嬉しい報せ
王都エスキシュヘル。最初の世界と同じ名前だ。
ここに居を構えて三年が経つが、俺達はここで前回とは少し違う生活をしている。
仕事はいつもの如くギルド職員をしているのだが、副業で薬の販売をしている。
むふふ。こちとら三万回の転生を経験している転生者。
その知識を使い、お小遣い稼ぎをしているのだ。
錬金術の知識を活用し、安い値段でポーションやエーテルを販売している。
王宮には特別価格でエリクサーなんかも卸しているので金に困るということはない。
まぁ、そこまで金持ちになるつもりはないので、自分達が食っていける分と生活が少し豊かになる程度に留めている。
今日は日光日なので仕事は無い。グリフ達が遊びに来ることになっている。
ちなみに家は最初の世界と同じく、商業区の一等地にある家を買った。
以前と同じ生活。だが一つだけ欠けているものがある……
チシャだ。血は繋がっていないが愛しい我が子。恐らく彼女はこの世界にもいないだろう。
だが俺達はもしかしたらチシャ、もしくはそれに準ずる子が岩の国にいる可能性を信じ、探しに行くことを決めたのだ。
ギルド長に無理を言って二ヶ月の休暇を貰い、明日俺達は岩の国バクーに向けて旅立つ。
今日は一時の別れを惜しみ、グリフ達が来ることになったんだよな。
もうすぐグリフ達は来るだろう。俺達は宴会の準備をしている。
ワインに各種料理をテーブルに並べ、アホのグリフが来るのを待つ。
フィオナがワイングラスをテーブルに並べようとして……
ガシャン
「ご、ごめんなさい」
フィオナは申し訳なさそうに割れたグラスを片付け始める。
なんか顔色が悪いな。風邪かな?
フィオナは俺に時空魔法をかけられたことで一時ではあるが人としての時間を取り戻した。
その余波なのか、時々病気にかかるようになったのだ。
病気っていっても風邪ぐらいだけどね。
魔法で治せばいいのに彼女はそれを拒んだ。
だが時空魔法の効果は一時だ。効果が切れればフィオナは再びトラベラーとして生きていくことになる。
彼女が望めば再び時空魔法をかけてあげるつもりだ。
俺が新しいグラスを持ってきた時にノックが聞こえた。
グリフだ。俺が出迎えに行く前にズカズカと中に入ってくる。
「ライト! 待たせたな! さっさと宴会を始めようぜ!」
お土産に持ってきた酒瓶を見せびらかすようにしてから椅子に腰をかけるグリフ。
隣にいるグウィネはちょっとバツが悪そうだ。はは、旦那がこんな感じならしょうがないか。
この世界でも奴らは俺のおかげで結婚することになった。
前回同様、俺の養子となり、一応ではあるがこいつも貴族の一員でもある。このアホ面だが……
ははは、どの世界でもグリフは変わらないな。
俺とフィオナも席について宴会を始めることにした。
グラスを持って乾杯し、酒と料理を楽しむことに。
鶏もものフリットを噛みちぎりながらグリフが質問してきた。
「なぁ、ライト。そういえば何で岩の国に行くんだ?」
本当のことを言っても通じないだろう。適当にはぐらかすか。
「ちょっと温泉を楽しみにね。俺もフィオナも今まで仕事ばかりだったからな。少し骨休めだ」
実はこれは本当のことでもある。
チシャを探すのが一番の目的だが、温泉を楽しむのも目的の一つだ。
グウィネが羨ましそうにフィオナに話しかける。
「フィオナさんはいいわねー、甲斐性のある彼氏を持って。そうだ、二人はまだ結婚しないの?」
「ま、まぁそのうちね……」
フィオナはちょっと困ったように答える。
そうなんだ、俺達はまだ内縁関係のままなのだ。正式には夫婦ではない。
元居た世界では夫婦だったんだけどね。
やはりチシャのことが気になってしまい踏ん切りがつかないのだ。
これは俺とフィオナの双方の意見だ。だが岩の国に行ってチシャが見つからなければ……
一つの区切りとしてこの世界でも夫婦になろうと決めている
この旅はけじめの旅でもあるのだ。
「ふふ、グウィネも今度グリフと行くといいですよ。サヴァントに行ったら忙しくなるんでしょ? 行ける時に行けるといいですね…… う……? ちょっとごめんなさい……」
フィオナが口を押えてテーブルを離れる。どうした?
