地母神

 王都に旅立つ前日、俺は墓参りをしている。

 ご近所さん、友人、神父さんとフワル姉ちゃん。

 お世話になった全ての人に感謝と別れの挨拶をした。



 ノアの墓の前。


 かわいい妹分には特別に花を摘んできた。

 タンポポだ。ノアは大輪の花を好まず、野に咲く小さな花が好きだった。

 小さいころは一緒に綿毛を飛ばして遊んだりもした。


 年頃になるとグータラしていたが、ちゃんと努力する所はしてたよな。

 同年代ではノアだけ留学の推薦貰ってたし。断ったのは意外だったけど。

 もしノアが留学してたら死ぬことはなかったんだよな。

 たらればの話をしてもノアは帰ってこない。


 何となくだか、ノアの気持ちは知っていた。

 俺に好意を持っていた。

 だけど傷付けるのが怖くてノアとは距離を取っていたんだったよな。

 ごめん。でも家族として本当にお前のことが好きだったよ。


 ごめんよ。ノア、大好きだよ。



 父の墓の前。


 ワインを供えた。俺の誕生日に飲ませた酒と同じワインだ。

 真面目で優しかった父さん。あの時は悪ノリしてごめんよ。

 でも父さんの意外な過去が知れて嬉しかったんだ。

 村長としてみんなをまとめ上げ、村の発展のため、文化交流、留学準備、交易の手続きなど身を粉にして働いてくれた。


 そんな父さんの中にも少年の心が残ってるのが分かって、なんか嬉しかったんだ。

 エリナさんには初恋のこと秘密にしておくよ。

 エリナさん、多分泣いちゃうから。

 お見合いも全部断ってごめん。


 俺って親不孝だよね。

 父さんは俺が幸せになるのが一番の孝行だと言ってくれた。

 俺はこれから復讐の道を行く。

 父さんの想いを裏切ることになるかもしれない。


 ごめんよ。父さん、愛してるよ。



 母の墓の前。


 甘イモのタルトを供えた。俺が母の誕生日に作ったものだ。

 初めて作ったのは六歳の時だったね。あんまり覚えてないや。

 母さんをびっくりさせたくて一生懸命作り方を教わったんだ。

 母さん泣きながら食べてくれてたよね。


 母さんは俺の理想の人だったよ。

 優しくて、美人で、どんな時でも俺を受け入れてくれた。

 悪さをした時はすごく怒ったけど最後は俺を抱きしめてくれた。

 父さんと母さんがいるあの家が居心地が良すぎて出ていく気にならなかったんだよな。


 もう母さんの料理食べられないんだよね。悲しいよ。

 母さんが作ってくれたミネストローネ。同じ材料、同じ作り方をしてもあの味が出せないんだ。

 愛情を込めて作ってるからとイタズラっぽく笑ってたね。

 母さんの笑顔が浮かび涙が溢れてきた。


 母さん、会いたいよ。


 俺は皆に別れを告げる。

 明日は俺は王都に旅立つ。

 必ず帰ってくるから。

 強くなって、必ずみんなの仇を取る。

 だから……

 今は…… 泣いてもいいよ……な……



◇◆◇



 この世界に転移したのは三十年程前でしょうか。

 数多ある三千世界はどれも似たような世界です。


 だが極まれに異質な世界が存在しています。

 例えば魔法がまったく存在しないけど、身体能力が異常に高い種族で構成されている世界。

 魔法の発動に詠唱を必要としない世界。

 私が知らない属性魔法がある世界。

 他にも色々あったのはずですが、忘れてしまいました。


 私はそのような世界をイレギュラーと呼んでいます。

 この世界もそうなのでしょう。

 私は数えきれないほどの契約者を見てきました。

 ライトと名乗る青年は初めから加護を受けていたのです。

 

 加護持ちなどそこまで珍しくはありません。

 しかしそれは低級精霊の加護のことを言います。

 初めから神の加護を持つ契約者など私は知りません。

 恐らく彼はこの世界に大きな影響を与える存在になるでしょう。



 彼を死なせてはいけない。

 私の本能がそう告げています。



 私は彼の盾となるべく魂の契約を行いました。

 本来なら行うべき行為ではないのです。

 魂の契約は諸刃の剣、この身が滅びようとも契約者ために復活をして再び盾となることが出来る。

 その際契約者のオドを使わなくてはならない。

 最悪寿命を対価として頂くこともあります。

 その危険を冒してもなお彼を守ることを私は選択しました。


 王都に旅立つ前の日、ライトは墓参りをしていました。

 彼は泣いています。悲しみという感情でしょう。私には無いものです。

 私は契約者を守る盾として彼を癒すことはできるでしょうか?

 私はただ彼の後ろ姿を見守っていました。



 ekunokunno ekunokunno omiurexuxuooie……



 ん? これは何でしょうか?

 聞こえてきます。

 聞いたことがない言葉……

 いえ、これは言葉ではありません。

 直接私の精神に入り込んでくるような歌声。


 次の瞬間、辺りの空気が変わりました。嫌なものではありません。

 感情の無い私でもこの感じは好意的なものだと分かります。


 これは一体……

 ライトの周りに精霊が集まってきました。

 彼は気付いてないでしょうが、その数はどんどん増えています。

 精霊の他、墓の中から霊体が出てきて慈しみの表情で彼に寄り添いました。

 彼の両親でしょうか。笑顔でライトを抱きしめています。



 ekunokunno ekunokunno omiurexuxuooie



 精霊達が歌い、踊りだします。

 恐らく降臨の準備をしているのでしょう。

 耳に残る歌が終わった後、一人の女性がどこからともなく現れました。

 彼に加護を与えた地母神でしょうか? 

 彼女は涙を流すライトを抱きしめて彼の額に口付けをします。

 これは……


 加護どころではありません。彼は今、女神からの祝福を得たのです。

 ライトは世界を変える。

 私は彼の盾となる決意が間違えではないことを悟りました。


 私は幻想的な光景に見入っていました。

 感情の無い私が魅了されるとは。



 ニコッ

 


 地母神は私のことを見つめ微笑みました。

 彼女はゆっくりと近付き、私を抱きしめます。

 そして地母神は私の額にも口付けを……

 私も祝福を与えられたのでしょうか?



 口付けを終え、女神は微笑んでから私に語りかけます。






 ――――呪いに抗いなさい 

 ――――運命の鎖を断ち切りなさい 







 ――――パキィン




 ガラスにひびが入るような音が聞こえました。

 私の意識は一瞬ですが虚空に消えて……



 気が付くと地母神も精霊達も消え去っていました。



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