代償 其の三

「燕は死んだのよ……」


 リリの夢見術の結果だ。絶対に当たる未来視。その中で燕は…… 俺のことを指してるんだろうな。

 エリナは大きな声を出して再び泣き出した。


「ライト! ダメよ! 死ぬことが分かってるのに、このままになんて出来ない! 逃げなさい!」


 エリナは俺が死ぬ覚悟をしてるって思ってるんだろうな。

 でもちょっと違う。俺が思ってること、俺の覚悟。それは…… 

 エリナをぎゅっと抱きしめる。


「ライト……?」

「聞いて。俺は死ぬ気はないよ。リリ様の予知夢って絶対当たるって言ってたよね。でもさ、こんなことも言ってたんだよ。これから起こる先に新しい要素が加われば未来が変わることもあるって」


 その新しい要素がなんなのかは知らんけどね。でもそんな運命に従ってむざむざ死ぬ気はないってことさ。


「だから俺は大丈夫。教えてくれてありがと」

「ライト…… ふふ。あなた強くなったわね…… 変わったわ。男らしくなった。ほんと、惚れちゃいそうよ……」


「はは、俺が年上趣味じゃないって知ってるだろ?」

「もう! またおばさん扱いして!」


 ばしっと俺の頭を叩く。はは、変わってないみたいだね。



 ―――コンコン



 ドアをノックする音だ。ドアを開けると……


「パパー、エリナおばさん。お茶持ってきたよー」


 おう…… このタイミングでおばさんって言っちゃ駄目だよ。

 エリナは頬をひくひくさせている。エルフの百二十歳って人間でいうところの何歳なんだろうな。よく分からん。


「そ、そういえば、この子ってライトの娘さんなの?」


 それも説明するか。あ、そうだ。チシャもいることだし、二人に聞いてもらうか。二人をベッドに座らせ、俺は椅子を持ってきて対面に座る。


「パパ……?」

「そのまま聞いてくれ。エリナさん、この子は養子だ。でも俺の大事な娘だよ。分かってるかもだけど、嫁さんは……」


「フィオナね…… そういえば、彼女いないみたいだけど……」


 チシャの表情が曇る。強いな、この子は。

 フィオナがどうなったのかは俺の様子で悟ってるはずなのに、涙を見せずに耐えているんだ。


 だが真実を話さないといけない。この子には知る権利があるし、それに俺の決意も知ってもらいたい。


「フィオナは…… 異界に旅立ってしまった。俺達の知らない三千世界のいずれかに転移したはずなんだ」

「えっ!? でもフィオナってたしか、あなたと魂の契約をしてたはずじゃ……? あれってあなたを介してフィオナをこの世界に結びつける契約のはずでしょ!? それがどうして!?」


 理由は分からないが、何となく想像はつく。人の理から外れるほどの威力を持つ神級魔法、黒洞に飲まれたんだ。契約が消し飛んでも不思議じゃない。


「これは推測だから、ここで言っても意味はない。一つ確かなのは…… フィオナは帰ってこない……」

「…………」


 チシャは俺の言葉を聞いた途端、口をへの字に曲げて涙をポロポロこぼし始めた。

 本当に強い子だ。泣き声を出さずに俺の言葉に耳を傾けている。

 でもね…… 子供に我慢させるのは酷だ。


「おいで」


 両手を広げてチシャを迎え入れる。すると、チシャは俺の胸に飛び込んで…… 堰を切ったように大声で泣き始めた。


「ママー! 会いたいよー!」


 チシャを抱きしめる。ごめんな。ママを守れなくて。でもな……


「チシャ、泣きながらでいい。聞いてくれ」

「…………?」


 俺の冷静な声に、きょとんとした表情で応える。はは、もう泣き止んじゃったよ。

 俺はハンカチを取り出してチシャの鼻を拭いてあげる。


「フィオナはもう帰ってこない。だが俺は諦めない。絶対にフィオナを見つける方法はあるはずだ。約束する。ママをチシャの前に連れて帰ってくる。約束だ」


 チシャは目を真っ赤にしながら俺を見つめる。鼻を啜りながら問いかけてくる。


「本当……? 約束してくれる……?」

「はは、パパがチシャとの約束を破ったことないだろ?」


「でも……」


 でも、なんだろうか? 

