さらばタターウィン

 ん…… おでこに暖かいものが当たる。これは唇の感触かな? ゆっくりと目を開けると、目の前には世界で一番愛しい人が優しく微笑んでいた。


「んふふ。おはようございます、ライトさん」


 フィオナだ。服は……着ていないな。

 そうか。昨日はチシャが寝た後、別室で二人で燃え上がってしまったんだよな。そのまま寝てしまったのか。


「今日はデュパさんに会いに行く日ですよ。ほら、早く起きてください」


 フィオナがベッドから出る。朝日に輝く美しい裸体。


 眼福だ……


 手を伸ばして彼女をベッドへと引き込む。 

 そのまま押し倒し、首筋にキスをした。


「もう…… だめですよ、チシャが起きちゃいます」

「大丈夫。すぐに終わらせるから。ほら、今日は王都に帰る日だろ? 最後の思い出にね?」


「んふふ。ライトさんのエッチ」


 ちょっと困った顔で、そして嬉しそうな顔で俺を迎えいれてくれる。静かに二人で燃え上がった。


 いそいそと着替えを終え、チシャが寝ている寝室へ。ねぼすけさんを起こしにいかないと。

 チシャはクピクピとかわいい寝息を立てて夢の中だ。


「ほら、起きて」


 優しく頭を撫でてチシャを起こす。目が開くとニコニコ笑顔で挨拶をした。


「おはよ、パ……ライ」

「なぜ言い直す……」


「うーん。だってまだ恥ずかしいんだもん」


 せっかく俺達が家族になれたのに、誕生日の翌日から俺達を呼ぶ時はライとフィオナに戻ってしまった。

 別にいいけどちょっと寂しい。


 のそのそとベッドを出てチシャは着替え始める。


「今日はライのお家に帰る日でしょ? 王都ってどういうところなの?」

「いい所だよ。チシャもきっと気に入ると思う。お風呂はここほどいいものじゃないけど公衆浴場っていう大きなお風呂があるんだよ。いい人もいっぱいいる。チシャのことをみんなに紹介するよ」


