出会い

「ん……」

 

 俺は目を覚ます。

 目に映るのは青空。白い雲。

 俺は魔物の襲撃を受けて死んだ。

 悔しい……が仕方ないよな。

 死んでしまったことは取り返しがつかない。

 後悔しても生き返ることなど出来ないのだから。


 ゆっくりと体を起こす。


 ここは天国だろうか? 

 地獄だったら青空とか見えなそうだしな。

 きっと天国だ。そうに違いない。


 なら父さんと母さんがいるかもしれない。

 それに村で信仰している地母神様にも会えるかもな。

 俺はゆっくりと立ち上がる。



 そして辺りを見渡す。

 見えるのは青い空。

 白い雲。

 焼け焦げた匂い。

 ノアの首。

 父の上半身。

 壊滅した村……?


 そ、そんな……

 い、生きてるのか? なんで俺は生きている!? 

 

 現実を受け入れられなかった。

 目に指を突っ込まれてひっかき回されたんだ。普通死ぬだろ!? 

 

 それに身体強化術を体の限界まで発動した。

 俺の死は決まっていたはず。

 どう足掻いても俺の死は決まっていた。


 なんで! なんでなんだよ!?


 生きていたことを喜ぶことが出来ない。

 だって親しい人はみんな死んだんだ。

 俺は一人ぼっちだ。

 今までに経験したことがない喪失感が俺の心を支配する。

 家族、故郷を失った悲しみで俺の心は折れた。




 声を出して一日中泣いた。

 いつの間にか眠っていたようだ。

 腹が減った。廃墟になった家を漁り、適当に食事を済ます。

 食べ終わったらまた泣いた。




 翌日も泣いた。食べてまた泣いた。

 そしてまた眠りに落ちる。




 次の日も泣いた。

 ノアの首。体が残る躯が腐っていく。

 墓を作らなくちゃな。




 次の日、泣きながら村人全員のお墓を作った。

 体が残っていない人のお墓も作った。




 次の日、母のことを思い出した。

 一番泣いた。最後まで俺の心配をしてくれていた。




 次の日は涙が出なかった。

 自分の墓穴を掘った。

 みんなのところに行きたかった。

 死のうと思った。でも途中で怖くなって…… 

 死ねなかった。




 その次の日…… 

 ようやく涙を流すことなく目を覚ます。

 

「これからどうしよう……」


 思わず独り言を呟いていまう。

 答えが返ってくるはずもないのに。


 俺はベッドを抜け出し、外に出る。

 何かしないと気が狂いそうになるから。

 壊れかかったドアを開けると、そこには……


 ん? あれは誰だ?

 女が立っている。俺が作った墓の前で。


 綺麗な子だった。


 綺麗な銀色の髪。


 ローブを着て魔法の杖を持っていた。


 表情が無かった。


 異質な気配を感じた。


 以前父さんが教えてくれた、人のようでありながら人でないもの。


「トラベラー……」


 目の前にいる女は人間ではない

 この世界には不思議な種族がいる。

 名は決まっていないので、トラベラーや不死人と呼ばれている。

 絶対数が少なすぎるので種族と言っていいのか分からないが。


 見た目は人族と変わりないが恐ろしい力を持っていると聞く。

 聞いた話だと、剣を振るえば一騎当千、魔法を使えば大地の形を変えると突拍子もない噂が出る奴らだ。

 どこの国にも属さず、流浪の旅を続ける者達。


 かつて王族が彼等を召し抱えようとしたが、自由を望み、一国の軍隊以上の戦力を持つ彼らを雇うことは出来なかったという。

 

