歓迎会 其の三

 宴会も宴たけなわといったところ。皆まったりし始めた。

 女性陣は俺の作ったポテトのタルトに夢中で、男衆はゆっくりと酒を傾けている。


 今日の仕事を終え、途中から参加したローランドが俺に酒を注いでくれた。


「おめでとう。これからお前も一家の長だ。しっかり家族を守ってやれよ」

「ありがとうございます。あ、それといいんですか? オリヴィアさんのドレス。思い出の品でしょうに」


「気にすんな。どうせもう着ないしな。誰かの役に立つ方があのドレスも喜ぶってもんさ。そうだ、お前いつここを出るつもりだ?」


 うーむ。一応は家を買うつもりだが、具体的には考えてなかったな。


「手持ちの金はあるのですが、まだあまり考えていませんでした」


 ちょっとあきれたような表情を見せるローランド。考え無しでごめんなさい。


「おいおい…… いいか、子供には家が必要だ。ここじゃ駄目だ。お前がいて、フィオナがいて、チシャが安心して過ごせる場所を作るのはお前の役目なんだぞ。あの子のためを思うなら早めに出ていくべきだ」


 う、正論だ…… この人、見た目は脳筋っぽいけど、さすがは元冒険者パーティーの司令塔だ。ぐうの音もでない。


「ま、お前にも仕事があるだろ? その間、あの子の面倒を見てやってもいい。それにオリヴィアはあの子のことが気に入っちまったみたいだしな」


 二人で女性陣を見ると、オリヴィアの膝に乗ったチシャの口元をグウィネがハンカチで拭いてあげている。フィオナはそれを微笑みながらに見ていた。


 みんなチシャを可愛がってくれている。なんてありがたいことなのだろうか。


「オリヴィア! ちょっと来てくれ!」


 ローランドがオリヴィアをこちらに呼んだ。オリヴィアだけ呼んだのだが女性陣が全員こちらにやってくる。


「どうしたんだいダーリン」

「おまっ!? そんな呼び方一度もしたことねぇじゃねえか! まったく…… 飲み過ぎなんだよ」


「ふふ、いいじゃないのさ。今日は祝いの席だ。で、何なんだい?」

「俺はこいつらが仕事に行ってる間、チシャの面倒を見ようと思う。お前にはチシャに料理、洗濯なんかの家事一般を教えてやって欲しい」


 マジで!? チシャを職場に連れていくことも考えた。昼間、この子の面倒を見てくれるなら、こんなありがたいことはない。


 オリヴィアはその見た目に反して女子力が異常に高い。それはここの料理のクオリティが物語っている。

 言葉は雑だが、掃除、洗濯、ベッドメイキングに至るまで、事細かく家事一般をこなす。最高の家庭教師になってくれるだろう。


「あぁ、お安い御用さ。チシャ、私の修行は厳しいよ。がんばれるかい?」

「うん。わたしがんばるよ、オリヴィアおばさん!」


 オリヴィアはデレデレの笑顔で応える。うちの小悪魔は既にオリヴィアを篭絡したのか。すごいな。


「あ~、ずる~い。さっきチシャちゃん、うちの床屋さんでアルバイトする~って言ってたじゃ~ん」


 グウィネがグデングデンに酔っぱらってる…… 何気に酒癖悪いんだよなこの子。


「ふむ。グウィネのところでは理容の勉強が出来るか…… 手に職をつけるにはちょうどいい。悪くないか」


 お? ローランドはチシャの教育計画を立ててくれているようだ。さすがは元冒険者パーティーの司令塔だ。


「チシャ、一人で生きていくには知恵も必要だ。一日俺について算術の稽古をするぞ」

「さんじゅつ?」


「あぁ。計算が出来ないと悪い奴に金を騙し取られたりするからな。俺についてりゃ、すぐに簡単な四則計算が出来るようになるさ」

「はは、あんたは昔っから頭が良かったもんね! そこに惚れたんだよねー。ねー、ダーリン」


 オリヴィアが酒臭い息を吐きつつ、ローランドに抱きつく。ローランドはちょっと嫌そうな顔で抱擁から逃げる。

 仲睦まじいというよりは大型魔獣の戦いに見えるな。


「じゃ~、日割りはどうするの~。私のとこは火竜日はやってないからね~」

「ライト、お前の休みはいつだ?」


「はい、一応水魚日、日光日です」

「そうか、では月影日、火竜日はここでオリヴィアの手伝いだ。水魚日、日光日はライト達と過ごす。木緑日、金鏡日はグウィネの所。土豊日は俺と勉強だ。これでいいな、チシャ」


