謎の病

 おかしな展開になった。

 ポーションの材料を買うために薬屋に来たんだが、そこで女性が一人店に入り、突然泣き始めたんだ。

 どうするかな……

 放っておくわけにもいかんな。


 泣きじゃくるご婦人をなだめつつ、外に連れ出す。

 パニックに陥っているようだ。

 こういう時は話を聞くことで己を取り戻すことが出来ると父さんから教わった。


「こんにちは。俺はライトっていいます。名前を教えていただけますか?」


 俺は彼女の手を握りながら自己紹介をする。


「ぐす…… ジーナ……」

「ありがとう、ジーナさん。こんなに泣くなんてよっぽど辛かったんだね。聞こえちゃったんだけど娘さん病気なの? それとも怪我?」


 鼻をすすりながら泣くジーナの肩を抱き、優しく声を掛ける。

 己を取り戻すにはもう少し話す必要があるな。


「もしよかったら教えてくれないか? ひょっとしたら助けてあげられるかもしれない。だからがんばって話して」

「…………?」


 ジーナは俺の顔を見つめる。

 そして涙を流しながらも、ゆっくりと話し始めた。


「む、娘が死にそうなの…… お医者さんも原因が分からないって…… どの薬をあげても治らない。祈祷師にも来てもらったけど駄目だった。癒し手の所にも連れて行った。余計に悪くなったわ。今もすごく苦しそうに、ママ助けてって!」


 再び声を上げて泣き出すジーナ。

 原因が分からないか…… 俺には医学の知識なんか全くない。

 でも家族を失う恐怖、喪失感は痛いほど分かる。

 助けてあげたい。フィオナの魔法で何とかならないかな?

 俺が声をかける前にフィオナが口を開く。


「ライトさん。貴方が考えてることは分かります。でも彼女は癒し手に治癒をかけてもらった後に余計に悪くなったと言いました。多分魔法では治らない病です。不用意に魔法をかけると娘さんは死んでしまうかもしれません」

「そうなのか…… そうだ、鑑定はどうだ? 病名が分かれば何かしら対処出来るんじゃないのか?」


「前も言いましたが、魔法っていうのはそんなに万能ではないんです。分かるのはとても曖昧なもの。鑑定したら病名が文字として浮かんでくること想像してるんですか? そんな便利なものではありません。

 鑑定対象の魔力に色がついていたり、特別な形だったりするものを経験と推測で判断するんです。もし娘さんの病気が以前私が鑑定したものと一致すれば病名は分かるかもしれませんが……」


 しかし今はわずかな可能性に賭けるしかない。

 ジーナがこれだけ取り乱している。娘さんの状態は深刻なのだろう。


「フィオナ…… 頼む」

「…………」


 黙って頷いてくれた。

 泣き止まぬジーナと共に娘さんに会いに行くことに。


「そういえば娘さんの名前聞いてなかったね。なんていうんですか?」

「サニー……」


 サニー。いい名前だな。

 きっと太陽のように明るい子なんだろう。

 サニーを元気にしてジーナを照らす太陽にしてあげたい。


 ジーナの家に到着しサニーの部屋に入る。

 そこには……


「ひゅっ…… ひゅっ……」


 苦しそうな息遣いが聞こえる。

 ベッドに寝ているサニーはやせ細り、その顔はまるで老婆のようだ。

 こちらを見向きもせず、苦しそうに息をして虚空を眺めている。

 素人目に見てもやばい状況だ。


「フィオナ、鑑定を……」

「やってみますが……」


 フィオナは俺を鑑定した時のように、サニーの顔を両手で押さえ顔を近付ける。

 瞬きもせずにサニーの目を見続け、そして……


「これは…… マジストローマ?」


 フィオナがボソッと呟く。病名が分かったようだ。

 マジストローマ? 聞いたことがない。

 どんな病気なんだろうか?


