別れの朝

 歓迎会の翌朝、チシャが馬車を前に目に涙を溜めている。


「ムニン、フギン…… 元気でね……」

『ヒヒィーン……』

『ブルルルルッ……』


 チシャが二匹の顔を抱きしめる。うぅ…… そんなに泣くんじゃないよ。俺も悲しくなるだろ。その光景を見るフィオナは号泣していた。


「大丈夫だよ。また会えるさ。なんたってこのライト ブライトは貴族なんだからね! 王宮に行くときはチシャも連れてってあげるさ!」


 こんなこと言ってるけど、気軽に子供を連れていくなんて出来ないよな。でも知り合いにはナイオネル宰相閣下もいることだし、何とかなるかな?


 さぁ行かないとな。御者台に乗りこみ二匹を走らせる。ゆっくりと見送り来ているチシャ達が遠ざかっていく。


「元気でねー!」


 チシャが大声で別れを伝える。ムニンとフギンも悲しそうにバヒンバヒン鳴いていた。

 そうか、お前らも名残惜しいのか…… 今まで本当にありがとうな。


 後ろを振り向くと、チシャは見えなくなるまで手を振っていた。



◇◆◇



 王宮の正門に着くと、衛兵ではなくナイオネル閣下が待っていた。


「ライト殿! よく帰ってきた!」


 ん? 何故閣下が城門で出迎えを?


「閣下、いったいどうしたんですか?」

「時間が無い! 早く来てくれ!」


 閣下の顔が青い…… まさか、また俺に依頼でもあるのだろうか? 焦る閣下の後を追って王宮に入る。


 言葉も無く早足で歩く閣下。その先には……


「「ライト! 待ってたわ!」」


 ゼラセとゼノアだ。すっかり忘れてた…… そういえば王都に帰ってきたら新しい冒険の話を聞かせる約束だったな。

 俺の両手にまとわりつく幼女達。閣下がほっとした表情を浮かべている。


「実は君達が帰ってきたのは昨日の段階で知っていたのだ。その報告を王女にしたら、早くライトを連れてこいと我がままを言われてな。私も困っていたのだよ」

「すいません…… 王女様のこと、すっかり忘れてました」


「ひどい! 帰ってきたらすぐに会いに来るって約束したじゃない!」

「ゼラセ様、ごめんなさい!」

「私はゼノアよ! ゼラセと間違えるなんてひどい!」


 分からん…… 王女は顔もそっくりの双子ちゃんなのだ。区別がつかない。そんな俺達を見てフィオナは微笑んでいる。


「ふふ。王女様、お土産を買ってきましたよ。それじゃ、私はゼノア様にお話を聞かせてあげるから、ゼラセ様をお願いします」

「お土産!? いつ買ってきたの? 俺、それも忘れてたよ」


 フィオナはちょっとあきれ顔だ。


「やっぱりライトさんって、そういうところが抜けてます。ウファの町で買ってきたんですよ」


 あぁ、鉱石発掘ツアーで訪れた町か。すごいな、ちゃんと約束を覚えてたんだ。

 フィオナはゼノア、ゼラセに綺麗な石が付いたネックレスを首にかける。二人はとても嬉しそうだ。


「「レディフィオナ! ありがとうございます!」」


 ハモりながらお礼を言う幼女達。ちょっと我がままだが、かわいいな。


「ふふ。どういたしまして」


 フィオナは微笑んでからゼノアの手を引いていった。では約束を果たすとしますか。さっきからゼラセが期待の眼差し、いわゆるキラキラ光線を俺に射出している。


「ではゼラセ様、これからライト ブライトのバクーでの冒険をお聞かせしましょう!」


 ゼラセの瞳の輝きがいっそう強くなった。



◇◆◇



「こうしてライトとフィオナ、そしてチシャという女の子は家族となりました。血は繋がってはいないが魂では繋がっている。愛する家族を抱きしめながらライトはそう思うのでした……」


 バクーでの話はチシャの内容が中心だ。冒険話を期待していた王女様にはちょっとつまらない話だったかな? 