トイレに駆け込んだフィオナを追う。フィオナは便器に向かって少し戻していた。
フィオナの背を擦る。心配だな。風邪じゃなくて違う病気か?
「大丈夫? いい加減に回復魔法をかけなよ。なんなら俺がかけようか?」
フィオナはちょっと白い顔をしてるが笑顔だ。
「ふふ、心配しないでください…… ちょっとお酒に酔ったみたいです。少し具合が悪かったのもありますけど。今日はお酒は控えますね」
そう言ってテーブルに戻ろうとする。無理させちゃいかんな。
ベッドに行くように伝えるが却下された。
アルコール抜きだが、みんなで楽しみたいんだとさ。
フィオナはワインから果実水に切り替え、軽く料理を摘まみながら宴会を楽しんだ。
◇◆◇
夜になり、宴会はお開きだ。グリフ達はグデングデンになって家に帰っていく。
はは、相変わらずだな。実はグウィネの方が酒癖が悪いんだよな。
私も温泉に連れてって!ってグリフの胸倉を掴んでたし。
さてお片付けでもしますかね……
あれ? フィオナがテーブルに突っ伏している。やっぱり具合が悪いんだ。
フィオナを抱っこしてから……
「ひゃあんっ。ライトさん?」
「いいから。片付けは俺に任せて今日は休みな。具合が悪ければ岩の国に行くのは延期にしてもいいからね。どうせ瞬間移動で一っ飛びなんだから」
「うふふ、そうですね。でも大丈夫です。バクーに行くの楽しみにしてたんです。明日には良くなってますから…… ごめんなさい、片付けは任せてもいいですか?」
「ああ。じゃあこのまま寝てくださいな、お姫様」
「ふふ…… では騎士様に褒美を差し上げます……」
そう言って俺の頬にキスをしてくれた。
ははは、俺はお姫様をベッドに寝かせる。早く寝るんだぞ。
宴会の後片付けを終え、寝る前にバクーに行くための荷を確認する。
まぁ大した荷物はないんだけどね。
いざとなれば瞬間移動で忘れ物を取りに戻ってこれるし。
武器と旅費の確認をして俺も寝ることにした。
翌日、俺達はバクーに旅立つ。
フィオナの顔色は…… うん、昨日よりはいいな。
まずは最初の目的地であるファロの町だ。
そこは獣人の国サヴァントとバクーの国境近くの観光地。
その付近で俺達はチシャに出会った。思い出の地と言ってもいいだろう。
「フィオナ、行くよ」
俺はマナを取り込み瞬間移動を……する前にフィオナが話しかけてきた。
「私にやらせてくれませんか?」
おや? もしかしてもう瞬間移動をマスターしたのか?
たしかに空いてる時間を使ってフィオナに空間魔法を教えていたのだが、収納魔法以外は使うことが出来なかったはずだ。
フィオナは俺の手を掴んでオドを練り始める…… 目を閉じてから一言……
【転移】
―――カッ
うおっ!? 目の前が閃光に包まれる!
目を開けると…… そこはすでに岩の国バクーだった。
俺達の目の前を多くのドワーフ達が通り過ぎる。
フィオナ、いつの間に瞬間移動を……?
