王都へ

 俺達が王都に旅立つ日が来た。

 父さんと母さんが村の外れまで見送りに来てくれる。

 母さんは泣きながら俺達……いや、フィオナに別れの挨拶をしていた。


「うぅ…… フィオナちゃん、元気でね…… いつでも帰ってきていいんだからね……」

「お義母さん……」


 すっかり仲良くなった二人を見ると胸が暖かくなるな。

 今度は父さんが俺に声をかけてきた。


「しっかりやるんだぞ。それにしても王都か…… 仕事は何をするつもりなんだ?」


 因果律の通りだと俺はいつもは冒険者登録をしてからギルド職員になることになっている。

 因果律が崩れた今、それをする必要も無いんだが、あそこの居心地が良くてね。

 今回もその流れに乗ってみようと思う。


「とりあえずは冒険者をやってみようと思うんだ」

「ライトが冒険者か…… お前が強いのは知っているが、危険な仕事みたいだな。気を付けるんだぞ」


「うん、分かってる。それじゃ行くよ。父さんも元気で……」


 両親を抱きしめてから俺達は王都に向かい旅立つ。

 フィオナは父さん達が見えなくなるまで手を振っていた。


「グスン…… お義母さん素敵な人でした…… ライトさん、時々村に帰りましょうね」


 泣いてる。はは、すっかり二人と仲良くなったみたいだな。

 フィオナは涙を拭いて俺の手を握る。


「そうだね…… でも会いたくなったらすぐに会いに行けるさ。瞬間移動を使えばすぐに村に帰れるからね」

「…………」


 フィオナはポカーンとした顔で俺を見てくるのだが…… 

 どうした?


「瞬間移動って何ですか……?」


 しまった。空間魔法を使えることは言ってなかったか。


「ごめん、伝えるのを忘れてたよ。これもイレギュラーな世界で習得してね。この魔法があれば村にすぐに帰ることが出来るよ」

「すごい…… ライトさんってそんなことも出来るようになったんですね。でも……」


 フィオナの表情が優れない。どうしたんだろうか?


「でも、魔法は私の方が得意だったのに…… ふふ。もうライトさんには敵わないですね」


 そう言って俺の腕に抱きついてきた。


「時間が出来たらフィオナにも魔法を教えてあげるから」

「ふふ、昔とは立場が逆になってしまいました」


 そうだな、最初の世界では王都に着く前にフィオナに魔法の先生をしてもらったんだった。

 結局成功しなかったけど。


 昔話も楽しみながら俺達の旅は続く。

 このまま王都に瞬間移動しても良かったのだが、二人で旅を楽しみたい。

 俺達は徒歩で王都を目指すことにしたのだ。


 途中、日が暮れてきたので俺達は野営の準備をする。

 フィオナと野宿するのは久しぶりだな。簡単に食事を取り、焚き火を囲んでまったりとする。

 パチパチと炎の中で薪が爆ぜる音が聞こえる……


 フィオナは俺に寄り添ってくる。俺は彼女の肩を抱いて話をすることにした。


「なぁ、フィオナも色んな世界を転移してきたんだよな。召喚に五重詠唱か…… すごいね、他にはどんな世界を旅してきたんだ?」

「そうですね…… 私にとって有効な魔法、武術なんかはイレギュラーな世界で学ぶことが出来ました。でも一番印象に残った世界はサクラのある世界でした」


 サクラ? 未来から来たって言ったあの子の名前だ。

 思わずその名を言いそうになったがサクラはフィオナには秘密にしておいてって言ってたな。

 ここは知らないふりをして……


「サクラ? 初めて聞くな。何のことなの?」

「サクラっていうのは花の名前なんです。すごく綺麗でした。木に咲く花で、山いっぱいのサクラの花を見てきたんですよ。淡いピンク色のかわいい花…… いつかライトさんにも見てもらいたいです」


 サクラ…… 不思議な名前だったけど、異界の花の名前だったのか。


「その世界ですけど、多分私、前にその世界に行ったことがあるんです。ラーメンとかおにぎりとか、シャワーがある世界だったんですよ。それと、その世界でライトさんと同じ魂を持っている人を見つけたんです」

「ラーメンがある世界!? いいな、フィオナは。そんな世界に転移出来て。それにしても俺と同じ魂を持った人か…… どんなヤツだったんだ?」


「ふふ、顔も性格もライトさんにそっくりでした。でも不思議なんです。その世界から旅立つ時に聞こえたんです。何かが切れる音が……」


 何かが切れる音か。もしかしたら……


「それってどれくらい前の話だ?」

「そうですね…… 多分二千年くらい前だと思います」


 二千年…… サクラと別れた頃か。

 もしかしたら俺はサクラと出会い、フィオナは異界での俺と出会い、それが因果律を崩す一因になったのかもしれない。

 その付近の転生から俺を縛る因果律が少しずつ変わっていったのは事実だ。

 

