叙爵 其の五

 叙爵式の時間が来た。フィオナは大広間の一番後ろの席に座るらしいのでここでお別れだ。

 俺は衛兵の先導のもと大広間の扉の前で待機する。

 扉の向こうから声が聞こえてくるが何を言っているのか分からない。

 分かる単語を拾っていくと何となくサヴァントのクーデターの話をしているようだ。


「ライト殿。時間です」


 衛兵が俺に伝えてくる。

 扉の両側に立っている衛兵が重そうな扉を開く。


 赤い絨毯が玉座まで続いていた。

 両側には叙爵式に呼ばれたであろう貴族が大勢座っており、その先には玉座に座った王様、エスキシェヒル五世の姿が。立派なお鬚を蓄えた初老の男性だ。

 しかし衰えを感じさせない鋭い顔つきをしている。



「前へ」



 衛兵に促されるまま歩みを進める。

 うぅ…… 緊張しちゃう。


 ふと視線を感じる。横目で見るとフィオナの姿があった。

 端の方に座って俺を見ている。おや? 口パクだが何か言ってるな。



  が ん ばっ て



 ははは、ありがとな。フィオナを見たら少し緊張が解けてきた。

 王様の前まで歩いていくと、隣にいるナイオネル閣下が目でそこで止まって跪くよう合図を送る。

 軍師がいてよかった。作法とか何も知らないからな。俺が跪いたところで王様が口を開く。


「その方、ライトといったな。出自はアルメリア、エスキシュヘル領のグランで相違ないか?」

「はい」


「此度の働き、誠に見事であった。獣人の国サヴァントでは謀反を収め、我が盟友のクーヌト王の命を救ったと聞く。その以前は単身森の王国に赴きスタンピードを収め、森の王国をも救った。これも相違ないか?」

「はい」


「見事だ! 褒めて遣わす。アルメリアの法に乗っ取り、お主には英雄として爵位を授ける。そしてブライトの名をも授けよう。今日からライト ブライトを名乗るがよい」


 苗字か。どうでもいいな。

 でも貰えるものは貰っておこう。役に立つとは思えないが。


「謹んでお受けいたします!」


 王様はナイオネル閣下から儀式用の剣を受け取り俺の両肩、そして背中に剣を置いた。

 よく分からないがこれで俺も貴族になったのかな?



 ―――パチパチパチパチッ



 後ろから少しずつ拍手が聞こえてきた。そしてそれは次第と大きくなり割れんばかりの拍手が広間を包む。


「新しい英雄の誕生だ! ライト ブライト! お主には更なる働きを期待する! 祖国アルメリアの為に更に尽力せよ!」

「仰せのままに!」


 ナイオネル閣下が俺にマントをかけてくれた。士爵用のかな? 後ろを向くように小声で指示を受ける。

 貴族のお歴々がスタンディングオベーションで俺を祝ってくれていた。

 うわー、なんかくすぐったい。こういうの苦手だな。


 早く終わってくれることを心から願いながらも拍手は鳴り止まなかった。

 ナイオネル閣下が手を上げて拍手を止めてくれる。


「ではライト ブライトの祝賀の席を設ける! 一時間後にまた広間に集まっていただきたい!」


 ナイオネル閣下の指示のもと、貴族達は散っていった。

 いやー、変な汗かいた…… 慣れないことはするもんじゃないな。


 貴族が全て大広間から出ていったところでナイオネル閣下が俺の肩に手をかける。


「ライト殿も休むといい。この後立食形式ではあるが、貴殿が主役の祝賀の席がある。逃げるなよ? 叙爵式はむしろこちらが本番となる。もし興味があるなら他の貴族とパイプを作っておくとよいだろう」


 そんな繋がりはいらんな。こちとら気楽なギルド職員暮らしなものなので。


「はは、そんな顔するな。貴族達とは適当に話を合わせておくだけでよいだろう。時間までゆっくりしていてくれ」


 閣下はそう言って下がっていった。今度はフィオナが寄ってくる。


「お疲れ様でした。時間までどうしますか?」

「んー、王宮内だから自由に動けないだろ? 庭にでも出て時間を潰そうか」


 正門から見た庭には見事は花が活けてあったな。花を見るのは嫌いじゃないんだ。

 母さんと一緒に庭いじりもしてたしね。庭園に出て、二人で花を見ることにした。


「綺麗だな」

「んふふ。私もそう思います。不思議ですね。感情に目覚めてから初めて花を綺麗だと思えるようになったんです」


「その前は?」

「特に何も思いませんでした。この世界に来て三十年以上経ちましたが、初めての経験です。ふふ、ライトさんといると色々な経験が出来ますね」


 三十年以上か…… 最近意識してなかったが、フィオナって俺よりも遥かに年上なんだよな。

 まぁ異種族だし、年齢のことを言っても仕方ない。フィオナはフィオナってことでいいさ。大切な存在なのは変わらないしな。


 二人で花を見ていると、後ろから声をかけられた。


「おい! 貴様に少し話がある!」


 ん? なんだ? 後ろを振り向くとでっぷり太った貴族様が立っていた。

 顔には汗をかき、フーフーと鼻息を荒くしている。

 そして同じ体格で少し若めなそっくりさんが横に立っていた。親子かな?


