歓迎会 其の一
「じゃあ、ちょっと出かけてきます。チシャ、お留守番頼むね!」
「はーい! いってらっしゃい!」
オリヴィアに抱っこされたチシャが手を振って見送ってくれる。今からギルドに顔を出してくる。
最初はチシャも行く予定だったが、思いの外オリヴィアに懐いてくれたので、そのまま待っていてもらうことにしたのだ。
「この子は私が見てるから安心しな! 夕方には帰んなよ! チシャの歓迎会をするからね!」
「はい! よろしくお願いします!」
夜はチシャの歓迎会か。楽しみだな。参加者は身近な人だけでいいな。一応ギルド長も誘っておくか。
「んふふ。手を繋いでもいいですか?」
俺の答えを聞く前にフィオナが手を繋いでくる。通りすぎる人が俺とフィオナに視線を送る。ふふふ。俺の妻は美人だろ。
ちょっとした優越感を感じつつそのままギルドに向かうことにした。
◇◆◇
ギルドに着くと…… やっぱり汚れてるな。窓は手垢だらけでギルド前は破れた依頼書なんかが散らばってる。雨どいにはゴミが詰まってるのが見えるな……
あーぁ、明日からの掃除がんばらなくっちゃ。
受付嬢に簡単に挨拶を済ませギルド長室に向かう。
「ノックしてトントーン! ライトです! 戻りました!」
『おう! 待ってたぞ、入れ!』
中に入るとギルド長がソファーに座ってお茶を飲んでいる。休憩中だったか。
「お休みありがとうございました! おかげさまで最高の装備を手に入れることが出来ました」
「ほう。それは良かったな。後で見せてみろ。その前にお前がいない間の話をしよう。おかしいんだ。前にも話したが、Aランク対象の魔物が一切出てこない。
それにスタンピードの報告もこの四か月、一切受けていないんだ。お前ら、これをどう思う?」
魔物が出てこないのはいいことだが、これは何かあるだろうな。フィオナが口を開く。
「ギルド長。アルメリアの魔素の量が上がっています。バクーに行く前よりもずっと。それに帰ってくる前に精霊の叫びを聞きました。今は魔物はなりを潜めていると考えるのが妥当です」
「そうか…… くそ。このまま魔物がいなくなってくれるのを期待してたんだがな。分かった。引き続き警戒するよう王宮に伝えておく」
「はい、それがいいと思います。近い内にスタンピードが起こることを想定しておけば対処しやすくなるでしょう。私とライトさんもいつでも動けるよう準備しておきます」
フィオナかっこいいなぁ…… 俺の前では一人のかわいい女の子なのに。今は仕事の出来るキャリアウーマンみたいだ。
「では次にバクーでの成果を聞こうか。武器を見せてみろ」
「気を付けて下さいよ。とんでもない斬れ味ですから」
「あほ。これでも元Aランク冒険者だ。武器の扱いなんてものは…… 銘が打ってあるな。デュパ……? デュパ ヴェルンドだと!?」
びっくりした! ギルド長がダガーを握りしめて興奮してる! 頭には青筋なんか立てちゃって超こわい……
「は、はい! その武器はドワーフのデュパって人に作ってもらいましたが…… アルメリアでも有名なんですか?」
「お前、知らないのか! 伝説の刀匠だぞ! デュパは金では動かん。自分の気に入った人物にしか武器を作らないことでも有名だ。デュパが作る武器はナイフ一本でも一億オレンでも下らない。それをお前どうやって手に入れたんだ?」
「い、いや、普通に知り合って作ってもらいました」
「幾らで!?」
「タダで」
「嘘をつくな!」
ギルド長の青筋が更に増える……
「ま、まぁ、お前ならやり兼ねんな…… それにしてもどんな金属を使ってるんだ? 赤い刀身か 」
「なんでもヒヒイロカネっていう金属らしいですよ。面白い名前ですよね」
「ヒヒイロカネ……?」
そう言うとギルド長は本棚から辞典を取り出し、読み始める。あるページに差し掛かると動きを止めた。
「おま…… ヒヒイロカネってアポイタカラのことじゃねぇか……」
「アポイタカラ? ヒヒイロカネの別名ですか?」
「そうだ。伝説の金属だぞ。一キロでアルメリアの国家予算に匹敵するだけの価値を持つ超希少金属だ…… それをタダって……」
何だかとんでもない武器を貰ったようだな。ギルド長の息が荒い。
どうしようかな。本当はお土産でダマスカス鋼のナイフを買ってきたんだけど、今渡すと血管が切れるかもしれん。
後で渡すとするか。
「ギルド長のおかげで装備を整えることが出来ました。お休みも頂いて本当にありがとうございます。
あ、そうだ。今日歓迎会があるんですけどギルド長もどうですか?」
「歓迎会? 誰のだ?」
「俺の娘の」
「隠し子か!?」
「違いますって! バクーで女の子を養子にしたんですよ!」
「そ、そうか…… お前帰ってくるなり心臓に悪いことばかりするな。悪いが遠慮しておこう。何だか疲れちまったよ。それにしてもデュパ ヴェルンドの剣か。羨ましい……」
ギルド長は不参加か。しょうがあるまい。
でもよかったよ、今お土産を渡さないで。ギルド長も歳とはいえ生粋の戦士だもんな。性能の高い武器には憧れがあるのだろう。
喜びのあまり、倒れられても困ってしまう。
「ともかくだ。よく帰ってきた。お前らいつから復帰出来る? なるべく早めに頼む。やっぱりこのギルドはお前らがいないとダメだわ……」
お? 嬉しいこと言ってくれるじゃん!
