レイ 其の一

 仮の王都の建設は終わり、住民、兵士など王都に住まう全ての人の避難を終えることも出来た。

 百万人が住んでいたこの場所に今は誰もいない。耳が痛くなるほど静かだ……


 そして今日はレイが現れる日だ。恐らくこれから王都は戦場と化すだろう。

 ここに残るのは俺一人でいい。家族も避難させなくちゃな。


「フィオナ、後は俺に任せてくれ。何としてでもレイを止めてみせるから……」

「ん? 私達も避難するんですか?」


 いや当たり前だろ。家族を危険な目に合わせるわけには……

 俺の想いとは裏腹にフィオナは予想外の返しをしてきた。


「残りますよ。私達にはレイ君を救うって仕事があります。それはライトさんには出来ないことですしね」

「マジ? でもレイとの戦いに巻き込まれでもしたら……」


「ふふ、自分の身ぐらい守れます。それに万が一レイ君が勝ったら世界は滅びるんでしょ? それならば避難しても意味はありません」


 まぁそうなんだが…… 

 そういえばレイを救う方法を聞いてなかったな。


「俺がレイを倒したらフィオナと母さんは何をするんだ?」

「んふふ。秘密です」


 フィオナだけではなく母さんもニヤニヤ笑っている。

 一体何をする気なんだろうか? 気になるなぁ。



 ポンッ

  


 おや? 父さんが俺の肩に手をかけた。


「心配するな。前も言ったが家庭の問題ならば女に任せるのが一番だ。お前は精一杯戦ってこい」

「そういえば父さんはみんなが何をするのか知ってるの?」


「詳しくは知らん。でも母さんの顔を見れば何となく想像がつくよ」


 俺と父さんには秘密なのか…… 

 まぁいいか! 俺は自分の出来ることをしよう! 


「分かった。フィオナ! レイとの戦いの後は任せたぞ! でも戦ってるうちは自分の身を守ること! 多分皆を気にかける余裕は無いと思うからね」

「大丈夫です。二人の戦いを見守るだけだから。私達のことは気にしないでくださいね」


 フィオナはそう言って微笑みを返してくれるのだが…… 

 なんだろうか、この余裕は? 

 万が一のことがあれば世界が滅びるっていうのに。


 ちょっと不安になってきた…… 

 やっぱりみんなに手伝ってもらおうかな?


「一応聞いておくけど…… フィオナは戦いに参加……」

「しません」


 一言!? 世界の危機なんだし、もっと必死になっていいんじゃないの?


「ふふ、そんな顔しないでください。もし私達が戦いに参加してもライトさんの足手まといになるだけですから」


 え? フィオナは何を言っているのだろうか? 

 模擬戦だっていつも引き分けるじゃん。俺ぐらい強いはずなのに……


「言いたいことは分かります。でもライトさんは私と訓練してる時は本気じゃありません。いつも私に気を遣って攻撃してるでしょ?」

「そりゃそうだよ。フィオナに怪我させたくないじゃん」


「じゃあ聞きますけど、最近本気で戦ったことありますか?」 


 そういえば…… 無いな。

 俺が本気、いや死ぬ気で戦ったのって最初の世界ぐらいだよな。


「何となくだけど…… フィオナの言うことが分かったよ。でも俺ってそんなに強くなったのか?」

「ふふ、自信を持ってください。ライトさんは負けません。絶対に勝ちます」


 フィオナは俺の勝利を信じて疑わないようだ。でも相手はレイだしな……

 やっぱりまだ不安が拭えない。


「そんな顔して。ライトさん、ちょっと来てください」

「ん? 何…… ん……!?」


 ナギは手招きして俺を呼ぶ。

 俺を抱きしめてから……



 ―――チュッ



 キスをしてくれた。

 

