家族の記念日
俺とフィオナは二人で部屋の庭にある温泉に浸かる。
空を見上げると月が真上に出てるな。もう深夜か。
「気持ちいいな……」
「ふふ、そうですね。ねぇライトさん、やっぱり王都じゃなくてバクーに住みませんか?」
二人で温泉に浸かりながら、先程かいてしまった汗を流す。フィオナの顔はいつも通りのかわいい笑顔。さっきまで泣いていたのが嘘みたいだ。
「バクーか。でも、この国って物価が高いだろ。ここに住むってのは無理なんじゃないか?」
「そうですね。じゃあ、三人で遊びに来ましょ。お金を貯めなくてはいけませんね、旦那様」
旦那様…… フィオナがこんなことを言うとは。嬉しいけど少しむず痒い。
「いつもの呼び方でお願い……」
「残念です。せっかく夫婦になれたのに」
そう、正式ではないが俺とフィオナは夫婦になった。彼女を絶望から救うために言った言葉だが、いつかは言おうと決めていたこと。それが少し早まっただけだ。
フィオナは俺に抱きついてくる。俺も彼女を抱きしめ返す。
「ありがとうございます、ライトさん。私を受け入れてくれて」
「お礼を言うのはこっちだよ。これからもよろしくな」
そう言ってからキスをする。唇を離すと眩しい笑顔が。
かわいいなぁ…… こんなかわいい子が俺の嫁さんになったのか。これからフィオナともっと距離が近くなる。だからこそ、もう少し話しておかないと。
「少し聞いていいか? フィオナは元は人間だった。かつて俺と会ったことがある。これは合ってるよな?」
「はい…… 詳しくは思い出せませんが、私の心の声がそう言っています。間違いありません……」
「そうか。一つお願いしたいことがあるんだ。俺は目的を変えるつもりは無い。みんなの仇…… アモンを倒す。必ずだ。フィオナ、協力してくれないか?」
「もちろんです! ライトさんは私が守ります。私は元は人間。でもトラベラーとしての本能は消えていません。
ライトさんは契約者。世界を安定させることの出来る唯一の存在です。貴方を支え、導きます。だから心配しないください」
久しぶりに契約者って言われたな。トラベラーの本能か…… 前から疑問に思っていたことがある。聞いてみよう。
「フィオナはトラベラーになったって言ったが、それがよく分からないんだ。死ぬことがなくて、異界を渡り歩く種族なんじゃないの? シグやアイシャだっていたじゃないか」
「ごめんなさい。どうやってトラベラーになったのかは思い出せないんです。もしかしたらシグ達も元々は人間なのかもしれません。思い出したのは私が人間だったって事実だけなんです。勘違いではないですよ」
そうだろうな。フィオナの恐怖に震えるあの姿は人間そのものだった。記憶が戻らないのであればここからは推測の話でしかない。聞いても解決にはならないよな。
「分かってるよ。フィオナが元は人間だった。そして前世の俺と一緒だった。それだけでいいよ。後のことはその内思い出すかもしれないしね」
「ライトさん…… ありがとうございます……」
「お礼を言うのは俺さ。また俺と一緒になってくれてありがとう。愛してるよ……」
「私も…… 愛してます……」
再びキスを交わす。フィオナの目から涙が一筋こぼれ落ちた。
―――ガラガラ
戸が開く音がする。後ろを振り向くと……
「ライ? いるの?」
チシャ? いつの間にか起きていたようだ。不安そうに俺達……いや、フィオナを見つめる。フィオナは立ち上がり両手を広げ……
「チシャ、いらっしゃい」
「フィオナ!」
笑顔でチシャを誘う。裸で微笑むその姿。どこの女神様だろうか?
