地母神の言葉

 黒い雪が止み、空を覆う雲が流れていく。


 そして雲の切れ目から温かい陽光が差し込む。


 一筋の陽光の下に一人の女神が姿を現した。


 女神はこの地に生きる全ての者に語り掛け始める。






 人の子よ お聞きなさい


 今日はとても喜ばしい日


 あなた達は解放されました


 あなた達は今日、初めて世界に産まれ落ちたのです


 今日という日を喜びましょう


 世界は管理者の手によって動いていました


 管理者がモイライの糸車を回すことで、大きな戦争も、飢饉もなく、人は繁栄することが出来ました


 管理された優しい世界


 ですが、進歩の無い変わらない世界


 人の子よ 世界は管理されるべきではないのです


 世界はあなた達の手で発展するべきなのです


 あなた達が全てを選択し、それに向かい歩んでいくべきなのです


 私は世界の在り方について嘆いていました


 地母神として、あなた方の母として、あなた方が管理者のせいで先に進むことの出来ない未来を嘆いていました


 世に一人の契約者が産まれました


 元気な男の子です


 私はこれまで数えきれないほどの契約者を見てきました


 ライトと名付けられた男の子は何かが違っていました


 魂の色


 見たことが無いほどの無垢な白


 今までの契約者とは違う何かを感じました


 私は女神ですが、万能な存在ではありません


 ある程度の未来予測は出来ますが、全てを見通せるわけではありません


 私はライトにかけることにしました


 きっと彼は世界を変える


 私は彼に加護を与えました


 そして時が来る……


 彼の故郷は代行者の手によって焼き払われました


 私はその光景を幾度となく見てきました


 代行者は契約者となり得る者に憎しみを与え、約束の地へと契約者を導きます

 

 ライトも契約者としての因果律の通り、代行者に全てを奪われます


 そして、次に来る者は……


 トラベラーです


 トラベラーは希望を以って契約者を約束の地に誘う


 ライトのもとに一人のトラベラーがやってきました


 美しい女性でした 銀色の髪 整った容姿 そして……


 彼女の魂の色 彼女もライトと同じく無垢な白でした


 それが何を意味するのかは分かりません。ですが、二人は運命的に魅かれ合っているのを感じます


 もしかしたら……


 一つ試してみることにしました


 ライトとフィオナと名付けられたトラベラーが旅立つ日 


 私は二人に祝福を与えることにしました。


 フィオナの額に口付けをして祝福を与えます


 呪いに抗いなさい 

 運命の鎖を断ち切りなさい


 きっとあなたなら出来るはず


 ライトもフィオナもこの世の理を崩すことの出来る存在だと信じることにしました


 旅をする中でライトは力を付けていきます


 私の加護と祝福を得ているとはいえ、その力には驚かされました


 大地のマナを得て神の如き力を振るいます


 しかし、彼は奢ることなくその力を人のために使い続けました


 フィオナにはもっと驚かされました


 彼女は感情を取り戻したのです


 トラベラー 彼らは三千世界を渡り、各地の契約者を約束の地に導く定めを負った者


 世界を管理することから逃げ出した罰なのでしょうか……


 彼らは異界へと渡る時、アカシックレコードという記録層にほとんどの記憶を返納することになっています


 その際、感情も失われます


 彼らは本能として契約者を支え、導くだけの存在なのです


 ですが、祝福を得たフィオナは喜怒哀楽、全ての感情を取り戻して人であったことを思い出しました


 愛の力……


 ふふ、女神の私がこんなことを言うなんて


 時が経ち、代行者が再びこの地に現れました


 黒い雪……


 つまり、管理者と契約者の交代の時が来たということです


 激しい戦いが起こります


 魔物がこの地を埋め尽くしました


 ですが、ライトはこの窮地を自らの力と仲間に支えられ、代行者を退けます


 その際、フィオナは……


 代行者の神級魔法で異界へと飛ばされてしまいました……

 

