代償 其の二

 俺達は王宮への道を進む。事態の報告と、今後についての相談をしに。

 未だに黒い雪は降り続いている。いや、むしろ酷くなっているみたいだ。

 昨日に比べ雪の粒が大きい。路肩には膝上ぐらいまでの雪が積もっている。


「これは不味いですな」

「雪が止まないことだよな? もし雪がこのまま降り続いたらどうなる?」


「…………」


 シグは答えない。何となく予想が付いた。俺達は言葉も交わすことなく王宮へと辿り着く。


「閣下がお待ちです。どうぞ中へ」


 衛兵とはもう顔なじみだ。顔パスで城内に通される。城の中は静まりかえっている。生き物が一切いないような静けさだ。

 多分雪のせいもあるんだろうな。雪ってのは音を吸収する効果もあるっていうぐらいだし。


 ナイオネル閣下の私室に入る。そこには……


「ライトっ! 待ってたわよ!」

「え? エリナさん、なんでここに?」


 エリナがいた。他にはクロイツ将軍、ナイオネル閣下、ギルド長がいる。部屋の隅には彫像のようにたたずむサヴァントのゴーレムが一体いるのだが…… 

 なんでコイツがここにいるんだ? 


「閣下…… あのゴーレムは?」

「いや、私もよく分からんのだ。王宮に強引に押しかけてきてな。恐らくはカイル殿から何らかの指示を受けているのだろう」


 ゴーレムは俺が部屋に入ってきたのに気付いたのか、俺に近寄ってくる。

 腹部にある収納部をあけて水晶玉を取り出して俺に渡した。これは何だろうか?


 訝しげに水晶を見つめると…… ボウっという音を発して水晶玉が光り出した!? 

 そして……


『あー、テステス。聞こえるかー?』


 水晶玉がしゃべりだした! この声は……


「カイルおじさんか!?」

『その声はライトだな。そうか、無事だったんだな。ほんと良かったよ。まぁ、お前が魔物に遅れを取るとは思ってなかったけどな!』


 部屋にいるみんなが不思議そうな顔をして水晶を見つめている。ナイオネル閣下が恐る恐る水晶に向かって話し始めた。


「カ、カイル宰相閣下ですかな? ご無沙汰しております。アルメリア王国、宰相を務めるナイオネルです」

『おぉ! ナイオネル殿か!? 貴殿も無事で何よりだ!』


「し、して、この水晶はいったい?」

『深くは言えんが、新しい魔道具だと思ってくれ。お互い遠くにいながら意思疎通を図るための道具だ。まだ試験段階だがな』


 さすがはサヴァントだ。魔道具の製造に関しては大陸一だもんな。それはさておき……


「おじさん。こうして魔道具を通してでも出張ってきたんだ。何か言いたいことがあるんだろ?」

『がはは。ご名答だ。実はな。サヴァントでも黒い雪が降り始めている。この正体を知りたい。それと今のアルメリアの状況もな』


 黒い雪…… くそ、サヴァントでも降ってんのかよ。そういえばアヴァリはどうなってるんだろうか?


「エリナさん、ここに来る前に雪は降ってた?」


 エリナは首を横に振る。よかった。エルフの国は大丈夫みたいだな。

 だがエリナの表情は暗い。重々しく口を開くと……


「お告げがあったの。リリ様の夢見術よ。覚えてるでしょ?」


 夢見術…… 絶対当たる未来視だったよな。リリは曖昧な未来視って言ってたが……


「どんな事を言ってたの?」

「たしか、蟻が死ぬ夢だったって。冬越しが出来なくなった蟻が少なくなった食べ物を奪い合って、お互いを殺し始めるの。でもとうとう最後の食べ物も無くなって…… 

 蟻は仲間の死体を食らい、それが無くなったら、親は子を食らった。それが最後の一匹になるまで続く……」


 これは考えなくても分かる。これから起こる未曾有の被害、惨劇が……


 ギルド長が口を開く。


「閣下? 現在この国における食料の備蓄はどうなっていますか?」

「備蓄? しばし待たれよ……」


 閣下は机から書類を取り出し、読み上げる。


「戦争は終わった。軍に回す兵糧を半分に抑えることは出来る。それを国民に分配するとしても……」


 閣下の顔が青くなる。次に発する言葉は容易に予想出来た。多分最悪の結果を言うんだろうな……


「配給を生命維持の最低限に抑えたとして一か月……」


 一か月。それまでにこの雪を止めないとリリが見た夢のような惨劇が起きる。

 人々が食料の奪い合いを始め、親が子を食らい、最後の一人になるまでそれが続く……


 ここにいる全員の表情が絶望に歪む。いや、エリナは何か言いたげに俺を見ている。

 きっとここでは言えないことなんだろうな。後で聞くとしよう。


『ある程度ではあるが、サヴァントから食料の供給は出来る。なんたってこの大陸一の穀物の産地だからな。不測の事態に備え、一年は食い繋げる程度の備蓄はあるぞ』

「カイル殿!? それは本当か!?」


『あぁ。これはアルメリアだけの危機ではないからな。だが当面の食料の心配は無くなっただけで根本の解決にはならん。この大陸に生きる者としてこの事態に対処しないとな。ここで国の面子に拘って対処が遅れたら、俺達は全員死ぬだけだ』


 やおら、ギルド長が立ち上る。


「閣下。私は冒険者を使い何か手掛かりがないか、捜索してきます。恐らくこの雪は敵…… ライトが言う所のアモンの仕業でしょう。魔法であるのなら、それを降らせて続けている魔法陣があるかもしれません」


 なるほど…… たしかにその可能性もあるな。例えばその魔法陣を破壊すれば雪が止むとか? 

