希望
フィオナは人間だった。泣きながら俺に説明してくれた。どういう経緯で人間が異種族になれるのだろうか? 分からない。
だが俺の腕の中で恐怖に震え、絶望を前にして涙を流すこの姿。まさしく人間の姿だ。
「ライトさん! お願いです! 置いていかないで! 私を一人にしないで!」
すがりつくようにフィオナは泣いている。その姿を見ると俺も涙が溢れてくる。
いや駄目だ。気を強く持て。ここで俺が泣いたってなんの解決にもならないんだ。
でも俺が彼女にしてやれることってなんだ? どうすればフィオナを救うことが出来る?
―――絶望
その言葉が頭を過る。それと同時に思い出す。アヴァリでエリナさんが俺に言った言葉を。
(人は本当の絶望を知ったならね、もう前に進むしかないの)
俺が出来るのは彼女を前に進ませること。その手伝いをすればいい。絶望に対抗する手段。それは……
―――希望
そうだ……
希望だ……
絶望を吹っ飛ばすぐらいの希望をフィオナに与えよう!
何を言えばいい? 分からない……
ならば……!
思いついたまま話す! まずは強めに抱きしめる!
「ひゃあん!? ど、どうしたんで…… ん……」
キスをする。想いが伝わるように長めにした。
キスを終え、フィオナの顔に優しく手を置く。
俺が彼女に伝える言葉、希望を与える言葉。
はは、与えるだなんて、ずいぶん偉そうだな。
ただ俺がしたいことを伝えるだけだ。
「結婚しよう」
「…………?」
フィオナの涙が止まる。少し困ったような顔をしてるな。
「け、結婚? でも私トラベラーですし…… って、ひゃぁん!?」
耳を噛む。フィオナがよくやってくるように。
ひとしきり耳を噛み終える。フィオナの目からは涙が完全に引いていた。それじゃ改めて。
「結婚しよう」
「気持ちは嬉しいです…… でも私とライトさんでは生きる時間が…… ん……?」
キスをする。俺はそんな答えが聞きたいんじゃない。
フィオナが「はい」というまで続けるつもりだ。
フィオナは戸惑いながらも舌を絡めてくる。
「ん…… ライトさん……?」
「結婚しよう。フィオナが何者だろうと俺の気持ちは変わらない」
「でも私、子供が出来ません…… あ……」
耳を噛むと吐息が漏れる。そしてまたキスをする。
「結婚しよう。俺達にはもう子供はいるじゃないか」
「子供……? んふふ、そうですね…… 忘れてました……」
そう言って今度はフィオナが俺の耳を噛んでくる。
不思議なんだよな。最初耳を噛まれた時は驚いたものだが、今では何故か耳を噛み合うと懐かしさを覚えるんだ。
「こら、お返しだ」
「ひゃあん…… ん……」
耳を噛み合ってはキスを繰り返す。そのうちキスは口から首筋に。
少しずつフィオナの服を脱がす。
「んふふ…… ダメです……」
そうは言っても抵抗はしない。
フィオナの裸にしたところでもう一度キスをする。
さぁ、伝えよう。
希望を。
俺の想いを。
「あのさ…… 確かに俺の方が先に死ぬことになるだろうさ。でもさ、それは大した問題じゃない。死に別れるなんて生きていれば当たり前に起こりうることだ。
なら残された時間で、精一杯フィオナを愛せれば、俺は満足さ」
「…………」
あれ? 自分で言った言葉なのに、また懐かしさを感じる。こんなくさい台詞初めて言ったのにな。不思議だ。
俺の様子に気付いたフィオナが訊ねてきた。
「どうしたんですか?」
「いやね、不思議なんだ。フィオナと一緒になってからなんだけど、経験したこともないのに懐かしさを感じるんだ。
今言った言葉、耳を噛み合う時、タバコを吸ってる時。他にも色々あるけどね」
俺の言葉を聞いてフィオナは微笑む。そして……
「ふふ…… やっぱりそうなんですね。前に心の声が聞こえるって言ったの覚えてますか? あれは…… 恐らく私が人だった時の記憶だと思うんです。
楽の感情に目覚めた時、心の声は言いました。ライトさんとまた一緒になれたのに。もう離さないでって」
「それって…… 俺達は以前も一緒にいたってこと? 前世とかで? あれ? もしかして……」
思い出す。俺はいつも同じ夢を見ていた。
夢の中で俺は二人の女を愛していた。
女も同様に俺を愛してくれていた。
なるほどね。これで夢の謎が解けた。
