家族の時間
「ん…… ライトさん…… すー…… すー……」
フィオナが俺の隣で寝ている。
ようやく彼女に出会うことが出来た喜びで俺の胸はいっぱいだ。
ここまでに七十五万年か。永かったな……
でもそれはフィオナも同じこと。
彼女も俺を求めて三千世界を彷徨っていたんだろうな。ごめんな苦労かけて。
スヤスヤと寝ているフィオナに優しくキスをする。
彼女はちょっと目をギュッと瞑ってからゆっくりと目を開ける。
輝く笑顔がそこにあった。
「おはようございます……」
「おはよ」
寝起きの挨拶の後、キスをする。そろそろ起きないとな。
でももう少し話しておきたい。俺が話す前にフィオナが話しかけてきた。
「ねぇライトさん…… さっき使った魔法は時空魔法ですよね? でも私が知ってる時空魔法とは全く違うものでした。それと、魔法を使えるようになったんですね。すごいです……」
「ははは、これだけ長く生きてれば魔法ぐらい使えるようになるさ。フィオナも言ってただろ? 諦めず努力すればきっと魔法が使えるようになるって」
「ふふ…… でも私言いましたよ? 努力しても百年はかかるって」
実際はもっとかかったみたいだけどね。
「そりゃ努力したからさ。それとさっきの魔法だけどね、俺は転生を繰り返す中で何度かイレギュラーな世界に辿り着いたんだ。その中の一つに時空魔法が存在する世界があったんだよ」
「そうだったんですね。すごい、本当に時が止まってます……」
フィオナは窓の外の様子を見て驚いている。
そうだよな、元いた世界の時空魔法は相手の精神に干渉して動きを鈍らせる程度のものしかなかったはずだ。
そうだ、フィオナはどんな魔法を覚えてきたんだろうか?
「フィオナはどんな世界を旅してきたんだ?」
「私もイレギュラーな世界を体験しました。そうですね…… こんな事も出来るようになったんですよ」
フィオナは目を閉じて、詠唱をすること無く魔法を放つ。
放たれた魔法は床板に当たり、魔法陣が現れる。
魔法陣は青白く光り、その中から一匹の大きな獣が現れた。
その獣はどこかで見たことがある。
大きな体、見事な毛並み、そして八本の長い脚……
スレイプニルだ。この魔法は……?
「これって……?」
「んふふ、驚きましたか? 召喚魔術です。魔獣を呼び出して使役することが出来るんですよ」
懐かしいな。俺達はこの馬が引く馬車に乗って旅をしたんだっけ。
俺はベッドに横になったままスレイプニルを呼び寄せる。
俺の声に反応したのかスレイプニルは俺をもとにやってきた。
ごつい顔を撫でるとスレイプニルは嬉しそうに嘶く。
「はは、相変わらず可愛い魔獣だな」
「あれ? おかしいですね。召喚獣は主の私にしか懐かないのに。そうか。この子達も分かるんですね……」
「分かるって何が?」
「私がライトさんを愛してるということをです。召喚獣は召喚者の想いをある程度受け継ぐんです。だからこの子もライトさんのことが大好きなんですね」
フィオナもスレイプニルの顔を撫でる。
スレイプニルは再び嬉しそうに嘶いてから、魔法陣へと戻りその姿を消した。
「すごいな。こんなことも出来るようになったんだね」
「はい! 他にも色々出来ることが増えました!」
ちょっと得意げになっている。
言いたいんだろうな。聞いてみよう
「他にはってどんな?」
「そうですね、例えば五重詠唱とか…… 以前は一度に一回しか魔法を発動出来ませんでした。今は五つ同時に魔法を放てます」
そう言ってフィオナは胸を張る。
形のいい胸がぷるんと揺れる。美味しそうだ。
いやいや、そこではない。フィオナの魔法の威力は異常だ。それが絶え間なく放たれるわけか。
はは…… 想像するだけでも寒気がするな……
「でも、力を手に入れたのは自分のためではありません。ライトさんを守るために強くなろうって決めたんです……」
