契約
突然現れたトラベラーの女。名は無いそうなので、フィオナと呼ぶことにした。
気に入らなければ後で変えてあげよう。
しかしフィオナは無表情。感情が無いらしいので、気に入るも気に入らないも無いと思う。
そういえば魂の契約を行うって言ってたな。
なんか悪魔の儀式みたいだ。ちょっと怖い。
「フィオナ。その魂の契約の前に色々と聞きたいことがあるんだけど」
「いいですよ。私が知りうる限りで答えます」
契約が何だか分からんが、話を聞いてみないとな。
それに俺はフィオナを完全に信じているわけではない。
もしかしたら変な魔法をかけて俺を利用しようとしてるかもしれないし。
さてと…… 何から聞くかな?
そうだ。さっきから聞きなれない言葉で話をしていた。
それから聞いてみよう。
「さっき言っていた三千世界ってなんだ? 世界が三千あるってことか?」
「いいえ。そんな少ないものではありません。千の三乗、およそ十億の世界がこの世界には存在しています」
「億? 初めて聞く数だ。想像出来ないな」
「夜空に見える星の数よりも多いと思ってください。それだけの世界が存在しています。私達トラベラーは肉体に限界を迎えると他の世界に転移し、その世界の契約者を支えます。故に人々は私達を
三千世界の旅人…… なるほど、トラベラーなわけだ。
まだ聞きたいことがある。
フィオナが言っていたことで不思議に思っていたことだ。
「フィオナは色んな世界の契約者と関わってたんだろ? でも契約者のことは詳しくは分からないってどういうことだ?」
「覚えていないのです。異界へと渡る時、ある程度の記憶を残し、後は全て忘れてしまいます。契約者と出会った時のことは覚えていても、途中からどうなったかは忘れてしまうのです。絶対に忘れないのは『契約者を支え、導く』ということだけなのです」
記憶が無いのか。異界を渡り歩く内に忘れてしまう……
中々不便だな。答えが得られないであれば自分でどうするか考えないと……
次の質問に移る。
「トラベラーは感情が無いっていうのはどうしてなんだ?」
「私達に死という概念は存在しません。感情とは生命を維持、存続させるための概念だと我々は認識しています。人ではない私達にとっては不要なものでしょう」
なるほど…… 絶対的な死が存在しない以上、感情は邪魔なだけなのか。
でも喜ぶことも悲しむことも出来ないのか。
感情が無い生活なんて想像出来ない。
「今度は私から質問していいですか? ライトさんはなぜ神の加護を持っているのですか?」
「加護? 何のことだ?」
「先ほどライトさんを調べさせてもらいました。貴方の魂の色…… 金色を纏っていました。それは神に愛された者が持つ色です。ライトさんはこの地で信仰されている神に愛されてるのかもしれません」
神様? もしかして地母神様か?
たしかにこの村では大地と共に生きる俺達にとって地母神様は信仰の対象だ。
おとぎ話で聞いたことがあるが、地母神様は全ての生物の母だそうだ。
俺が彼女に愛されてる? いや、待てよ。もしかして……
「加護を持つとどんな能力が得られるんだ?」
「詳しくは知りませんが…… 例えば五感が異常に鋭くなるような経験はありませんか?」
やっぱり。周囲の生物の気配を感じることが出来るのは加護の力だったか。
「五感が鋭くなるのは地母神の加護の初期能力でしょう。言わば千里眼のような力ですね。これは推測ですが大地のマナを使えるようになるかもしれません」
千里眼はなんとなく分かるが、マナってのは初耳だな……
「分からないようですね。マナは大地の魔力。それを使って魔法、もしくは魔法に準ずる力を使えるようになるかもしれません」
何だって!? 魔法が使えない俺には願ってもない力だ。
その力は是非とも習得したい。
ん? フィオナが俺に近寄ってきて……
ガッ
ま、また顔を掴まれた。
「それと…… もう一度調べさせてください。そのまま動かないで」
再び俺の顔を両手で挟んで顔を近づける。
彼女は食い入るように俺の右目を見つめている。
て、照れるな……
「これは……? 呪い? 恐らくアモンにつけられたのでしょう。右目から禍々しいオドを感じます。ライトさんはその右目を持つ限り、魔物から極端に敵視されることになるでしょう」
呪いかよ……
魔物から敵視されるってことは俺を見たら殺しに来るってことだよな?
