結婚式 其の一

「疲れたー……」


 俺はナイオネル閣下の部屋のソファーで横になっている。

 お大臣様の部屋で不遜な態度極まりないが、閣下は俺を気遣って横になるよう言ってくれたのだ。


 祝賀の席が終わり、俺は疲れ果てていた。喋り疲れかな?


「そうかそうか。最初だから仕方ないな。そのまま少し休むといい」

「ありがとうございます…… それにしても貴族の皆さんってどうしてあんなにお喋りなんですかね? 次から次へとやってきては俺に話を聞いてきて…… サヴァントの話なんてもう百回以上したと思いますよ」


「ははは、そう言うな。みんな君に興味があるのさ。何か少し摘まむといい。祝賀の席で余ったものを持ってこよう」


 少し待っているとメイドさんが余り物の料理を大皿に盛りつけて持ってきてくれた。

 フィオナはモシャモシャとそれを頬張る。俺はあんまり食欲無いなぁ…… 


 それにしても終わって良かったよ。こんなのが続いたら…… 

 あれ? ちょっと嫌な予感がするぞ? 閣下に聞いてみるか。


「そうだ。異種間結婚の話をしていいですか?」

「いいぞ。何を聞きたい?」


「これって政略結婚ですよね? 何か式典に出なくてはいけないとかありますか? もう叙爵式とかパーティーとかはこりごりですし……」

「特にライト殿がすることはないよ。手続きなどは全てこちらがやっておいた。カイル殿にも異種間結婚の候補としてグリフ殿にサヴァントに行ってもらうよう手紙を送ってある。それに戸籍謄本も用意したぞ。確認するといい」


 ん、どれどれ? 俺の名前の横には配偶者の欄がある。空白だ。その内この欄にフィオナの名前が載るのかな? その下にはグリフの名前がある。


 これであいつは俺の息子になったのか。うわっ! 気持ちわるっ! 

 まぁ、これであいつらの結婚に対する障害を取り除けたって訳だ。


「感謝します。これで俺は友人を救うことが出来る。閣下、ご面倒をおかけして申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる。この人にも何気に世話になってるもんな。


「気にすることはない。もう少し休んだら帰るといい。馬車を用意しよう。サヴァントへの旅路、無事を祈っているぞ」


 俺達はナイオネル閣下が用意してくれた馬車に乗って銀の乙女亭に帰る。疲れたな。

 フィオナに肩を貸してもらいそのまま寝てしまった。


 その間、彼女は俺の頭を撫で続けていた感触だけは覚えている。



◇◆◇



 翌日、俺はグリフを訪ねることにした。叙爵式、養子縁組の話など色々話さなければならない。

 グリフとグウィネは同棲中。理髪店の二階が奴らの愛の巣だ。今日は二人とも休みのはずだ。

 いつもの如く乱暴にノックする。


「俺だー! 開けろー!」


 鍵が開く音が聞こえ、グリフが出迎えてくれた。


「ライト! 昨日はご苦労様! で、どうだった?」

「お前は義理の父を玄関に立たせたままか? そんな子に育てた覚えは無い!」


「父って…… そうか! 叙爵式は上手くいったんだな!?」

「そういうことだ。とりあえず茶でも沸かしてこい。入っていいか?」


「ちょっと待っててくれ! グウィネが服を着てなくてな……」


 こいつ…… 義理の息子とはいえ結婚前の娘さんに手を出すとは。後でお仕置きが必要だな。

 しばらく待っていると部屋に通される。俺はお茶を飲みながら昨日のことを話した。



◇◆◇



「……という訳で俺は士爵になることが出来た。戸籍謄本を確認しろ。お前の名前が載ってるだろ? お前は今日からグリフレッド ブライトな」

「俺が苗字を…… なんか実感が湧かんな」


 グウィネが俺達のお茶を持ってきてくれた。


「どうぞ。そうか、私って結婚したらグウィネ ブライト バルデシオンになるんですね。うふふ。名前が変わるのって何か変な感じです」

「異種間結婚の書状はサヴァントに送ってもらった。手続きとか式典とかはしなくていいそうだぞ。後は俺達がサヴァントに行ってグウィネの両親と向こうの宰相閣下に挨拶すれば終わりだ。早い内に出発したい。いつ出られる?」


「そうだな。今日、明日で有給申請と休職届、挨拶周りなんかをしてくる。明後日には出られると思う」

「私もお得意様に挨拶したいから。そのくらいには準備が終わるわ」


「分かった。では旅の準備も含め明後日には出られるようにしておいてくれ」

「ライト、お前には世話になりっぱなしだな! ありがとう!」


 グリフが抱きついてくる。朝から暑苦しい奴だ。


「フィオナさん、ありがとうございます!」

「んふふ」

 

 グウィネもいつも通りフィオナに抱きついた。フィオナは笑顔でグウィネの頭を撫でている。

 こっちは絵になるなぁ。



 ―――その二日後。



 俺達は四人で獣人の国サヴァントに向けて旅に出る。いつもはフィオナと二人旅だから、なんか楽しい。

 そして今回はナイオネル閣下が馬車を用意してくれたので予定の半分でカラカス川まで着いた。


 ここは思い出の地だ。フィオナが俺に想いを伝えてくれた場所。

 せっかくなのでここで一泊していくことにした。


 野営の準備に取り掛かる。テントは二張り用意した。

 親しき中にも礼儀あり。旅の中とはいえ、プライベートは尊重したい。


 だがこれは建て前だ。人前だとイチャイチャ出来ないし。そういう訳でテントは離れた場所に設営する。

 でもたまに夜になるとグウィネのアンアン言う声が聞こえてきてしまう。

 

