シーザーの想い

 俺とおじさんは四階の玉座の間に向かっている。

 今のところ、道中に敵兵はいなかった。

 よかった……  


 いや、そんなことを考えてはいかん。

 こっちに警備兵がいないということはフィオナ達が向かっている主寝室に王が居て、そこに警備兵が回されているとも限らない。

 フィオナ、無事でいてくれよ……


 それにしてもシーザーってどんな奴なんだろうか? 

 思いっきり悪いやつだったら遠慮なくぶった斬れるのだが。聞いてみるか。


「俺シーザーのこと、あんまり知らないんだ。強いってこと以外はね。どんな奴なの?」

「シーザー アトレイド エセルバイド。個人での武に関しては先程言った通りだ。地位としては大将軍、軍の中では一番の権力者だ。軍略に優れ部下からの信頼も厚い。クヌート様もシーザーのことをいつも褒め称えていたよ。お前が百年前にいたらアルメリアとの戦争に勝っていただろうとな」


 強いだけではなく頭も切れるっとことか。戦い辛いな。


「何か悪い噂とか無かったの? いい奴が相手だとすごくやり辛いからさ……」

「いや、あいつは洗練潔白を地で行くやつだった。権力を持つようになると色んな輩が寄ってくる。賄賂を渡してくる商人。妾を差し出してくる貴族。権力に群がっては甘い汁を吸おうとする汚い奴らだ。

 奴はその甘い誘惑に一度たりとも屈したことは無い。それに、将軍の身でありながら身寄りのない子を養子に迎え、独立するまで面倒を見ていた。子供達は氏族の壁を越えてあいつを父として慕っている。あいつを聖人扱いする国民も多かった」


「聞くんじゃなかった…… 余計やり辛くなった。でもなんでそんないい人がクーデターなんて起こしたわけ?」

「それが全く分からん…… 謀反人がシーザーだと聞いて王、重鎮はみんな驚いた。一番謀反から遠い奴だと思っていたからな」


 そうか…… ひょっとしてだが会って話せば説得に応じてくれるのでは? 

 なんて淡い期待を胸に俺達は歩みを進めると四階に上がる階段まで着いた。ルージュのように壁を背に階段の上を覗き込む。

 すると扉の前に警備兵が二人いるのが見えた。


 高速回転クロックアップを発動し、矢を二本放つ!



 ―――ヒュヒュンッ ドシュッ



「ぐぉっ!?」

「うっ!?」


 矢は二人の警備兵の目を貫いた。全身甲冑で覆われているので致命傷を与えるにはそこを狙うしかなかった。

 残酷かもしれないがしょうがない。ここで憐みを感じ、俺達のことがバレたら、今までの苦労は水の泡だ。

 王が殺されれば戦争が始まり多くが死ぬ。それだけは避けなければならない。


 警備兵を倒し、玉座の間の前に辿り着く。おじさんは耳を扉につけて中に誰かいるか確認した。

 戦闘力はルージュに劣るものの五感はおじさんのほうが俺より優れている。

 なんたって犬獣人だからな。


「いる。クヌート様とシーザーだ。覚悟はいいか?」

「おじさん…… 戦うのは俺だ。ここから先は俺に任せてくれないか?」


 おじさんは黙って頷く。よし行くか。



 ―――トントンッ



 俺は玉座の間の扉をノックした。


「ちょっ!? おまっ!?」


 ごめん、そりゃびっくりするよね。すると中からは……


『入れ』


 と声が聞こえてきた。

 扉を開けると、そこには…… 

 筋骨隆々の二足歩行の虎と後ろ手を縛られた白い犬獣人が立っていた。

 二人は唖然とした顔で俺を見つめている。


 縛られてる犬獣人が王様だろう。

 ならこいつがシーザーか。

 よし。やれるだけやってみるか。


「こんにちは。俺はライト。王様を救いにきました」

「なに? く…… ふふふ…… ははははは!」


 シーザーは俺を見て笑い出す。王様は驚いた表情をしてるな。


「はははははっ! 何だかすごいのが来たな! 隠密でクヌートの救出に来るとは思っていたが、まさか自己紹介から入るとは! しかも正面から堂々と王を救うとはな!」


 最初は友好的に。次の一手だ。世間話をしてみよう。


「実は俺は人族でして。ここにいるカイル宰相閣下の元飼い主です。おじさんから聞いてませんか? 昔、人族に飼われていたことがあるって」


 シーザーの笑いは止まらない。

 よし、受けたみたいだな。


「ははは! カイル殿もいるのか!? そうか、君が噂のライトだな! 聞いたことがある。アルメリアにすごい悪餓鬼がいるとな! カイル殿は君にされた悪戯を今も恨んでるそうだぞ!」

「いや、あれはこのクソ犬が悪いんですよ。だってこの人、無計画に金使って空腹で行き倒れてたんですから。そんなバカ犬に文句を言う権利なんて無いと思いませんか?」


 おじさんを見るとちょっとプルプルしてる。ごめん! もうちょっと付き合って!