不安だ……
「心配しないでください。魔物が来ても私が守ります。それに悪いことばかりではありません。その右目は魔力を帯びたせいか魔眼と化しています」
「魔眼って?」
「目にオドを込めてください。きっと何か違うものが見えるはずです」
言われるがままに目にオドを込める。
あれ? 特に変化は無いみたいだが……
いや違う。舞い落ちる木の葉が宙に上っていく。
そして再び木にくっつくのが見えた。これはつまり……
「俺の右目って過去を見ることが出来るみたいだけど…… これって意味あるのか?」
「それは私にも分かりません。ですが魔眼は貴重な物です。持っていて損は無いはずですよ」
まあそうだな。聞きたいことは聞いた。
次は最後の質問だ。
「ありがとう、フィオナ。最後に聞くけど魂の契約って何だ? それで俺は強くなれるのか?」
「そうですね。契約に入る前にそのことを説明します」
期待に胸が膨らむ。
俺はアモンを殺す力を手に入れることが出来るだろうか?
彼女は契約について説明を始める。
だが彼女の説明に俺は驚きを隠せなかった。
「我々トラベラーに死というものは存在しません。先ほど説明したとおりです。肉体として消滅しても他の世界に転移するだけ。ですが魂の契約を行えば、もし私がこの世界で肉体的な死を迎えても同じ世界で復活出来ます。肉体が残っていれば一分もかからずライトさんのもとに戻ってこられるでしょう。
対価として私の復活時はライトさんのオドを貰います。魔力適正が無い者や、オドが足りない場合は対価として寿命を十年分はいただくことになるでしょう」
「…………」
デメリットがでかすぎる……
例え俺の身を守ってくれるとしても、こいつを復活させるのに寿命を使う。
五回死んだら五十年だ。俺が死ぬわ。
俺騙されてるのかな?
「暗い顔をしないでください。ライトさんには神の加護があります。マナを自分の魔力として使うことが出来るはずです。つまりリスクを負うことなく私を復活させることが出来るということです。
そのためにも神…… 地母神に認めてもらうことが大切ですね」
「そうか…… ところで地母神様に認めてもらうためには何をすればいいんだ?」
「善行を積むことですね。それ以外に方法はないでしょう」
善行って…… 困ってる人を助けるってことなのか?
でもそうそう困ってる人って見ないよな。
これって意外と難しいことなんじゃないのか?
善行…… 一体どうやって……
「一つ考えがあります。王都に行きませんか? そこには冒険者ギルドがあります。そこでは様々な依頼があり、困っている人がギルドに人探し、魔物退治など依頼を出します。依頼を達成することで善行を積むことになるはずですよ」
なるほど。冒険者ギルドか。噂には聞いていたが、そういう組織もあるんだったな。
自分が冒険者か。村で狩りをして、野菜を育てて生きていた俺が。
のんびり生きたかったんだがな。
冒険者って血生臭い噂しか聞かないからあんまりいい印象が無い。
そんな世界に俺は飛び込むのか…… まぁ仕方ないか。
「分かった。当面は冒険者ギルドで依頼を受けることにするよ。魂の契約を行うことでの他のメリットは? 俺の力が強くなるとかは?」
「力というのは努力無くして得られるものではありません。貴方が加護を受けたのはたまたま運が良かっただけです」
そうだよな。強くなるための近道は無しか。
だが言い方が…… 少し位は冗談の一つでも言ったらどうなのかとも思う。
しかし納得いった。
やはりフィオナは人間ではないということだ。
一連の会話の中でフィオナはずっと無表情だった。くすりとも笑わない。
これが感情が無いということなのだろう。
まぁ、これで聞くことは全て聞いた。
あとは契約するだけか……
「分かった。覚悟は決まったよ。魂の契約を頼む」
「それでは……」
ガッ
な!? また俺の顔を両手で挟み……
――チュッ
キスをしてくる。え? なんだこれは?
理解が追い付かない。
え? フィオナの舌が口の中に……
初めての感覚…… 頭がボーっとしてくる……
しばらくキスは続き、そしてゆっくりとフィオナの口が離れていく。
「ん…… 契約は完了しました。口移しでオドの情報取得、復活の際のオド輸送の魔法陣をライトさんの体に刻印させてもらいました」
「そ、そうなのか……」
すごい体験をしてしまった。
初めてのキスがトラベラーとか……
人ではないがまぁいいだろう。
それにしてもキスってあんなにいいものだったんだな。
あれ? そういえば……
「なぁ、フィオナ。契約の方法ってあれしかないのか……?」
「いいえ、体液の交換ならなんでもいいです。血を交わすもよし、唾液でもよし。人でいうところの性交渉でも契約は出来ます。ですがてっとり早く契約を交わすのであれば口付けが一番簡単でしょう」
つ、つまり……
もし俺の相方が男で、魂の契約をしていたら……
――――ゾワッ
想像したら鳥肌が立った。
目の前に現れたトラベラーがフィオナで良かったよ……
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