笑顔

「ん…… ここは……?」


 気が付くと夜になっていた。なぜ俺は床で横になっていたのか?

 そ、そういえば超絶に不味い薬を口に含んで気絶したんだった。

 うぇ、まだ口の中が臭い。

 

 ここはジーナの家だ。

 フィオナは椅子に座って船を漕いでおり、サニーはベッドに横になり寝息を立てている。

 母であるジーナはベッドに突っ伏して寝ているようだ。

 ふふ、良かったね。目が覚めれば喜びの再会が待ってるよ。


 窓から外を見る。

 月明りが眩しい。明るすぎて星が見えない。

 見事な満月だ。


 飲むか……


 何となく祝杯を上げたくなった。

 悪いとは思ったが、台所からワインを拝借することにした。

 勝手に飲んですまん。後で金を払えばいいだろう。



 ゴトッ



 あれ? 戸棚の横にあるのは…… 

 タバコか。ジーナはタバコを吸うのかな?

 パイプが無い。紙巻で吸うのか。

 俺はワインと一緒にタバコを持っていく。


 屋根に上がって一人、月見酒と洒落こむ。

 何に乾杯するかな? やっぱり親子の再会にだろうな。

 ワインをグラスに注ぎ、一息の飲み干す…… 



 ゴクッ



 美味いな。次はタバコだ。

 まだ吸ったことはないのだが、父さんのことを思い出すと吸ってみたくなった。


 タバコの葉を紙に巻いて火をつける。

 深く吸い込むとタバコの先がチリチリと赤く燃えた。

 煙が肺を満たす…… 


 美味い…… 


 美味い? あれ? 初めて吸うのに…… 

 たしか父さんはタバコは慣れが必要で、しばらくはむせかえることになると言っていたのに……


 まぁいいか。タバコを片手にワインを楽しんでいると、後ろから声が聞こえる。


「私も貰ってもいいですか?」

「フィオナ? もちろんだよ。俺の酒じゃないけどね」


 いつの間にかフィオナも起きてきたようだ。

 めでたい席だ。飲むなら連れがいたほうがいい。


「ライトさん…… タバコなんて吸うんですね。吸い過ぎはダメですよ。体力を消耗することになるから」

「そうなのか? 気を付けるよ」


 俺は下からグラスを持ってきて、フィオナに酌をする。


「乾杯は親子の再会でいいかな?」

「それと私達の出会いにを加えましょう」


 無表情でフィオナは言ってくるのだが。

 ははは、そんな照れ臭いことを表情を変えずに言えるなんてな。


「親子の再会に」「私たちの出会いに」


「「乾杯っ」」


 ワインを一息に飲み込む。空を見上げると雲一つない。

 天国の父さん、母さん、今日俺は一組の親子を救うことが出来たよ。

 いつか自慢しに行くから。楽しみに待っててくれ。


 フィオナもグラスのワインを一気の飲み干す。

 そして俺の顔をジッと見つめる。何か言いたげだな。


「無事に帰ってきたから強くは言わないです。でも無茶したんですね。また力が上がってます。何と戦ったんですか?」

「ゴブリンが数体だよ。楽勝だったから、特に報告の必要も無いかと……」


 フィオナには感情が無い。

 怒りの感情も無いのだが、淡々と注意されるのでめんどくさい。

 せっかくの酒の席だし、楽しくいきたいのだ。


「嘘はダメです。オドの増え方から察すると、かなり強い魔物と戦ったんですね。でも怪我一つありませんでした。どうやって勝ったのですか?」

「ばれたか。約束守れなくてすまん。なんて説明すればいいか…… こんなことが出来るようになったんだ」


 ダガーを抜いてオドを練る。

 するとサイクロプスを倒した光り輝く剣が音を立てて現れる。


 フィオナは無表情ながらも、俺の作り出した剣を見つめる。


「これは…… 魔法剣? いや、違いますね。魔法剣は剣自体に属性付与を行い、威力を上げるもの。刃を具現化することは出来ません。

 刃からは…… これはオドではありません。マナを感じます。ライトさん、ダガーを持ったイメージだけで同じことが出来るか試してみてください」


 イメージだけで? そんなこと出来るかな……

 フィオナに促されるままダガーを鞘にしまい、無手のまま目を閉じイメージする。

 右手に持つのは長剣、斬れ味が良い刀身の片手剣。軽く、折れず、曲がらず。

 強い魔物でも一振りで屠ることが出来る大業物。

 こんなところか……



 ズシッ



 右手に重量を感じる。目を開けると…… 

 あれ? これは……

 青く光る両刃の剣が握られていた。


「これは……?」

「私にも分かりません。初めて見る力ですから。イメージしたものを具現化する能力かもしれません。祝福の力…… さしずめマナの剣というところでしょうか。

 でもイメージから実体化まで時間がかかります。この力を過信しては駄目ですよ。突然の戦闘では対応出来ないはず。具現化は練習することで実体化の時間を短縮出来ると思いますが、なるべくダガーを触媒にした方がいいでしょう」