「お友達になってくれるかな?」

「心配無い。みんな気のいい人達ばかりだよ。でも王都に帰る前に獣人の国サヴァントに寄っていくからね」


 カイルおじさんに結婚の報告をしたくてね。ルージュはしつこく諜報部に勧誘してくるから面倒なんだが、恩人には変わりない。紹介はしておこう。


 だがルージュがチシャの力に目を付けて、諜報部に勧誘したら…… 


 おしりぺんぺんだな。本当はエリナさんにも報告したいのだが、アヴァリに行くのはまた今度だ。


「わー、楽しみ! あ、そうだ。ライのお家ってどんなとこなの。このお部屋みたいなお家?」


 しまった! 俺達が住む所については何も考えてなかった! 当分は銀の乙女亭だろうな。


「ご飯ですよ。あ、おはようございます、チシャ」

「おはよ、マ……フィオナ」


「照れてる! かわいいです!」


 フィオナはチシャをむぎゅって抱きしめる。喜怒哀楽の感情が揃ったフィオナはすっかり人間らしくなった。


 いや、元人間だったので思考がそれに戻ったってことだよな。初めて会った時は人形みたいだったのに。


 朝ご飯を済ませ白松亭を後にする。本当は帰りたくない。ここに住みたい。金があったらなぁ……


「ライト様、またのお越しを心からお待ちしております」


 支配人がうやうやしく挨拶をする。最高の宿だったな。もしまたバクーに来ることがあったら必ず寄ろう。


「ありがとうございました! また来ますね!」


 僅か十日間の滞在だったが最高の思い出が出来た。俺の新しい家族が誕生した場所だからな。

 手を振って支配人が見送ってくれる。フィオナも笑顔でそれに応える。


「いいところでしたね。またいつか来たいです」

「そうだね。でも次来る時は自腹だからな。お金貯めなくちゃ……」


 今回はデュパの計らいで金を払うことなく泊まることが出来たが、本来なら相当な額を要求されるだろう。


 こちとら薄給の一ギルド職員でしかないのだ。それに家族も増える。お父さん頑張って稼がないと……


「ライー。次はいつ来るの?」

「しばらくは無理だよ。贅沢は出来なくなるし、ムニンとフギンも王様に返さないといけないしね」


 ムニンとフギンがこちらを振り向き悲しそうに嘶く。


 うぅ…… そんな目で見るんじゃない。お前さん達は国宝の馬なんだからキチンとお返ししないといけないのだ。

 フィオナの話だとこいつらは俺のことを仲間、もしくはボスだと思っているらしい。


 スレイプニルは大地のマナを取り込むことで長距離を休まずに走ることが出来る。地母神の加護を貰っているのだそうだ。

 俺は加護に加え、祝福も貰っているのでムニンとフギンは俺によく従ってくれた。ありがとな。今度ニンジンをいっぱい買って王宮に遊びに行くから。


 それと金に関してなのだが、実は白金貨二十八枚、二億八千万オレンの手持ちはある。

 俺は今、お金持ちなのだ。


 新しい装備のための予算だったが、チシャがヒヒイロカネなる超希少鉱石を見つけてくれたおかげで、お金は丸々手元に残ることになった。ラッキー。


 だがその金は俺達が住む所に回そうと思う。ほらさすがに親子三人で宿屋暮らしは良くないじゃない?   

 それにある程度部屋数がないと、しにくいじゃない、あれが。

 俺とフィオナが仲良くしているところをチシャに見せる訳にはいかんしな。


「チシャがいい子にしてれば、また連れてきてあげるよ。でも俺達はやらなくちゃいけないことがあるからね。多分その後になるかな。だからちょっと待っててな」

「うん! いい子にしてる!」


 かわいい笑顔で応えるチシャ。アモンを倒した後、お祝いとしてここに来るのもいいな。


 そうだな。装備を貰う。家を買う。アモンを倒す。そしてバクーにお祝い旅行だ。ふふ、なんて幸せな未来だ。それを実現するためにも頑張らないと。


 明るい未来を想像しながら馬車を走らせる。デュパの工房はもうすぐだ。



◇◆◇



 三十分程馬車を走らせると商業区に入る。ここに来るのも最後だな。


 あちこちから鉄を打つ小気味いい音が響く。ドワーフが作る装備は高品質のものが多い。ここから各国に輸出されていくのだ。

 鉱石に次いで武器防具の輸出がこの国の経済を支えているらしい。


 その中でもデュパはバクーで一番の鍛冶職人。そんな人に装備を作ってもらえるとは。


 工房に到着するとデュパが入口で出迎えてくれた。

 あれ? いつもはしかめっ面なのに今日はすごくいい笑顔だ。


「待っとったぞ! さっさと中に入れ!」


 口調はいつも通りだったがご機嫌なんだろうな。デュパの足取りが軽い。  

 工房に入ると作業台の上に真新しい短剣と杖、防具が並べられていた。全体的に赤い色をしている。ヒヒイロカネが赤い鉱石だったからな?


「これが完成品じゃ! ライト、お前の物から説明する。要望通りの二対の短剣じゃ。形は前回と変わりない。あえて峰に刃を付けておらん」

「というと?」


「お前さんの性格を考えてのことじゃ。殺したくない相手がいる時は峰を使って戦え。両刃だと手加減がしにくいじゃろ?」


 ありがたい心遣いだ。確かにちょっと心配だったんだ。

 デュパが作る武器はヒヒイロカネ製よりグレードが低い剣でも驚くべき斬れ味だった。不用意に相手を殺しかねない。


「ありがとうございます! ちょっと持ってみてもいいですか?」

「おお、いいぞ! そうじゃ、これで試し斬りをしてみるといい」


 金属の延べ棒を手渡された。ダマスカス鋼か? 木目模様が美しい延べ棒だ。

 ヒヒイロカネの短剣を手に取って、斜めに軽く刃を入れてみる。軽くだよ?



