燕は光に向けて旅立つ 其の三

「パパ! ただいま!」

「おう! お帰り!」


 チシャが来たことで、俺が呼び寄せた全員が揃う。


 ここにいるのはチシャ。

 友人であるグリフとグウィネ。

 銀の乙女亭の経営者夫妻であり、俺の剣術の師匠でもあるローランドとオリヴィア。

 俺を雇ってくれたギルド長。フロイラインっていうかっこいい苗字があったはずだ。

 水晶玉を通して俺の様子を見に来てくれたカイルおじさん。

 いつも厄介なお願いをしてくるナイオネル宰相閣下。でもなんか放っておけないんだよね、この人。

 それと俺が出会った二人目のトラベラーのシグ。

 全部で九人の大切な人達が集まった。


『さてと、こんな面子を集めたんだ。言いたいことがあるんだろ? 言えよ、聞いてやるから』


 水晶玉からカイルおじさんの声が聞こえる。たまにルージュの声も聞こえてくる。こっそり俺達の会話を聞いてるのかな?


 さて話すか…… 

 俺の覚悟は決まっている。だが残される人達にきちんと話しておかなければならない。


「先も伝えましたが、雪を止める手掛かりを見つけました。二階…… 俺の寝室に転移魔法陣が描かれています。恐らくは俺に来いと言っているものと判断しました」


 やおらシグが立ち上がり、階段に向かう。何をする気だろうか?


「鑑定をしてきます。転移魔法陣も様々です。罠の可能性もありますからな」


 そうか、シグは剣士のイメージが強いが魔法も一通り使えるんだったな。


「頼む。俺は話を進めておくから」

「仰せのままに」


 シグは俺の寝室に向かう。では話の続きだ。


「先日救援に駆けつけてくれたエルフの中に知り合いがいまして。彼女を通して、リリ王女の予言を聞かされました。要約して話します」

「予言って…… そんな秘術を使える奴がいたんだな」


 ギルド長が呟く。本当は予知夢なんだけどな。曖昧な未来視だが絶対に当る。

 だからこそ全ての事は言わないつもりだ。言ったら確実に止められるだろうから。


つがいを失った燕は光の中に入っていくそうです。そうすることで世界は光に包まれ、春が訪れます。この場合の燕は俺のことです。つまり……」

「ライト殿が世界を救うということか? すまんな。貴殿にはいつも頼りっぱなしだ。ははは、それにしても君は一体何者なんだね? 森の王国を救い、サヴァントのクーデターを平定し、そして今度は世界を救う。まるで物語の勇者だな」


 ナイオネル閣下はちょっとあきれ顔だ。


「俺はそんな気はないんですけどね。世界を救うつもりもありますが、それよりもフィオナを助けに行きたいんです。きっと転移魔法陣の先には答えがある。

 俺の……愛する人を一人になんて出来ませんから」


 オリヴィアが前に出てくる。


「ライト…… まだ言ってないことがあるんだろ? 言いな。答えによってはあんたを止める。殴ってでもね」


 おおう…… 怖い。鬼気迫る表情だ。

 思い出すな。俺を鍛えるという名目で、この人には何回殺されかけたことか…… 

 ははは、それも今はいい思い出だ。


 だけど……


「すいません。確かに隠していることはあります。ですが必ずみんなのもとに帰ってきます。約束します。ですので、皆さんにお願いがあります」


 皆の注目が俺に集まる。さて言わないとな。


「お願いというのは一つだけです。もしかしたら、帰ってくるのに時間がかかるかもしれません。ですので、娘の…… チシャの面倒を見てもらいたいんです」

「パパ!?」


 チシャが泣きながら俺に抱きついてくる。


「嫌だよ! やっぱり嫌だ! 行っちゃやだ! そばにいて! お願い!」


 我がまま言ってるな。

 そんな泣くなよ。決心が揺らぐだろ。

 泣き続けるチシャを抱っこしてグリフの前に。


「グリフ。お前は来年にはサヴァントに行くんだろ? たまには王都に帰ってきてチシャと会ってあげてくれ。

 それとこの子が大きくなったらサヴァントに行く時があるかもしれない。その時は家族として迎えてやってくれ」

「ライト……」


 グウィネの前に。


「グウィネ。グリフに行った通りだ。チシャを頼む。それとチシャに理容の手ほどきをしてくれてありがとう。フィオナが喜んでたよ。チシャが髪を綺麗にしてくれたって」

「ライトさん…… お礼を言うのは私達の方よ…… でもね、絶対帰ってきてね。この子を一人にしちゃ駄目……」


「分かった…… ありがとう」


 ナイオネル閣下の所に。


「閣下。チシャを王宮に行かせてくれてありがとうございます。俺がいない間も、ゼラセ様とゼノア様に彼女を会わせてあげてください。

 この子はいつも二人と遊んだ話をするんですよ。良き友人を作る機会を与えてくれたことを感謝します」

「ライト殿……」


 おじさんの水晶の前に。


「おじさん。息子、いや、俺にとっては甥っ子も同然か。会いにいけなくてごめんな。チシャがそっちを訪れた時は従姉弟として遊ばせてやってくれ」

『断る…… お前とフィオナも一緒に来い。チシャを一人で来させるんじゃねぇぞ。約束しろ。絶対に帰って来るってな。いいか、お前は俺の家族でもあるんだ。それを忘れるな……』


「分かったよ…… おじさん、ありがとう……」

『ならいい。がんばってこいよ……』


 ギルド長の前に。


「ギルド長。もし将来、この子が冒険者という選択肢を取るのなら、あなたの手腕でこの子の面倒を見てあげて欲しいんです。面と向かって言ったことはありませんが、俺はあなたを尊敬しています。信頼出来る一人としてお願いします……」

「…………」


 ギルド長は応えない。その代わり、おっかない顔をしたまま涙を流していた。

 ははは、鬼の目にも涙とはこの事か。


 オリヴィアとローランドの前に。


「オリヴィアさん、ローランドさん。俺がいない間この家を自由に使っても構いません。当面の生活費としてお金は全部預けておきます。チシャの面倒を見てあげてくれませんか?」

「あんた…… やっぱり……」


 ローランドがオリヴィアの肩に手をかける。


「心配するな。チシャはもう俺達の家族だ。何の心配もするな。お前は自分の仕事をして来い。お前にしか出来ないことがあるんだろ? いいか、力を持つということは責任を伴うことでもある。やれることをして来い」

「はい……」


 オリヴィアはたまらずローランドの胸にごつい顔を埋めて泣き出した。


 そして最後に……

 

 俺に抱っこされて泣いているチシャを降ろす。彼女は嗚咽を漏らしながら泣き続ける。


「パ、パパァ……」

「そんなに泣かないの。約束しただろ? 絶対にフィオナを連れて帰ってくるって。でもちょっと時間がかかるかもしれないんだ。その間、待ってること出来る?」


「やっぱり嫌だよぉ…… ママがいなくなって…… パパもいなくなったら私、一人になっちゃうよ……」


 たまらずチシャを抱きしめる。

 ごめんな、かわいい娘に辛い想いをさせる悪いパパで……


「でもね…… 俺とフィオナとチシャがまた三人で仲良く暮らすには、俺が行かないといけないんだよ。だからね、ちょっとだけ待ってて欲しいんだ。

 もう一回約束しようか。俺は絶対に帰ってくる。フィオナを連れてね」


 強い決意を込めた眼差しでフィオナを見つめると、彼女の涙が止まる。


「や、約束だよ…… 絶対に帰ってきてね……」

「あぁ。約束だ」


 チシャが強く抱きついてくる。この温もり…… 失いたくない。

 だからこそ俺は行かなければ。


「ライト殿。ちょっと来ていただけませんか?」

「シグか…… ちょっと待っててくれ」


 階段の上から声がする。皆を残し、一人二階に上がる。

 シグが俺の部屋の前で待っていた。


「どうした? 何か分かったのか?」

「はい。あの魔法陣、特定のオドを持つ者に反応するように作られていますな。私が触れても反応しませんでしたので」


「つまり?」

「あの魔法陣は貴方しか使えないということです。この先は貴方一人で行くことになります」


 なるほどね。支援は無しか。まぁそれも想定していたことの一つだ。大した問題じゃない。


「分かった…… ありがとう」


 俺は再び下の階に戻る。そして……


「みんな、そろそろ行くよ。見送られると辛くなる。ここで行ってきますを言わせてくれ」


 注目が俺に集まる。皆黙ったまま俺を見つめる。


「お願いしたことは先ほど言った通りだ。これ以上伝えることは無い。きっと上手くいくよ。すぐに雪は止む。世界は救われるんだ。 

 でも俺が帰ってくる間、チシャのことを頼んだよ……」



 俺は階段を上がっていく。

 後ろは振り向かない。

 だって泣いてるのがバレてしまうから……

 大丈夫。きっと俺は帰って来れる……


「ライト殿、準備は出来たようですな」


 はは、情緒の欠片もない。流石はシグ、トラベラーの鏡だな。


「あぁ…… お前もご苦労だったな」

「いいえ、契約者を導くのは私の役目。責務を全うしたまでです」


「そうか…… とりあえずありがとな。また会おうぜ……」

「はい、必ず……」


 シグに別れを告げ、俺は一人寝室に入る。

 ドアを閉めると……



 ―――ボウッ



 魔法陣が青白く光る。


 魔法陣に近付いて手を手をかざす。

 光が更に強くなる。

 あの声が頭の中に響く。



(来て)



 分かってるよ。そこに答えがあるのなら迷いはない。

 俺は魔法陣に手を置いた。そして……


















 一瞬だった。目の前が眩い光に包まれる。

 次の瞬間には…… どこかで見たかのような風景が広がっていた。


「ガガト塩湖……」


 俺の故郷、グランの近くに霊峰ガガト山がある。

 その中腹には塩湖があり、俺はそこで岩塩を採ってはエリナに渡していた。


 塩湖は美しい。雨が降れば空と地面が一体となったような風景が広がる。

 今見ている風景はまさにそれに近いものだった。


 ただ、その美しい風景の中に似つかわしくないものが一つ。

 俺の視線の先には糸車がある。

 そしてその糸車を回す奴がいる。




 お前か。




 俺はダガーを抜いて、そいつに近付いていった。


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