 トラベラーの大きな特徴は戦闘能力の他に二つある。

 一つは彼らには喜怒哀楽の感情が無い。

 父さんが子供の時、彼等の一人と会ったことがあると言っていた。

 綺麗な女の人だったそうだが、表情が無く人形のようであり、美しさより恐怖を感じたそうだ。


 もう一つは恐らくではあるが不死であるということ。

 眉唾な話だが、かつてこの世界を滅ぼそうとする竜が現れたそうだ。

 当時の王様は私財を投げうって国民を守るため彼らに竜殺しを依頼した。


 トラベラーが一騎当千とはいえ、相手は巨木より大きな竜。

 彼らにも犠牲が出た。踏み潰され、焼き殺され、食い殺された。

 しかし死んだ彼等は翌日にはひょっこり現れ、再び竜に挑み、勝利を収めた。

 これがこの国の王都に残る伝説だ。


 竜を倒した彼らに王様は英雄としての名誉を与えようとしたが、報酬は受け取ったのでそれ以上は不要と再び流浪の旅に出たそうだ。


 彼等には様々な呼び名がある。

 竜殺し、自動人形オートマタ、不死人、虚空渡り。

 そんな二つ名を嫌い、「トラベラーとでも呼んでくれ」と告げて去っていったそうだ。


 恐らくだが目の前にいる女はトラベラーだろう。

 何か話しかけねばと思っていたが彼女の方から声をかけてきた。


「現れたんですね…… 今回はどんな姿だったんですか?」

「え……?」


 突拍子もない問いかけに俺は言葉を失う。

 女は俺が狼狽えているのを無視するかのように言葉を続けた。

 

「答えてください。精霊の叫びをこの地から感じました。災いがこの地を襲ったのですね?」


 何も答えられない。

 それどころか何か知っているなら教えて欲しいところだ。

 一方的に質問してくる彼女に苛立ちを覚えつつ、トラベラーの伝説を思い出す。

 一人一人が一騎当千の化け物なのだ。逆らっては命が無い。


「俺もよく分からない…… 狩りから帰ってきたら村が襲われて、みんな死んじまった。悪魔みたいなやつがいたから死ぬ気で倒そうとしたら返り討ちにあって。死んだと思ったら生き返って……」


 混乱しつつも俺は語れるだけ女に伝える。

 すると……


「アモンですか。厄介ですね。貴方が唯一の生き残りなら契約者の可能性があります。少し調べさせてもらいます」



 ガッ



 彼女は俺の顔を両手で挟み、顔を近付けてくる!


「なっ! 何を!?」

「動かないで。目を逸らさないで私の瞳を見つめなさい」


 抑揚も無く淡々と俺を見つめる女。

 その瞳は緑がかった綺麗な色をしていた。


 そのまま少しの間、俺達は見つめあう。

 そして女が口を開いた。


「やはり…… 貴方は契約者ですね」


 契約者? 何言ってんだこいつは。

 胸の動悸が収まらない。なんだこの感覚は? 

 確かに綺麗な顔はしてるが、なんだか懐かしいようなこの感覚…… 

 理解出来ないが、今は彼女の話を聞かないと。


「け、契約者って何のことだ?」

「私も詳しくは知りません。覚えてないと言うべきでしょうが…… 何十年から何百年の間にここであったようなスタンピードが各地で起こります。そしてそのいずれかに契約者が現れる。必ずです。

 契約者は世界を安定させられる唯一の存在。私達トラベラーの存在意義は契約者を支え、導くこと。契約者が現れた以上、この地に在するトラベラーは貴方の支えになるでしょう」


 話を聞けば分かると思ったが、余計分からなくなった。

 契約者? 勇者みたいなもんか?

 俺が? 世界を安定させるとは一体……

 そんな者に俺はなるつもりは無いが……


「よく分からん。つまり俺は何をすればいい?」

「それは貴方が考えることです。私の役目は貴方を支えることだけなので。ですがこれからこの地で起こったようなスタンピードが各地で起こるはずです。それを止めるのも貴方の役目です」


 スタンピード……

 家族を、友人を殺した悪魔の顔が思い浮かんだ。

 全身が震え、胃液が上がってく……


「おぇぇぇ!」


 ひとしきり吐いた後、俺は恐怖に支配されていることに気付く。

 足の震えが止まらない。出来ることならあんなのに二度と関わりたくない。

 トラベラーの女が俺の背を擦りながら話しかけてくる。


「大丈夫ですか? もし貴方が望むのであればこの地にいる我らを集め、アモンの討伐を依頼するのも一つの手です。知っているかもしれませんが私達トラベラーに死という概念は存在しません。

