叙爵 其の六

 ロスマンに連れられ、着いた先は王宮の中庭だ。

 これから何か花でも活けるのだろうか、土がむき出しになった広めなスペースがあった。

 そこでロスマンが大声で叫ぶ。


「紳士淑女の皆さま! これから由緒あるロスマン家と成り上がりのライト ブライトとの決闘を行います! どうか皆様はこの決闘の生き証人として我らの戦いを見守って頂きたい!」


 ロスマンの声に気付いた貴族達がぞろぞろと集まってきた。

 仕方ない。さっさと終わらせようか。


「ギャラリーも揃ったようですね。では始めますか」


 殺さない程度に手加減しなくちゃな。二人とも顎先に一発入れれば大丈夫だろ。

 俺は構えを取るが……


「ははは! 馬鹿め! 戦うのは私達ではない! 貴族が決闘を行う時は私兵を使うのが当たり前ではないか! ブル! 出てこい!」


 パンパンと手を叩くロスマンのおやっさん。この人、名前何だっけ?


 

 ―――ズンッ ズンッ ズンッ



 大きな足音を立てて、何がが近付いてくる? い、一体何が……


「きゃー!」

「なんだこいつは!?」

「お父様! 助けて!」


 貴族達が叫びを上げる。

 ギャラリーを掻き分け出てきたのは……


 全身を黒い甲冑に包んだ巨人だった。その手にはウォーハンマーが握られている。

 身長は二メートルを超えているだろう。


 巨人はロスマンの前に立ち、俺を睨みつける。


『ごしゅじんさま。おで、こいつ、ころして、いいの?』

「おぉ! いいとも! ブルよ! こいつをお前のハンマーで挽肉にしてやれ!」


『ぶるるるうぅ!』


 なんだがスゴイのが出てきたな…… まぁ負ける気はしないが。


「なるほど、代理闘士ってやつですね。いいでしょう」


 ダブレットをフィオナに預ける。せっかくの一張羅だ。汚したくない。

 するとフィオナはダブレットを俺に返して前に出る。

 え? どうする気?


 今度はフィオナがロスマンに向かって声を出す。


「ロスマン殿。貴方は代理闘士を用意したようですね。ではライト ブライトの代理として私が戦いましょう。私が出ても問題は無いでしょう? ふふ、それとも女に負けるのが恐いのですか?」


 まさかの展開になってしまった。フィオナの挑発を聞いてギャラリーの貴族達も盛り上がっている。

 これは後には引けないぞ……? 俺はフィオナの手を掴み、小声で話しかける。


「ちょっと!? あんな化け物相手にどうする気なの!? フィオナが怪我でもしたら俺……」

「んふふ。心配してくれて嬉しいです。ライトさん、今の私がどんな感情で動いているか分かりますか?」


 表情は笑顔。でもこれは…… 

 笑顔の下に殺気が籠っている。


「もしかして怒ってる?」

「はい」


 フィオナは笑顔で頷く。

 それが余計に恐い……


「怒りのコントロールが上手くなったんです。表情に出すことなく怒ることが出来るようになりました。

 私、今すごく怒っています。ライトさんを卑怯者呼ばわりした彼等を絶対に……ユルシマセン」



 ―――ゾクッ



 ここは逆らわず彼女に任せるとしよう。

 だって恐いんだもん……

 

「分かった。でもなるべく殺さないように。それと怪我しないようにな?」

「大丈夫ですよ。無傷で勝ったらご褒美をお願い出来ますか?」


 フィオナが代理闘士として決闘の場に出ることになってしまった。その様子を見たロスマンはプルプルと頬を揺らして怒っている。


「おのれ! 馬鹿にしよって! ブルよ! 女でも構わん! お前の力であの生意気な小娘を引き裂いて…… いや、なるべく無傷で倒せ! おい、ライト ブライト! 私達が勝ったらその女も頂くぞ!」


 はぁ!? フィオナが負けるとは思えないがその発言は許せない。

 やっぱりここは俺が……


「ふざけ……」

「いいですよ。その条件も飲みましょう」


 フィオナが言葉を被せて、俺の発言を潰してくる。更に……


「ではこちらからも。私達が勝ったらあなたの領地の半分を貰います。これでいかがですか?」

「領地の半分!? そんな条件は飲めん!」


「パパ! 受けようよ! あの女を僕の専属メイドにしたい! お願い!」

「いや駄目だ! あの女は私が先に目を付けたんだ! そうだな、たっぷり遊んで私が飽きたらお前に譲ってやる。それでいいな!?」


 すっごい下種な内容の話をしてる…… 

 この国の貴族様の程度が知れるな。


「それで? 貴方はその条件を飲めるのですか?」

「分かった! 受けよう!」


 フィオナがちょっと悪い笑みを浮かべる。悪女っぽくて素敵だ。


 そんなフィオナがギャラリーに向かって宣言する。


「お集まりの皆さま! 条件が整いました! ロスマン様が勝てば異種間結婚の権利と私自身を差し上げます。私が勝てば権利はそのまま、そしてロスマン家の領地の半分をいただきます! 皆様が証人です! お忘れなきようお願いします!」

「「「おーーー!」」」


 フィオナが声を張り上げる。相当怒ってるんだな……


「ではそろそろ始めましょう!」


 フィオナが決闘の場へと赴く。ブルと呼ばれる巨人もだ。


 二人は対面に立つ。


「始め!」

 

 ロスマンの合図で決闘が始まる。

 ブルがウォーハンマーを振りかざす。

 フィオナは無手のまま構える。


 この構え……

 正中線を横にして急所を敵に晒さない構え。俺が理合いを使う時の構えだ。


 え? もしかしてフィオナも?


