燕は光に向けて旅立つ 其の一

「何も見えん……」

「そうですか。では次の魔眼の魔法陣を試してみましょう」


 そう言ってシグは俺の目に魔法陣を書き始める。段々シグの顔が近付いてくる……


「お前、俺と魂の契約を狙ってないか?」

「何のことでしょう? しかしライト殿がそれを望むのであれば、私はいつでも歓迎ですぞ」


 いえ、結構です…… 

 俺達は今、王都近郊を捜索している。このアルメリアの大地を埋め尽くすように降り続いている黒い雪の原因を探るためだ。


 皆の意見では、この手の魔法を継続して使うには一個人のオドだけでは足りず、何かしらの魔法陣のような触媒が必要になるのだそうだ。


 捜索を開始してからもう一週間になるか…… 

 今までに色んな魔眼の魔法陣を試したのだが、何も発見出来ずにいる。


「今日は切り上げるか……」

「そうですな」


 体感としては午後三時ぐらいだろうか。だが辺りはすっかり闇に包まれている。夜になると完全に漆黒の世界になる。

 ここが王都近郊だとしても遭難の危険がある。早々に戻るべきだ。


「シグ、撤収するぞ。トラベラー達に指示を出しておいてくれ。俺は先に戻る」

「仰せのままに。では明日もご自宅に向かえに行きます故……」


 俺は黒い雪を憎々し気に踏みしめて家路についた。



◇◆◇



 王都に戻るが帰るのは自宅ではない。銀の乙女亭だ。

 チシャの面倒を見てもらっている。今は一人にさせられないからな。


「パパー! お帰りなさい!」


 チシャが笑顔でタオルを渡してくれた。


「ありがとね。それと、ただいま」

「今日は何をしてたの?」


「ちょっと探し物をね……」

「見つかったの?」


「ううん。今日は見つからなかったよ。でもきっと見つけてみせる……」


 そうだ、この雪を止める根本を見つけないと。サヴァントからある程度の食料支援は貰っているようだが、もって数か月。


 このまま雪が降り続けば、作物は芽吹くことなく食料不足になる。支援は打ち切られ、残り少ない食料をめぐりお互いを殺し合うことになる。

 親が子を食らう時代…… それは絶対に避けなければ。チシャの未来の為にもな。


 チシャを連れて食堂に向かう。いつもだったら多くの客で賑わっているのだが客は一人もおらず、オリヴィアがつまらなそうにテーブルに座っていた。


「お帰り。すっかり閑古鳥が鳴いちまってるよ。暇なもんさ。提供出来る材料が尽きちまってね。どうだい? 乾燥野菜のスープとパンしか出せないけど、食ってくかい?」


 雪の影響は庶民の生活にも出始めたか……   

 オリヴィアは申し訳程度にしか野菜が入っていないスープと固焼きのパンを持ってきてくれる。保存用の固パンだな。カチカチだ…… 


 チシャが、これはどうやって食べるのだろうみたいな顔をしている。


「パンをスープに浸してごらん。パンが柔らかくなって美味しく食べられるよ」

「へぇー、こんな食べ方もあるんだね。パパって物知りだねー」


 フィオナに教えてもらったんだけどね。ふと彼女のことを思い出し、涙が溢れ出しそうになった……


 いかんな、この子の前では泣いてはいけない。とはいっても前回は二人で大泣きしたんだけどな。


 簡単に食事を済ませ、二階の俺の部屋に戻る。雪のせいでやることがない。

 出来るのは明日に備え、ゆっくりと休むことだけだ。湯を用意してくれたので体を拭く。すると……


「パパ、背中拭いてあげるね」


 チシャが優しく俺の背を拭いてくれる。ありがと。チシャは優しくて強い子だね。

 一通り俺の背を拭き終えると、チシャが俺の背を抱きしめる。


「パパの背中は大きいね。ママも言ってたよ。パパの背中が大好きだって。守られてる気がするって言ってたんだよ」


 フィオナ…… 何言ってんだよ。俺のことを守ってくれてたのは君じゃないか。駄目だ、溢れる涙を抑えることが出来ない……


 俺が泣き出したのに気づいたチシャは俺の頭を抱きしめる。


「ふふ。パパは泣き虫だね。よしよし、いい子だね。泣かないで」


 嗚咽を漏らしながら、チシャを抱き返す。


「フィオナ…… 会いたいよ……」

