第一の宿場町 オスロ

 オスロに向けての道中。西の空が朱に染まる。

 もうすぐ日が暮れるな。さて野営の準備をするか。


 テントを張り終え、煮炊きの準備をする。

 フィオナは不死とはいえ、食事は必要らしい。

 食料は最低限しか持ってきてないので道中で鳥を二羽狩った。

 今夜はスープと焼き鳥だ。パンが無いのが痛いな。

 贅沢は言っていられない。塩、コショウで味を調える。


「出来たぞ。食べようか。パンが無いから豆の粉を団子にしてみた。少ししか入ってないから四個ずつな」


 均等に配膳を行う。フィオナのお椀に肉を多く入れておいた。

 人ではないが、女だしな。

 女性には優しくするよう父さんから教えられているし。


「ありがとうございます。手持ちが少ないのにずいぶん豪勢ですね。味付けも…… 美味しい」


 フィオナは表情を変えずに食べ始める。味覚は普通の人間と変わりないんだな。

 喜びの感情があったらきっと笑ってくれるんだろうけど。


「料理が出来るなんて意外ですね。誰に習ったんですか?」

「手の込んだ料理は母さんだけど、こんなごった煮は料理とは言えないさ。長いこと狩人をやってると自然と美味しい組み合わせ、不味い組み合わせが分かるようになるのさ」


「そうですか…… 今度お礼に異界の料理を作ります。この世界には麺という食文化はないみたいですし。あれは美味しいですよ」

「メン? 初めて聞くな。そうか、色んな世界の料理を味わえるのはトラベラーの特権だな。羨ましいよ」


 食事を終え、後は寝るだけとなる。

 最初は俺が見張りと火の番をすることにした。

 夜は獣や魔物の活動が活発になる。

 こうして交代で見張りをしないと寝込みを襲われて酷い目に会うことになる。

 と思ったのだが。


「見張りは必要無いです。結界を張りましたから。魔物達は私達の存在に気付かないでしょう」


 そんなことも出来るのか。すごいな魔法って。

 ここはお言葉に甘えて床に就くことにしよう。

 二人でテントに入る。フィオナとはなるべく離れて…… 

 だがテントの中は狭い。嫌でもフィオナにくっついてしまう。

 トラベラーとはいえ女性だし、何よりかなりの美人だ。

 間違いが起こってもおかしくはない。


 俺はフィオナに背を向けて目を閉じる。



 お休み……



「ライトさん」


 ん? フィオナが話しかけてくる。

 どうした? 俺はもう眠いんだ…… 

 本当は緊張して全然眠くないんだけどな。


 

 ギュッ


 

 フィオナが俺の背に抱きついてくる!?


「ななな、フィオナさん!? どうしましたか!?」

「なんで敬語なんですか? まだ夜は寒いです。体温維持の為、密着して寝るのは当たり前でしょう」


 フィオナはそう言うとより密着してきた! 

 余計眠れなくなるだろ!?


「フ、フィオナ。せめてあっちを向いてくれないか? 背中を抱きしめてなら寝られると思うから……」

「そうですか」


 フィオナはぷいっと背を向ける。俺は彼女の背を抱いた。

 まだギリギリ寝られるかな……と思っていた時が自分にもありました。

 フィオナの髪、すっごくいい匂いだった。

 結局一睡も出来なかった。



◇◆◇



 そんなこんなで一週間。

 俺達は予定通り第一の宿場町、オスロに到着した。

 到着した時は既に太陽が沈み、西の空が朱に染まっている。


 久しぶりにベッドで寝られるな。

 いくら結界魔法で安全に寝られるとはいえ、野営では疲れが取れない。

 それに女の子に耐性がない俺が美人が抱きついて寝るのだ。体に毒でしかない。

 俺の平均睡眠時間は四時間以下だろう。


 出来れば個室を取ろう。

 色々と処理をしなければならない。

 このままでは下着を汚すことになりかねん。


 町は夜ということもあり、人通りがあまり無い。

 さてどこかに宿は……

 あった! あそこだ!


 宿を見つける。大きくないが、小綺麗な感じだ。

 チェックインするため、受付に向かう。


「いらっしゃいませ。二名様ですか」


 受付には綺麗な女の子がいて、にこやかに微笑んで俺達を迎えてくれる。

 中々いい宿のようだな。よし、ここに泊まるか。

 個室は空いてるかな……?


「はい、出来れば個室を二つ取りたいんだけど、空いてますか?」

「はい、大丈夫ですよ。二部屋ですと一泊一万オレンです」


 ほぅ、中々お安い。一万オレンか。

 でもこの金額だと素泊まりの値段だよな。

 手持ちの金は少し余裕がある。食事付きにしてもらおう。


「少しゆっくりしたいから二泊かな。食事付きで頼むよ」

「はいかしこまりました。では食事付きで二泊ですと、二部屋で三万オレンになります。それではご案内させていただきます」


 受付嬢は俺達の荷物を受け取り部屋へと案内してくれるようだ。

 よし、これでいいだろう。

 ここまでの道中、いろいろ溜まっていたものを消化することも出来ず困っていたのだ。  


 だがフィオナは俺を押し退け、受付嬢に申し立てる。


「大部屋で二泊にしてください。ライトさん、私たちはいまだ流浪の身なんです。出来るだけ切り詰めるべきです。稼ぎが無い今の状況で個室を二つだなんてとんでもない。いいですか、大部屋二泊にします」

「…………」


 おま…… 何言ってやがる!? 俺はもう限界なんだ! 

 このまま大部屋に泊まったらパンツをアレで汚す自信がある。

 何か手を考えないと……


 そうだ! ここは泣き落とし作戦でいこう! 

 俺はちょっと悲しそうな表情を浮かべ……


「フィオナ…… 今は一人になりたいんだ。両親のこと思い出しちゃってね。一人で泣きたいんだよ。君の前で涙を見せたくはない。せめて一泊だけでも一人にしてくれないか……?」


 自分でも役者なんじゃないかと思う程のは迫真の演技だ。

 女の前で涙を見せんとする男心。

 フィオナは俺の言うことを聞いてくれるに違いない。


 しかし思うように事が運ばないのが人生である。

 フィオナは淡々と俺に語りかける……


「故人を偲ぶのはとても良いことです。でも一人で考え込むと余計悲しくなりますよ。私は悲しみを理解することが出来ません。ですが話を聞くことは出来ます。なんなら胸を貸しましょう。好きなだけ泣いていいのですよ。貴方を支えるのが私の役目ですから」


 駄目だった…… なんか余計に悪い方向に行ってしまった。

 これは不味いぞ。恐らくこれ以上交渉しても埒が明かないだろう。

 こうなったら部屋で何とかするしかないか。


 案内された部屋を見て驚いた。

 大型のベッドが一つあるだけ。これは……








 ゴシゴシッ ゴシゴシ



 俺は翌日早く起きて、そっとパンツを洗う。 


 早く王都に行こう。

 ギルド登録をしてお金をいっぱい稼ぐんだ。

 そして一人になれる個室を借りよう……


 汚れたパンツを洗いつつ、俺は固く決心したのだった。

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