 ふふ、娘よ。パパを信じなさい。


「でも…… パパってよく私との約束は忘れるじゃん……」

「…………」


 おおぅ…… いやたしかに遊びに連れていく約束とかは忘れることはあるけどさ…… 

 でもこういう大事な約束は破ったこと無くない!? 姉さんが堪らず噴き出した。


「ぷっ! あはははは! ライトったら、悪いパパみたいね! ねぇ、チシャ。ライトはうっかりしてるとこあるけど、約束は守る男よ。大丈夫。きっとフィオナは戻ってくる。だから……安心してね」


 エリナはチシャの目を見て頭を撫でる。姪と叔母の美しいコミュニケーションだな。

 あ、エリナが怖い目でこっち見た。


「ライト…… あんた今、すごい失礼なこと考えてたでしょ?」

「ナ、ナンノコトカナー」


「なんで片言なのよ…… まぁいいわ。ライト、もう一度聞くわね。あんた死ぬ気はないのよね……?」

「一切無い! ここにフィオナを連れて帰ってくる気しかない!」


「ふふ。なら何も言わない。あんたはきっと帰ってくるわ。でもね…… 気を付けるのよ……」


 エリナは俺に抱きついてきた。子供の時に嗅いだことのある優しい匂いがした。大丈夫。絶対に帰ってくるから。



◇◆◇



「じゃあね、ライト、チシャ!」

『キュアアっ!』


 エリナ達はグリフィンに乗って森の王国アヴァリへと帰っていった。

 アヴァリか…… いい国だったな。フィオナが帰ってきたら三人で旅行にでも行くか。リリ様にも会いたいしな。


「おっきな鳥だったねー! すごく可愛かった! 今度乗せてくれるかな!?」

「あぁ、もちろんだよ。ふふ。パパとママは昔、グリフィンに乗って旅をしたこともあるんだよ」


「え? 乗ったことあるの!? ずるい! 私も乗りたい!」


 はは、また今度ね。さぁ帰るか。俺はチシャの肩に手をかける。


「ほら、宿に戻ろ。雪で汚れちゃったよ」

「うん」


 名残惜しそうに空を眺めるチシャを連れて銀の乙女亭に帰る。

 家ではなく、銀の乙女亭だ。俺の家には帰りたくないんだ。


 あそこは親子三人の楽しい思い出が詰まっている。

 いくらフィオナを救い出す決心をしたとはいえ、あそこにいたら俺は泣いてしまうだろうから……


 宿で簡単な夕食を摂った後、部屋に戻る。今日はチシャと二人で寝ることにした。

 ベッドに入るとチシャが抱きついてくる。ごめんな。ママが恋しいよな。


「パパ…… ママは一人で寂しがってないかな……?」

「そうだね。泣いてるかもしれない。でも、きっとママは俺が助けにくるのを待ってるはずだよ。約束したろ? 絶対にママを連れて帰ってくるって」


「うん…… 早くママを助けてあげてね……」

「ほら、もう寝なさい。目を閉じて……」


 軽く抱きしめてから頭を撫でる。するとかわいい寝息が聞こえてきた。お休み、チシャ。


 俺は一人、ベッドから抜け出す。

 隣の空き部屋に行ってドアを閉める。そして……


「う…… ぐす……」


 嗚咽が漏れないように口を押える。でも涙が流れるのは抑えられない。

 不安な未来が頭をよぎる。


 フィオナを救う? 


 どうやって?


 異界に渡る方法なんてあるのだろうか? 


 そしてトラベラーは異界に渡ったら記憶を失うはずだ。


 もし俺のことを忘れてたら?


 仮に俺が異界に渡れたとする。


 帰ってくることが出来なかったら?


 チシャが一人ぼっちになってしまう。


 そしてリリが見た夢の通り、未来を変えることが出来ず、ただ俺が死ぬことになったら……


「怖いよ……」


 チシャを不安にさせないために虚勢を張っていたのだが、俺の心は不安に支配されている。

 でも子供の前でもう泣くことは出来ない。チシャを不安にさせてはいけない。


 泣けるだけ泣いた後、部屋に戻る。

 ごめんな。俺はもう大丈夫だよ。背を向けて寝るチシャを抱きしめる。

 すると声が聞こえてきた。起きてたのか?


「パパ…… 泣いていいんだよ…… 寂しいのは私も一緒だもん……」


 こちらを振り向いて俺を抱きしめてくれた。


 あれ? 


 これ以上泣かないって決めたのに。


 また涙が溢れてきた。


「パパ……」

「チシャ……」


 俺達は声を出して泣いた。泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまった。


 夢を見た……


 フィオナだ…… 


 暗闇の中、一人彷徨っている……


 大丈夫。すぐ迎えに行くからな……


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