旅立ち

旅立ち

 王都に向かう日が来た。

 みんな行ってきます。俺は物言わぬ仲間に別れの挨拶をする。

 王都を行くには四つの宿場町を経由するのが一番の近道だ。

 ここから一番近い宿場町はオスロ。歩いて一週間ってところかな。


 出発前にフィオナから一つ提案があると聞かされている。

 何だろうか?


「戦闘はなるべく避けるのがベストだと思うんですが、王都での道のりで魔物がいたら率先して戦って欲しいんです。愚かな選択だと自分でも思いますが、どうしても確かめたいことがあるんです。もちろんフォローはするけど、なるべくライトさんだけで戦ってください」

「…………」


 何言ってんだこいつ? 

 俺は戦闘狂じゃない。一応は魔物と戦ったことはある。猛獣ともだ。

 だが、率先して魔物を殺すことはしない。

 あくまで誰かを傷付けようとしている時だけだ。


「フィオナ…… どういうつもりだ? それなりに戦うことは出来るが、戦士のようにはいかないぞ?」

「大丈夫です。私、回復魔法も使えますから」


 大丈夫の意味が分からん…… 

 俺は狩りのプロで腕っぷしにはそれなりの自信がある。

 だがそれは中型の魔物をなんとか倒せる程度のもの。

 集団で襲いかかる魔物の対処なんか知らないのだ。

 基本狩りは一対一の勝負だからな。

 魔物が多数で襲いかかってきたら死ねる自信がある。


「心配しすぎですよ。オスロまでの道のりでは大きな魔素溜まりはありません。小型から中型の魔物しか出てこないはずです。出てきてもゴブリンとかコボルトぐらいです」


 と相変わらず表情を変えることなく淡々と言ってくる。

 こいつ俺の盾になるとか言ってたけど、さっそく任務放棄してやがる…… 


 フィオナに不信感を感じつつも俺達はオスロを目指す。

 オスロまでは一本道だが、周りに森や沼が点在しており旅人が襲われたなんて話も聞いたりする。


 警戒しつつ歩くこと半日。

 

 前方に小さな池が見えてきた。

 魔物も生き物だから水が必要なはずだ。

 出るなよ? 頼むからさ……

 池の横に枯れ枝で作ってある塚のようなものが。

 あれって巣穴か? まさか……


『ギィ、ギギッ』

『キィキィ、ギー!』


 そのまさかだった。巣穴からゴブリンがワラワラと出てくるではないか。

 その十体程度。何とかなるか……? 

 しかし、魔物はゴブリンだけではなかった。

 一際体の大きい魔物が巣穴から出てくる。


 くそ、ホブゴブリンまでいるのかよ。


 フィオナを見ると相変わらず無表情。

 まるで、さっさと行ってこいと言っているようだ。

 こいつは間違いなく俺より強い。

 逆らうと何されるか分からん……


 くそ! 行くよ! 行けばいいんだろ!

 やけになっていると、フィオナが話しかけてきた。

 やっぱり戦わなくてもいいとか?


「危ないと思ったら援護します。安心して行ってきてください」


 だよな……

 期待した俺が馬鹿だった。


 諦めつつ俺は姿勢を低くして前に進む。

 俺が使える武器は二つ。

 弓矢と二対のダガーだ。

 典型的な狩人装備だな。

 だって狩人だし。


 そして使える能力は二つ。

 短時間ではあるが、身体強化術。

 もう一つはフィオナが説明してくれた千里眼だ。

 これは地母神様の加護によるものらしい。


 地母神様、どうか俺を守ってください……

 神に祈りつつ、両の目にオドを込める。

 するといつものように……? 

 いや、いつも通りじゃない。これは……


 感知範囲が伸びてる。

 魔物の息遣いすら分かってしまうほど、鮮明に視界が開ける。

 全方位に目があるようだ。


 俺は気配を殺して魔物を確認。

 ホブゴブリンの装備は剣や斧、二体は左手にバックラーを装備している。

 防具も冒険者から奪ったのだろうか、ボロボロの革鎧を着こんでいる。

 兜も装備しているな。ハーフヘルムだ。首は無防備なのが救いだな。

 ゴブリンはこん棒など打撃武器だけだった。

 

 手持ちの矢は二十本。

 ゴブリンの数を減らすか、ホブゴブリンの戦力を削ぐかだろうな。

 よし、作戦は決まった。


 その前に……

 俺は後ろに控えるフィオナのもとに戻る。


「どうしたんですか?」

「なぁ、俺って何かご褒美があるとがんばれるタイプなんだ。無傷で勝ったらキスしてくれないか?」


 冗談交じりに聞いてみる。

 本気ではないが、戦闘を俺に押し付けたフィオナに意地悪を言ってみたくなった。

 だが意外なことに……


「いいですよ」


 あっさりと了承する。なんだこいつは? 