 今となってはどうでもいい。

 少なくとも俺達は新しい人生を歩める。それだけで充分だ。


 フィオナを抱き寄せる。

 彼女もしっかりと俺を抱きしめ、そしてそっと目を閉じる。


 キスをしてから彼女をテントへと誘った……






 果てを迎え、二人心地よい倦怠感の中で抱き合って眠りに着く……

 その前にフィオナが話しかけてきた。


「ねぇ、ライトさん。王都では何をするつもりなんですか?」

「初めて会った時みたいな生活をしたいんだ…… アーニャが黒い雪を降らせるその時までね……」


 フィオナの顔が少し険しくなる。

 俺が約束の地に行くことは伝えたがどうやってフィオナのもとに帰ってくるかはまだ伝えていない。

 心配してるんだな。


 今の内に言っておくか……


「俺は約束の地に行く。これは絶対だ。だけど必ず帰ってくる。その為の力も手に入れたんだ。少し長くなる。聞いてくれるか?」

「はい…… 話してください……」


「俺は約束の地に行き、管理者、アーニャを殺す。恐らくアーニャを殺した時に俺は管理者になるだろう。約束の地は一方通行。決して帰って来れないところに存在するらしい。

 恐らく瞬間移動を使ってもこの世界に帰ってくることは出来ないだろう」


 フィオナの顔が更に険しくなる…… 

 でも言葉には出さない。俺のことを信じてくれてるんだ。じゃあ次の話だ。


「恐らく帰って来れる唯一の手段は、ワームホールを通って帰ってくることだろうな」

「ワームホールって? 初めて聞く名前ですけど」


「ワームホールってのはね、異界同士を繋ぐ目には見えないほどの小さな通路のことかな?」

「小さいってどれくらいですか?」


「たしか…… 師匠が言うには10^(-33)センチぐらい小さいんだって」

「0が33個も…… それって目に見えないくらい小さいってことですよね? それをどうやって?」


「これを使う」


 俺は極小のエキゾチック物質を創造し、それをフィオナに渡す。

 不思議そうな顔をしてフィオナはエキゾチック物質を掴んでいる。

 そうしないとテントの天井に向かって落っこちてしまうからね。


「それはエキゾチック物質。マイナスの質量を持った物質だ。それをエネルギーに変える」

「変えるってどうやって……?」


「この公式を使う。見てくれ」


 俺は収納魔法を使い、亜空間から紙とペンを取り出す。

 それを見てフィオナがびっくりしていた。

 いかんいかん。この魔法のことも伝えてなかった。

 だがこれは今は重要ではない。後で話そう。


 俺は紙にとある公式を書いてフィオナに渡す。


「これ何ですか? E=MC^2?」

「これはね、エネルギーと質量の関係式なんだって。ワームホールを大きくするにはエキゾチック物質をこの公式通りエネルギーに変える必要がある。それを使ってワームホールを大きくするのさ」


「ライトさん…… 一体どんな世界を旅してきたんですか?」


 フィオナはすごく驚いているみたいだが、イレギュラーな世界に辿り着いたのはたったの四回だぞ? そんなにすごいことではないだろう。

 たまたまその世界が俺の求める能力を持った世界だったってことだ。


「だがまだ不安はある。俺がフィオナのもとに帰ってくるということは世界が管理者を失うということ。なので俺は約束の地に新しい管理者を置いてこようと思うんだ」

「それって、誰かにその役目をしてもらうということですか? でもそんな辛い役を買って出る人なんていないんじゃ……」


 その意見はごもっともだ。

 絶対の孤独の中、延々と糸車を回し続けるなんて到底出来ることではない。

 なので俺のやろうとしていることは……


「ホムンクルスを生み出し、その役をやってもらおうと思うんだ」

「ホ、ホムンクルス!? それって錬金術の最終目的じゃないですか! そんなことも出来るんですか!?」


「ま、まあね。とにかくホムンクルスに管理者の役をやってもらえば世界は安定した今まで通りの世界になると思うんだ」


 フィオナが呆れ顔で俺を見つめるのだが…… 

 まぁ、話せることは話した。後は時が来て今言ったことをするだけだ。


 これが成功すれば、俺はフィオナとの新しい未来を築いていける。


「ねぇ、ライトさん……?」


 フィオナが切なそう顔をして抱きついてきた。どうした?


「王都に着いて、生活が落ち着いたらでいいんです…… 岩の国に行ってみませんか?」


 言いたいことは分かる。チシャのことだな。それは俺も思っていたことだ。

 だがこの世界は最初に俺達がいた世界ではない。

 そっくりだが、少しだけ違う世界だった。

 カイルおじさんが垂れ耳だったんだ。

 他は全く一緒の世界なのだが、その一点のみ違う。


 つまり、人の因果から外れているチシャは…… 

 この世界にはいないだろう。

 だがフィオナにそれを伝えるのは酷だろう。

 俺は何も言わずに首を縦に振った。


 それを見てフィオナは嬉しそうに俺に唇を重ねてくる。

 寝る前に一度だけ愛を確かめ合ってから俺達は眠る……



 その三ヶ月後、俺達は王都に着いた……


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