買い物

 オスロは小さな宿場町だが活気に溢れていた。

 王都に続く中継地点の一つだから色んな所から人が集まる。

 町の中央には広場があり、そこでバザーが行われていた。

 俺達は今後の旅の支度を整えるため買い物に来たのだ。


 消耗してしまった保存食の購入。

 折れてしまったり、失くしてしまった矢の補充。

 丸々買うと高く付くので、矢尻だけ購入した。

 俺は長いこと狩人をしていたので、矢の自作などお手の物だ。


 バザーには多くの露店が立ち並ぶ。

 見ているだけで楽しいな。

 買い物客を狙った屋台も出ていた。

 焼き鳥かな? 肉の焼ける香ばしい匂いが辺りを漂う。

 フィオナは表情を変えずにじっと屋台を見ていた。


「どうした? 食べたいのか?」

「はい。いい匂いですね。この世界で使われてるスパイスは独特です。ライトさん達が当たり前に使っているものでも他の世界ではとても珍しいものなんです。胡椒一キロで金貨百枚と同じ価値がある世界だってあるんですよ」


 金貨百枚!? 一千万オレンかよ…… 

 貴族の年収と一緒だ。


 胡椒なんてどこでも栽培されてるんだけどな。俺も庭で作ってたし。

 俺も小腹が空いていたので焼き鳥を十本購入した。

 二千オレンだ。ついでに胡椒も買った。

 後でフィオナにプレゼントしよう。


 広場にベンチがあったので並んで座り、昼食にした。なんかデートっぽいな。

 通行人がフィオナのことはチラチラ見ている。

 ふふふ、俺の連れは美人だろう。ちょっとした優越感を感じる。

 まぁフィオナは人間ではないけど。

 

 フィオナは早々に食べ終わったようだ。

 よく食べるな。

 

「ライトさん、お金に余裕はありますか? よかったら宝飾店と薬屋に行きましょう」


 とフィオナが提案してくる。

 金については問題無い。

 村の廃墟から路銀としてある程度頂いてきた。

 贅沢しなければ一年間は食べていけるだけの手持ちはある。

 放置したままだと結局は野盗に荒らされてしまうからな。


 仇討ちのこの旅が終われば村に帰って皆のお墓を正式に建てようと思っていたので、全部は持ってこなかった。

 俺が自分のために作った墓穴に埋めておいた。両親の墓の隣なので、忘れることはないだろう。


「あまり贅沢は出来ないよ。宝石なんてどうするの? 何か理由でも?」

「お守りを作るんです。純度の高い宝飾品は魔力を込めやすいですから。ライトさんはまだ生活魔法以外使えないんですよね。質の良いものであれば上位回復魔法の効果を込めた魔道具を作れるかもしれません。最低でも自動回復効果が付いたものを持っていて欲しいんです」


 ん? 回復効果か。

 たしかにあったら便利だが、フィオナは魔法を使えるわけだし。

 これは散財になってしまうのではないだろうか?

 まぁ、彼女なりに考えがあるのだろう。

 俺達は宝飾店を探すことにした。



◇◆◇



 宝飾店はこの町には無かったが、交易商がバザーで露店を出していた。

 フィオナは表情を変えずに宝石を眺めている。

 納得いく品が見つけられなかったみたいだ。ポイっと捨てるように宝石を棚に戻す。


「透明度が低い宝石ばかり。こんなのだと初級魔法の効果にすら耐えられないでしょう」


 こんなのって…… 

 ここの品々、最低でも三十万オレンなんだけど。

 一般家庭の月収だぞ?


「やめておきましょう。安物買いの銭失と言いますし。王都に行けばここより品質のいいものが見つかるでしょ。ライトさん、お守りはまた今度でいいですか?」

「「…………」」


 いいです! 早くここから逃げるぞ! 

 宝石商のおじさんが刀に手を掛けてるだろうが! 

 抜かれる前に逃げるぞ! 