「なぁ、フィオナ。俺達は恋人同士だったのかな?」
「そうかもしれません……」
「結婚してた?」
「多分……」
「ならさ、俺とまた一緒になってくれないか?」
「…………」
フィオナは黙ってキスをする。そして耳を噛んだ後、囁いてきた。
「続きは後で…… ここまでして私を放っておくんですか?」
ははは、確かに。
フィオナの首筋に口付けをする。
今は二人の時間を楽しむか……
目が覚めると、夜になっていた。もうこんな時間か。
俺はフィオナを起こさないようにベッドを抜け出す。
窓を開けてからタバコを取り出す。
火を着けて深く吸い込むと、タバコの先がチリチリと赤く燃える。
そして紫煙を吐き出す……
「もう…… またタバコなんて吸って……
フィオナ? 起こしてしまったか。タバコの火を消してベッドに戻る。
抱きしめながら、しっかりとキスをした。
「ん…… もう、ひどいですよ…… 三回もするなんて…… チシャが起きたらどうするんですか……?」
フィオナを抱いて分かった。三回肌を合わせたのには訳がある。確かめたかったんだ。
「ごめんな、でも分かったよ。やっぱりフィオナの中には別の誰かがいるな。二回目と三回目に別の誰かを感じた」
三回目に至っては、終始耳を噛まれっぱなしだった。
はは、フィオナって以前は耳を噛む種族だったのかもしれんな。
「そうですか…… それで、誰が一番でした?」
意地悪な質問をしてくる。これって答えないと駄目かな?
「全員だよ」
「だめです…… 正直に言ってください……」
そう言って耳を噛んできた。もう、噛み過ぎだって。フィオナを抱きしめてキスをする。
「ん…… もう、誤魔化さないでください」
「はは、ごめんな。でさ、気分はどう? もう大丈夫みたいだね」
「ふふ。ありがとうございます。正直に言うとまだ恐い…… でも、今は受け入れられる気がするんです。
心の中の声も穏やかです。すごく落ち着います」
優しくフィオナは笑う。もう大丈夫だね。
「んふふ…… 私、やっぱりライトさんに会うためにこの世界に来たんですね。前の私はライトさんと、どう過ごしていたんでしょう」
「そんなの考えても分からないさ。それよりもこれから俺達は幸せにならなくちゃいけない。前よりもずっとね。だからさ……」
俺の隣には、希望に溢れたフィオナがいる。
幸せにしてあげなくちゃ。俺も幸せになりたい。二人で新しい未来を築いていきたい。
その思いを実現するためには……
改めてもう一度言わなくちゃな。
もう一度か。これって何回目のプロポーズになるんだろうな? 前世の俺はフィオナと結婚していたのだろうか? はは、そんなこと考えてもしょうがないか。
フィオナを抱きしめながら……
「俺と結婚してくれないか?」
「はい……」
「死ぬまでそばにいてくれる?」
「はい……」
「新婚旅行はどこにする?」
「またバクーに来たいです」
「家を買おうか。どこに住みたい?」
「王都に住みたいです」
「料理は当番制?」
「ライトさんが作るほうが美味しいです。んふふ、ライトさんが担当してください」
「掃除は?」
「ライトさん、いつもギルドの掃除をしてるでしょ? ライトさんに任せますね」
「酷いな…… 以前もこんな扱いだったのか?」
「そうかもしれません。あ、そうだ! 結婚したら毎晩肩と腰を揉んでくださいね」
「おいおい。それじゃ労働の対価として、お小遣いは多目にくれよ」
「ダメです。月に二万オレンだけです。タバコを止めたらどうですか? そしたらお金貯まりますよ」
「けち……」
「んふふ」
「お腹減ったね。何か作るよ」
「カレーがいいです! ラーメンも食べたい! 明日はパスタにしてください!」
プロポーズしたつもりが、何でもない日常の会話になってきた。
ははは、俺にはこれがちょうどいい。
でも最後は綺麗に決めないとな。抱きしめてキスをする。そして……
「フィオナ、愛してる……」
「私も…… 愛してます……」
再びフィオナと一つになる。
彼女の目から涙が溢れ出す。
その涙は……
悲しみではない。怒りでもない。恐怖でもない。
喜びの涙だった。
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