 ―――スパッ



 言葉が無かった。何だこの斬れ味は…… 

 アダマンタイトより硬いダマスカス鋼が何の抵抗も感じさせずに真っ二つとは。断面はまるで鏡のようだ。


「いい反応じゃな。期待通りじゃ。だがそれだけじゃない。こっちも試してみろ」

「これは……?」


 デュパは折り畳まれた金属の棒を持ってきた。蝶番が四つ付いている。それを手に取って組み立てると……


 弓が出来上がった!?


「特製の弓じゃ。ダマスカス鋼の靭性とヒヒイロカネの強度を兼ね備えてある。蝶番の部分は特別に強化を施してある。折れる心配は無い。これで持ち運びが便利じゃぞ」


 ありがたい。たしかに弓って取り回しが不便なんだよな。幅も取るし。折りたたんでコンパクトにすれば、腰に差すことも出来そうだ。

 試しに弓を引いてみる。強度を試すため身体強化術も発動しておいた。


 渾身の力を使って弓を引く! 



 ―――ギリギリッ フォンッ



 小気味いい音を立てて弓が唸る。

 驚いた…… 普段使う弓よりも頑丈だ。組み立て式なので強度に心配があったのだが杞憂に終わるようだ。これなら何千発撃っても痛むことはないだろう。


「本当にありがとうございます…… もう言葉が無いですよ。この国に来た甲斐がありました」

「そう言ってくれるとありがたいわ! おっと、もう一つあったわい。お前に見合った防具じゃ。前回作る予定じゃった肌着とは別にこれを用意した」


「これは…… 普通の革鎧ですか?」

「見た目はな。これもヒヒイロカネを糸にしたものを編み込んである。肌着だけだと打撃耐性に不安があったからな。ある程度の打撃なら緩衝作用で衝撃を分散してくれる」


 デュパは革鎧を床に寝かせ、鍛冶用の大きなハンマーでぶっ叩いた。衝撃で革鎧は天井まで跳ねた。 

 ドワーフの膂力で叩いたんだ。流石に傷が付いて……いない。革鎧も原型を留めている。


「すごい……」

「フィオナとチシャの防具にも同じ素材を使っておる。大抵の攻撃には耐えられるはずじゃ。だが油断はするなよ。攻撃は喰らわないのが一番じゃからな」


 これならアモンの一撃にも耐えることが出来そうだ。これで奴を倒すための武具は揃ったわけだ。


「次はフィオナの杖を説明する。うちの在庫に良質な魔法銀が残っていたのでそれも使った。芯の部分には魔法銀とダマスカス鋼の合金を使ってある。それにヒヒイロカネを被せた。

 頑丈なのは折り紙付きじゃ。打撃武器としても使えるが一番に売りは魔力向上じゃな。ほれ、杖を持ってオドを流してみい」


 フィオナは杖を受け取り、目を閉じてオドを練る。目を開くと驚きの表情をする。


「この間見せてもらった杖よりすごいです…… オドの量が倍になったみたい」

「前回の杖よりも精度を上げてある。お前さん達強敵に挑むんじゃろ? なら単純に火力と上げておこうと思ってな。ただし、威力が上がった分、加減が難しくなっとる。使い方には注意するように」


 フィオナは興味深そうに杖を見て…… あ、少し笑ってる。新しい装備が嬉しいんだな。


「最後はチシャじゃ。練習用の短剣とスタッフじゃ。以上!」

「なんで私のは説明が無いの!?」


 チシャがプリプリ怒っている。プクーって頬を膨らませてるのがとてもかわいい。


「しょうがないじゃろうが! 子供に刃物を持たせても碌なことにはならん! ただし材質はライト達の武器と同じものじゃ。早く一人前になれ! そしたら刃入れをしてやるから!」

