燕は光に向けて旅立つ 其の二

 俺は自宅に戻って来た。夢の中でアモンが俺をここにいざなったからだ。

 そして今、寝室の壁には転移魔法陣が描かれている。

 これは間違いなく俺を誘ってるんだよな。試しに一歩だけ魔法陣に近付いてみる。



 ―――ボウッ



 音を立てて、魔法陣が青い光を放つ。恐らくこの魔法陣に手を振れた瞬間、俺はどこかに飛ばされる。

 行くべきか……?



(番を求めて、どこまでも、どこまでも遠くに飛んでいく。そして燕は見つけたの。光を。光に向かって飛んでいく。燕が光に入った時、空は晴れ渡り、世界は陽光に包まれる。春の訪れ……)



 リリ王女の夢見術だ。これの通りなら光とは魔法陣のことだろう。

 俺がここに入ることで何かが起こり雪が止む。だが……



(燕は帰って来なかった…… 蝶も蟻も、獣も燕を探したの。でも見つからなかった…… 燕は死んだのよ……)



 燕。この場合は俺のことだよな。

 俺は死ぬのか? 


 震えがくる。怖い。でも…… 

 俺が行かないとリリが見た夢のような惨劇が待っている。


 絶望が支配する未来。


 駄目だ。俺の友を、家族を、そんな目に会わせるわけにはいかない。


 でも…… 行く前にやらなくちゃいけないことがある。


「必ず行く。少し時間をもらうぞ……」


 俺は魔法陣に向かい言葉をかけ、部屋から出る。


 家を出て…… 

 来た道を戻り……

 銀の乙女亭に帰ってきた。


 二階に上がり俺の部屋に戻るとチシャがかわいい寝息を立てている。

 ごめんな。黙って行こうとして。


 俺は帰ってくるつもりだ。死ぬ気は無い。でも万が一、リリの予言通りに俺が死ぬことになったら……


 俺は鎧を脱いで、寝間着に着替える。

 寝息を立てる愛娘を起こさないように抱いて、床に就いた。


 目が覚めたら準備しなくちゃな……



◇◆◇



 翌日、俺は準備に取り掛かる。まずはギルドだな。

 装備を整え銀の乙女亭を出ようとする。すると……


「ライト、今日は何時ぐらいに帰ってくるんだい?」


 オリヴィアに呼び止められた。そうだ。オリヴィアにもお願いしておかないとな。


「すいません。俺は今からギルドに行ってきます。一つお願いがありまして。グリフとグウィネに正午ぐらいに俺の家に来るよう伝えてくれませんか?」

「…………」


 黙って俺の顔を見つめる

 オリヴィアは歴戦の戦士だ。俺の決意を察したのだろうか?


「あんた何を考えてるんだい? その表情…… 死ぬつもりかい?」


 死ぬ気は無いんだが、その覚悟はあるかな…… 

 はは、敵わんな。この人には。


「それと、オリヴィアさん。ローランドさんとチシャも連れて正午に家に来てください。では行ってきます……」

「ちょっと! 待ちな!」


 俺はオリヴィアの言うことを無視するように宿を出る。すいませんが伝言お願いしますよ……


 ギルドに続く道を歩く。

 ふとフィオナとこの道を歩いた思い出が頭を過ぎる。ふふ。よく手を繋いで歩いた。

 時々、突然頬にキスをしてきて俺を困らせたんだ。

 今は隣にフィオナはいない。俺は独りで進む。彼女を救う覚悟を決めて……


 ギルドに着くと、見慣れた光景が広がる……のだが、冒険者達の表情は暗い。

 疲れてるな。連日、黒い雪を止めるための方法を探してくれているんだろう。


 みんな、王都を救うためにがんばってくれてありがとう。多分もうすぐこの雪は止むから。

 そしたら、ゆっくり休んでな。


 階段を上がりギルド長室へ。軽くノックをして部屋に入る。

 ギルド長は難しい顔をして書類とにらめっこしていた。


「ライトか。どうした?」

「報告があります。この雪を止める手掛かりを見つけました」


 ギルド長は驚きの表情で立ち上がり、俺に詰め寄ってから肩に手をかける 


「本当か!? 一体どんな方法で!?」


 それを言うのはまた後で。今はお願いをしておかないと。


「正午に俺の家に来てください。申し訳ないのですが、王宮に行ってナイオネル閣下を連れてきてくれませんか? あ、それと…… カイル丞相閣下と話が出来る水晶玉を持ってきてくれると助かります」