 いや、そうでもないか。ゼラセはシクシクと泣いていた。


「うぅ…… よかった…… ライトはレディフィオナをお嫁さんにしたの? いいなぁ。ねぇ、ライト? 大きくなったら私もお嫁さんにしてくれない?」

「はは、気持ちは嬉しいですが、俺はもうフィオナと結婚してますからね」


「第二夫人でもいいわよ?」


 ぶはっ!? 何を言い出すんだ! 少々驚いたがゼラセは王女だ。

 貴族、王族は重婚をしている者も多い。でも俺は二人の女性を同時に愛するなんて器用なことは出来ないよ。


「お気持ちだけでいいですよ。ゼラセ様も大人になったらきっと素敵な出会いがありますからね。それにゼラセ様が大人になったら俺はもうおじさんですよ。ゼラセ様にはもったいないですよ」

「そうかなー? ライトがおじさんになったら、もっとかっこよくなると思うのに」


 はは、幼女とはいえ容姿を褒められるなんて。ちょっと嬉しい。


 ゼラセに褒められるホクホクしているところにフィオナが戻ってくる。手を繋いでいるゼノアの目は真っ赤だ。同じ話をしたな。


 あれ? ゼノアの耳元でこそこそ話をゼラセが話し始める。


「ねぇ…… チシャに……」

「うん…… 私も……」


 話がまとまったのか二人は俺に向かい必殺キラキラ光線を放つ。


「「チシャに会いたい!」」


 うわっ! これは予想外な展開になった! 閣下が慌てて二人を諫める。


「王女様! また勝手なことを言って! いけません! 王女様は御公務、勉強があり、遊んでいる時間など無いのですから! それにライト殿の都合も考えずにそんな我がままを言ってはいけません!」

「ぐすん。私達こんなにがんばってるのに…… やりたくもない挨拶…… つまらない礼儀作法…… 勉強だって魔法の訓練だって一生懸命なのに……」



 ゼラセ……いや、ゼノアか? もうどっちか分からん。

 とにかくそのどっちかはウソ泣きをして閣下を困らせている。ここでフィオナが助け船を出した。


「閣下。週に一日だけ。そうですね…… 水魚日の午前中でしたらチシャを王宮に遣わすことは可能です。

 王女様も頑張っています。たまには子供同士遊ばせてあげることも大事なのではないでしょうか? 遊び相手としてではなく学友としてでもいいと思いますよ」

「学友…… 確かに同年代と切磋琢磨することで王女様にもいい刺激になるか」


「ですが週一回、午前中のみということを守ってください。私も休みは家族と過ごしたいので」

「分かった。協力感謝する。では来週の水魚日から来ていただきたい。衛兵にはそう伝えておく」


 王女様達は満面の笑顔だ。そうだよな、窮屈な王宮で大人に囲まれながら一日を過ごすんだ。友達が出来ることを心から喜んでいる。


「「レディフィオナ! ありがとうございます!」」

「ふふ。いいんですよ。王女様もチシャと仲良くしてくださいね」


 こうしてチシャが王宮に行くことが決まった。



◇◆◇



 二人手を繋ぎながら王宮を後にする。


「それにしてもチシャが王宮にねぇ……」

「いいと思いますよ。これでムニンとフギンにも会えますし。それに王宮に行くことで礼儀作法なんかも身に付くはずです」


 なるほど。チシャのためにもなるか。でも少し家族の時間が少なくなるな。ちょっと寂しい。


「どうしたんですか? 暗い顔してますよ」

「少しだけ寂しくてね。家族水入らずの時間って思ったより少ないんだな」


「しょうがないですよ。チシャもお友達と遊びたいでしょうし。でも悪いことばかりじゃありません。私達にとっていいこともあると思いませんか?」


 俺達にとって? どういうことだろう? フィオナが恥ずかしそうに笑ってる。


「たまには二人きりになる時間が欲しいんです…… チシャが王宮に行ってる間ぐらいは……」


 はは、そういうことか。確かにチシャと一緒だと色々気を使っちゃうもんね。特にアレとかはね。


「もう。ライトさん、エッチな顔してます」


 え、顔を触ってみると…… ははは、無意識にニヤニヤしていたか。

 それにしてもフィオナがこんなことを言うようになるとは。

 いや、元々はこういう子だったんだな。その記憶が戻ったってだけのことだ。


「次は不動産屋に行きますよ」


 ちょっと恥ずかしそうにしながら、でも手を離さずに次の目的地に向かう。

 さてさて、どんな物件があるのやら。これから俺達が長く過ごす所だ。いい家を選ばないとね。


 特に寝室は防音がしっかりしている家にしよう。

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