 人のことは言えないが、少しは自重しろよ……


 テントを張り終え、俺はグリフを連れて狩りに出かける。女性陣はカラカス川で釣りするようだ。大物を期待しよう。


 フィオナはまだ悲しみの感情を上手くコントロール出来ない。俺がいなくなるとすぐに泣き出してしまう。でも今はグウィネがいるから大丈夫だろ。


 近くの森で獲物を探す。ついでに野菜も取れるといいのだが。

 千里眼を発動するが…… 兎しかいないな。グウィネとフィオナはよく食べる。一人一羽は欲しい。


 視線の先には兎がいる。動くなよ。

 俺は兎めがけ弓を静かに引く……



 ―――ギリギリッ



「なぁ、お前に言っておきたいことがあるんだが……」


 グリフは神妙な面持ちだ。どうした?


「フィオナのことなんだが…… あの時の声、何とかならんのか? フィオナの声を聞いてグウィネが興奮しちゃって困ってるんだ。静かにすることは出来ないか……?」



 ―――ヒュンッ



 なっ!? 驚きのあまり放った矢は明後日の方向に飛んでいく! 兎は俺達に気付き逃げていった……


「おまっ!? 聞こえてたのか!?」

「あんな大声出されて聞こえない方がおかしいだろ」


 グウィネのアンアンは俺達のせいだったのか…… うわー、恥ずかしい。耳が熱くなる。


「悪かった。気を付けてるつもりだったんだが……」

「気を付けてあの声かよ。別にいいけど、さすがに俺も毎日するのはきつくってな…… あ、獲物逃げちまったな。どうする?」


 再び千里眼を使って獲物を探すも兎は巣穴に逃げてしまった。ぐぬう、こうなってはお肉にはありつけない。


「しょうがない…… 適当に木の実とかキノコとか採って帰るか」


 辺りを探すと山芋の蔓を見つけた。ダガーを使い丁寧に掘り出す。クルミが落ちているのを見つけたのでそれも採取した。


 テントまで戻ると女性陣が嬉しそうな顔をしている。釣果があったのかな?


「見て! 私が釣ったのよ!」


 耳をピコピコさせながら笑顔でグウィネが釣った魚を見せてくる。おぉ! これは立派なウナギだ!


「んふふ。私はこれを捕まえました」


 フィオナは…… 両手に抱えたスッポンを見せてくる。


 あれ? これは……? 

 山芋、クルミ、ウナギ、スッポン。どれも精の付くものばかりだ。

 俺達も女性陣も狙ったわけではない。なぜだ? なぜこうも一般的に精力を増強するであろう食材ばかりが……


 採った命を無駄にする訳にはいかない。しょうがない、全部美味しく食べることにした。

 食べた後? もうカッカしちゃってさ…… やむなくフィオナにお相手をお願いすることにした。



◇◆◇



「ライトさん…… 今日はすごかったです……」


 フィオナは俺に抱きついたままで甘く囁いてくる。


「ごめん、ちょっと乱暴だったかな?」

「いいえ、大丈夫です…… いつもは優しくしてくれるけど、あんなふうにされるのも好き……」


 嬉しいこと言ってくれる…… 抱きつくフィオナの頭を撫でる。彼女は笑顔を返してくれた。

 

「少し起きませんか? 夜風に当たりましょう」


 そうだな、体の熱がまだ冷めない。

 服を着て外に出ると、フィオナが焚き火を起こしてくれる。

 ナイオネル閣下から貰った紅茶があったな。夜のティータイムにするか。


 二人で星空の下でお茶を飲む。言葉は無く薪が炎の中で爆ぜる音だけが聞こえる。

 隣に座るフィオナが俺に寄り添う。


「ライトさん…… 私、幸せです。こうして貴方と二人でいられることがこんなにも幸せだなんて。

 ライトさんのために喜ぶのも、怒るのも、哀しむのも幸せに感じます。楽の感情に目覚めたらもっと幸せになるのでしょうか?」


 楽…… そういえば楽の感情ってなんなのかな? 楽しむってことか? でもフィオナは色んなことを楽しんでいる。風呂、ダンス、俺との営み。

 もう楽の感情に目覚めてるんじゃないのか?


「そもそも楽の感情って何なんだろうね? フィオナは色んなことを楽しんでると思うんだけど?」


 フィオナは横に顔を振る。


「喜と楽は似て非なるもの。定義は難しいですが。そうですね、喜びとは今を楽しむこと。楽とは私の中では未来を想像すること、未来に期待するということです。

 私には先の幸せを想像して楽しむことが出来ません。ライトさんとの未来が私にはまだ見えないのです」


 なるほど…… 未来に期待するってことか。俺だったらフィオナとの未来を想像して楽しむことが出来る。

 フィオナと二人で…… いや、もしかしたらフィオナとの間に子供を作って親子で一緒に過ごすとか…… 

 想像しただけで顔がにやけてしまう。そうなったらどんなに素晴らしいことか。


「早くこの感情に目覚めるといいね。フィオナにも俺との未来を共有して欲しい」

「はい……」


 フィオナは頷いてから俺の肩に頭を預けてくる。二人の未来か…… それを実現するためにも俺はもっと強くならなくちゃな。

 そのためにもアモンを倒して一つ区切りをつけよう。フィオナと家族になる。もう一つ先の関係に進む。満天の星空の下で俺は誓った。



 そして旅は続く。十日後、俺達は獣人の国サヴァントの首都ラーデに到着した。

 まずは出来の悪い息子の縁談をまとめてあげなくちゃな。


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