「今は言えないと?」


 別に今言ってもいいんだけどね。でもそれを言えば俺が辛くなる。

 すいません。今は俺の我がままに付き合ってください。俺は黙って首を縦に振る。


「分かった…… では正午にお前の家だな。それにしても二国の政治のトップをお連れすんのかよ。プレッシャーだな……」


 無理なお願いをしてすいません。その言葉を出さずにギルド長室を後にした。

 その際、ギルド長の俺を呼び止める声がしたが振り返らずに部屋を出る。

 何のかんの言ってもあの人は俺の尊敬する……いや、大好きな人だ。今本当の事を言って止められたら俺が辛い。


 さて、下準備は終わったな。

 じゃあ俺は家に帰って皆を出迎える用意をしておくか。


 黒い雪が降りしきる中、俺の家に続く道を進む。いつもだったらフィオナと二人での帰り道だ。

 様々な思い出が頭を過ぎる。



(んふふ。お腹空きましたね。今日は私が晩ごはんを作りますね)



 いつも交代で食事の準備をしてたね。俺はフィオナの料理が世界で一番好きだ。君も同じことを言ってくれたんだよね。



(今日は、配置換えがあったんです。新人受付カウンターの担当になりました。でも新人さん達ったら私の話をほとんど聞いてないですよ。失礼だと思いませんか?)



 はは、それは君に見惚れてたからだよ。

 そういう自覚が無いところもかわいいんだよな。



(ライトさん…… 明日は水魚日でチシャがいないでしょ? だから、いっぱい甘えてもいいですか?)



 チシャといる時はしっかり者のお母さんなのに、俺と二人になると君は一人の女の子になる。

 出会ってから五年経つのに俺への愛は変わらない、いや、どんどん強くなっていく気がした。

 それは俺も変わらないんだけどね。


 頬に伝うは涙の感触。無意識に泣いていたようだ。

 大丈夫。絶対に助けてみせる。フィオナ、待っててくれよ。



◇◆◇



 家に着いたので、俺は来客用のティーカップをテーブルに並べる。お湯を沸かし、お茶を淹れる準備をする。

 寒い中みんな来てくれるんだ。精一杯お迎えしてあげないと。


 もうすぐ正午。誰が最初に来るだろうか?



 ―――コンコンコンコン



 四回のノック。グリフだな。こいつも俺の友人であり、家族だ。

 悪い癖もよく知ってる。ノックは二回が普通だろ。はは、全くこいつも変わんないね。


 ドアを開けて出迎えるとグリフはグウィネを連れて家に入ってきた。

 ご苦労様。よく来てくれたな。


「ライト! いったいどうしたんだ? オリヴィアさんが突然家に来て、必ずここに来るように言われたぞ! すっごい怖い顔してた…… お前何したんだよ……」

「まぁ、それはみんなが来てから話す。グウィネも来てくれてありがとね。はい、お茶をどうぞ」


 グウィネにカップを渡す。グウィネの大きな犬耳には雪が付いている。

 寒かったろ。飲んで温まってくれよ。


「あ、ありがと、ライトさん」


 一口お茶を啜り、ほっと一息つくグウィネ。


「美味しい…… それにしてもこの雪はいつ止むのかしら?」


 グウィネは不安気に窓を見つめる。

 大丈夫だよ。多分もうすぐ雪は止むから。二人は何も心配することはないよ。


「ライト、俺のお茶は?」

「勝手に飲め。カップはあそこだ」


「ひでぇ! グウィネには淹れてあげたのに!」


 お前なぁ…… 世の中にはレディファーストという言葉があってだな。

 はは、こいつらしいわ。馬鹿なのも変わらない。それもグリフのいいところだよな。


 お前と友達になれてよかったよ。



 ―――コンコン



 次の来客だ。上品なノック。閣下だな。

 ドアを開けて閣下を迎え入れる。ギルド長も一緒だ。

 あれ? 呼んではいないのだが、シグも入ってきた。


「ライト殿。お招きに感謝する。カイル殿の水晶玉も持ってきたぞ」

『ライト! お前何か手掛かりを見つけたんだってな! がはは! 本当にお前はすごいな! それで、どんな方法なんだ!?』


 はは、相変わらず口の悪いことで。


「みなさん、よく来てくれました。方法については皆が集まってから話すことにします。それまではゆっくりくつろいでください。おじさんは雰囲気だけね」


 俺はおじさんの水晶の前にお茶を置く。ごめんな。息子さんに会いに行くって決めてたのに。

 もしかしたら行けないかもしれない。


 シグがいつもの表情で俺に話しかけてくる。腰に差している剣に手をかけながら……


「一体何が起こったのですか……? 僅かではありますが、代行者のオドを感じます…… まさか……」

「大丈夫。今は時を待て。後で説明する」


 納得いったのか、いかないのか分からない表情をしながらシグは後ろに下がっていった。


 みんな思い思いの話をしながらお茶を楽しむ。俺の大切な人達。皆の未来が俺にかかっている。


 死なせるもんか。



 ―――ガチャ



 ドアが開く音。はは、自分の家でもノックはするように教えただろ。血は繋がってないけど、俺の子だな。

 いつも忘れてはフィオナに怒られていた。


 チシャだ。後ろにはローランドとオリヴィアがいる。


「パパ! ただいま!」

「おう! お帰り!」


 チシャが俺の胸に飛び込んでくる。



 これで全員揃ったな。

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