かわいいこと言ってくれちゃって……
他にも色んな力を手に入れたんだろうな。それは追って話を聞くとするか。
俺はフィオナの手を取って話し始める。
「よかったら俺と王都に行かないか?」
「ライトさんの行くところならどこでも一緒に行きます…… でも王都で何をするんですか?」
それを言う前に、伝えなくてはいけないことがある。
フィオナにも。俺の両親にもだ。
「フィオナ、服を着てくれる?」
「え? は、はい……」
突然の俺の問いかけに戸惑うフィオナ。
彼女を時が止まっている母さんの前に連れていく。
母さんの前に立ち時空魔法を解除する。
【時は動き出す】
俺がそう一言発すると止まっていた時間が動き出す。
鳥は空を羽ばたき、木々が風にそよぐ。
母さんが嬉しそうな声で、はしゃぎ始める。
「キャー! どうしましょー!? ライトに恋人が!」
その恋人と俺は母さんの目の前にいる。
母さんは突然俺達が目の前に並んでいるのを見て驚いている。
「あ、あら? いつの間に…… 今までずっとその子をキスしてたじゃない?」
さぁ母さんに紹介しなくちゃ。今までの人生の中で出来なかったことの一つだ。
「母さん…… 紹介していいかな? フィオナ…… 俺の恋人だ。この子と二人で王都に行こうと思うんだ」
「ふ、二人で? それって同棲ってこと?」
同棲か…… 初めの世界では夫婦だったんだけどな。
今は話しても理解してもらえないだろう。
「ま、まぁそんなとこ」
「同棲…… うーん、ライトに恋人が出来たのは嬉しいけど…… まぁ、今は家に入りなさいな。まずは話を聞いてからね」
そうだな。俺もいきなり過ぎた。順を追って話さないと。
フィオナを連れて家に入ろうとすると、俺の手を握ってきた。
ちょっと震えてる…… 大丈夫だよ。ちゃんと母さんに話はするから。
「俺達も家に行こ」
「はい……」
自信無さげなフィオナを連れて俺は家に戻っていった。
◇◆◇
父さんが帰ってきて俺達は四人で夕食を囲むことになった。
誰がしゃべるわけでもなく食事が進む……
失敗したな。フィオナのことは恋人としてだけ紹介しておけばよかった。
親の気持ちとしてはいきなり同棲するって言われても困るよな。
フィオナは居心地が悪そうに母さんが出してくれたミネストローネを口に運ぶ。
だが彼女が言った一言が事態を一変させた。
「美味しい…… すごく優しい味。ライトさんも料理は上手でしたが、これはそれ以上です」
フィオナは真剣にスープを味わっている。
ふふ、母さんの料理を褒めてもらうのは息子としても嬉しいもんだ。
その言葉を聞いた母さんから笑顔がこぼれる。
「ふふ、喜んでもらえて嬉しいわ。フィオナさんもライトの料理を食べたこともあるのね?」
「はい、ライトさんは何でもすごく上手に作ってくれるんですよ。この間作ってくれたポテトのタルトは絶品でした。たしか…… お母様のお誕生日に作ってあげたんですよね?」
「あなた、あれも食べたこともあるのね? 私もあれが大好きなの! そうだライト! 久しぶりにポテトのタルトを作りなさい!」
「え? 今から?」
「ふふ、いいじゃないの。母親とかわいい恋人に孝行しなさいな」
ははは、まさかの展開になったな。フィオナも期待の眼差しで俺を見ている。
しょうがない、久しぶりに腕を振るうとするか。
俺はポテトのタルトを作るため台所に移動する。
甘イモをふかしている間、母さんとフィオナが談笑しているのが聞こえてきた。
よかった。二人は打ち解けたみたいだな。
安心しながら甘イモを丁寧に裏ごししているところで父さんが話しかけてきた。
「手伝おうか?」
「父さん? ははは、リビングが居辛いんでしょ?」
「ああ、女二人でも姦しいな」