 なるほど、フィオナの言う通りだろう。帰路に就く間に何回かこの力を試した。

 確かにダガーを持つと一瞬で刃を発生させることが出来る。

 フィオナも触媒と言っていたが何か手に持っていたほうがイメージしやすいようだ。

 俺は新しい力を手にしたようだな。だが慢心してはいけない。

 驕りが油断を生み、一瞬で死を招く。


「祝福の力か…… でも今まで通りなるべく慎重に戦うつもりさ。死にたくはないからな。とりあえず今日は飲もうか! 戦いのことは忘れてさ。では力を授けてくださった女神様に乾杯っ!」


 フィオナは無表情で乾杯する。

 グラスに口を付けたところで…… 

 動きが止まった。もう酔ったのかな? 


 あれ? フィオナが笑ってる。 


「んふふ……」


 んふふって…… 不思議な笑い方をするな。

 俺も釣られて笑ってしまう。

 それにしても女の子はやっぱり笑顔だよな。

 フィオナは綺麗な顔してるけど、笑顔だとかわいい感じになる。

 酒が入ると笑えるようになるのか? 

 ならこれからは積極的に酒盛りをしないとな。


 ん? 笑顔? 

 トラベラーって感情が無いはずじゃ……?




◇◆◇



 ライトさんは無事に帰ってきました。袋一杯の封魔草を持って。

 これだけあれば問題無いはずです。

 彼に指示を出し、封魔のポーションを作ってもらうことにしました。


 このポーションは味が悪いことで知られています。

 デバフ系のポーションなので悟られることなく対象に飲ませる必要があるのですが、その強烈な味と匂いで基本ばれてしまいます。

 シロップで割ったり、香りの強い酒に混ぜるなどして使用するのが普通です。

 今は手持ちがないので、原液のまま飲ませることになりました。

 サニーは衰弱しきっているので口移しで飲ませるしかないでしょう。


 私は繊細な魔力操作を行うため、サニーの体に触れ続ける必要があります。

 飲ませるのはライトさんの役目です。

 そんな顔で見ないでください。気持ちは分かります。

 ですが今はそれをやれるのはライトさんしかいないんです。

 がんばってくだ……

 あ、ライトさんは倒れてしまいました。


 しばらくは目覚めないでしょう。

 ライトさんに毛布を掛けて私も休むことにしました。

 数刻の後、私はふと目が覚めます。ライトさんは気絶したままだけどサニーもジーナも眠っていました。

 サニーは一目見ただけで血色が良くなったのが分かります。

 明日には目覚めるでしょう。

 少しでも早く良くなるようにmaltarigeretθ回復速度向上をかけておきます。

 体力は回復しませんが、体を活性化することで栄養を受け入れやすくすることが出来るでしょう。


 私も疲れました…… 集中しすぎましたね。

 再び椅子に座り眠ることにしました……



 再び目が覚めるとライトさんの姿はありませんでした。

 窓から月明りが漏れています。

 屋根から彼の気配がしたので見に行くことにしました。

 彼はワインをグラスに注いでいます。酒盛りですか。

 空に向かって煙が立ち上っています。この香り…… タバコですね。


「私も貰ってもいいですか?」


 私はライトさんに声をかけると笑顔で応じてくれました。

 乾杯の音頭を取り、ワインを飲み干します。


 酒宴の中、封魔草採取の話を聞くことに。

 彼が気絶している時、鑑定させてもらったのです。

 明らかにオドの量が増えていました。強敵と戦ってきたのでしょう。


 相手はサイクロプス…… 

 強敵であるはずなのに、ライトさんは傷一つありません。

 どうやって勝ったのか聞くと、彼は申し訳なさそうにダガーを取りだし、光の刃を作り出しました。


 これは魔法……なのでしょうか? 初めて見るものです。

 マナを使い物体を具現化する能力でしょうか。

 鑑定をしてみると私が持つ僅かな記憶が蘇ります。  

 これは異界の英雄ランスロットが持つ剣、アロンダイトと同じマナです。

 

 つまりは聖剣……


 私はとんでもない人物と契約してしまったようですね。


「祝福の力か…… でも今まで通りなるべく慎重に戦うつもりさ。死にたくはないからな。とりあえず今日は飲もうか! 戦いのことは忘れてさ。では力を授けてくださった女神様に乾杯っ!」


 彼は再びグラスを傾けます。すると……



 ekunokunno ekunokunno omiurexuxuooie



 これは精霊の歌。

 その瞬間天から光が降ってきて…… 私達を包み込みました。


 彼は不思議そうに私を見つめています。

 何が起こっているのか気付いていなのですね。



 ―――パリンッ



 以前女神から祝福を受けた時のように、私の頭にガラスが割れるような音が響く……



 胸が温かい。なんでしょう、初めて味わう感覚です……



 心地いい……



 自然と口角が上がるのを感じます。



 私は笑っているのですか?



「んふふ……」



 声が自然と出てしまいます。一体これは……?



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