 何にしても今は情報が必要だ。ギルド長は言い終わるや否や、部屋を出ていった。


「ラトイ殿。私達トラベラーも何か手掛かりがないか探って来ましょう。中には精霊の声を聞ける者もいます。探索の助けとなるでしょう」

「頼めるか?」


 シグは黙って頷く。そしてギルド長を追っていった。


『では今度は政治の話だな。食料の支援を行いたい。早急にアルメリアに食料を送りたいのだが……』


 ありがと、おじさん。これで当面は食い繋ぐことが出来そうだな。

 さて、俺は何が出来るだろうか。シグ、ギルド長に同行して何か手掛かりを探すとするか。


「…………」


 ん? エリナが俺に部屋を出るように視線を送る。出る前にみんなに挨拶だけしておくか。


「閣下。俺も行きます。ここで俺が出来ることはなさそうだし。自分に出来ることをしてきます」

「あぁ…… そうだな。ライト殿。我が国の危機を救ってくれてありがとう……」


 まだ危機の真っただ中なんだけどな。そんなこと言っても仕方ないか。

 エリナを連れて部屋を出る。さて聞かないとな。


「なんか言いたそうだったけど?」

「うん…… でもここじゃちょっとね…… どこか落ち着けるところに行かない?」


 落ち着くところか。とりあえず銀の乙女亭に帰るかな。

 前にエリナも泊ったことがあるし。あそこならいいだろ。俺達は王宮を後にした。



◇◆◇



 銀の乙女亭に着くとタオルを持ってチシャが出迎えてくれる。


「パパ! お帰りなさい!」

「パパ!? ライト、あんたいつの間にこんな子供を!?」


 うーむ。説明する必要がありそうだが、今はエリナの話を聞きたい。

 タオルを受け取り雪で汚れた体を拭く。


「チシャ。こっちはエリナさん。俺の……姉さんみたいなもんだな」

「お姉さん? じゃあ、エリナさんは私のおばさんだね! こんにちは、エリナおばさん!」


 あ、エリナの頬がひくひくしてる。まぁ、いいじゃないの。子供の言うことだし。

 カイルおじさんなんて既におじいちゃん扱いだぞ。


「チシャ。俺は今からエリナさんと話がある。後で部屋に紅茶を運んでくれるかな?」

「うん! 分かった!」


 チシャは厨房に駆けていった。エリナ、そんな顔で俺を見るなよ…… 後で説明するからさ。


 二階にある俺の……いや、元俺の部屋に入る。エリナはどかっとベッドに腰を下ろす。

 表情が真剣なものに変わった。


「時間があまり無いの。私はリリ様に報告しに帰らなくちゃいけない。だから伝えるわ。ライト、よく聞くのよ」


 表情から察するに良くないことを言うんだろうな。今の状況は最悪と言っても過言ではない。これ以上事態が悪くなろうが、今なら受け入れられる。

 人間、窮地に立たされれば、覚悟の幅が広くなるもんだな。


「リリ様の夢見のことでね…… ライト、落ち着いて聞いてね。リリ様が言ったことをそのまま話すから……」


 エリナの目から涙が溢れた。リリはどんな夢を見たんだろうか?

 エリナは語り始める。


「雪が降りしきる中、番の燕が鷹と戦っている。鷹が燕を食い殺そうと襲い掛かる。雌の燕は雄を逃がし、鷹と刺し違える。つがいを失った燕は悲しそうに空を飛ぶ…… 

 番を求めて、どこまでも、どこまでも遠くに飛んでいく。そして燕は見つけたの。光を。光に向かって飛んでいく。燕が光に入った時、空は晴れ渡り、世界は陽光に包まれる。春の訪れ……」


 エリナの涙は止まらない。嗚咽も混じり始める。

 はは、ここまで聞いたら次に何言うか分かっちゃうよ。

 ま、その覚悟もあるさ。さぁ、来い! 俺はエリナを抱きしめる。


「大丈夫だよ。続きを言って」

「うぅっ! いや! ライト、このまま逃げなさい! ここは私が何とかするから!」


 そんなに泣かないでくれ。抱きしめたまま、背中を擦る。少しは落ち着いたかな? 


「姉ちゃん…… 言って……」


 昔言っていたようにエリナに話しかけると…… 

 黙って頷く。鼻を啜ってから口を開く。


「燕は帰って来なかった…… 蝶も蟻も、獣も燕を探したの…… でも見つからなかった…… 燕は死んだのよ……」



 なるほどね。



 それが俺の運命か。

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