 ライトの心が絶望に満たされます……


 いけない このまま約束の地に行っては、今まで通りの円環に取り込まれてしまう


 私はライトを見守ることしか出来ません


 神といっても万能ではない 人には直接干渉出来ないのです ライトは私の姿を見ることも感じることも出来ません


 ですが私の心配は杞憂に終わりました


 彼は希望と共に約束の地に旅立っていったのです


 初めてでした 帰ってくる その約束を胸に旅立つ契約者を見たのは


 そこから先は私は何も分かりません


 約束の地は私の力が及ばない所にあります


 ライトがどうなったのかは分かりません


 しかし雪が止んで光が大地を照らすこの光景を見れば分かります


 彼は成し遂げた


 ライト よくやりましたね


 あなたはこの世界を縛る虚しい理を終わらせることが出来たのです


 人の子よ 喜びましょう


 未来はあなた達の手にあります


 それを恐れることもありましょう


 ですが、あなた達は自分の足で立ち、自分の手で未来を選択することが出来るのです


 人の子よ それを喜びましょう


 そして、人の子よ


 あなた方の友人であるライトを失ったことを悲しみましょう


 世界を救うために…… 自らの命を差し出した一人の青年のために…… 涙を流してあげてください……


 ライトを…… フィオナを……


 忘れないで……





 女神は一人涙する。


 雲は晴れ渡り、光が大地を照らす。


 温かい陽光が黒い雪を溶かしていく。


 春の訪れ。


 世界は新しい時代を迎える。


 だがその世界に……


 ライトはもういない……


















 グリフレッド ブライト

 ライトの養子であり、一番の友人。太陽暦531年に獣人の国サヴァントに移住し、グリフレッド ラウラベルと名を改める。

 サヴァントではダンスを普及させたことと独自の農業政策などで名を残し、子爵としての地位を得る。

 ライトの言葉を家訓とし人のために尽くした。



 グウィネ ラウラベル バルデシオン

 グリフレッドの妻。ライトとフィオナの友人。フィオナからは一番の友人だと言われていたことを誇りに思っていた。

 グリフレッドと共にサヴァントに戻り理容の普及に努める。私財を投げうち、理容の専門学校を設立。自らも講師を務め、美の伝道師として後生に名を残すことになる。



 オリヴィア バレンタイン

 ライトがいなくなった後も王都エスキシュヘルで宿屋を続ける。フィオナから伝授された異界の料理をアルメリア全土に広める。彼女に弟子入りを希望する料理人が多く集まるものの、「料理はまず体力作りから」という独特過ぎる教えについていけず、逃げ出す者は後を絶たなかった。



 ローランド バレンタイン

 宿の経営の傍ら、フィオナに伝授されたレシピの料理本を出版する。それはアルメリア全土に広がり、食文化を向上させたとして男爵としての地位を得ることになる。



 アレキサンダー フロイライン

 冒険者ギルドの長として手腕を振るい続ける。冒険者を最も死なせなかったギルド経営者として評価される。ライト、フィオナがいなくなった後も二十年に渡りギルド長として在籍し続ける。

 時折、ライトを思い出しては一人ギルドを掃除するようになった。



 オルニス ナイオネル

 アルメニア王国宰相。スタンピードの翌年には引退し、故郷であるルセの町に戻る。政治から離れ、妻とつつましく農業に勤しむ。王からは復帰を望む書状が度々届いたそうだが、彼は王宮に戻ることはなかった。



 カイル デレハ バルデシオン

 太陽暦540年の選挙に勝ち昇り、サヴァントの王として政治手腕を振るう。四期連続で王を務めるなど、国民からの支持が大変強かった。その傍らには妻のルージュの姿が常にあったという。



 エリナ

 交易商を続け、各地を転々とする日々が続く。スタンピードの二百年後、ようやく結婚を決める。だが結婚相手はエルフではなく、人族の青年だった。



 チシャ ブライト

 父と母を失い、寂しい毎日を過ごす。これではいけない。意を決したチシャは強くなることを決める。

 パパはきっと帰ってくる。その思いを胸に彼女は修行に明け暮れる。フィオナから伝授された魔法。ライトから教えてもらった剣術。それに加えオリヴィアからも手ほどきを受ける。

 二十年後、彼女はS級冒険者となり世界に名を残すことになる。だが彼女が冒険者になった理由。それは父と母を探すためだった。



 フィオナ ブライト

 太陽暦530年に起こったスタンピードを止めるべく、代行者に立ち向かう。闇の神級魔法、黒洞を防ぐため自らの身を挺して王都を救う。

 その戦いの後、彼女を見た者はいない。



 ライト ブライト

 世界を、いや、妻を救うため旅立っていった。そして……




































 ここは……


 どこだろう……


 体が……


 動かない……


 目を開く……


 視界がぼやける……


 よく見えない……


 俺は……


 生きているのか……?


 どこからか声がする……



「icyan nkitanos uiteyu?」



 聞いたことが無い言葉だ……


 ふと抱きかかえられる感覚を覚える。


 うわっ!? 俺を抱きかかえるのは…… 巨人!?


 巨人は俺を抱いておでこにキスをする。


 ふと巨人の顔を見上げると……

 


「yyyyyy kunetan hannnnnishivu?」



 巨人は上着を脱いで…… 女だ。大きな乳房が目の前に…… って、何をする!?


 女は自らの乳房を俺の口に!? あれ? 口が勝手に乳房をしゃぶる。


 懐かしい感覚……


 満腹感を覚え、俺は乳房から口を離す。女は俺の背をさすりゲップを促す。


 あれ? もしかして……? 自分の手の平を見てみる。この手…… 赤ん坊の手だ。


 つまり目の前の女は巨人ではなくて…… 俺が小さく、いや、赤ん坊になったってのか!?


 女に説明を求めようと声を出す! 一体どうなってんだ!?



「だー、あー」

「yyyyyyy ehis kes」



 女は優しく微笑んでから再び俺にキスをする。そして俺をベッドに寝かせ……



「yumikagivo usesidko uotao……」



 優しい旋律…… これは…… 言葉は分からないが子守歌だ……



 優しく頭を撫でられて…… 俺は眠りに落ちていく…… 



 意識を失う前に、一つの可能性が頭を過ぎる。これはもしか……して……




 



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