チシャは誘われるがままにフィオナの胸に飛び込んだ。でも勢いが強すぎたようで、二人はそのままお湯の中に沈んでいった。
服を着たまま、フィオナの腕の中でチシャは泣き出す。
「うえぇぇん! フィオナのばか! 心配したんだから!」
「ぷはっ!? うふふ、心配かけてごめんなさい。私はもう大丈夫ですよ。このまま一緒に入りましょ。ほら、服を脱いでください」
泣き続けるチシャの服を脱がし、三人で温泉に浸かる。幸せな時間だ。
寂しかったんだろうな。甘えるようにフィオナの胸に顔を埋めている。その光景は本当の母子のようだ。
そうだ、一ついいこと思いついた! チシャに聞こえないように小声でフィオナに話す。
「んふふ。じゃあライトさん、お願いします」
「分かった。二人はもう少し風呂に入っててくれ」
俺は風呂を上り、馬車に積んである食料を漁る……
あった! これに手を付けなくてよかった! 甘イモを持って部屋に戻り調理を開始だ。
少し手間がかかるが、二人は長風呂だし間に合うだろ。でも油断は禁物。急いで甘イモを蒸かす。潰して丁寧に裏ごしして……
形を整え、オーブンで焼いたら完成だ。甘い香りが部屋に立ち込める…… どうやら間に合いそうだな。
少しすると体をタオルで巻いた二人が戻ってきた。チシャはすっかり泣き止んでいたがフィオナにべったりだ。抱っこされてる。
「ふふ。チシャは甘えん坊さんですね」
「いいでしょー。だって寂しかったんだから。あれ? いい匂いがする!」
チシャは鼻をヒクヒク動かしている。ふふ、いい匂いだろ。早く食べさせてあげたい。
「ほら、着替えておいで。もうすぐ出来上がるから」
二人は寝巻に着替えるため、隣の部屋に行く。その間に出来上がったタルトと紅茶をテーブルに並べておく。
これでよし…… 二人は寝巻きに着替えてリビングに入ってきた。みんなで席に着く。
チシャは目の前に置かれたタルトを見つめて一言。
「美味しそう……」
食べてもいいが、その前に。
フィオナと声を合わせて…… せーの!
「「お誕生日おめでとう!」」
「え? 誕生日? なんで……?」
理解出来ないのだろうな。チシャは困ったように俺達の顔を見つめる。説明してあげなくちゃな。
「今日はね、俺達が家族になる記念日なんだよ。俺とフィオナは夫婦に。チシャは俺達の子供に。
でもさ、親が子供の誕生日を知らないってのはおかしいだろ? だから今日を俺達の結婚記念日、チシャの誕生日にする。これはもう決まったことだ。この日を覚えておくんだよ」
「家族……」
チシャの目から涙が浮かぶ。まだ泣いちゃ駄目だぞ。
「そう俺達は今日から家族だ。そしてチシャは今日五歳になった。それでいいね?」
綺麗な緑色の瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。う…… 俺も泣きそう。涙を堪えてタルトを薦める。
「だから今日はお祝いなんだ。これはチシャの為に作った。俺達のかわいい娘のためにね。ほら、冷めちゃうよ。早く食べな」
「う、うん…… 食べる……」
チシャは泣きながらタルトを口に運ぶ。すると……
「美味しい! すごく美味しいよ! これ何て食べ物なの!?」
「それはね、ポテトのタルトってお菓子だよ。俺が母さん……チシャにとってはおばあちゃんになるかな。その人に作ってあげたんだ。
それからおばあちゃんの誕生日に毎年作るようになった。チシャも気に入ったみたいだね」
フィオナもポテトのタルトを食べ始めた。泣きながら……
「ぶぉ~ん、おんおん…… 美味しいです…… ぐすん、また作ってください……」
「はい奥様。喜んで」
フィオナの顔が真っ赤になった。照れてるな?
「じゃあ、来年の記念日にもこれを作るよ。これを俺達の定番にしよう」
「記念日だけじゃ駄目です。毎日作ってください」
フィオナがわがまま言ってる。ははは。分かったよ。また作ってあげるからな。
甘い宴は空が白く色付くまで続いた。
「美味しかった……」
チシャが幸せそうにお腹をさする。
「ぶぉ~ん、おんおん………… 足りません……」
俺の分も食ったのに? ははは、フィオナは食いしん坊だな。
二人を見てると胸が暖かくなる。幸せだ。この幸せがずっと続いたらいいのに……
そんなことを思っていたら、チシャが席を立つ。トイレかな?
「ライ、フィオナ、こっち来て」
違うみたいだ。チシャが笑顔で手招きする。
「しゃがんで」
言われるがままに俺達は腰を落とす。抱きしめられてから……
「ありがと。パパ」
―――チュッ
頬にキスをされた。
「ありがと。ママ」
―――チュッ
フィオナの頬にキスをした。
あ、そうか。俺達はチシャの親になったんだ。
パパって呼ばれて…… 当然だよな……?
あれ? 俺泣いてる……?
「私の家族になってくれてありがと。これからもよろしくね!」
「チシャ! ぶぉ~ん、おんおん……」
フィオナは泣きながらチシャを抱きしめた。その二人を俺が抱きしめる。
これが俺達が家族になった瞬間だった。
でもその泣き方、なんとかならないの?
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