「私も会いたい…… でも、パパは言ったでしょ。絶対ママのこと助けるって。私、信じてるよ。だからね私、泣かないって決めたの。パパ、がんばってね……」


 チシャの顔を見ると…… はは、泣かないって言ってたのに目からは涙がこぼれてるじゃん。でも精一杯の笑顔だ。


「ありがとね。少し元気が出たよ。じゃあ、今日はやることも無いし、もう寝ようか」

「うん!」


 二人でベッドに入る。かつてフィオナにしたように、チシャの背を抱いて眠る。

 チシャの優しい体温が心地よく、すぐに眠りに着くことが出来た。






















『来て』



 声がする。どこからだろうか。いや、俺は今眠っているはずだ。

 夢の中にいるのだろうか。



『来て』



 来てってどこにだよ。ってゆうか、お前は誰なんだ…… 

 いや、この声は知っている。かつて聞いたことがある涼やかな声色。  

 だが世界で一番憎い声でもある。



 アモンだ。



 いいぞ、俺はどこに行けばいい? お前を殺したいんだ。



『貴方の家』



 家? お前、まさか俺の家にいるのか? 怒りが胸から溢れ出す。

 あそこは俺とフィオナの聖域だ。お前がいていい場所じゃない。出ていけ。



『来て。待ってるから』



 いいだろう。行ってやるよ。そして…… 俺が思いつく最も残酷な方法で殺してやる。

 出ていけなんて言っちまったけど、やっぱりそこで待ってろ。


 今からお前を殺しに行くからな……






















 目が覚めた。頭はすっきりしている。あれは夢だったのか? 

 夢にしては随分と鮮明に内容を覚えている。恐らく……


 俺はベッドから抜け出し装備を整える。

 真新しい下着に着替え、ヒヒイロカネのシャツと鎧を着こむ。腰には二本のダガーを差して…… 

 いつもの俺のスタイルだ。最後に机に向かい、書置きをしておく。



(ちょっとだけお出かけしてくるね。何か困ったことがあったらオリヴィアおばさんにお願いするんだよ。すぐに帰ってくるからね)



 俺はこの書置き通り、すぐに帰ってくることが出来るだろうか? 護衛でもつけるべきか? 

 いや、ここで時間を食っていたらアモンが逃げ出してしまうかもしれない。急ぐべきだ。

 幸いここから俺の家までは近い。歩いても十分で着くはずだ。


「行くか……」


 チシャを起こさないように優しくおでこにキスをする。行ってきます。


 外は漆黒に包まれている。俺の家に至る道を急ぐ。アモン…… 逃げるなよ。


 家に着くと…… 

 いつもだったら綺麗な漆喰の外装なんだけどな。黒く汚れてる。雪が止んだら掃除しないとな。

 鍵を開けて中に入る。


 リビングの端にはゴーレムのレムが動くこと無く突っ立っている。オドが切れたか。

 ごめんな。後でオドを補充してやるからな。

 

 千里眼を発動する。相変わらず視界はぼやけたままだが範囲を絞れば使えないことはない。


 身体強化術は発動済みだ。高速回転クロックアップを発動すれば大抵の敵は対処出来る。千里眼と高速回転は俺の必勝パターンだからな。

 

 一階をくまなく探すが何もない。じゃあ二階か?

 くそ、あそこは俺達の寝室だぞ。俺とフィオナの愛の巣に踏み込むとは。趣味が悪すぎるんじゃないか?



 ―――ギシッ ギシッ



 ダガーを構え、ゆっくりと階段を上がる……


 気配は感じられない。もう少し千里眼の範囲を広げてみるか…… 

 すると、俺の寝室から歪んだオドの気配がする。くそ、いるか。


 ドアの前に立つ。少し足が震えてるな。

 恐怖ではない。喜びの震えだ。アモンを殺せる。その喜びが俺の体を震わせてるんだろうな。

 はは、変態だな。



 そんなことを考えながら、ドアを開ける。そこには……



 アモンはいなかった。



 あるのは壁に描かれた魔法陣。



 それは怪しく青い光を放っている。




(来て)




 夢で見たアモンの言葉。



 なるほどね。理解したわ。



 恐らくこれは転移魔法陣。



 つまりは……



 誘ってるってことか。


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