「デュパさん、ご配慮ありがとうございます。この子は責任をもって鍛えます。俺が大丈夫と判断した時に刃を入れてください。チシャ、これからいっぱい練習しような」


 ブスーっとした表情のチシャの頭を撫でて彼女を諫める。でも納得していない様子だ。


「でもさー……ライもフィオナもいい物もらったのに…… わたしだって強くなりたいのに…… 」


 今度はフィオナがチシャを慰める。腰を落としてチシャを抱きしめた。


「大丈夫ですよ。すぐに強くなれますから。だってチシャはもう上級魔法を全部使えるでしょ? こんなに才能のある子に会ったのは初めてです。

 ライトさんと私がいっぱい鍛えて上げます。強くなってください。強くなったら、私のことを守ってくれますか?」

「うん、分かった! 私、強くなってライとフィオナも守る!」


 お? いつものチシャに戻ったようだな。瞳はやる気に溢れている。フィオナは子供の扱い方が上手いな。トラベラーになる前もこんな感じの子だったのかな?


「では説明は以上じゃ。お主らがわしの作品を使いこなすことを祈っとるよ」

「ありがとうございました。でも本当にお金を払わなくていいんですか?」


「もちろんじゃ。お主から貰ったヒヒイロカネはまだ半分以上残っとる。これだけでもまだわしが金を払わんと釣り合いが取れんぐらいじゃからな」

「そうですか。申し訳ございませんが、ここはお言葉に甘えます」


「おう、甘えてくれ! じゃあ、わしは次の作業に移る! 残ったヒヒイロカネで最高の剣を作ろうと思ってな! では帰りの道中、気を付けるんじゃぞ!」


「はい! では俺達も国に戻るとします。バクーに来た時は必ず顔を出しますので!」


「デュパさん、最高の杖をありがとうございました。これでライトさんを守れます」


「早く一人前になってライと同じ武器にしてね! がんばるから!」


 デュパは振り向かずに高笑いをする。


「がはは! お前が一人前になるのは十年後じゃな! それまでにわしも、もっと腕を上げておく! 楽しみにしておけ!」


 そう言ってデュパは工房の奥へと消えていった。


 あーあ、この国でやること全部終わっちゃった。


「ライトさん、どうしたんですか? ちょっと浮かない顔してますよ」

「いやね、この国でやることが終わったと思ったらなんか気が抜けてね。もう帰らなくちゃいけないんだと思うとね……」


「ふふ、そうですね。この国は私達にとって思い出の国。私達を家族にしてくれた国ですから」


 そう言って腕を組んできた。


「あ、また仲良ししてる! 私も!」


 チシャが抱きついてくる。

 

 いい国だったな。装備も手に入ったし、何よりかわいい娘と美しい嫁さんが出来た。フィオナも新婚旅行でまたこの国に来たいって言ったしな。


 答えは分かってるが、一応聞いておくか。


「またこの国に遊びに来たい人ー!?」

「「はーい!」」


 二人が元気に手を上げる。はは、俺もだよ。三人の意見が一致したようだ。


 ではやることを終わらせなくちゃな。まずはアモンを倒す。全てを終わらせてからこの国に遊びに来よう。


 楽しい未来を想いながら馬車へと乗り込む。これから俺達はアルメリアに戻る。その前にサヴァントに寄らなくっちゃ。カイルおじさんに俺の家族を紹介するんだ。


「よし、ムニン、フギン! 行くぞ!」

『ヒヒィーン!』


 勇ましい嘶きと共に二匹は駆け出す。


 さよならタターウィン。また来るから。でもしっかりお金貯めなくちゃだな……

 俺の給料でまた白松亭に泊まれるだろうか?

 お父さんになったんだ。しっかり働いて家族サービスをしよう! 


 がんばれ俺!


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