「うん! いっぱい勉強するね!」


 おお! チシャの教育計画が完成した! これで俺達が仕事の日でも安心してみんなに任せられる。


「これでよし…… じゃあ、次はお前の住むところについて話すぞ。手持ちの金は幾らある?」


 いくらあったかな? デュパのとこでお土産買ったから少し無くなっちゃったけど、王都で家を買うぐらいはあったはずだ。

 テーブルに財布の中身を全部出して確かめる。ローランドは目を丸くしてるな。


「おま…… これ本物か? 白金貨が二十五枚って……」

「これで家が買えますかね?」


「あ、あぁ。豪邸とはいかんが、商業区の一等地でもお釣りがでるくらいはあるな」


 よかった。金については問題無さそうだ。


「お前、次の仕事は三日後だったよな。明日は空いてるか?」


 明日か。ムニンとフギンを王宮に返した後なら……


「多分午後からなら大丈夫です」

「そうか。知り合いの不動産屋に伝えておく。あいつならいい物件を用意してくれるはずだからな」


「そうですか、色々とありがとうございます。ローランドさんってこんなにしっかりしてたんですね。知りませんでした」

「…………」


 ちょっと悲しそうな顔をしてオリヴィアを見つめるローランド。どうしたのだろうか?


「そりゃ、俺がしっかりしてないとな。あいつのおかげで何回パーティが全滅しかけたことか……」


 なるほど…… しっかりせざると得ない訳だ。リーダーのオリヴィアは脳筋だしな。


 脳筋オリヴィアに抱っこされてるチシャが眠そうに目を擦っている。フィオナがオリヴィアからチシャを受け取る。


「私、そろそろチシャを寝かせにいきます。ライトさんはもう少し飲んでいきますか?」


 もうちょっと楽しんでいきたい気もするが…… 明日は早いんだよな。王宮に行かなきゃいけないし。


「俺も休むよ。すまない! 俺達は失礼するよ。今日はありがとうございました!」

「おう、お休みな!」


 皆に挨拶をして新しい部屋に行くと…… おぉ! ベッドが二つもあるじゃないか! 


 子供用のかわいいベッドだ。チシャの上着を脱がせ、ベッドに寝かせるとすぐに寝息を立て始めた。


「お休みなさい……」


 フィオナがチシャのおでこにキスをする。血は繋がってないんだが、親子にしか見えないな。


「どうしたんですか、ニヤニヤしてますよ」

「はは、何でもないよ。じゃ、俺らも寝るか」


「悪いんですけど、寝る前に体を拭いてくれませんか? 今日はお風呂に行ってませんし」


 フィオナが備え付けのタライに魔法でお湯を張る。俺は下着姿になったフィオナの背を布で拭き始める。

 綺麗な肌だなぁ…… 一通り拭き終わると笑顔で布を受け取る。


「んふふ、ありがとうございます。次はライトさんの番です。服を脱いで後ろ向いてください」


 温かい布で背中を拭いてくれる。気持ちいいな。



 ―――ムニュッ



 あ、フィオナが抱きついてきた。胸の感触が…… 

 後ろを振り向くといたずらっぽく笑って、言葉も無くベッドに視線を送る。


 はは、なるほどね。


 静かに音を立てずに、ベッドまで辿り着く。寝た子を起こさないよう静かにね。


 フィオナが聞こえないくらい小さい声で囁く。


「ライトさん…… 愛してます……」


 俺もだよ。出来るだけ音を立てないようにしてフィオナと……











「すー…… すー……」


 俺の隣でフィオナが寝息を立てている。

 明日は王宮にいかなくちゃな。フニン、フギンとはお別れか。少し寂しいな。



 明日に備え、俺も眠ることにした。

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