 いや、フィオナは人間ではない。

 見た目は人そのものだが、違う生き物なんだ。

 人の常識の外で生きているのだろう。

 なんか拍子抜けしちゃったな。


 フィオナを置いて、俺は再び前に出る。

 弓でダメージが入るギリギリの位置まで近づく。

 百メートルってところだろうか。


 俺にはアモンにかけられた、魔物に滅茶苦茶嫌われるという呪いにかかっている。

 ゴブリン達は雰囲気が変わったことを察し、興奮し始めた。

 俺の姿を見たら一斉に襲い掛かってくるだろうな。


 だがそうはさせない。俺は二本同時に矢をつがえ……



 ヒュヒュンッ



 放つ!



 ドシュッ



『ギャウッ!?』


 二本の矢がホブゴブリンの右目、右足に突き刺さる!


『グギギー!』


 ゴブリン達は俺の姿を確認したようだ。続いて更に二本の矢を放つ! 

 二体目のホブゴブリンの右目、右足に矢が刺さる。

 更に三体目、四体目、五体目と同じようにダメージを与えていく。


 ゴブリンが目の前に迫ってきた。これ以上矢を放つことは出来ない。

 俺は弓を捨て両手にダガーも持ち、構える。

 左周りに円を描くように後退。

 ホブゴブリンは右目を失っているので俺を視認しにくいはずだ。さらには右足にもダメージを与えている。

 追いつくことは出来ないだろう。俺は後退しつつゴブリンを一体ずつ狩っていく。


 千里眼のおかげでゴブリンが次にどのような攻撃をしてくるか分かる。

 全方位全てに目があるような感覚だ。

 一瞬の隙をついては奴らの喉へ、首へ、心臓へと必殺の斬撃、刺突を繰り返す。


 ゴブリンが五体まで減ったところで後退を止め、前へ出る。

 後ろに下がって攻撃してきた敵が突然前に出てきたせいか対応出来ずに動きが止まる。

 そこを見逃すかよ!



 メキョッ



 身体強化術を発動。腕の筋肉が肥大化する。

 俺はゴブリンの首を次々に落としていく。瞬殺だった。

 さて次はホブゴブリンの番だな。

 強化された脚力で左に回りつつホブゴブリンを追い詰めていくと簡単に背後を取れた。

 俺は脳幹目掛け刺突を放つ! 



 ザクッ



『グゴ……』


 俺の刺突を受けたホブゴブリンは糸が切れた人形のように倒れ込む。

 一連の動作を淡々と繰り返すことで四体のホブゴブリンを屠ることが出来た。


 残り一体。今度は正面から戦う。

 手負いとはいえ、鋭い斬撃を放ってくる…… 

 俺は今後もダガーを用いて戦うつもりなので、相手の攻撃を捌くこと、避けることが必要だ。

 身体能力強化術を解除し、千里眼のみで戦う。

 まず避ける練習だ。



 ブンッ! スッ……



 右上段から袈裟懸けで切り付けてくるのをサイドステップで避ける。

 筋肉の動きから次は横薙ぎがくるのが分かる。

 後ろに下がるべきか。いや、しゃがみだな。

 剣をしゃがんで躱し、大きな隙を作る。

 そのまま背後を取れたが、まだ倒さない。


 次は捌き。

 ダガーを使って捌くのではなく両手に装備している手甲を使い剣を捌く。



 ブンッ パシィッ



 下手すれば大怪我だが、タイミングよく剣の腹を手甲で弾く。

 いわゆるパリイという技術だ。

 剣で防御を行うと刃こぼれしたり、最悪戦闘中に剣が折れることもある。

 俺が考えたのは剣を攻撃のみに使うスタイルだ。



 ブンッ パシィッ

 ブンッ パシィッ



 全ての攻撃を捌くことに成功。

 一対一なら負ける気がしないな。

 俺は練習に付き合ってくれたホブゴブリンの喉元にダガーを突き立てる!



 グサッ



『ギッ……』


 身体強化術を使わなかったが、あっさりと刃が通った。

 なんだ? 力が上がってるのか? 

