4088回目の転生 其の一

『ライト! 起きて! またイレギュラーな世界だ!』


 むふふ…… フィオナ、そんなとこ触っちゃ駄目だよ……


『ちょっ!? 僕はレイだよ! こらっ! 抱きつかないで!』


 ぽかりと頭を殴られる。

 ふあぁ。あれ? レイじゃないか。久しぶりだな。


『もう…… 寝ぼけてないでしっかりしてよ! ライト、またイレギュラーな世界に転生したみたいだよ』


 ほう。今度はどんな魔法があるんだろうな。楽しみだ。

 それにしてもこれって何回目の転生になるんだ?


『4088回目だね。君に会うのはもう五万年振りないんじゃないかな?』


 五万年…… 俺もずいぶんと生きたなぁ。

 そろそろフィオナに会えてもおかしくないんじゃないか?


『そうだね。きっともうすぐ会えるよ。ふふ。楽しみだね』


 あぁ。俺もそう信じてるよ。

 それはそうと今回の世界もイレギュラーだって?


『そうなんだ。今回の世界は…… 多分空間魔法が存在する世界』


 空間魔法? 初めて聞く名前だな。どんな魔法なんだ?


『ライトもこの魔法は知ってるはずだよ。初めての世界にもこの魔法はあったんだ。覚えてない? 獣人の国サヴァントにあった転移魔法陣を』


 転移魔法陣か。あれは嫌な思い出だな。あれのおかげで酷い目にあったんだ。

 俺は転移魔法陣を踏んでフィオナ達と離れ離れになって……


『その思い出は僕も知ってるよ』


 おいおい、思い出話に水を差すなよ。せっかちな男はもてないぞ。


『いや…… 僕は君でもあるんだけど……』


 ははは。ごめんごめん。

 それで今回の世界はその空間魔法が存在するってことでいいのかな?


『うん。初めての世界では空間魔法は過去の遺物だったでしょ? 転移魔法陣としてしか残っていなかった。でも今回の世界ではちゃんとした魔法として存在している。習得すれば任意で瞬間移動が出来るかもしれないよ』


 瞬間移動…… 浪漫だな。これは習得してみたいかも。


『あはは、言うと思ったよ。それじゃライトに体を返すね』


 俺に向かって天から光が差し込んでくる。久しぶりに一からの転生か。


『がんばってね。行ってらっしゃい』


 おう、行ってくるわ。

 レイが手を振って見送ってくれる。


 光は強くなって…… 

 俺の意識は……薄くな……














 さて、この世界に転生して五年が経つ訳だが。

 以前、時空魔法を習得した世界では師匠……モルガン様しか時空魔法を使えなかった。

 だがこの世界では空間魔法がごく一般的に広まっているようだ。


「ふんふん、ふふーん」


 母さんが鼻歌まじりで料理を作っている。母さんは宙に手を伸ばし、俺には見えないどこかに向かって手を突っ込む。

 そして俺の知覚出来ない空間から長ネギを引っ張り出してそれをみじん切りにしていた。

 すごいな……


 どうやらこれは空間魔法の中でも収納魔法として知られており、この世界では一般的な魔法のようだ。

 これは便利。是非習得したいものである。俺は魔法を観察しようと母さんのもとへ。


「ねえ、お母さん。何かお手伝いしようか?」

「あら、ライトはいい子ね。じゃあトマトを洗ってもらおうかしら」


 母さんは再び亜空間に手を突っ込んで…… 


「お母さん、僕にトマトを取らせてよ。その中に手を入れてみてもいい?」

「ふふ。ライトにはまだ早いわよ。この亜空間を肉体的に認識するには高いオドが必要なのよ」


 むふふ。母さん、こちとら既に齢数万年を超える転生者ですぜ。

 オドの量なら自信があります! 


「ねぇ、お願い! 僕にやらせてみて!」

「あらあら、仕方ないわね」


 幼子特有のキラキラ光線を母さんに射出! 

 俺の可愛さに気後れしたのか、母さんは俺を抱っこしてくれる。そして……


「じゃあ、お空に手を差し出してみて」


 母さんは短い詠唱を唱える。

 すると空間の一部が歪んでいるのが見えた。


 あれか。俺は体内のオドを右手に集中させて空間の歪みに手を入れてみる。


 すると俺の手が消えて……いや、消えて見えるのだが手の感触はある。

 なるほど。これが亜空間ってやつか。

 俺は亜空間の中をトマトを探すように動かす。トマト出て来ーい。


 中にはいろんな食材があるようだ。この手触り…… ニンジンかな? これじゃないな。

 じゃあその隣の…… なんだろうこれ? ふさふさした感触。毛だ。狩りで捕った獲物とかなのかな? 

 でも肉とか入れて大丈夫なんだろうか?


