歓迎会 其の二

 八百屋で両手いっぱいの甘イモを購入して銀の乙女亭に帰ってきた。


「買いすぎたかな? こんなに食べられないんじゃないの?」

「ふふ、これくらいは軽いです」


「ほんと? かなりの量があるぞ」

「覚えてませんか? お腹いっぱいごはん食べた後でも、私デザート食べてたでしょ?」


 そういえば…… 俺も甘い物は好きだが、フィオナほどじゃない。食後のデザートも一口食べれば満足してしまい、残りをフィオナに食べてもらうこともあったな。


「思い出したよ。その細い体でよく食べるなって」

「んふふ。これくらい普通です」


 普通…… 確かにグウィネもよく食べる。チシャも体の割りにしっかり食べるしな。


「納得しました。ならこの量でちょうどいいぐらいだね」

「ふふ。足りないかもしれませんよ?」


「その時はまた作ってあげるからね」


 会話を楽しみながら厨房へ向かう……が、その前に後ろから声をかけられた。


「ライトさん!」


 ん? この声はグウィネかな? こんな大声出してどうしたんだろうか。

 振り向くと同時に……



 ―――バチーンッ!



 痛い! 超ビンタされた! 

 俺もフィオナも状況が掴めず、茫然としてしまう。

 ビンタをかましたグウィネの耳は後ろにペタリと倒れていた。

 すごく怒ってる…… グリフはグウィネの後ろで困った顔をしていた。いや、止めろよ……


「どどど、どうした!?」

「ライトさんは不潔よ! フィオナさんみたいな素敵な女性がありながら隠し子を連れてくるなんて! フィオナさん! こっちに来て!」


 グウィネはフィオナの手を引いて、その豊満な胸にフィオナの顔を埋める。ちょっと羨ましいシチュエーションだが、そんな雰囲気ではない。


「かわいそうなフィオナさん…… こんな男にもて遊ばれるなんて……」

「むー」


 フィオナは抱かれつつも、目で助けを求めてくる。ちょっと待っててな。まずは状況を把握せねば。


「おいグリフ、グウィネになんて伝えたんだ?」

「いや…… なんかすまん。ライトが娘を連れて帰ってきたって言っただけなんだが……」


 騒ぎを聞きつけたオリヴィアがどかどかと足音を立ててやってくる。片手にはしっかりとチシャを抱いて。


「なんの騒ぎだい! 他の客の迷惑になるだろうが! 静かにしないと追い出すよ!」


 オリヴィアが大声でグウィネを止めてくれた。すごい声だな。耳鳴りがするよ。


「ライー、フィオナー、お帰りなさい。あ! ワンちゃんのお姉さんがいる!」


 チシャはオリヴィアの腕から飛び降りて、グウィネのもとに駆け寄る。


「お姉さん、かわいいお耳してるね! 触ってもいい?」


 キラキラとした視線をグウィネに送る。あ、ちょっと狼狽えてる。さすがは我が娘。初対面なのにこの威力を発揮するとは。


「い、いいわよ。お嬢ちゃん、お名前は?」

「チシャって言うの! ライはわたしのパパで、フィオナはママなんだよ! お姉さんはどうしてフィオナと仲良ししてるの? お友達?」

「え、それって本当……?」


 フィオナがグウィネの胸から解放された。顔が真っ赤だ。


「ぷはっ…… そうですよ、チシャは私の娘です。ライトさんの隠し子じゃありませんよ」

「そ、そうなの…… ライトさん、ごめんなさい!」


 グウィネは自分の失態に気付いたようだ。フィオナは真っ赤になった俺の頬に回復魔法をかけてくれた。

 みんな冷静になったところで……


「落ち着いたみたいだね。立ち話もなんだ。せっかくみんな集まったんだ。今日の飲み会はチシャの歓迎会も兼ねてる。その時にゆっくり説明するよ。

 俺はお菓子の仕込みをしてくるからフィオナはみんなと待ってて。あ、後グリフ、お前は後でお説教だ」

「俺だけ!? グウィネじゃないのか!?」


「口下手なお前のことだ。グウィネにしっかり説明出来なかったお前が悪い。いいからお前も食堂で待ってろ」


 俺を残してみんな食堂へと赴く。いてて。回復魔法をかけてくれたのにまだほっぺが痛い。全力でビンタされるなんて初めてだよ……


「ライ、大丈夫?」


 あれ? チシャが残ってた。


「みんなと行かないの?」

「うん! だってライは今からお菓子作るんでしょ? お手伝いする! さっきね、オリヴィアさんのお手伝いしたの。チシャは料理が上手だって誉められたよ!」


 素晴らしい! お手伝いをすることはいいことだぞ! チシャには特別に大きいタルトを作ってあげよう!