「マジストローマってなんだ?」

「これは珍しい病気ですね。別名は魔力飽和症と言います」


 さっぱり分からん。だが病名が分かったことで治癒の可能性が生まれる。

 原因さえわかれば対処方法は見つかるのだ。


「初めて聞く病気だな。どんな症状なんだ? 治す方法は?」

「マジストローマにかかると初めはお酒に酔ったみたいな症状が出ます。数日間は何を見ても笑い転げるようになって、次第に千鳥足になってまともに歩けなくなります。そのうち呂律が回らなくなって、まともに考えられなくなって脳が機能を止め、内臓も役目を果たさなくなります。適切な治療を行わないと絶対に死ぬ病なんです。

 オドの量が高い子供がかかる病ですね。魔法が使えないから、オドが行き場を無くして体に悪さしてるんです。だから魔法で治療すると余計に悪化したんですね」


 やばい病気だった……

 ジーナは涙も渇れ果てたのだろう。

 虚ろな目をして明後日の方向を向いている。

 現実を直視出来ないのだろう。


「魔法治療以外の方法は?」

「魔法を使わせて体内のオドを放出すること。これは無理ですね。意識が無いから魔法を使えないでしょう。そもそも生活魔法でも使えたらマジストローマになってないのですから。

 唯一の治療法は、封魔草を煎じて飲ませることだけです。この子が生活魔法を使えるようになるまで飲ませ続けなくちゃならないから、大量にストックがないとダメですね」


「その封魔草は薬屋で売ってるのか?」

「大きな薬屋なら置いているでしょう。でもこの町には無いでしょうね。魔力を封じる効果なんです。暗殺対象に飲ませるとか後ろ暗い用途しかない薬ですよ。魔法使いが自分でこの薬飲むと思いますか? デバフ効果の薬なんて用途が限定的過ぎて一般には出回らないのが普通なんです。私達で封魔草を集めてくるのが一番早いですね」


 サニーは今にも生命の灯が消えてしまいそうだ。

 数時間もすれば彼女の体は完全に機能を止めるだろう。

 娘を失ったジーナはそれに耐えられるだろうか?

 最悪の結末が待っている気がする……


「薬草は俺が探してくる。その間なんとか延命出来ないか? 数時間でいい……」

「魔力を極限まで抑えたbaθicdalmaヒールを流し続ければ今夜まではもつと思います。

 でもライトさん一人で薬草を探しにいくのは許可出来ません。封魔草が群生しているのは魔素の濃い水場だけですから。絶対に強い魔物が徘徊しているはずです。命の危険がある以上単独行動はさせられません。例えこの子を見殺しにするとしても」


 フィオナは淡々と俺に伝える。相変わらずの無表情だ。

 しかし言葉一句一句に決意が感じられる。

 俺を心配してくれるのは嬉しいが、今はその想いは邪魔だ。


 俺も一人で動くのは恐い。

 呪いを受ける前は獲物を追う狩人だったが、今は逆の立場だ。

 窮地に陥ったら俺一人の力で脱するのは難しいだろう。

 数が多かったとはいえ、コボルトにすら殺されかけたのだから。


 しかし今はそんなことを言ってはいられない。

 目の前の少女は死にかけており、母は助けを求めている。

 出来ることをしてあげたい。


 なんとか説得してみるか……


「大丈夫! 俺が狩りのプロだって知ってるだろ? 地母神の加護だってあるんだ。敵に気づいたら身体強化術を使って全力で逃げてみせるさ!」

「駄目です。このまま行くというなら私は絶対にこの子の治療はしません」


 むぅ。フィオナって予想以上に頑固だ。

 彼女を説得するには……


 そうだ、を試してみるか。

 大きく息を吸い込んで……


 せーの!


「あれ? おかしいな。フィオナって俺を支えてくれる存在なんだろ? それが君の存在意義だよな? 俺がやりたいことに逆らう訳? 俺を守るってのは魂の契約をしたからだろ? 俺の盾になるってのは契約後に発生した本能みたいなもんだろ。つまりは俺の『助けになること』が君の存在意義の根幹ってことだよな。『守ること』じゃない。それで俺の行動を制限するってのは矛盾してると思う。俺がやりたいことを『守るため』と言って邪魔することは『支えること』に対して矛盾してる。おかしいと思わないか? 俺は死にに行くわけじゃないんだ。単独行動に危険が伴うことは分かるけど、それが俺がのやりたいこと』なんだ。俺を支える以上、君は俺の選択を支持するべきだ。それに悪いことばかりじゃないと思う。これは『善行を積む』ことになると思わない? 地母神に認められれば俺も魔法とか使えるようになるみたいじゃない。俺はやりたいことが出来る。この親子を助けてあげることが出来る。善行も積むことも出来る。フィオナは結果として俺を支えることになるじゃないか。これで三者が全て利益を得ることが出来る。