『ぶるるるる!』



 ブォンッ!



 巨人が大上段からウォーハンマーを振り下ろす! これを喰らえばどんな達人でも死は免れない! 

 フィオナ、避けろ!



 ―――スッ……



 フィオナは体にハンマーが当たる瞬間を狙ってバルの指を掴む。そして攻撃の勢いをそのままに投げを放つ。



 ボキィッ!



 その投げがエグイ…… 掴むのが手首じゃなくて指だ。

 しかもフィオナは投げる時に手を離さなかった。ブルが地面に叩きつけられる瞬間、指は変な方向に折れ曲がり、骨が折れる音が聞こえてくる。


 フィオナも理合いが使えたのか…… すごいな。


「まずは一本。起きてください。あと九本残っていますよね?」


 全部折る気か…… 怖い……


『ぶるるるるっ!?』


 ブルは怒り狂う。起き上がりつつ、今度は横薙ぎを放ってくる。


 フィオナは肘を前に出してバルの攻撃を迎え撃つ。狙いは……小指だな。



 ベキィッ!



 さすがに大きく吹き飛ばされたが華麗に後方宙返りをして地面に立つ。

 ブルの小指は自身の攻撃力も相まってグシャグシャになっていた。


『ぶるる……』

「残り八本ですね」


 その後も投げ、打撃を繰り返す。最終的には指は全部折れ、変な方向を向いていた。とても武器を握れる状態ではない。

 ブルの顔は涙と鼻水で大変なことになっていた。戦意を喪失したのかロスマンに助けを求める。


『ごしゅじんさま~。おれ、もうむり~。たすけて~……』

「ええい! 情けない! ほら! いつもの薬だ! 戦ってこい!」


 ロスマンはバルの口に錠剤を放りこんだ。するとバルの様子が変わる。肌の色が真っ赤になる!


『おほーーーっ!? きくーーー!』


 やばい薬だな…… 悦に入ったような表情でフィオナに突進してきた。武器は持てないので両手をブンブン振り回している。

 あの太い腕での一撃は充分に武器となる。当たれば首が折れるだろう。


 だがフィオナは落ち着いている。再び構えて……


「そろそろ決めます。ライトさん、これは初めて見せる技です。きっとライトさんにも出来るはずです。しっかり見ててくださいね」


 フィオナは拳を握る。


 不思議な握り方だ。


 ぎゅっと隙間なく握るのではなく軽く中央に穴を開けるように握りを作る。


 バルが迫ってくる。


 振り下される腕を避けてフィオナが拳を打ち込む。


 鋭い突きだ。


 当たった瞬間……



 ―――シュパッ



 突く速度以上の速さで腕を戻す。

 大丈夫か? ブルの分厚い鎧を打ち抜けるはずはない。

 だがフィオナの一撃を受けたブルの動きが止まり……


『ぶる……』



 ―――ズズゥンッ



 ブルは口から血を吐いた。そして仰向けに地面に吸い込まれるように倒れる。

 フィオナはブルを見降ろして……


「鎧通しです。内部破壊に特化した技ですね。装甲に守られていてもこの拳の前では意味がありません」

「「「わーーー!」」」



 ―――パチパチパチパチパチパチパチパチッ



 フィオナが言い終わるや否やギャラリーから拍手喝采が起こる。

 すごい…… 俺の恋人は美しいだけじゃない。すごくかっこいい! 惚れ直した!

 フィオナを抱きしめる!


「すごい! よくやった!」

「あれ? ご褒美を忘れてませんか?」


 えー? 周りに人がいて恥ずかしいんだけど…… まぁいいか! 

 フィオナを抱きしめたまま軽くキスをした。

 口を離すとフィオナは笑顔を俺に返す。すると周りにいた貴族が一際大きな拍手で俺達を祝福してくれた。


 ロスマンはというと…… 親子揃ってブルブルと震えている。領地を半分くれるんだっけ? 

 あ、群衆に紛れてこっそり逃げていく…… 

 まぁ、いいか。領地なんか貰っても俺には使いこなせないもんな。このまま俺の前に現れなければ何の問題も無い。


「ロスマンが逃げていきますよ? いいんですか?」

「フィオナは領地とか欲しいの? 俺達には必要無いでしょ?」


「ふふ、そうですね。でもグリフとグウィネには必要かもしれませんよ」


 しまった! その考えはなかったな。結婚の手向けとして土地をプレゼントか。それもいいな。今からでも間に合うか? 

 ロスマンをとっ捕まえて…… いや、止めておこう。


「いや、いらないだろ。財産なんてものは努力して蓄えていくものだし、それにあいつらには自分の店も家もある。あれで充分さ」

「ライトさんがそう思っているなら何も言いません。私もライトさんがいれば満足ですから」


 かわいいこと言うじゃないの…… さて思わぬ邪魔が入ったな。そろそろ広間に戻らないと。

 面倒な祝賀の席ってのを終わらせて家に帰りたいな。



 俺達は貴族の垣根を抜けて城内に戻ることにした。

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