 本当に無傷で勝ってしまった。

 俺はどうなってしまったんだ?



 ドクッ……



 ん? 体が熱い。

 不思議な感覚を覚える。

 力が漲るようだ。

 身体強化術とは違う力を感じる。


「お疲れ様です。お見事でした」

「フィオナ?」


 いつの間にかフィオナが後ろに立っていた。

 そして俺に近づいてきて、無表情のまま顔が近くなる。

 お、おい、何をする気……

 そ、そう言えば無傷で勝てたらキスしてくれるんだったよな。


「い、いや冗談だよ。本気にされても……」

「別に構わないのですが。まぁいいです。ライトさん、少し聞きます。戦いが終わった後、何か違和感を感じませんでしたか?」


 そうだ、なんだか力が増したような感覚がしたのだ。

 まだその感覚が抜けない。初めての経験だ。


「そうなんだ。よく分からないけど薄っすら筋肉がついたような…… それとなんだか体が軽く感じる」

「やはり。祝福の効果でしょう」


 フィオナは村を出る前の光景を話し始めた。

 驚いた。俺は地母神様にキスをされて祝福を得たそうだ。


 その際、死んだ両親が現れ、俺を抱きしめてくれたことも知った。

 父さん、母さん…… 

 目頭が熱くなる。

 涙を見せるのは恥ずかしかったので、こっそりと目を拭う。


「私の鑑定では祝福の効果は分からないんです。でも他の世界で神から祝福を得た者を知っています。一人はエルフの大賢者であり、英雄王と呼ばれたパーシヴァル。彼は失われたとされる神級魔法の使い手でした」

「神級? どんな魔法なんだ?」


「一個人で天変地異を起こせると思ってください」


 天変地異って……

 フィオナは俺に驚く暇を与えず言葉を続ける。


「もう一人は剣聖ランスロット。女の身でありながら卓越した剣技を携え、救国の英雄として称えられていました。一人で一万の敵を切り伏せることができたそうです。ドラゴンに奇襲され、丸腰で戦わなくてはいけなくなった時、たまたま持っていたスプーンでドラゴンを倒したと噂されています」


 スプーン一本でドラゴンを? どんなバケモンだよ…… 

 それが祝福を得た者の力。俺にもそれがあるのか?


 理解の範疇を超えているので素直に喜ぶことが出来なかった。

 言葉に詰まる俺を無視するようにフィオナは説明を続ける。


「ライトさんの祝福は多分ランスロットに近いものでしょう。身体強化寄りの能力が付いたはずです。さっき鑑定させてもらいました」

「身体強化…… つまりは戦えば戦うほど俺は強くなれるってことか?」


「恐らく。倒した敵からオドを取り込み、それを自分の力に出来るみたいようですね。このまま戦い続ければランスロットのような武人になれるかもしれません。それにライトさんは加護も付いています。魔法の修行も積めば魔法剣士になれるかもしれません」


 強くなれるのは嬉しい。

 でも俺が望むのはアモンを倒し、皆の仇を取るだけの力だ。

 それ以上は望んでいないのだが。

 過ぎたる力は身を亡ぼすって母さんが言ってたしな。

 確かにその通りだと思う。


「でも喜んでばかりはいられません。パーシヴァルもランスロットも何十年も努力した結果、神様が認めてくれて力を得たのです。地力の差が大きすぎます。彼らと同じ基準になるためには地獄のような特訓が必要でしょう」

「別に構わないさ。道中で魔物を狩り続ければ強くなれるんだろ?」


「ある程度は。ですが弱い魔物から得られるオドは大した量ではありません。このままでは異界の英雄の高みに達するには四、五十年かかると思います」

「俺が先に死んじまうだろうが!?」


 五十年だと!? ふざけるな! 

 仇を取る前に老衰で死ぬわ!


「だからこそ冒険者ギルドに登録するんです。大型の魔物の討伐依頼もあるでしょう。倒して得られるオドも桁違いのはずです。

 私が魔物を倒してもライトさんはオドを得られないみたいだから、あくまで私はサポートに回ります」


 なるほどね。フィオナが言った意味が分かった。

 要は俺に多くを経験させ、強くしてくれるってことか。 

 強くなるための近道は無いってことだ。

 でも絶対に死なないように守ってくれよ?


 フィオナに不満を残しつつ、俺は次の目的地、オスロに向かうことにした。

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