 で、フィオナはどう思う?」

「…………」


 俺の屁理屈乱舞を食らい、フィオナは言葉を返せない。

 ふふふ。喧嘩ってのはごねたモン勝ちなんだ。

 こちらに非があってもごね続ければ対等のパワーバランスに持ち込むことが出来る。


 これは商人として各地を飛び回るエリナさんに教えてもらった。

 あの人は根っからの商売人で、このやり方で強引に商談をまとめてきたのだという。


 次の作戦として取引の提案を行う。

 これもエリナさんの教えの一つだ。


「頼むよ。絶対無理はしない。魔物がいたら逃げる。約束する。日が落ちるまで六時間ってとこだろ。その間だけサニーを診てあげてくれ」


 相手に譲歩を求める時は、予めこちらの要求を多めに言っておくことが鉄則だ。

 恐らくフィオナは時間の短縮を求めてくる。

 そうすればこちらの勝ちだ。


「四時間。それ以上は待てません。期限が過ぎればサニーの治療を止めてライトさんのところに向かいます。それでもいいですか?」


 ははは、引っ掛かった。

 意外とちょろいな、こいつ。

 さて行くか。時間は待ってくれない。

 早いとこ封魔草ってやつを採りに行かないと。


「時間が無い。封魔草の特徴だけ教えてくれ」

「封魔草は一般の薬草と形が似ていて、匂いもありません。特徴が無いのが特徴なんです。一番効率的な採取方法を教えるからここに横になってください」


「横に? 何をする気……」

「いいから。時間がありませんよ」


 フィオナに促されるまま床に横になる。

 すると彼女は羽ペンを取り出し、俺の目を…… 


 

 ザクッ グリリ……


 

 グリグリと抉り始めた!?

 激痛が走る! こいつ何しやがる!? 

 俺は跳ね起き、目を押さえて踞る。


「ぐ…… 痛ぇ……」

「封魔草に反応するよう左目に魔法陣を書きました。一時的に魔眼として機能するはずですよ」


 ん? 魔眼だと? そういえば違和感が…… 

 右目を瞑ると景色から色が失われているのに気付く。

 白黒の世界だ。


「封魔草だけ赤く見えるはずです。それなら薬草の知識が無くても大丈夫ですよ」


 なるほどね。これで効率的に封魔草を採取出来そうだ。

 俺は部屋を飛び出す。


 サニー、絶対助けてやるからな。

 



◇◆◇



 やられました。

 上手く丸め込まれてしまったのです。

 ですが彼に言われて自分の中での矛盾に気づかされました。


 彼を支えることと、彼を守ること。

 この二つが重なった時私はどちらを選択するべきなのでしょう? 

 そもそも私に選択権はないのかもしれない。

 その時は契約者に選択を委ねればいい……と思いました。


 私は契約者の盾であり、剣であるべき。

 道具に意思はいらないのかもしれません。

 今は我が主の依頼をやり遂げるとしましょう。



 魔力を絞ってbaθicdalmaヒールをサニーにかける……



 雨上がりに木から雫が垂れる如く……



 ゆっくりと、一粒ずつ……



 彼女は眼を閉じ、柔らかい呼吸に戻る。

 私が癒し続ければ、今夜までなら彼女の命はもつでしょう。

 マジストローマに侵されているとはいえ、体内に浸透する前に効果が消えるようなbaθicdalmaヒールであれば症状は悪化しないはず。


 ライトさんを一人にすることに不安はあります。

 ですが死ぬことはないはずです。

 気付いていないでしょうが、彼は強くなりました。

 比較対象がないので自覚していないのでしょう。


 オスロの町に着く前に、コボルトに襲われました。

 四十匹はいたでしょう。

 コボルトは群れで行動し、リーダーを中心に多くて十体のコロニーを作ります。


 十体です。それ以上はあり得ません。

 統制が取れなくなり、群れの中で殺し合いが始まるのです。


 四十体ものコボルトがいた理由。

 小規模ながらスタンピードが発生したということ。

 しかもただのコボルドではありません。全部が変異種だったです。

 とても強い魔物です。一体いれば村一つ壊滅させるのに、半日も掛からないでしょう。


 彼らを退治したことで彼自身の力も大きく上がっています。

 ですがライトさんは油断した己を恥じました。

 強くなったことを伝えないほうがいいでしょう。

 臆病な方が長生き出来るから。

 不用意に自信をつけさせるべきではありません。


 彼は今後多くのことを成し遂げるはずです。

 だからこそ……決して死んではならないのです。




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