「そういえばシーザーさんってすごくいい人だって聞きましたよ。孤児を引き取って自分の子供にしたって。引き取ったの猫氏族だけですか?」

「いいや、立ち耳も垂れ耳も関係無く私の子供にしたよ。子供は国の宝だろ? 子供に種族の壁なんか関係無いさ」


 くそ…… やっぱりいい奴だ。シーザーは嘘を言っていない。目を見れば分かる。


「では聞きます。貴方はなんでクーデターなんて起こしたんですか?」

「それを君に話す理由があるのかね?」


「はい。あります。その理由次第で俺は納得して貴方を殺すことが出来る。それに、もしかしたら貴方が剣を置いて投降してくれるかもしれないと期待もしています」

「ははははは! 素晴らしい! 君は自分が勝つ気しかないようだ! 若いとは羨ましいな! 自信に溢れているのが分かるぞ!」


「ご冗談を。貴方の強さはおじさんから聞いています。戦いになればどちらが勝つか分からないでしょう。ですから戦う前に話を聞いておきたい。もし俺が負けるとしても理由次第では納得して死ぬことが出来る」

「覚悟もあるようだ。では一人の戦士に敬意を持って話そう。そうだな…… 一言で言えば誇りの為というところか」


「誇り?」

「そうだ。誇りだ。私はこの国を子供達にとって誇れる国に作り直したい。そのためにクーデターを起こした。君は今のこの国の現状を知っているか?」


 言われてみれば何も知らない。多少獣人の知り合いがいるって程度だ。

 俺は黙って首を横に振る。


「では話そう。先の戦争によってアルメリアは我が国サヴァントに不平等条約を締結させた。関税率は引き下げられ、ただ同然で資源を奪い去った。他にも岩の国バクーからの輸入品の通行税の撤廃。更に戦後賠償金として五百億オレンを要求され、サヴァントの国庫は空になった。

 国家を運営するにはどこを切る詰めるか。愚かな先達たちはまず教育に関する国家予算の削減にかかった。君はこの国の識字率を知っているか?」


 さらに首を横に振る。

 分からない。アルメリアでは字が読めるのは当然のことだ。


「分からないだろう。因みにアルメリアの識字率は八割を超えている。驚くべき水準だ。羨ましいよ。この国の識字率は二割にも満たない。学校が圧倒的に足りないのだ。教育水準の低下は何を生むと思う? 

 貧困だよ。毎年多くの子供達がまともに食うことが出来ずに餓死している。結果として人口は減り、国力は低下する。この国はその悪循環の中を抜け出せないのだ。私は一人でも多くの子供達を救いたい。出来る限り多くの子供を養子にしたよ。しかし個人で行える救済などたかが知れている。

 だから私が国を変えるしかないと思ったのさ」


 言葉が無かった…… 聞けば聞くほどシーザーは立派な人のように思える。これがカリスマというものだろうか? 

 いけない。このままこいつの言葉に飲み込まれてはいけない。


「とても立派な考えだと思います。しかし他にやり方があったのでは? 貴方はそれなりに権力があるんでしょ? 王様に相談するとか出来なかったんですか?」


 シーザーは縛られている王を見つめる。諦めたような視線だ。


「したさ。しかし王は何もしてくれはしなかった。王の気持ちも分からないではない。教育水準の向上は莫大な金がかかる。すぐに改善出来る問題ではない」

「だったらなぜ!?」


「考え、迷っている間にも子供達は死んでゆくのだ! 私がこの国を変えていくしかないのだ! あと五十年で不平等条約が撤廃される? その間に何人が死ぬ!? アルメリアの属国として五十年間、辛酸を舐めて生き続けなければいけない! そんな国を子供達は誇れると思うか!? 次の世代に負の遺産を残すわけにはいかんのだ!」

「…………」


 どうしよう…… 俺はこの戦いに負けるかもしれない。フィオナは想いの強いほうが勝つと言った。

 だがシーザーが抱えているこの想い…… 

 想いの濃さが俺のそれとは比べ物にならないほどの濃度に満ちているように感じる。


「シーザーさん…… 出来れば貴方を殺したくはない。剣を置いてくれませんか?」

「出来ん! これは次の世代の残す誇りの戦い! 子供達のためならば敢えて私は王殺しの汚名を受けるとしよう! 君がそれでも私の前に立つというのであれば全力を以て相手をしよう!」


 交渉決裂か。戦わずして降すは善の善なるものなり…… 

 俺には無理だったな。それじゃ当初の目的を果たすとするか。


 いや、目的は変更だ。


「シーザーさん。俺は今から貴方と戦います。ですが、なるべく殺さないように戦います。貴方はこの国に必要な人だと思いましてね。俺はこの国の友人達、苦しんでいる子供達、そして貴方も救いたい。もし戦いの中で貴方が負けを認めるようでしたらクーデターの解除をお願いします」


 シーザーの顔が笑いで歪む。

 下卑た笑いではなかった。


「はははははっ! 言ったな! 素晴らしい! 出来れば十年早く君に会いたかった! いや、まだ間に合う! どうだ、このままサヴァントで働いてみる気はないか!?」

「ははっ。それルージュさんからも言われましたよ。そうですね、クーデターが終わって、風呂とダンスの普及が出来たらこの国に来てもいいですよ」


 俺はダガーを両手に構える。


「善処しよう! では戦いの時だな! 短剣の二刀流か! これまた素晴らしい!」


 シーザーは俺と同じく短剣を二本抜いた。

 武器も一緒か……


「君から発する闘気! 恐らくは私と同等の強さだろう。勝敗は天に委ねるとしよう! いざ尋常に!」


 シーザーは構えを取る。

 勝つのは想いの強い方か…… 

 二人とも準備は出来たようだな。

 戦いの時だ。さぁ行くぞ!



「「勝負っ!」」



 ―――ガキキィンッ



 俺達のダガーが火花を散らす。

 戦いの火蓋が切って落とされた。



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