封魔草

 残り時間は三時間とちょっと。

 俺は村の近辺で水場がある場所の聞き込みをした。

 幸いにも三時間以内で行ける水場は四ヶ所あるらしい。

 その四ヶ所の内、魔物の目撃情報がある沼から捜索することにした。


 封魔草は魔素の濃い水場に群生してるって言ってたしな。

 運が良ければ一発で見つけられるはず。

 でも魔素が高いってことは魔物も出やすいってことなんだよな。

 不安だ……


 町で馬を借りてきた。一日利用で五千オレンと中々お高い。

 人の命が懸かっている以上、小さなことはいっていられないか。


 そのまま馬を走らせると地平線の先に陽光に輝く水場が見える。

 馬を降り、安全な場所で手綱を木に結ぶ。

 沼までは歩いて十分ってところだな。

 怖いので今の内に全力で千里眼を発動しておく。


 あれ……? また効果範囲広くなってるぞ? 

 半径二百メートルとか三百メートルとかの話ではない。

 空の上から地面を見ている感じだ。

 その中で赤く光る場所がある。あそこか……


 俺は水場に向けて慎重に歩き出す。

 封魔草ってのは魔素の高い水場に生えるんだったよな。

 いつでも戦えるよう、ダガーを構えつつ進む。


 

 ズチャッ ズチャッ



 水場が近くなり、地面が水気を帯びていることに気付く。

 さらに近づくと…… うわっ、水場の周りは封魔草で真っ赤だ。


 白い空に、黒い雲、赤い地面。

 なんか酔ってきた……


 サニーが患っているマジストローマという病気は、魔法の使えない子供がかかる病気だと聞く。

 普通だったら三年も学べば生活魔法は使えるようになる。

 それまでサニーの体がもてばいい。


 だが、この見渡す限りの赤絨毯。

 これだけで数十年分はあるんじゃないか? 

 さて、封魔草を持って帰らないと。

 ふふ、これでサニーを助けられるぞ。


 俺は採取に取りかかる。

 持ってきた麻袋に刈り取った封魔草を詰めていると……



 ドドドド……



 地鳴りを感じる。

 遥か彼方から俺目掛け突進してくる何かがいる?

 千里眼を使って正体を探ると……


 大きい体。緑色の皮膚。

 角の生えた頭。大きな一つ目…… 

 サイクロプスだ!


 逃げなくては。

 あんなのを相手にしていては命が幾つあっても足らないだろう。

 俺は麻袋を抱えて走り出す!


 千里眼を使っているので、後ろを振り向くことなく魔物を確認出来る。

 少しずつ距離が近くなっている!

 や、やばい! 追いつかれる!

 

 馬を繋いでいる場所までもう少し……!



 スルッ ドサッ



 その時だ。麻袋の紐がするりと抜ける。

 麻袋は俺の手から離れ地面に落ちる。

 拾おうと立ち止まるが…… 

 やばい。ここで立ち止まったら魔物に追い付かれる。


 サニー…… すまん。


 俺は麻袋を拾わずに走り出す。

 ここで死ぬ訳にはいかない。俺には目的がある。

 村のみんなを殺したアモンって奴を、この手で殺すまでは死ねないんだ。

 父さん母さんの仇を討たないと……


 不意に両親の顔が浮かぶ。

 二人はよく言ってたな。



(人のために尽くせ。出来る限りでいい)



 俺はその教えを守って生きてきた。

 俺は出来る限りのことをしたか? 

 封魔草があれば救える命があるんだぞ?

 俺がサニーを見捨てたとして、両親は俺をどう思うだろうか?


 くそ…… ちくしょう!



 ザッ チャキッ

 


「あー! もう! 父さん母さん! 恨むからな!」


 俺をお節介のお人好しに育てやがって! 

 振り向きつつ弓を取り出す! 

 ありったけの矢をつがえる! 



 ギリギリッ…… ヒュヒュンッ!



『グァッ!?』


 矢はサイクロプスの目に命中! 

 このまま逃げるべきか!? 

 いや、追ってくる危険もある。

 手負いのこいつが町に来たら、サニーの治療どころじゃなくなるよな…… 


 しょうがないか……


 腕に力を込める。



 メキッ ミシミシッ



 視界から一つ色が消え、腕の筋肉が肥大化する。


 身体強化術を発動。あーぁ、明日は全身筋肉痛だな。

 だがこれで一人の少女の命が救えるなら安いもんだ。


 狙うは首。

 ダガーは刀身が短いので、身の丈五メートルはあろうかというサイクロプスに致命傷を与えるには頸動脈を切るしかない。


 このなまくらで倒せるか……? 

 考えてもしょうがない! サイクロプスに飛びかかる! 



 ダッ



 身体強化術を発動しているので、俺は人とは思えない程、高く跳び上がる。

 サイクロプスの首にダガーを入れると……



 ―――スッ



 音も無く、そして抵抗をほとんど感じさせずに刃が通る……?


 サイクロプスの首を斬りつつ、背後に着地。

 まだ襲いかかってくるかもしれない。すぐに後ろを振り向きダガーを構えるが……


『…………』


 俺が目にしたのは、立ったままのサイクロプス。

 だが首が無かった。

 サイクロプスはゆっくりと地面に倒れこむ。



 ズズゥン……



 勝てた? このバカでかい図体の魔物に?