「それにねオリヴィアさんが言ってたの。冒険者になるには料理が出来た方がいいって。美味しいごはんはパーティーのもちべーしょんを上げるんだって。ライ、もちべーしょんってなに?」

「冒険者になる前提で料理を教えたのか…… あの脳筋め。その話は後でね。じゃあ一緒にお菓子を作ろっか」


「うん!」


 手を繋いでキッチンに向かう。チシャにはお芋さんを潰すところをお願いするかな。



◇◆◇



「ライー、出来たよ! このお星さまの形のはライにあげるね!」


 チシャにはポテトのタルトの形を整えるところも手伝ってもらう。おぉ、見事な星形だ。

 うちの子ったら将来は芸術家だろうか? この子の未来が楽しみである。


「はは、ありがとね。じゃあフィオナにはこの鳥みたいなやつをあげるのかな?」

「ネコだもん……」


 なんか…… ごめんなさい……


「そ、そうだね! かわいいニャンコだ! オリヴィアさんもそう思うでしょ!」


 フリットを揚げながらオリヴィアは呆れた顔で俺を見つめる。


「まったく…… あんたはどうして肝心なところが抜けてるんだい。そんなことじゃフィオナも苦労するよ」


 フィオナと同じことを言われた。自分ではしっかりしてるつもりなのになぁ。


「ほら! 料理が出来たよ! じゃあ、歓迎会を始めるとするかね! 私も参加させてもらうよ! あんたら、後は任せたよ!」

「はい! 女将さんもたまには楽しんできてください!」


 従業員に見送られ俺達は食堂に向かう。オリヴィアは大皿を、チシャは小さいお盆に出来立てのポテトのタルトを載せて慎重に歩く。


 テーブルには様々な料理が並ぶ。ワインにエール。パスタにフリット。他にも…… あれはウファで食べた米料理だ! 米をボール状に固めたやつ!


「ふふ。ライトさんもチシャもこの料理が好きですもんね。こっそり作っておきました」

「いつの間に……」


 あっけに取られてる俺を尻目にオリヴィアがどかっと椅子に座る。


「さぁみんな! さっさと宴会を始めるよ! 席について盃を持ちな! 準備はいいね!」


 オリヴィアの音頭のもと、それぞれが盃を持つ。そして……


「「「乾杯!」」」


 楽しい歓迎会が始まった。でもグリフはお説教ね。



◇◆◇



「でもよ…… 久しぶりに帰ってきたお前が女の子連れてるなんてよ。どう説明していいのか分かんねぇよ……」


 グリフは絶賛正座中だ。グウィネにビンタされたのもこいつがいらんことを言ったに決まってるからだ。


「あのな、世の中には報連相っていう言葉があってだな…… あー! もういいや! せっかくの酒の席だ! 許す! お前も席に着け!」


 アホのグリフを席に戻し、俺は盃片手に立ち上がる。


「この度はこのような席を設けていただきありがとうございます! 俺はバクーに滞在する中でチシャと出会いました! 深くは言えませんが身寄りのない彼女を養子にすることにしました! 

 皆さんにお願いがあります! 俺は親になってまだ日が浅い! 分からないことばかりだ! もし俺が、この子が困ることがあったらどうか助けてもらいたい! 

 俺が頼れるのは信頼出来る皆さんだけなんです! その時はどうかよろしくお願いいたします!」


 チシャも席を立って挨拶をする。


「チシャっていいます! よろしくお願いします!」



 ―――パチパチパチパチパチパチパチパチッ!



 席から割れんばかりの拍手が沸き起こる。よかった。みんなこの子を歓迎してくれてるみたいだ。

 じゃあ、もう一つ報告といきますか!


「あと一つ! フィオナ、こっちに来てくれ!」


 フィオナはきょとんとした顔で席を立つ。彼女の肩を抱いて発表するのは……


「この度、私、ライト ブライトはここにいるフィオナを妻に迎えたことを皆さんにお知らせします!」



 ―――パチパチパチパチパチパチパチパチッ!



 さらに大きな拍手が沸き起こる! 皆が交互に祝いに来てくれた。まずはグリフだ。


「ライト! おめでとう! いつかはフィオナとくっつくと思ってたけど、今日それを発表するとはな!」

「これでフィオナはお前の義母になるんだからな。ちゃんと言うことを聞くんだぞ!」


「お前が親父でフィオナがお袋かよ…… 悪夢だな」


 続いてグウィネ。


「ライトさん! フィオナさん! おめでとう!」

「ありがとう、グウィネ。これで誤解は解けたかな?」


「さっきはごめんなさい……」

「はは、いいさ。でもグリフには後でしっかりお仕置きしておいてね」


「それは任せて!」

「ちょっ、おまっ!」


 オリヴィアが俺の前に立つ。


「ライ! おめでとう! フィオナもね!」


 オリヴィアが俺とフィオナの両方を抱きしめる! 痛い痛い! もうちょっと優しくお願いします! 



 ―――ポタタッ



 ん? 顔に温かいものが落ちてくる……


「ぐす…… こないだまでひよっこだったあんたが…… 一人前になったね。嬉しいよ…… あんた! あれを持ってきておくれ!」


 泣いてた…… 鬼の目にも涙とはこれいかに。それにしてもオリヴィアがローランドに持ってきてもらうもの? 何だろうか。何かくれるのかな? 

 ローランドはすぐに帰ってきた。その手には純白のドレスを持って……


「フィオナ、これをあんたにやる。このドレスを生地に戻して新しいものを作るといい。ライト、やるんだろ結婚式?」


 結婚式? それは考えてなかった……


「あんた…… そういう所が抜けてるってんだよ。いいかい。結婚式ってのはけじめに儀式でもあるんだ。今まで恋人だった二人が本当の家族になるためのね。形式はなんでもいい。必ず式を挙げるんだ」

「はい……」


 そうか、確かに式は挙げないといけないな。フィオナのドレス姿か…… 見てみたいな。

 フィオナはドレスを持って幸せそうに笑ってる。式は必ず挙げてやるからな。


 でも今は宴会の続きだよな! 盃を持ち直す!


「皆さん、もう一度乾杯しましょう!」

「そうだね! じゃあ、ライト ブライト一家の幸せを願って!」


 オリヴィアが再び音頭を取る。ではもう一度! せーの!


「「「乾杯!」」」

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