「ふふ、すごいでしょ? こっそり練習したんです」
「言葉が無いよ……」
ほんとすごいな。魔法のセンスにおいてはやはり俺以上だ。
この子が本気になれば時空魔法も習得してしまうだろうな。今度教えてあげよう。
「さぁ行きましょ。まずは宿をとらなくちゃ」
ファロの町といったら美人の湯として知られるファルラ亭だな。
バクーで最初に入った温泉だ。
ファルラ亭は前回同様に大通りに面した場所に居を構えていた。
中に入るとヒゲの受付嬢が出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。お泊りですか?」
「あぁ、一番いい部屋を二泊頼むよ」
記憶の通りなら一泊百万オレンとお高いはずだ。
もっと安い部屋を選ぶことも出来たが、ここは思い出に浸りたい。
それに内風呂があるんだよな。そこに泊まらない手は無いって。
俺達は二泊分の二百万オレンを支払い、部屋へと通される。
そこには前回同様、大きな部屋、庭には小さめな露天風呂がある。
うん、記憶の通りだな。
「それではごゆっくり……」
受付嬢は下がっていく。
俺達は荷を降ろし、さっそく温泉を楽しむことにした。
裸になって庭に出る。
しっかり体を洗ってから二人で湯に浸かる……
おぉ…… この感覚…… 数十万年味わっていない快感だ。
実は他の世界にも温泉がある世界はあった。
だが、それを楽しむ気持ちの余裕が無かったのだ。
俺はお湯に浸かりながらフィオナを抱き寄せる。
いつもだったらこのままチュッチュされるのだが、フィオナは何か言いたげだ。
「どうしたの? いつもとちょっと雰囲気が違うみたいだけど」
「はい…… ごめんなさい、聞いてくれますか?」
フィオナは体を預けたままぽつぽつと話し始める。
「あの…… 実はしばらく来てないんです……」
来てない…… 何がだ?
「あ、その顔は分かってませんね。もうライトさんったら、鈍いんだから」
「どういうこと?」
フィオナが顔を赤くしている。一体何を言っているのだろうか?
「もう! 乙女にここまで言わせないでください!」
フィオナは怒りながらも俺に話してくれた。耳元で囁くように……
「生理が来てないんです……」
え? 生理が来てないの? それって……
「もしかして…… 俺の子が……?」
「…………」
フィオナは顔をさらに赤くして頷いた。
は…… ははは…… あはははは!
やった! やったぞ! もう嬉しくて声にならない!
嬉しさを堪え切れずにフィオナに抱きつく!
「フィオナー!」
「ひゃあんっ!? ライトさん落ち着いてください! お腹の赤ちゃんがびっくりしちゃいます!」
そう言いながらもフィオナも嬉しそうだ!
あ、そうだ。ここ最近具合が悪かったのも……
「昨日戻してたのって……」
「はい、つわりです。それと妊婦に回復魔法をかけると、オドが赤ちゃんに影響して良くないって聞いたことがあって……」
なるほど…… フィオナは妊娠の可能性を感じ、回復魔法をかけずにいたんだな。
フィオナは立ち上がり、美しいお腹を俺に向ける。
「ほら、ライトさん。赤ちゃんに何か言ってあげてください」
フィオナをお腹を撫でながら俺に微笑みかける。
中にいるのは多分…… ははは、あの子なんだろうな。
俺はフィオナのお腹に顔を当てて一言。
「彼氏を家に連れて来るときは必ず俺に一言言ってからな……」
それを聞いてフィオナが噴き出した。
「ぷっ! あはははは! ライトさん、何を言ってるんですか!? まだ女の子って決まったわけでもないのに!」
ひとしきり笑った後、俺に抱きついてくる。
「ねぇ、ライトさん…… もしこの子が女の子だったら……」
フィオナは恥ずかしそうにしている。女の子だったらなんだというのだろう?
「この子が女の子だったら私が名前を付けてもいいですか?」
はは、そんなことか。もちろんいいさ。きっとこの子の名前はアレになるんだろうな。
「いいよ。女の子だったら名前は任せるね」
「ありがとうございます……」
そう言って深いキスをしてきた。
俺達は風呂を上がり、母体に無理をさせないようにして……
一度だけ愛を確かめあった。
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