソ犬の言葉に甘えましょう。恩を感じているなら子供達を救うことで返せばいいんです。前もいいましたが人の為に尽くしましょう、出来る限りでいいから」
「お前の両親の言葉だったな? お前は幸せ者だな……」
「えぇ、俺は幸せです。かわいい彼女もいますしね」
フィオナは横で微笑んでいる。この子も変わったな。
俺達のやり取りを終始笑顔で見守ってくれていた。
「友よ。お前は私の全てを救ってくれた。何か困ったことがあったら言ってくれ。お前の為に命を差し出しても構わん」
「その命はこれから助ける子供達のために取っておいてください。俺はこれでこの国を離れます。折をみて遊びに行きますから。それまで元気にしておいてくださいよ!」
「もちろんだ!」
握手を交わしたあと激しく抱きしめられた。
猫派の俺だが犬毛も悪くないな。
しばらくするとおじさん、ルージュは戻ってきて簡単な打ち合わせをして解散となった。
俺達はここで別れることにした。名残惜しいがすぐにまた会えるさ。
ラーデで一泊してから王都に帰ることにした。
◇◆◇
王都に帰る日が来た。おじさんとルージュが見送りに来てくれる。
「お前には色々と世話になったな。ははは、あの時のガキが立派になりやがって。コディとナコちゃんも喜んでるな」
「立派になったのはおじさんもでしょ。でも国のお偉いさんなんだからその話し方何とかしなよ。宰相ってよりは独裁者みたいだよ」
「うるせぇな! 国民にはこれが受けてんだよ!」
はは、たしかに獣人はノリがいい人が多いからな。これでいいのかもな。
「ライト君、次はいつサヴァントに来るんですか? いつでも諜報部の幹部の席は空けておきますからね。もちろんフィオナさんの分もです」
「まだ諦めてなかったんですか!? とりあえずアモンを倒したら顔を出しますよ。でも話を聞くだけですからね!?」
「ふふ。その気が無くてもいいですよ。相手を誘惑する技なんていくらでも持ってますからね。私、この国で一番の房中術の使い手なんですよ。試してみませんか?」
「お断りします……」
何言ってんだこの人…… フィオナ、そんな恐い顔するな。大丈夫、俺はお前しか見てないからさ。
「ま、その話はまた今度だ。ライト、お前は俺の家族だ。いいか、用が無くても遊びに来い。歓迎してやる」
「ははは、ありがとう。俺もおじさんのことを家族だって思ってるよ。元は俺のペットだったしな」
「おまっ! 口の減らないガキだ! くそ! さっさと王都に帰れ! また来いよ!」
手を振る二人を背に俺達は王都に戻る。
終わったな…… 今回は大事な人を一人も失わずに済んだ。
俺の救える範囲だが多くを救えることが出来た。
そしてフィオナと一つになれたし。この依頼が無事に終わったのも彼女のおかげだな。ありがとな。
横を歩くフィオナの手を握る。
「繋いでもいい?」
「はい!」
手を繋いで帰路に就く。
ここから一ヶ月の旅か。
さて帰るか、愛しい我が家に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます