謎の不動産屋

「本当にここなんですか?」

「多分…… ローランドさんに教えてもらった住所はここであってるはず」


 俺達の目の前には築百年は超えているのではないかというあばら屋が居を構えている。一応看板が出ているな。ボロボロだけど…… なになに?


【王都の住まいならガーランド不動産におまかせを!】 


 ここに任せて大丈夫だろうか? 不安しかない。


「入るのに勇気がいりますね」

「そうだね、でもローランドさんの紹介だし、きっと大丈夫……」


 大丈夫だと思いたい。思いたかった。

 だが中に入るとその期待はあっさり裏切られる。だって、不動産屋なのに壁にかかっているのは物件情報ではない。

 ナイフ、手斧、恐らくは暗器、見たこともない投擲武器の数々…… 


 俺は入る店を間違えたのだろうか?


「冷やかしならお断りだぞ……」


 シャッシャッとナイフに鑢をかけて椅子に踏ん反りかえる男が一人。色黒長髪、殺し屋みたいな目をしてる。店主だろうか? 不動産屋の雰囲気は一切感じられない……


「あの…… 俺、ローランドさんの紹介で来たんですが」

「ローランド…… 奴は元気にしてるのか……?」


「え、えぇ、まぁ。商売も繁盛してるみたいだし、元気にしてると思いますよ」

「そうか…… 残念だ……」


 残念? 知り合いのはずだよな。

 店主はやおら、椅子から立ち上がり……? 


 片足が義足だ……


「これか……? 以前ローランドにぶった切られてな……」

「…………」


 こいつら何繋がりだよ? 物騒にもほどがあるわ。


「すまんがもう殺しはやってないんだ…… 見りゃ分かると思うがこの足のせいでな……」


 ほんとに殺し屋だった…… なんでこんな物騒な奴を紹介したんだよ!? でも一応外にはガーランド不動産って書いてあったしな。話だけでも聞いてみるか。


「あ、あのそっちの仕事の紹介ではなくてですね。俺達、家を探しに来たんですが……」

「早く言え…… ローランドの紹介だから殺しの依頼かと思ったぞ……」


 いやいや、あんたが早合点したんじゃねぇか。


「座って待ってろ…… そうだ、俺の名はガーランドだ…… お前は……?」

「は、はい。俺はライトです。こっちは妻のフィオナです」


「そうか…… お前達はお客様だな…… ではライト様、資料を持ってくる…… 待っててくれ……」


 いや、その口調で様を付けられても……


「なぁフィオナ。あの人に任せて大丈夫かな?」

「さっきライトさんは大丈夫って言いましたよ。とりあえず話を聞いてみましょ。意外と掘り出し物があるかもしれません」


 不安だ…… 元殺し屋の扱う不動産。信用していいものか? コツコツと義足を鳴らしながらガーランドが戻ってきた。手には両手いっぱいの資料を持って。


「まずはこれだ…… 王都北東の城壁に面している…… 一階は一部屋しかないが、それはカモフラージュだ…… 地下は二層構造で計六部屋…… 地下二階には逃げ道があり、不意に奇襲されても逃走しやすい造りになっている…… アジトとして使うにはお勧めの物件だ……」


 えーっと、どう突っ込めばいいのだろうか? そんな殺し屋目線でお勧めの物件を持ってこられても……


「違う資料を見せてください……」

「気に入らないか…… 残念だ……」


 気に入る奴がいるのだろうか? 表情が変わらないので本当に残念がっているのか分からない。


「では次だ…… 王都西の下水道付近…… 汚水が天然の防壁として敵の襲撃を阻む…… そして……」

「ちょっと待てい!」


 思わず突っ込んでしまう。こんな物件ばっかかい!? 下水道付近って。そんなとこに家族で住めると思ってんのか!? 

 フィオナが呆れたように口を開く。


「ガーランドさん…… もっと普通の物件はないんですか? 敵の襲撃とかは無しにして。家族で心地よく住める物件をお願い致します」

「お前ら死にたいのか……?」


 そんな心配されても。屋外ならいざ知らず、王都で俺達は平和に暮らしているのだ。命を狙われるわけが無い。


「ふん…… まぁ、あるにはあるが…… こんなのはどうだ……? 商業区からは外れるが部屋は多い…… 中古だが作りは悪くない…… 土壁に鉄芯を入れて建てられている…… 庭は広く、日当たりもいい……」

「そういう物件を求めていたんですが……」


「だが、開けた場所に建てられている…… 囲まれやすく、逃げ道も無い…… 敵の襲撃には備えられんぞ……」

「敵ってなんだよ…… でも中々いい物件じゃない! フィオナはどう思う?」


「そうですね。悪くないと思いますけど。でも利便性に問題がありますね。ギルドの通勤時間が倍になりますし、チシャにとっても負担です。あの子はこれから銀の乙女亭とグウィネのところに通うんです。それを考えるともっと商業区に近い方がいいですね」


 なるほど。俺達だけなら我慢出来ると思う。でも小さいチシャに今までの倍の距離を歩かせるのはちょっとかわいそう。


「今ぐらいの条件で、商業区中央付近の物件はありませんか?」

「ちょっと待て…… これは……!? ライト様、一応見せるが考え直した方がいいと思う……」


 一瞬驚いた表情を見せる。一体どんな物件なのだろうか? 事故物件とか?


「お前達の望み通り商業区の中央にある…… 二階建てで部屋数は一階に二つ、リビングが一つ…… 二階は二部屋あるな…… 屋上もついている…… 土地いっぱいに建ててあるので庭は小さい…… 築二十年の中古物件だ……」


 言い終わるとガーランドは震えだす…… まさか呪われた家とか? そんな事故物件は嫌だぞ。


「銀の乙女亭が近すぎる…… 二太刀いらずのオリヴィアがこんなに近くに住んでいるなんて…… 命が幾つあっても足りないぞ……」


 なるほどね。数年前の俺だったらガーランドの意見に同意だな。俺もあの脳筋に何本骨を折られたことか……


 だが今の俺にとっては好都合だ。そこなら銀の乙女亭どころか、グウィネの店も近い。同じ区画内にあるようなので、通勤時間もさほど変わらないだろう。


「ガーランドさん、その家を見てみたいのですが。俺達、その付近に住んでまして。どうせ帰り道ですしね。よかったら中も見てみたいんですけど」

「お、俺は一緒に行かんぞ…… 俺はな、あの付近に近付くだけで痛むんだよ…… 無くなった足がな…… そして怒りと恐怖でおかしくなっちまう…… ほら鍵だ、持っていけ……」


 ガーランドは金庫から鍵を取り出し、俺に投げ渡してきた。


「明日にでも返してもらえりゃいい…… 俺が言うのはなんだが…… 命を粗末にするなよ……」


 うーむ。こいつらに一体何があったのだろうか。どうせオリヴィア達の命を狙ったガーランドが返り討ちにあったってとこだろうか。俺達が銀の乙女亭に住んでることは言わないほうがいいな。失禁されても困るし。


「分かりました。鍵は明日返しに来ます。ありがとうございました」


 店を出る時に振り返るとガーランドはまだ震えていた。よっぽど酷い目にあったんだな。それじゃ見学に向かいますか。


「ふふ。私達の家になるかもしれないんですね。楽しみです」


 ニコニコしながら手を繋いでくる。かわいい…… もちろん外見は変わらないのだが、人としての精神を有するだけでここまで変わるものなのか。

 かわいさのあまりキスをしたくなる衝動を抑える。だってここは天下の往来だしな。


「どうしたんですか? そんなじっと見ちゃって。何か付いてますか?」

「いや、ちょっと思うとこがあってね。あ、そうだ。帰り道に魔道具屋ってあったじゃない。ついでに見に行こうか」


「覚えててくれたんですね…… んふふ、嬉しいです。ライトさんって抜けてるところがあるから、忘れちゃってると思ってました」

「ひどい……」


「んふふ。それぐらいの欠点があったほうがかわいいです。じゃあ行きましょ、旦那様」


 そう言って軽く頬にキスをしてくれた。はは、みんな見てるぞ。手を繋いだまま、次の目的地に向かう。


 魔道具屋か。どんな品物があるのかな? これからの生活に役に立つ物があればいいんだけどね。


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