「お!? 昼間っからお熱いことだな!」

「ふふ。まだ若いのね」

「ちょっ!? 二人とも! 私もいるんだよ! 少しは娘を気遣いなさいよ!」


 みんながからかい混じりで俺達に声をかける。

 だがフィオナは一向にキスを止める気配は無い。

 俺は恥ずかしさの中、俺もフィオナを抱きしめ返す。


 そしてようやく解放される。

 一体何を考えているのやら……


「ん…… んふふ。安心しましたか?」

「安心っていうか…… びっくりはしたよね。ははは! びっくりし過ぎて不安はどこかに行っちゃったよ!」


「よかったです。あれ? この気配は……」


 フィオナが身構える。

 俺も感じた。

 大きな力がこちらに向かってくるのを……

 

「もうすぐ来ます。精霊の泣き声が大きくなりました。レイ君はすぐそばにいます……」


 そうか…… 戦いの時が来たな。


「フィオナ、みんなを連れてなるべく離れていてくれ」

「分かりました…… がんばってくださいね……」

「ライト! お前なら出来るさ! がんばれよ!」

「ふふ。私ったらすごい息子を持ったものね。鼻が高いわ」

「パパ…… 世界を…… みんなを助けてあげてね……」


 皆、思い思いに言葉をかけてくれる。


 さぁいつでもいいぞ! 


 かかってこい!


 皆が俺と離れると同時に目の前の空間が歪む……


 来たな……



 ―――シュンッ



 歪んだ空間は光を放ち、中から俺……いや、レイが現れた。約束通りだな。


 レイは俺を見つめ、優しく微笑む。


『待たせちゃったかな? 皆にお別れを言うことは出来た?』

「いや。別れは言ってないよ。必要無いだろ? だって俺が勝つんだし」


『あはは。すごい自信だね。ライトらしいや。でもね…… それは僕も同じだ。僕は君を倒し、自分の目的を達成する』

「考えを変える気は…… 無いんだよな?」


『うん……』

「ははは、頑固者」


『あはは。それは君も一緒でしょ?』


 これから死闘が繰り広げられるとは思えないほど、なごやかな会話が続く。


 レイを見つめ、思う。


 俺は今までレイに助けられてきた。


 今度は俺がレイを救う番なんだ。


 レイは俺の代わりに数え切れないほどの死を見てきた。


 俺を救うために。


 俺がここまで来れたのもレイのおかげなんだ。


 ここで借りを返す。


 俺の大事な相棒を助けてあげないと。


 俺は構えを取る……


『前も言ったけど…… 力が拮抗している時、勝つのは……』

「想いの強い方だろ?」


『そうだ。この戦いは想いの差で勝敗が決まるんだろうね。ねぇ、そういえばみんながいるみたいだけど?』

「気になるか? 心配無いぞ。父さん達は俺達の戦いを見てるだけだってさ。手出しはしないって言ってたぞ」


『よかった…… ふふ、彼らは僕の家族でもあるんだ。なるべくなら傷付けたくないしね』

「優しいんだか優しくないんだか…… お前、俺に勝ったら世界を滅ぼすんだろ?」


 ちょっと意地悪っぽく質問してみる。

 これでレイの気持ちを変えることが出来るとは思わないけどな。


『うん…… 僕の決意は揺るがない。言ったでしょ? 全ての世界を死の無い世界で構成したいって。きっとその世界でも父さん、母さんと同じ魂を持った人がいるはずさ。僕はその世界の二人に精一杯の親孝行をするよ。償いになるとは思わないけどね…… 

 少ししゃべり過ぎたみたいだ。そろそろ始めようか……』


 レイは少し悲しそうな顔をして右手を差し出してくる。

 

「握手か?」

『あはは。分かってるくせに』


「すまんすまん。冗談だよ」


 俺は自分の右手の甲をレイの甲につける。


 対手だ。はは、俺らしい戦い方だな。


『それじゃ…… ふふ、一度言ってみたかったんだ。いざ尋常に……』



 さぁ戦いの時だ。俺も一緒に言ってやるか。



 せーのっ!



『「勝負っ!」』



 世界の命運を分ける戦いが始まった。


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