「どちら様でしょうか?」

「これだから田舎者は困るのだ! 私の顔を知らんとは! 私は由緒あるロスマン家当主、ボルス ロスマンである! 頭が高ーい! 控えおろーう!」


 なんかすごいのが来たなぁ…… 

 あっ、この人ってナイオネル閣下が言ってた粘着質な性格の貴族だな。

 粘着質っていうのは性格だけじゃないんだろうな。肌もベタベタしてそうで気持ち悪い。


「そして僕はロスマン家の次期当主であるフレッド ロスマンだ! 平民上りの貴様に名乗るのも癪だが覚えておくがいい!」


 なるほど。もう忘れたいです。


「そうですか。それでは私達は花を見てきますので、これで失礼いたします」

「「待て待てーい!」」


 ハモリながら俺の前を通せんぼしてくる。

 なんなんだこの気持ち悪い風味な親子は。


「貴様に一つ聞きたいことがある! 獣人の国サヴァントとの異種間結婚の件だ! 本来なら我がロスマン家が次回の候補に選ばれるはずであった! なのに突然候補が貴様に移ったと聞く! 一体お前は何をしたのだ!」


 いや、俺は何もしてないよ。俺の元ペットのワンコが何か恐いものをナイオネル閣下に渡しただけだし。


「そうですね。特に何をしたというわけではないのですが。強いて言えば森の王国とサヴァントを救ったということでしょうか?」


 若い方のロスマンが体をプルプルさせながら絶叫する。

 こいつ名前何だっけ?


「嘘を言うなー! お前がそんなこと出来るはずがない! きっとお前は卑怯な手を使ってナイオネル閣下をたらし込んだに違いないんだ!」

「よく言った息子よ! そうだ! こいつらは嘘つきの卑怯者だ! この平民上りが! 貴様に異種間結婚の栄誉を横取りされてたまるか! 貴様に決闘を申し込む! 私達が勝ったら潔く身を引いて異種間結婚の権利をロスマン家に譲るのだ!」


 決闘? 殿中だぞ? そんなことして言い訳ないじゃないか。


「貴族のケンカの仕方はよく分かりませんが、王宮内でそんなことしていいのですか? いい加減にしないと衛兵を呼びますよ」

「は!? 貴族の決闘はケンカとは違う! 双方の合意があれば問題無いのだ! いかに王宮内でもな! どうした! 受けないのか、この腰抜が!?」


「受けません。ではさようなら」

「「うぉーい!?」」


 フィオナの手を取って踵を返す。こんなのに付き合ってられるか。


「いいんですか? ライトさんなら一秒以内で殺せますよ。お咎め無しなら殺ってもいいと思います」

「恐いこと言わないの…… 貴族のルールなんか知らないし、それに慣れる気も無いよ。所詮俺達には縁の無い世界だし。グリフ達のために爵位だけもらったんだ。あんなのにはなるべく関わらないのが身のためだよ」


「よく分かりません。でもあの二人はライトさんに関わりたいみたいですよ」


 確かに。ロスマンコンビは太った体を揺らし、汗ダクダクで俺達を追っかけてきた。


「はぁはぁ…… 待て、この卑怯者が…… いいか、お前は決闘を受けねばならんのだ……」

「げほっ! おえっ…… そうだ、そして僕の代でロスマン家は子爵になるんだ……」


 家の格を上げたいのか。俺にとっては心からどうでもいいことだ。

 でも今後付きまとわれるのも迷惑だな。仕方ないか……


「分かりました。決闘を受けましょう。私が勝ったら今後一切、私の前に立たない事を約束してください。貴方が勝ったら異種間結婚の権利を差し上げます。これでいいですね?」


「ははは! かかったな! 馬鹿めが!」

「パパ! これで僕らは子爵になれるね!」


 ハイタッチをして喜ぶロスマン達。それにしてもこの二人、まともに戦えるのか? どう見ても戦闘慣れしているとは思えない。

 この太った体格ではまともに剣を振るえないだろう。まぁいいさ。さっさと終わらせよう。


「ではどちらから俺に挑むんですか? なんなら二人同時でもいいですよ」

「ふはは! 慌てるな! せっかくの決闘なのだ! ギャラリーがいないと面白くないだろう!? 場所を移そう! ついて来い!」


 全く面倒なことになった。貴族ってのはこんなめんどくさい奴等ばかりなのか? さっさと終わらせて家でゆっくりしたいな。

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