「お母さん、この中に獣とか入ってない? 腐ったりしたら大変なんじゃないの?」

「…………」


 母さんはあきれ顔で俺を見ている。

 ん? どうしたの、母さん?


「ライト…… あなたすごいわ! 空間魔法はね、普通成人を迎えないと使えないのよ! 

 天才よ! ライトは魔法の天才だわ! きゃー! どうしましょ! うちの子、天才ー!」


 はしゃいでる。はは、この世界の母さんもお茶目だな。

 母さんは嬉しそうに俺を抱っこし続けて、頬にキスをしてくれる。嬉しいな。これが親の温かさ…… 

 でもこの人も俺が二十歳になったら……


 いつかきっとあなた達を縛る運命の鎖を断ち切ってあげるから。

 だから…… 今はあなた達を見殺しにすることしかない出来ない弱い俺を許してください……


 母さんは心配そうに俺の顔をみている。

 どうしたんだろうか?


「ライト……? どうして泣いてるの?」


 おぉ、いかんいかん。意識せず泣いてしまっていたか。

 袖で涙を拭い、母さんに抱きつく。


「あはは。お母さんがとっても嬉しそうだから、僕も嬉しくなっちゃって。そしたら涙が出てきちゃったの」

「ライトー!」



 ギュゥゥゥッ!



 母さんはなんかズッキューンっときた模様。思いっきり抱きしめられた! 

 痛い痛い! 背骨が折れるって!?


 急遽俺の才能を祝い、家族でパーティーをすることになってしまった。

 豪華な食事がテーブルに並ぶ。

 この世界の父さんは俺の頭を撫でてから……


「そうか、ライトはもう空間魔法が使えるのか! すごいぞ!」

「そうなのよ! ねぇ、あなた。ライトの才能を伸ばすべきじゃないかしら? ちょっと寂しいけど、王都に留学させるべきかしらね……」


「留学か…… たしかに王都には空間魔法の権威、クロウリー様が住んでいるからな。彼は多くの弟子も取っているし。子供の可能性を伸ばすには…… そうするのもいいのかもな」


 父さん、母さんは二人で盛り上がっている。王都に留学…… 空間魔法の権威か。ここは行くべき…… 

 いや、ちょっと迷うな。確かに多くを学びたい欲求はある。

 だがこの人達……父さんと母さんは俺が二十歳の時に死ぬ運命にある。なるべくそばにいてあげたい気持ちもあるのだ。

 まずは父さんに聞いてみるか。


「お父さんは僕と離れても寂しくないの……?」


 ちょっと困った顔をする父さん。


「あはは。そりゃ寂しいさ。でもね、親として子供の可能性を伸ばしたい。親の我がままでライトの可能性、未来を潰したくないのさ。だからね…… ライトさえよければ王都に行ってみるのもいいと思うよ」


 父さん…… あなたはどこの世界に行っても変わりませんね。いつも俺のことを一番に考えてくれる。

 ごめんなさい。俺はどの人生においても、あなたを救うことが出来ずにいます……


 いつの日か…… 父さんにもかわいい妻と娘を見せてあげたい……


「どうした、ライト? なんで泣いてるんだ?」


 おっと、また涙が。

 ふふ。親の温かさはいつ味わってもいいものだ。


「ううん。大丈夫。お父さんとお母さんと離れ離れになるのを考えたらちょっと寂しくなっちゃって……」


 父さんは更に困った顔をする。


「そうだよな…… ライトはまだ小さい。親と離れるのは寂しいよな…… でもライトは王都に行ってみたいとは思わないのかい?」


 父さんは優しく俺の頭を撫でてくれる。

 きっと父さんは俺の意見を尊重してくれる。王都に行く、行かないに関わらずね。そういう人だもの。

 だから父さんのことが大好きなんだよな。


 俺の答えは決まっている。


「行きたい…… お父さん、僕王都に行って勉強したい!」


 俺の言葉に母さんは嬉しそうに笑ってから…… 泣き出してしまった。


「ライト…… 私もライトと離れるのは寂しい…… でもこれがライトのためになるのなら耐えてみせるわ……」


 そう言って俺を抱きしめる。

 もう…… なんで二人はそうやって俺を泣かせるの。

 俺は四千回以上の転生を繰り返している。実際に生きている時間は八万年以上ってところだろう。

 精神的にも強くなったはずなんだけど、どうもこの人達には勝てないようだな。

 だって俺の大事な父さんと母さんだもんな。


 こうして俺の王都への留学が決まった。



 その一週間後……



「じゃあ、行ってきまーす!」


 旅立ちの日。父さんは笑顔で、母さんは泣き顔で俺を見送ってくれた。


 王都へはキャラバンの馬車に乗りこませてもらうことが出来た。

 俺は馬車から二人に向かって手を振り続ける。


 行ってきます。俺は希望を胸に王都を目指す。



 空間魔法…… その一つの可能性を信じて……


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