 こんなのに勝てるなんて…… 


 あれ? 首が無い? 

 おかしい。俺のダガーの刀身は三十センチ程度だ。

 サイクロプスの太い首を斬り落とすことなど…… 


 不思議に思い、手にするダガーを確認する。



 ブゥン



 聞いたことの無い音が響く。

 俺が持っていたのはダガーでは無く…… 長剣だ。なんだこれ?


 この長剣の刀身は光り輝いていて…… 透明だ。

 向こう側が透けて見える。

 いつの間にこんな武器を持ったのだろうか? 


 いや、考えるのは後だ。

 こんな所で油を売っていては次の魔物に襲われかねない。

 あ、忘れてた。身体強化術を解除しないと。


 全身の筋肉が弛緩する。明日は酷い筋肉痛だな。

 ベッドから起き上がれないことを覚悟しておかないと。



 シュッ



 あれ? 光る長剣が…… 消えた。

 持っているのはいつものダガー。これは一体どういうことなのだろう? 

 もしかして……


 再び身体強化術を発動。

 ダガーを持つ右手に多めにオドを流してみると……



 ブゥン



 光る長剣が現れる。先程と同じ光り輝く美しい刃を持つ剣だ。

 これはどういうことなんだ? 分からないことが多すぎる…… 

 しかし、こんな所で考えていてもしょうがない。

 俺は封魔草が入った麻袋を拾い、フィオナの待つオスロの町に向かうことにした。



◇◆◇


 

 封魔草でパンパンになった麻袋を抱えてジーナの家に到着。

 そのままフィオナがいる寝室に向かう。

 彼女は振り向くこと無なく話しかけてくる。


「お帰りなさい。封魔草は取ってきたんですね。私は回復を続けないといけないから薬を作ってください。作り方を教えます」

「薬草をそのまま食わせるとかじゃダメなのか?」


「この子を殺す気なんですか? 飲み込む力の無い今のサニーにそのまま食べさせたら窒息して死にますよ」

「そ、そうか。すまない…… それじゃ薬は任せてくれ」


 フィオナの指示の通り、乳鉢を使い封魔草をすり潰す。

 材料は封魔草と蒸留水があればよいそうだ。

 すり潰した薬草からとろみが出始めたら、少しずつ水を加える。

 若干効果が弱くなるが、不純物が入っていない水であれば蒸留水でなくてもよいそうだ。

 今は時間が無いしな。そして…… 


 封魔のポーションが出来上がる。

 だけど、これって……


 うわ、すごく不味そうだ。

 ドロドロして、腐った肉のような臭いを発している。


「横になったままでは気管に入って飲ませらません。サニーを支えてるから飲ませてあげてください」


 サニー、許してくれ…… 

 いくら君に意識が無いとはいえ、こんなヤバそうな物を飲ませることになるなんて。

 トラウマにならないことを祈る。俺は乳鉢をサニーの口に近付ける。


「それじゃ無理です。この子は飲む力すら残ってないんですよ。ライトさんが口移しで飲ませてあげないと」


 ん!? 今なんて!? 

 この不味そうな薬を俺が口移しでだと!? 


 サニーは助けたい。だがこれを口にするのは…… 

 そうだ! いいこと考えた!


「フィオナ…… サニーはまだ幼い。意識が無いとはいえ、こんな小さな子の唇を奪えと? ファーストキスってのは、やはりこの子が好きになった子のために取っておいてあげるべきじゃないかな? 俺がするべきではないと思う。

 でも女同士ならまだいいんじゃないかな。フィオナ、やってあげてくれ。サニーの為にも……」

「今baθicdalmaヒールを止めるのは危険なんです。体に触れてないと回復する量を調整出来ませんから」


 マジかよ…… そうだ! ジーナがいた! 

 娘のために体を張る時が来たぞ! 

 ジーナにお願いしようとしたのだが……寝てる?


「ジーナなら無理です。しばらく意識は戻らないはずですから。心労でだいぶやつれてたので、魔法で強制的に眠らせたんです。サニーが起きた時、少しでも元気でいるべきでしょ?」

「ソ、ソウデスネ……」


 もう逃げ場無いじゃん…… これを俺が口移し…… 

 ふと父さんと母さんの言葉が脳裏を過る。



(人の為に尽くせ。出来る限りでいい)



 いやいや父さん、母さん…… 

 これは出来る限りの範疇を超えているのでは……? 


 くそ、やるしかないか。


 俺は意を決して封魔のポーションを口に含む。


 

 ドロッ ヌルルルルッ


 

 苦み、酸味、若干の甘味。そして腐った匂い…… 

 一瞬にして意識が飛びそうになる。


 両方の意味で不味い!?


 俺の意識が途切れる前にサニーの口にポーションを流し込む。

 彼女の喉が薬液を受け入れるかのようにゴクリと動く。

 成功だ。サニーおめでとう。きっと治るよ。


 じゃあ俺はもう気絶していいよね……



 ドサッ



「あれ? ライトさん?」


 フィオナの声が聞こえたが、意識が遠くなっていく。


 お花畑が見えた。


 父さんと母さんに会う夢を見た。


 早く帰りなさいって言われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る