そうだよな。なんたって俺はAランク依頼をなんなくこなし、森の王国を救い、サヴァントのクーデターも解決したんだ。
ふふふ。必要とされるのは嬉しいものだ。
「お前がいないとギルドが汚くなって仕方ないわ。ほら見ろ、この埃。それにフィオナがいなくなってからは男の冒険者のモチベーションが上げられなくて困ってんだ」
「そっちかよ!? ってゆうか自分の部屋ぐらい自分で掃除してくださいよ!」
「がはは! そう言うなって! じゃあ旅の疲れも溜まってるだろ。三日後から復帰頼むわ!」
「まったく…… 分かりましたよ!」
この親父は…… そうだ。たまには意地悪の仕返しをしてやるか。
「そうだ! ギルド長にお土産があるんでした! 忘れない内に渡しておきますね」
カバンからナイフを取り出す。後で渡そうとしたやつだ。ギルド長はそれを受け取り鞘から抜く。
「お前…… これは?」
「ダマスカス鋼のナイフです。デュパさんの工房で買ってきました。ほら、刀身にデュパさんの銘も入ってますよ」
「はぅ……」
ギルド長の顔色が真っ白になった。白目を剥いてへなへなとソファに倒れ込む……
やべぇ! やり過ぎた! やはり後で渡すべきだったか!?
「ギルド長! 帰ってきてください!」
【
フィオナが回復魔法をかける! ふぅ、焦った。何とか目を覚ましてくれたよ。
「お、おぉ…… 伝説の刀匠の剣が俺の手に……」
意識を取り戻したギルド長は惚けた顔をしながら剣を撫でる。まぁ、喜んでもらえたようで何よりだ。気絶するとは思わなかったけど。
「では今日はこれで失礼します。三日後に復帰しますのでよろしくお願いいたします」
「おう…… 待ってるぞ……」
俺の目を見ずにギルド長は答える。剣に夢中のようだ。邪魔しないようそっと部屋を出ることにした。
◇◆◇
帰り道もフィオナと手を繋ぐ。
「ギルド長、喜んでくれてよかったですね」
「あぁ。気絶するとは思わなかったけどね」
「あ、そうだ。ねぇライトさん。私達が仕事してる時、チシャはどうしますか? ギルドに連れていくことが出来るか聞いておけばよかったですね」
「言われてみれば確かに…… どうしようか。面倒見てくれる人を雇うってのもなぁ……」
「まだ時間はあります。一緒に考えましょう。ふふ、ライトさんって強くって頼りになりますけど、ちょっと抜けてますね」
「ははは! フィオナがそんなこと言うなんて! 嬉しいよ。ほんと人間に戻った感じがするね」
トラベラーの記憶しかなかった時は憎まれ口なんて叩かなかったもんな。
「ふふ。そうですよ。体はトラベラーでも心は人間なんです。それにもう夫婦になったのですから、言いたいことは言わないと。ライトさんは私に何か言うことはありませんか?」
「そうだな。じゃあ…… 世界で一番愛してる!」
あ、フィオナの顔が真っ赤になっちゃった。
「もう! そういうことじゃありません!」
「ごめんごめん。俺は何も文句は無いよ。フィオナがそばにいてくれたらそれでいいさ」
「私はもっと言いたいことがあります……」
ちょっと真剣な表情だ。何か悪いことしたかな? タバコを吸うとか?
「今日はチシャの歓迎会です。あの…… またポテトのタルトを作ってくれませんか? チシャにも食べさせてあげたいですし…… 多目にお願いします」
「あははは! そんなことか! お安い御用ですよ奥様! ではこのまま八百屋にお買い物デートに行きますか!」
こんな欲求も言ってくれるようになるなんてな。嬉しいよ。では腕によりをかけて美味しいお菓子を作るとしましょうか!
フィオナと手を繋ぎながら八百屋へと向かった。
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