 体を失ったとしても三千世界に飛ばされ他のトラベラーが現れるだけです。私達は貴方に従うだけです」


 願ってもないことだ。俺はある程度は強いと自覚している。

 魔法は使えなくとも大型の獣を屠ることが出来る程度には。

 だがそれ以上は恐らく望めないだろう。

 アモンと呼ばれた魔物の相手なんて命がいくつあっても足りやしない。


 彼女らトラベラーに悪魔の討伐を依頼しようか。

 だが死んだ両親、ノア、フワル姉ちゃんの顔が思い浮かび……


 恐怖が怒りに変わった。

 やはり…… あいつの首は俺が貰う。


「なぁ、あんたらは強い。あんたらに依頼してアモンってやつを倒すのが一番近道なんだろうよ。でもな…… 俺は奴が憎い。大切なみんなを殺したあいつは俺の手で殺さなくちゃ気が済まないんだよ!」

「死にますよ。今のままでは絶対に勝てません。かつて竜がこの地を襲った時の話は知っていますか? この世界の王都の名の由来になっている王のことです。

 当時の王は兵士を出さず、我らを雇い、竜との戦いに勝利しました。強さとは様々な性質があります。私達を使い、人を収め、世界をまとめたあの王は今でも強王として語り継がれています。

 勝ち目の無い戦いに挑むのは勇気ではありません。蛮勇というのです」


 蛮勇か…… それで結構だ。


「それでもだ。奴は俺の手で殺す。俺は強王のようにはなれない。愚か者で構わないさ。あんたは俺を支える役目があるんだろ? なら手を貸してくれ! 奴をこの手で殺すために協力してくれ!」

「…………」


 俺は必死に訴えかける。契約者がどうたらはどうでもいい。

 両親の、親しい人達の仇を取ることも出来ずに、のうのうと生きていくことなんか出来るか。

 俺は不退転の決意を胸に彼女を見つめる。


「今回の契約者殿は頑固者のようですね。仕方ありません。ならば魂の契約を行使するのが一番いい方法でしょう」


 魂の契約? なんか怖い言葉が出てきた。

 不穏な空気を感じるな。勢いに任せて契約したら、とんでもないことになるかもしれない。

 その契約の前に話を聞いてみよう。

 そうだ、その前に……


「なぁ、そろそろ自己紹介しないか? 俺の名前はライトという」


 突然のことですっかり忘れていたが、俺は彼女のことを何も知らないのだ。

 契約がなんだか分からんが、名前も知らない相手を契約ってのもね。


「名前ですか。私達には個々で名を持つという習慣はありません。お前でもアンタでも勝手に呼んで下さい」

「そ、そうなのか?」


 名前が無いだって? 

 トラベラー固有の習慣だろうか?

 しかし、これから色々お世話になる相手かもしれない。

 それをアンタって呼び続けるのも……



 ――ポツッ ポツッ サァァァ



 ん? 突然雨が降ってきた。

 だが上を見上げると青空が広がっている。


 天気雨フィオナか。

 フィオナ……

 これでいいかな。


「フィオナ…… 君のことをフィオナと呼んでいいか?」

天気雨フィオナですか。貴方は詩的な契約者ですね。いいでしょう。今日から私はフィオナと名乗ります」


 彼女は表情を変えず淡々と言う。

 咄嗟に思い付いた名だが、彼女のイメージとよく合っている……気がする。


 ん? フィオナ?

 なぜだろう。知り合いにそんな名を持つ者はいない。

 なぜか胸が暖かくなる。

 懐かしい……

 そんな感覚を覚えた。

 俺は照れを隠すようにフィオナに話しかける。


「お、俺のことはライトと呼んでくれ。長い付き合いになるかもしれないのに、いちいち契約者じゃ堅苦しくてかなわないよ」

「分かりました。これからもよろしくお願いします、ライト殿」 


「殿も止めて……」

「ではライト様」


「様も遠慮したいんだけど……」

「分かりました。ではライトさんで」


 ライトさん? さん付けか。

 普段名前だけで呼ばれてるので、少し照れるが……

 ふふ、これでいいか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る