 フィオナの手を取って猛ダッシュで逃げた。

 宝石商は追っては来なかったが、全力で逃げたのでかなり疲れた。

 全くなんてことを言うんだよ……


「はぁはぁ、フィオナ…… 今のはね、思ってても言ってはいけないことだと思うぞ? 宝石のことはよく分からないけど、あの品質と値段なら割と適正なんじゃないか? おじさんも人の良さそうな感じだったし。正直すぎるのは良くないと思うぞ」

「そうなんですか? 人ってよく分かりませんね」


 フィオナは表情を変えずに言い捨てる。

 最近打ち解けてきたと思っていたが、まだまだ分からないことばかりだな。


 宝石商の所では散々な目にあった。

 主にフィオナのせいで…… 


 次のリクエストは薬屋だったな。でもさっきみたいなトラブルはごめんだ。

 俺が買うことにしよう。

 宝飾店とは違い、どの町、どの村にでも必要な施設なのですぐに見つかった。


「ここでは何を買う予定なんだ?」

「ポーションを作るための薬草です。お守りと違って一時的だけどライトさんのタイミングでバフをかけたり回復出来るようになります。今回作るのは…… 回復能力向上と、状態異常回復のポーションですね」


「必要か? フィオナの回復魔法があれば要らないんじゃない?」


 俺は彼女の回復魔法を初めて受けたことを思い出す。オスロ到着の二日前か。

 俺達はコボルトの群れに襲われた。完全に油断していた。

 弓で数を減らすことも出来ず乱戦となった。


 俺は道中戦闘を繰り返すことで少しずつ強くなった。

 その驕りが慢心を生む。さすがにフィオナも戦闘に参加してくれたが距離を取って戦うことが出来なかったので、詠唱時間の短い初級魔法のみでの戦いとなった。


 四十匹以上の大所帯だったが辛くも勝利した。

 コボルトの死骸を見つめながら気付いた。

 左手の指が二本無くなっていることに。

 俺が悲鳴を上げると同時にフィオナが回復魔法をかけてくれた。


 失われた指が生えてきて、体が元通りになった安心感とフィオナの魔法のすごさに感動を覚えたんだ。


「万が一の為です。例えば…… 私達が強敵と出会いました。ライトさんは傷付いています。私が死にました。私は復活出来ますが、少し時間がかかります。残されているのは回復魔法が使えない傷付いたライトさん。貴方はその状態で少しの間だけでも耐えられますか?」

「なるほどね……」


 転ばぬ先の杖っていうしな。

 死んでしまってはどうしようもない。

 お守りとしてポーションは常備しておこう。

 フィオナは薬草を両手いっぱいに掴み、支払いに向かう。

 いやいや、俺が払うから。君は黙っててくれよ。


「上薬草二十枚で十万オレンです。ありがとうございました」


 十万オレン…… 予想してたより高かったな。

 しかしこれは必要経費。ケチケチして命を落とすとこになっては洒落にならない。

 俺も早く魔法を使えるようにならないかな。

 今のうち、練習とか出来ないのだろうか?

 一応聞いておこう。


「俺、まだ魔法が使えないんだけど、詠唱とか教えてくれない? 加護の力が上がったらすぐ魔法を使いたいし」

「詠唱? そこまで難しく考えなくていいと思いますよ。大事なのは想像すること。呪文というのは魔力を形にするための定型文みたいなものです。

 魔法を行使する『自分』、発動する魔法の『属性』、攻撃対象である『敵』、そして発動するトリガーとしての『魔法名』。これらをイメージする為に呪文という存在があるんです。

 多くの人は一言一句同じように言わないと魔法を使えないと思ってますが、そんなことありません。イメージさえしっかり持っていれば、魔法の名を発するだけで発動出来るようになります。少し威力は落ちますが」


 へー、それなら今の内に練習出来そうだな。

 イメージか。寝る時にでもイメージトレーニングをしてみよう。


 買い物を終え、店を出ようとすると……



 ガチャ ドンッ



「うわ、失礼しました」

「…………」

 

 真っ青な顔をした女の人が入れ違いで店に入ってくる。

 肩がぶつかったが彼女はそれに気付いていない。

 悲愴な表情をしていた。

 彼女は取り乱すよう店員に縋りつき……


「お願い! 娘を助けて! お金なら後でいくらでも払うから! 私を奴隷にして売ってもかまわないから! お願い、お願いよ……」


 彼女は床に倒れこみ声を上げて泣き出した。

 ただ事ではない雰囲気が店内を包む。

 一体何が起こったのだろうか?



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