父さんは俺の横でふかし上がった甘イモを潰し始める。
少し難しい顔をして話しかけてきた。
「それにしてもフィオナさんとはどこで知り合ったんだ? それにあの子…… トラベラーだろ?」
ばれてたか。さすがは父さん。人を見る目があるなぁ。
母さんはフィオナのことを普通の女の子として認識しているのだろうが、父さんの目は誤魔化せなかったか。
そういえば父さんは子供の頃にトラベラーに会っていたんだっけ。
「知ってたんだね…… そうだよ、フィオナはトラベラーだ。でも俺の大切な人だよ」
そう言いながら俺はイモを潰し続ける。
父さんは手を止めることなく俺に言葉をかける。
「そうか…… ライトがそう思うなら俺は何も言わない。お前達を祝福するよ。そういえば母さんから聞いたんだが、お前は家を出て王都に行くんだって? 何しに行くんだ?」
これは言っても伝わらないだろう。でも俺が言えることはただ一つ……
「失ったものを取り戻すのさ」
ちょっとかっこよく言ったつもりだが父さんはきょとんとした表情を浮かべる。
「何だかよく分からんがライトが幸せになるならそれでいいさ。でもたまには村に帰ってこいよ」
父さんは潰した甘芋の形を整えてそれをオーブンに入れる。
甘く香ばしい香りが台所に漂う。居間から声が聞こえてきた。
『ライトー、まだ出来ないのー』
『ライトさん、紅茶も淹れてくださいね』
はいはい、今持ってくよ。
俺と父さんはタルトと紅茶を持って居間に向かうが…… その前に。
「父さん、フィオナのことなんだけど…… 母さんにはしばらく黙っておいてくれないか?」
「あぁ。これは異種間結婚とも違う。恐らく二人の道行には色々と辛いこともあるだろう。
だがな…… どんな種族でも関係無い。男が一度惚れた相手なら必ず幸せにするんだぞ」
その通りだね。俺はフィオナを幸せにするために数えきれない年月をかけて再び出会うことができたんだから……
ポテトのタルトを居間に持っていくと、甘い宴が始まった。
その頃には全員が打ち解け、父さん母さんはフィオナを家族として受け入れてくれた。
俺達は王都に行くのを少し延期し、家族の時間を味わった。
その一週間後……
フィオナは俺の隣で寝ている。彼女と再び出会ってから一週間か。
本当は二人の時間を楽しむため、夜になると時空魔法を発動し時を止めている。
実際の時間に換算すると一月くらいは経っているのだろう。
それにしても両親がフィオナを受け入れてくれて良かった。
フィオナも二人を自分の親のように慕ってくれる。
でもそろそろ王都にいかないとな。
その話を母さんにすると、ここに住みなさいってうるさいんだ。
どうやらフィオナのことを相当気に入ったらしい。
取り合えず起きないとな。フィオナのおでこにキスをする。
「ん…… んふふ。おはよライトさん。ん? あれ……? きゃあー!?」
フィオナは目を覚ますと不思議そうな顔をしてから驚きの声をあげる!
どうした!?
「き、来ちゃいました!?」
「どうした、大声出して? 来ちゃったって何が?」
フィオナは毛布を抱えて少し恥ずかしそうにしている。
そして驚きの言葉を発する。
「生理が…… 来たんです……」
「え……? それってつまり……」
フィオナが抱えている毛布をどかすと、シーツには赤い染みが……
やった…… 成功だ…… 成功した!
俺がかけた時空魔法は完全に機能しているようだ。
フィオナに生理がきたということ……
それは彼女が一時ではあるが、人として生きるということを意味している。
俺は喜んだが、フィオナはずっと恥ずかしそうにしていた。
あの時はびっくりしたんですよ
俺は嬉しかったけどね
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